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27話《この世界の本質です。》
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「──あ、あのっ!サラマンダーさん、ですよねっ!?」
「……あ?」
俺の呼び掛けに、すぐサラマンダーさんは振り返った。硬い視線に鋭い表情……ううっ、こうやって見ると高い身長もあって想像以上に迫力がすごい……!
「誰だ、お前は……ん?『来訪者』……?いや、だが、リョウじゃねぇし……。……いや。待て。お前──「ハジメ」、か?」
「えッ!?」
探るような態度から一転、突然名前を言い当てられて、飛び上がりそうなほど驚く。な、な、な、なんでサラマンダーさんが俺の名前を!?
「ど、ど、どっ、どうして俺のこと知ってるんですかっ!?」
「やはりか。そこそこデカいが想像より随分なよっちいな。ほぉ~……?」
サラマンダーさんは俺の質問に答えてくれない。答えてくれない代わりに、ぐっと顔を近づけて、まじまじと俺を見つめてくる。鼻先がぶつかりそうな、キスができそうなくらいの距離……ッ!
「うわぁ!?ちょちょちょっ!か、か、顔近いですッ!♡」
俺相手でも変わらず色男っぷりを発揮してくるサラマンダーさんに、さすがに赤面してしまう。実際、サラマンダーさんならこのままキスくらいしてきてもおかしくないと思ったからだ。サラマンダーさんはバリッバリの肉食系。俺みたいに弱っちい被食者は、それこそ格好の獲物だろう。
「……ふっ。一丁前に照れやがって」
「っ。ッ……?」
でも……サラマンダーさんはそのままなにもせず顔を離すと、ガシガシと乱暴に俺の頭をかき回してくる。むしろ押さえつけてるんじゃないかってくらい強い力に、俺は全身をすくませるしかない。だ、だけど……聞くべきことはちゃんと聞かなきゃ。そのために俺は、ここに残ったんだから。
「あ、あの……っ。ええと……ここで、なにをしてたんですか?こんな、その、断崖絶壁で……」
「あ?あぁ。最近は空や海がおかしくてな。それを視てたんだ。少し前から元素やら、その奥やらが、やけに歪んでやがったが……こんなに顕著に響いてくるのは初めてだ」
「……!」
さっきエーテルーフくんが言ってたことと同じだ。やっぱり賢者さんには、異変を感じ取る力がある。つまりこの世界のバグが……視覚にも視える形で。それだけ広がってるってことなんだろう。
「……クソッ。そんなに俺達を引き離したいのかよ」
「え?引き離したい……?どういうこと、ですか?」
「嗚呼……。まぁ、お前には話しても良いか。ここ最近の元素の乱れや世界の異変な。恐らくだが、俺らのせいなんだよ」
「えっ。俺ら……。」
「俺と、ディーネ……ウンディーネだ」
「な……っ!!」
ど、どうして。どうしてここでこのふたりの名前が出てくるんだ?いや、もちろんふたりの想いのせいでバグが増えてるって話だけど……なんでそれが異変の原因に直結してるんだろう?
さすがにりょうがバグのことを二人に教えているとは思えないし(基本的にエンエレ内でこの世界を「ゲーム」だと知っているのはメタ要素を担ってるエーテルーフくんだけで、他のキャラはこの世界をきちんと「本物」だと認識している。それを、りょうが自分からバラすとは思えないのだ)そもそも教えていたら、こんな曖昧な濁し方はせずにサラマンダーさんはハッキリと「バグ」のせいと言うだろう。
それなのに、この答え。なにか、どこかで、齟齬が起きているとしか思えない。
「ん……何故驚く?賢者同士の恋愛が禁忌なのは、ここに居る奴らなら誰でも知ってる常識だと思うが?」
「あっ」
な、成程!そういうことか。その答えで線が繋がった。つまりサラマンダーさんは、この世界のルールに従って考えてるだけなんだ。
異変はバグのせい。そしてそのバグは、ふたりの行動のせい……要因としては確かに間違っていないけど、絶妙に事実とは食い違ってるんだ。
「つ、つまりッ。おふたりが想い合っているのが、今の異変の原因、だと……」
「ああ。ただでさえ悩んでる所にこんな変調を突きつけられりゃ、煽られてるって思っても仕方ねぇだろ?」
「あ……やっぱり悩んでるんですか?想い合ってるのは、わかってるのに……?」
俺の問いかけに、一瞬、サラマンダーさんは口ごもる。最初に見たときのような、どこか思い詰めた表情で。だけどすぐに大きな溜息と共に、口を開いた。
「さっき、ディーネと話してきた。リョウが、あいつは俺と対等で居たかったんじゃないか、と言っててな」
「えっ。りょ、りょうが!」
「ああ。それを聞いて、俺もそうだったのかもしれない、と感じたんだ。俺の存在が、知らず知らずの内にディーネを貶め、追い詰めていたんじゃないかとな」
「そ、それで……お話を?」
「そうだ。だが……ディーネはそう思うこと自体、俺達の間の「不和」が影響していると言った。そもそも共に居ることが、俺達の「在り方」を歪めてしまうんだとな」
「な……っ!そんなこと、あり得ないですよっ!い、いくら禁忌だからって、そんな極端な……っ」
「嗚呼。俺もそう思う。だが……実際ここまで目に見えて世界がおかしくなってんのを見ると、ディーネの言葉に納得したくなるのも事実だ。今まで散々、食い下がってきたが……あんな辛そうに笑うディーネは初めて見た。俺はディーネに……あんな顔をさせ続けるのは、耐えられない」
そっと、世界から目を背けるように伏せられる瞳。
……そうか。サラマンダーさんは自分のことじゃなく、ウンディーネさんのことで……こんなにも心を痛めてるんだ。
「俺がどんなに覚悟を決めた所で、周りがこの異変で振り回されてるのを見たら、あいつは自分の想いを封じるだろう。ディーネは俺以外の相手に、我を通さねぇ。ワガママを言わねぇんだ。それこそ水みたいに、自分の気持ちが流れ去るのをただ忍耐強く待って、なにもかもが落ち着くのを待っている」
「そ、そんな。そんな辛いことを、たったひとりで」
「そうだよ。俺はそれが気に食わねぇ。そんな辛いことを、当然って顔で独りきりで抱えてんのが、許せねぇんだ。あいつは俺にするみたいに他人にも甘えりゃ良いし、俺にはもっと素直に甘えりゃいい。それなのにそれをしねぇ。歯を食いしばって独りで耐えることが、昔から当たり前だと思ってる」
「……」
悲しそうなサラマンダーさんの表情からは、ウンディーネさんに対する想いが滲んでいる。幼馴染……って言ってたし、ずっと前からそれをサラマンダーさんは横で見てきたのかな。
「だから、少しでも俺が背負えればいいと思ってたんだ。あいつが頑なに離そうとしないもんを、無理矢理にでも奪い取って、それを軽くしてやれりゃあいいと。強引にでもそうしねぇと、あいつはなにも渡しちゃくれねぇからな」
確かにウンディーネさんは努力家だけど頑固者だ。押しには弱いところもあるけど、その分、誰に対してもとても厳しい。自分の中で定めたルールを絶対に破らないような、そういう、すごく厳格な部分がある人だ。
「だが……そんな態度があいつを追い詰めてたのかもしれねぇと、今回の一件で心底感じた。ここまで来ても無理矢理俺だけの我を通すくらいなら、ここらが退き時かもな、と……そう思ったんだ」
「でも……好き、なんですよね?まだ……嫌いになったわけじゃ、ないんですよね?」
「当然だ。俺は、あいつの為ならどんなもんだって投げ出しても良いと思っている。世界がこんな状態になって、そしてリョウから大切な視点を与えられて、やっと……それ程あいつを想っている自分に気づいたんだ。それこそ、賢者を辞めちまっても、いいくらいに……。──。いや。流石にこれは、失言だったな。忘れてくれ」
「……、」
乾いたように笑うサラマンダーさん。
その、やっとこぼれ出たような言葉は、俺の胸に突き刺さる。
賢者を、辞める。
だって。
まるで、それが、その言葉こそが。
俺が、いま、ここに来た意味。
この、エターニアという場所に来た理由を……すべて表しているように、感じたから。
「それって……ダメ、なんですか?」
「……何?」
「それは、確かに、賢者を辞めるなんて……とんでもない決断だと思うけど。でも。それくらいの覚悟が、サラマンダーさんにはあるってことですよね?そんな選択肢が出てくるくらいに……ウンディーネさんと、結ばれたいって思ってるってこと……ですよね?」
賢者を辞める、なんて。
普通は、出てこない考えだ。
少なくとも「賢者」としての役割を与えられた「キャラクター」として生きているなら、それを降りるなんて発想がそもそも出てこないだろう。それなのに……そこを越えて、サラマンダーさんはウンディーネさんのことを想っておる。
それは、なんだか、とんでもないことのように思えた。
このバグだらけの世界で、でもそんなバグだらけだからこそ、サラマンダーさんが見つけた……普段の『エント‥エレメント』では決して辿り着けない、答えのように思えた。
「それなら、それを選ぶのは……ダメ、なんですか?」
問う。
どうして、と。
なぜ、と。
だってそれは、俺じゃないと問えない質問の気がしたから。
今は確かに『来訪者』としてここに居る人間の俺だからこそ、伝えられる言葉の気がしたから。
「だってそんな選択、普通なら生まれないはずです。賢者は絶対的なものだって聞きました。世界には欠かすことができない存在だって。簡単には死ぬことさえできないって……。それなのに、それを、辞めるだなんて……」
その選択が。
その自問が。
いま、この世界で、サラマンダーさんが「生きている」ってことなんじゃないだろうか。
賢者の、プレイヤーと恋をするサラマンダーじゃなくて。
ウンディーネという人を想う、ひとりのひととして。
生きようと足掻いている、その、ちょうど只中なんじゃないだろうか。
「俺、そう思えたことそのものが……すごいことだって、そう思うんです」
りょうの言っていたことが、わかる気がする。
りょうの、どこまでも必死な想いが、理解、できる気がする。
いまのこの世界。
崩れて、壊れかけているからこそ、束の間の「自由」をキャラクターが勝ち得ているこの世界が。
本当にとんでもない奇跡の上にあるんじゃないかと、俺はそう、強く感じる。
「だから。だから……っ。諦めないで、ほしい。笑い飛ばさないんで、ほしいんです」
ああ、そうか。
『これ』を。諦めたく、なかったんだ。
りょうも。しゃんちゃんも。
『これ』を、護りたいって思ったんだ。
そのために危険だって受け入れて、その覚悟を決めたんだ。
ここに来る前は漠然としか理解していなかった皆の覚悟が、ようやく周回遅れで俺にも伝わってくる。俺にもその理由が、意味が、確かに響いてくる。
この場所を護りたい。
この人達を護りたい。
この想いを。
……護りたい。
「だって。……だって。そう思えていること、そのものが。今、この世界で、サラマンダーさんが。ウンディーネさんを……賢者じゃなく、ひととして、愛せているってことなんだから……っ!」
それなら、俺だって同じように護りたい。
そんな奇跡のような想いを、選択を、見出したサラマンダーさんを、護りたい。
俺はまっすぐサラマンダーさんを見る。
視界がぶれぶれだし、声も震えてるから、たぶん泣いてるんだと思う。
でもしょうがない。今更泣いてるのなんか止められないし、そんなことに構っていられない。
守れるかわからない世界を守ろうとするなら、自分だってそれくらい必死に覚悟を決めなきゃしょうがない。
想いがそのひとを形作る。
想いが、そのひとをそのひと足らしめる。
それなら、俺だって。
ひととして、責任をもって。
サラマンダーさんに、向き合いたいんだ。
「……。」
「うわ゙っ!?」
しばらく俺を見下ろしたサラマンダーさんは、さっきそうしたようにまた、俺の頭をガシガシと撫で回した。しかもさっきよりも強い、明らかな馬鹿力。そのむちゃくちゃな力にさすがに怒らせた!?と慌てるけど、恐る恐る顔を上げると、サラマンダーさんはニカリと……豪快に、笑っていた。
「……そうだな。俺の想いと覚悟は。そんな、安いもんじゃねぇよな」
「ぅ。うっ。さ、サラマンダーさん……ッ?」
ガシガシと、絶えず掻き回される手。乱暴で強引で。でも、その手はとても暖かい。それは炎の元素を宿しているだけじゃなくて、サラマンダーさんそのものから伝わってくるような熱だ。
「……おっし。なら俺も……意地悪く、足掻いてみるか」
「え……?」
「ありがとうな。お前のお陰で、俺はどう在っても俺なんだと、気づいた」
「うぶっ!」
バン、と更に馬鹿力で背中を叩かれる。頭の次は背中……っ。わかってたけどサラマンダーさん、めちゃくちゃ体育館系……っ。
で、でも、ありがとうって言ってくれたってことは……俺の言ったこと、届いたのかな?少しは……考えて、くれたのかな?
「じゃあ俺は、ウンディーネにプロポーズしてくるか。賢者を辞めて。お前と一生添い遂げる、って」
「! ぷ、ぷろぽーずっ!そ……そいとげる!」
「おう。だからお前も、リョウにプロポーズしろよ?」
「!!!! りりりりり、りょうに!ぷ!ぷろぽーずっ!!!!!!!」
「そうだよ。人にそんだけ啖呵切んなら、自分も行動で示さねぇとな。そうだろう?ハジメ」
「ひ、ひ、ひぃぃ……ッ!」
俺を覗き込んで、いやらしい顔でニヤリと笑うサラマンダーさん。
その顔は完全にライオンさんなどに代表される捕食者のそれで、俺は震え上がるしかない。しかもがっしりと腕を掴まれて、逃してもくれなさそうだ。でも実際ウンディーネさんのところにはりょうが居そうだし、りょうを探すのも大事な目的だから、怖いけどこのままサラマンダーさんに連行されたほうがいいのかな……?祭壇のほうへ行くなら、エーテルーフくんとも会えそうだし……。
「おおぉ゙い~……。はじめ、く~ん゙……っ」
「え?」
でも、そこで俺を呼ぶザラザラした声に立ち止まる。
振り返ると──そこには。
蔵書舎の司書であるノアくんが、ガジガジと帆立のぬいぐるみを齧りながら……俺を睨むように、見つめていた。
【EX‥TIPS】
・ノアの帆立ぬいは自作。噛んでいるせいで唾液や歯でのダメージですぐに素材が駄目になってしまうので、ストックがたくさんある。またぬいを噛むのはストレス発散のため。
「……あ?」
俺の呼び掛けに、すぐサラマンダーさんは振り返った。硬い視線に鋭い表情……ううっ、こうやって見ると高い身長もあって想像以上に迫力がすごい……!
「誰だ、お前は……ん?『来訪者』……?いや、だが、リョウじゃねぇし……。……いや。待て。お前──「ハジメ」、か?」
「えッ!?」
探るような態度から一転、突然名前を言い当てられて、飛び上がりそうなほど驚く。な、な、な、なんでサラマンダーさんが俺の名前を!?
「ど、ど、どっ、どうして俺のこと知ってるんですかっ!?」
「やはりか。そこそこデカいが想像より随分なよっちいな。ほぉ~……?」
サラマンダーさんは俺の質問に答えてくれない。答えてくれない代わりに、ぐっと顔を近づけて、まじまじと俺を見つめてくる。鼻先がぶつかりそうな、キスができそうなくらいの距離……ッ!
「うわぁ!?ちょちょちょっ!か、か、顔近いですッ!♡」
俺相手でも変わらず色男っぷりを発揮してくるサラマンダーさんに、さすがに赤面してしまう。実際、サラマンダーさんならこのままキスくらいしてきてもおかしくないと思ったからだ。サラマンダーさんはバリッバリの肉食系。俺みたいに弱っちい被食者は、それこそ格好の獲物だろう。
「……ふっ。一丁前に照れやがって」
「っ。ッ……?」
でも……サラマンダーさんはそのままなにもせず顔を離すと、ガシガシと乱暴に俺の頭をかき回してくる。むしろ押さえつけてるんじゃないかってくらい強い力に、俺は全身をすくませるしかない。だ、だけど……聞くべきことはちゃんと聞かなきゃ。そのために俺は、ここに残ったんだから。
「あ、あの……っ。ええと……ここで、なにをしてたんですか?こんな、その、断崖絶壁で……」
「あ?あぁ。最近は空や海がおかしくてな。それを視てたんだ。少し前から元素やら、その奥やらが、やけに歪んでやがったが……こんなに顕著に響いてくるのは初めてだ」
「……!」
さっきエーテルーフくんが言ってたことと同じだ。やっぱり賢者さんには、異変を感じ取る力がある。つまりこの世界のバグが……視覚にも視える形で。それだけ広がってるってことなんだろう。
「……クソッ。そんなに俺達を引き離したいのかよ」
「え?引き離したい……?どういうこと、ですか?」
「嗚呼……。まぁ、お前には話しても良いか。ここ最近の元素の乱れや世界の異変な。恐らくだが、俺らのせいなんだよ」
「えっ。俺ら……。」
「俺と、ディーネ……ウンディーネだ」
「な……っ!!」
ど、どうして。どうしてここでこのふたりの名前が出てくるんだ?いや、もちろんふたりの想いのせいでバグが増えてるって話だけど……なんでそれが異変の原因に直結してるんだろう?
さすがにりょうがバグのことを二人に教えているとは思えないし(基本的にエンエレ内でこの世界を「ゲーム」だと知っているのはメタ要素を担ってるエーテルーフくんだけで、他のキャラはこの世界をきちんと「本物」だと認識している。それを、りょうが自分からバラすとは思えないのだ)そもそも教えていたら、こんな曖昧な濁し方はせずにサラマンダーさんはハッキリと「バグ」のせいと言うだろう。
それなのに、この答え。なにか、どこかで、齟齬が起きているとしか思えない。
「ん……何故驚く?賢者同士の恋愛が禁忌なのは、ここに居る奴らなら誰でも知ってる常識だと思うが?」
「あっ」
な、成程!そういうことか。その答えで線が繋がった。つまりサラマンダーさんは、この世界のルールに従って考えてるだけなんだ。
異変はバグのせい。そしてそのバグは、ふたりの行動のせい……要因としては確かに間違っていないけど、絶妙に事実とは食い違ってるんだ。
「つ、つまりッ。おふたりが想い合っているのが、今の異変の原因、だと……」
「ああ。ただでさえ悩んでる所にこんな変調を突きつけられりゃ、煽られてるって思っても仕方ねぇだろ?」
「あ……やっぱり悩んでるんですか?想い合ってるのは、わかってるのに……?」
俺の問いかけに、一瞬、サラマンダーさんは口ごもる。最初に見たときのような、どこか思い詰めた表情で。だけどすぐに大きな溜息と共に、口を開いた。
「さっき、ディーネと話してきた。リョウが、あいつは俺と対等で居たかったんじゃないか、と言っててな」
「えっ。りょ、りょうが!」
「ああ。それを聞いて、俺もそうだったのかもしれない、と感じたんだ。俺の存在が、知らず知らずの内にディーネを貶め、追い詰めていたんじゃないかとな」
「そ、それで……お話を?」
「そうだ。だが……ディーネはそう思うこと自体、俺達の間の「不和」が影響していると言った。そもそも共に居ることが、俺達の「在り方」を歪めてしまうんだとな」
「な……っ!そんなこと、あり得ないですよっ!い、いくら禁忌だからって、そんな極端な……っ」
「嗚呼。俺もそう思う。だが……実際ここまで目に見えて世界がおかしくなってんのを見ると、ディーネの言葉に納得したくなるのも事実だ。今まで散々、食い下がってきたが……あんな辛そうに笑うディーネは初めて見た。俺はディーネに……あんな顔をさせ続けるのは、耐えられない」
そっと、世界から目を背けるように伏せられる瞳。
……そうか。サラマンダーさんは自分のことじゃなく、ウンディーネさんのことで……こんなにも心を痛めてるんだ。
「俺がどんなに覚悟を決めた所で、周りがこの異変で振り回されてるのを見たら、あいつは自分の想いを封じるだろう。ディーネは俺以外の相手に、我を通さねぇ。ワガママを言わねぇんだ。それこそ水みたいに、自分の気持ちが流れ去るのをただ忍耐強く待って、なにもかもが落ち着くのを待っている」
「そ、そんな。そんな辛いことを、たったひとりで」
「そうだよ。俺はそれが気に食わねぇ。そんな辛いことを、当然って顔で独りきりで抱えてんのが、許せねぇんだ。あいつは俺にするみたいに他人にも甘えりゃ良いし、俺にはもっと素直に甘えりゃいい。それなのにそれをしねぇ。歯を食いしばって独りで耐えることが、昔から当たり前だと思ってる」
「……」
悲しそうなサラマンダーさんの表情からは、ウンディーネさんに対する想いが滲んでいる。幼馴染……って言ってたし、ずっと前からそれをサラマンダーさんは横で見てきたのかな。
「だから、少しでも俺が背負えればいいと思ってたんだ。あいつが頑なに離そうとしないもんを、無理矢理にでも奪い取って、それを軽くしてやれりゃあいいと。強引にでもそうしねぇと、あいつはなにも渡しちゃくれねぇからな」
確かにウンディーネさんは努力家だけど頑固者だ。押しには弱いところもあるけど、その分、誰に対してもとても厳しい。自分の中で定めたルールを絶対に破らないような、そういう、すごく厳格な部分がある人だ。
「だが……そんな態度があいつを追い詰めてたのかもしれねぇと、今回の一件で心底感じた。ここまで来ても無理矢理俺だけの我を通すくらいなら、ここらが退き時かもな、と……そう思ったんだ」
「でも……好き、なんですよね?まだ……嫌いになったわけじゃ、ないんですよね?」
「当然だ。俺は、あいつの為ならどんなもんだって投げ出しても良いと思っている。世界がこんな状態になって、そしてリョウから大切な視点を与えられて、やっと……それ程あいつを想っている自分に気づいたんだ。それこそ、賢者を辞めちまっても、いいくらいに……。──。いや。流石にこれは、失言だったな。忘れてくれ」
「……、」
乾いたように笑うサラマンダーさん。
その、やっとこぼれ出たような言葉は、俺の胸に突き刺さる。
賢者を、辞める。
だって。
まるで、それが、その言葉こそが。
俺が、いま、ここに来た意味。
この、エターニアという場所に来た理由を……すべて表しているように、感じたから。
「それって……ダメ、なんですか?」
「……何?」
「それは、確かに、賢者を辞めるなんて……とんでもない決断だと思うけど。でも。それくらいの覚悟が、サラマンダーさんにはあるってことですよね?そんな選択肢が出てくるくらいに……ウンディーネさんと、結ばれたいって思ってるってこと……ですよね?」
賢者を辞める、なんて。
普通は、出てこない考えだ。
少なくとも「賢者」としての役割を与えられた「キャラクター」として生きているなら、それを降りるなんて発想がそもそも出てこないだろう。それなのに……そこを越えて、サラマンダーさんはウンディーネさんのことを想っておる。
それは、なんだか、とんでもないことのように思えた。
このバグだらけの世界で、でもそんなバグだらけだからこそ、サラマンダーさんが見つけた……普段の『エント‥エレメント』では決して辿り着けない、答えのように思えた。
「それなら、それを選ぶのは……ダメ、なんですか?」
問う。
どうして、と。
なぜ、と。
だってそれは、俺じゃないと問えない質問の気がしたから。
今は確かに『来訪者』としてここに居る人間の俺だからこそ、伝えられる言葉の気がしたから。
「だってそんな選択、普通なら生まれないはずです。賢者は絶対的なものだって聞きました。世界には欠かすことができない存在だって。簡単には死ぬことさえできないって……。それなのに、それを、辞めるだなんて……」
その選択が。
その自問が。
いま、この世界で、サラマンダーさんが「生きている」ってことなんじゃないだろうか。
賢者の、プレイヤーと恋をするサラマンダーじゃなくて。
ウンディーネという人を想う、ひとりのひととして。
生きようと足掻いている、その、ちょうど只中なんじゃないだろうか。
「俺、そう思えたことそのものが……すごいことだって、そう思うんです」
りょうの言っていたことが、わかる気がする。
りょうの、どこまでも必死な想いが、理解、できる気がする。
いまのこの世界。
崩れて、壊れかけているからこそ、束の間の「自由」をキャラクターが勝ち得ているこの世界が。
本当にとんでもない奇跡の上にあるんじゃないかと、俺はそう、強く感じる。
「だから。だから……っ。諦めないで、ほしい。笑い飛ばさないんで、ほしいんです」
ああ、そうか。
『これ』を。諦めたく、なかったんだ。
りょうも。しゃんちゃんも。
『これ』を、護りたいって思ったんだ。
そのために危険だって受け入れて、その覚悟を決めたんだ。
ここに来る前は漠然としか理解していなかった皆の覚悟が、ようやく周回遅れで俺にも伝わってくる。俺にもその理由が、意味が、確かに響いてくる。
この場所を護りたい。
この人達を護りたい。
この想いを。
……護りたい。
「だって。……だって。そう思えていること、そのものが。今、この世界で、サラマンダーさんが。ウンディーネさんを……賢者じゃなく、ひととして、愛せているってことなんだから……っ!」
それなら、俺だって同じように護りたい。
そんな奇跡のような想いを、選択を、見出したサラマンダーさんを、護りたい。
俺はまっすぐサラマンダーさんを見る。
視界がぶれぶれだし、声も震えてるから、たぶん泣いてるんだと思う。
でもしょうがない。今更泣いてるのなんか止められないし、そんなことに構っていられない。
守れるかわからない世界を守ろうとするなら、自分だってそれくらい必死に覚悟を決めなきゃしょうがない。
想いがそのひとを形作る。
想いが、そのひとをそのひと足らしめる。
それなら、俺だって。
ひととして、責任をもって。
サラマンダーさんに、向き合いたいんだ。
「……。」
「うわ゙っ!?」
しばらく俺を見下ろしたサラマンダーさんは、さっきそうしたようにまた、俺の頭をガシガシと撫で回した。しかもさっきよりも強い、明らかな馬鹿力。そのむちゃくちゃな力にさすがに怒らせた!?と慌てるけど、恐る恐る顔を上げると、サラマンダーさんはニカリと……豪快に、笑っていた。
「……そうだな。俺の想いと覚悟は。そんな、安いもんじゃねぇよな」
「ぅ。うっ。さ、サラマンダーさん……ッ?」
ガシガシと、絶えず掻き回される手。乱暴で強引で。でも、その手はとても暖かい。それは炎の元素を宿しているだけじゃなくて、サラマンダーさんそのものから伝わってくるような熱だ。
「……おっし。なら俺も……意地悪く、足掻いてみるか」
「え……?」
「ありがとうな。お前のお陰で、俺はどう在っても俺なんだと、気づいた」
「うぶっ!」
バン、と更に馬鹿力で背中を叩かれる。頭の次は背中……っ。わかってたけどサラマンダーさん、めちゃくちゃ体育館系……っ。
で、でも、ありがとうって言ってくれたってことは……俺の言ったこと、届いたのかな?少しは……考えて、くれたのかな?
「じゃあ俺は、ウンディーネにプロポーズしてくるか。賢者を辞めて。お前と一生添い遂げる、って」
「! ぷ、ぷろぽーずっ!そ……そいとげる!」
「おう。だからお前も、リョウにプロポーズしろよ?」
「!!!! りりりりり、りょうに!ぷ!ぷろぽーずっ!!!!!!!」
「そうだよ。人にそんだけ啖呵切んなら、自分も行動で示さねぇとな。そうだろう?ハジメ」
「ひ、ひ、ひぃぃ……ッ!」
俺を覗き込んで、いやらしい顔でニヤリと笑うサラマンダーさん。
その顔は完全にライオンさんなどに代表される捕食者のそれで、俺は震え上がるしかない。しかもがっしりと腕を掴まれて、逃してもくれなさそうだ。でも実際ウンディーネさんのところにはりょうが居そうだし、りょうを探すのも大事な目的だから、怖いけどこのままサラマンダーさんに連行されたほうがいいのかな……?祭壇のほうへ行くなら、エーテルーフくんとも会えそうだし……。
「おおぉ゙い~……。はじめ、く~ん゙……っ」
「え?」
でも、そこで俺を呼ぶザラザラした声に立ち止まる。
振り返ると──そこには。
蔵書舎の司書であるノアくんが、ガジガジと帆立のぬいぐるみを齧りながら……俺を睨むように、見つめていた。
【EX‥TIPS】
・ノアの帆立ぬいは自作。噛んでいるせいで唾液や歯でのダメージですぐに素材が駄目になってしまうので、ストックがたくさんある。またぬいを噛むのはストレス発散のため。
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公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
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BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
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