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【懐胎】

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 ……退屈な人生だった。
 一般的な楽しさも面白さも彼にとっては味気がなく、セックスをしている時と、それに伴って他者の感情が揺らぐ時だけは、煌めく生を実感させた。だからこそ自らの肉体を使って人生を謳歌すると決意した日から、彼は自らを「理平」と名乗った。それまでのつまらない自身とは決別し、生まれ変わった己として生きていくことを決めたのだ。
 幸い理平は性的な魅力に事欠かず、性別や年齢に区別なく対象を魅了することが可能だった。あらゆる相手に抱かれ、あらゆる相手を翻弄してきた。それが理平の日常。ひいては、理平の生活そのものだった。
 そして『日暮史爽』も、理平にとってはそんな日常の中で関わった、年下の男の一人だった。偶然同じ場所に居合わせた大学生。しっかりした体格に比べて小心な性格が現れた態度はいかにも性に疎そうで、ヴィオの「勝負」もあって丁度良い相手だったのだ。
 実際は童貞ではなかったものの、年相応の幼さが垣間見える姿は可愛らしく、いつもよりも虐めてしまった。性器も大きく、相性もそこまで悪くなく。愉しく気持ちの良いセックスだった。
 だが、ただそれだけ。彼は理平にとって一度限りの、他の誰とも変わらない男のはずだった。

「──理平さんッ!」
「……あら。」

 ……だからこそ。
 素直に、理平は驚いてしまった。
 前回爽に託した高級ホテルから一転、新しく根城にしていた古めかしい安宿に、その爽が突然姿を現したからだ。あれからほぼ1ヶ月。日夜他の相手と寝ていた理平が、爽のことなどすっかり頭の隅に追いやっていた頃合いだった。
 これまで理平の居場所の特定に成功した者は多くない。しかも大抵は権力や金や能力を持った連中が主で、一般の大学生がそれを成し遂げるのは、理平の豊富な経験の中でも中々に稀有なことだった。
 予期せぬ来訪者に理平は読んでいた本を置き、ベッドから起き上がる。爽は、怒ったように泣きそうに、真っ直ぐに、理平を見つめていた。

「どうしたの?良く……ここが判ったね」
「だって!あんたがッ!俺のこと捨てて、勝手にどっか行くから……っ!」
「捨てるって……一度きりの関係でしょ?重い事言わないで。私は誰にでも等しく同じ扱いをするの。キミもそうだっただけ」
「でも。俺はっ。あんたのこと、忘れられなくて。ずっとずっと忘れらんなくて。だからずっと、毎日毎日、あんたのこと、捜して……っ。理平さんのこと、捜して……っ!」
「……。」

 鼻を赤くし、ぐすぐすとどもりながら喚く爽に、理平は嘆息する。本当に子供。手を出さないほうが良かったかも。一度はそう考えるものの、二度も会うことが出来た褒美くらいは与えてもいいだろうと、そう思い直す。実際、彼の顔や身体には傷や痣が目立ち、ここへ来るまでに真っ当ではない手段も使ったのだろうと推察できた。そこまでの執念を抱いた相手をまた気軽に「捨てて」しまったら、あとが面倒なことになりそうだ。

「全く……しょうがない子。ほら、おいで」
「っ……。」

 様々な可能性を考慮し、静かにベッドへ手招くと、ずっ、と鼻をすすって爽はベッドへ乗ってきた。まだどこかぎこちない身体を引き寄せてその額にキスをしてやると、爽は素直に理平へ凭れ掛かってくる。

「ん……♡私のこと……ずっと、捜してたの?」
「そ……そうだよっ。だって、あんたが……あんなこと、するからっ」
「さっきも言ったでしょ?私は誰にでもああするの。キミだけじゃない。むしろ……普通の子がこんな傷まで作って私に会いに来たのなんて、キミが初めてだよ」
「俺が……はじめて?」
「そう。爽くんが、はじめて」
「っ。っ……♡」

 はじめて、という言葉でその眼がきらきらと光り輝く。まだ若く幼い、何も知らない瞳。けれど以前とは違い、そこには隠しようのない濁りがある。ただ無垢なままでは居られなかった、昏く淀んだ凝りがある。怒り。憎しみ。憤り。それは理平にも社会にも自分自身にも向けられた、無秩序で混沌とした負の全て。かつての爽には決して存在しなかった、闇を知った辛苦の眼。

「──。」

 それを見た理平の胸に、幽かな高揚が灯る。自らがこの男を変質させたその証明、爽そのものという汚泥の結晶を見て、どうしようもなく心が満たされる。それは理平にとって酷く珍しい、性以外の充足。吹けば消えてしまいそうな悦びの火。だが、だからこそ、脆弱な中で産まれ得たそれを簡単に手放してはいけないのかもしれないと、理平は思う。稀有は彼の来訪だけではなく。この心境。この胸中にも。存在しているのかも、しれないと。

「……いいよ。じゃあ、シよっか。折角……ここまで来てくれたしね♡」

 その炎を護るように。その幽かな灯火を、無関心という吐息で絶やさぬように。爽の両頬を両手で包み、鼻先へキスをする。ただの一般人のくせに自分の元へ辿り着いた貴重な若人。そこに産まれ得た新たな感情。それを──理平は、確かめてみたくなった。

「ぁ♡あ……ッ♡理平さん……ッ♡理平さんッ!♡」
「ン、んぅっ!♡」

 理平の誘いに爽は頷き、そのまま押し倒され、口づけられる。しっかりと伸し掛かられ、手を絡められる。湿った体温は興奮しているせいだろうか。ヘコついて揺れる腰に、自然と笑みが浮かぶ。余裕のない相手は、好きだ。衣服を脱いで、理平は自らも腰を押し付ける。

「ぁ♡ふふっ♡がっついちゃって……ッ♡」
「だってずっと、ずっと考えてた、あんたのことっ、理平さんのこと……ッ♡あんたのことしか、考えられなかった……っ!♡」
「そうなの?じゃあ……♡──んぉ゙、お゙ッ!?♡♡♡」

 以前そうしたようにこちらが優位になって動こうとするが、それを拒むように挿入された。日々男や道具を受け入れているアナルは乱暴な挿入でも痛みなく爽の性器を受け入れたが、前触れのない刺激に、思わず理平は仰け反ってしまう。

「ははっ♡うぁ゙♡あは……ッ♡理平さん、俺のちんぽで、感じてる……ッ!♡」
「っ♡れ゙、爽くん……ッ♡ンぶッ!♡♡♡」

 口づけをされたまま、乱暴に揺さぶられる。喜んでいるのに哀しそうな顔。理平が推し量れるはずもない様々なすべてを混ぜ込んだ色。我武者羅で。乱雑で。ただ必死で切実で。理平の中を探るように膨らみ、まるで感情を流し込むように続けられる性器の出し挿れは、以前のものとはまったく違う腰使いだ。それを体現するように、がっしりと爽は理平を押さえ込んでキスと言葉を繰り返す。

「んぉ゙♡理平さんっ♡俺っ♡あんたが好きだよっ♡あんたのこと、忘れられないんだっ♡もう、あんたのことしか考えらんないんだよッ♡あんたがいいっ♡理平さんっ♡俺のそばにいてよっ♡俺と一緒にいてっ♡もうあんたが居ない人生、おれっ、考えられなくなっちゃったんだよ……っ!♡♡♡」
「ッ──、」

 浴びせられる言葉に、ぞわ、と鳥肌が立つ。それは嫌悪。それは拒絶。理平が最も忌諱する、「愛」という束縛。他者を縛り、他者を奪い、寄与することで従属させる盲目的で悪辣な枷。爽からその臭いを感じ取った理平は、咄嗟に爽の胸を押し返す。

「ちょっと……ッ、やめろよ!!」
「っ!?な……っ。理平……っ、さん?」

 激しく爽を睨みつける。驚いたように爽が目を開く。だが違う。相手が「彼」だから、ではない。「誰」がそんな感情を向けても、理平は変わらず「こう」反応しただろう。ひとを愛せず、身体以外に興味を持てず、故に他者に囚われず自由に生きてきた理平にとって、剥き出しで向けられる愛は暴力のようなものでしかない。

「俺は、そういうのは、嫌なんだよ!好かれたり、執着されたり、しがみつかれたり……ッ。恋なんて、愛なんて、俺には必要ない!離せよ!キミが、そんな気持ちでここへ辿り着いたなんて反吐が出る……ッ。ただセックスをするわけじゃないなら、今すぐ帰れ!!」

 そしてそんな想いによって爽がここまでやってきたことが、理平には耐え難いことだった。自分が最も嫌悪する感情を燃料にして、こんなにも未熟で経験不足な男が自分を捉えたことが、我慢ならなかった。愛を嫌い、束縛を嫌い、だからこそ人にも場所にも執着せず奔放に振る舞ってきた理平の人生を、否定されたような気さえした。
 一人称も口調もいつもの「理平」として取り繕うことができず、乱暴に爽を突き放す。嫌で嫌で、たまらなかった。

「……。──知るかよ」
「お゙ひッ!?♡♡♡」

 しかし燃え上がった炎はもう消えない。爽は激しく拒絶を示す理平を冷えた視線で一瞥し、低い声で一蹴し、乳首のチェーンを乱暴に引っ張る。乳首がちぎれそうなほどの強さは、爽が加減をしていない証明だ。理平が一度消すのを躊躇って抱いた火は日暮史爽を燃え上がらせ、理平をも内包して鈍く延焼させてゆく。

「俺は、あんたのせいでこうなったんだ。あんたが俺をこうしたんだろ。責任取んのは、あんただろ?」
「ぁ……ん゙ひっ!♡」
「ほら……キツいの、好きなんだよね?」
「ぉ♡お゙ッ♡♡♡ひッ♡ひぐぅ゙ッ!♡♡♡」

 絶えず乳首のチェーンを引っ張られ、身体が跳ねる。挿入ったままの性器が前立腺を擦り、無意識に中を締め付けてしまう。嗜虐的な嗜好を持っていても、痛めつけられることを好む肉体は激しい爽からの仕打ちを悦び、如実に反応してしまう。淫らな、ふしだらな、下品に育ってしまった身体。オスを翻弄するためにオスへ媚びて傅く、どうしようもない、この身体。
 ぉお゙ッ♡これ゙♡これキくッ♡ほぉ゙ッ♡これダメ♡反応、しちゃゔッ♡や゙なのに♡こんなやり方も゙♡この子も゙♡や゙なのに゙♡オス♡オス丸出しの爽くんに゙♡メスが♡反応、しちゃゔッ♡ォオ゙♡ダメ♡乱暴なのしゅぎ♡キツいの゙♡しゅきなの゙ッ♡ぉ♡お゙ッ♡ちくび♡伸びる゙♡爽くんに゙ッ♡引き伸ばされ゙て♡おれのカラダッ♡改造、され゙ちゃゔッ♡♡♡

「ぉ、お゙……ッ♡くっそ、締まる……ッ♡くそっ♡これも、俺じゃなくて、開けたやつがいる……ッ。あんたの身体には、いっぱい、他のやつが、染み付いてる……っ!」
「ほぉ゙♡ぉ゙♡お゙ッ♡──んおぉ゙ッ!♡♡♡」

 限界まで引き抜いた性器を、一気に奥まで突き立てられる。ごりゅ、と鈍い音が響き、結腸まで挿入ったのだとわかる。プシュッと潮が噴き、雑なアクメの感覚が襲う。苛立ち。怒り。少しの切なさ。感情と表情が確かなかたちを持ち、爽の想いを正しく、露呈させる。

「わかってるよ……っ。あんたは、ずっと、そうなんだ。ずっと、ずっと、いろんなやつに抱かれて、遊んで、捨てて……っ。ずっと、そうやって、やってきたんだろっ?」
「だから、なに゙……ッ♡それが、な゙んだよ……ッ♡ほぉ゙ッ!♡♡♡」
「誰かを傷つけて、勝手して、楽しんで……っ。でも、あんたはそれを許されて、逃げてきた。誰かをおもちゃにするのを、ずっとずっと許されて、許して、今までやってきた。俺、知らなかったよ。あんたみたいな、ひどいやつがいるなんて」
「ッ♡ぅぐッ♡やめろ゙……ッ♡ぅあ゙♡そんな゙言い方、するな゙ッ♡ぉ、お゙ッ♡おれ゙はッ♡こういう生き方しか、できない、だけッ♡ただそれだけ……ぉお゙んッ!♡♡♡」

 揺さぶられながら、突きつけられる言葉に首を振る。
 知っている。判っている。そんなこと、キミに言われなくても自分が一番判っている。誘って。弄んで。去って。そんな放蕩を赦される魅力を持ち合わせたが故に、ここまで自由にやってきた。だがそれは自ら決めたことだ。認めたものだ。それをわざわざ指摘される為に俺はキミを誘ったんじゃない。そんなことを言われる為に抱かれたんじゃない。全ては遊び。全ては茶番。目についた道具で遊ぶだけの行為。それを咎められても仕方がない。それが俺。それが己。それがこの29年間生きてきた、「理平」という人間なのだから。

「だから……ッ。俺は、許さない。あんたを、許したりしない。だってそうしたら、俺はあんたにとって、また他の誰かと同じになっちゃうから」

 しかし泡沫に弾けるそんな言葉は、なんの意味も持たない。多くの「誰か」ではなく一人の「日暮史爽」となった彼の前で、そんなありきたりの言葉はなんの意味も持たない。それを見せつけるように、爽はその頬を掴んで己の存在を理平へ繋ぐ。

「理平さん……っ。俺を一回でも選んだなら、俺を見てよ。他の誰かと一緒にしないでよ。俺はこうやってあんたを見つけたんだ。また会えたんだ。会おうと思って、必死で、必死で、死ぬ気で、あんたを捜したんだ。金もなくなったし怪我もした。あんたと出会っただけでこんなにめちゃくちゃになった。わかれよ。知れよ。俺はあんただけになっちゃったんだよ、理平さん……っ!♡」
「ぉ゙♡お゙ッ♡んッ、ンぅ゙……ッ!♡♡♡」

 ただ切実に、言葉が雫のように堕ちてくる。濁った水滴。欲望の雨。抱え込まれ、腰を押し込まれる。緩く深い動きは、奥から言いようのない快感が襲ってくる。腰が揺れる。アナルを締め付けてしまう。最初にキスをした時厚いと感じた舌と唇は、こんな時でも気持ちがいい。こんな時でも、この肉体は呆れるほど実直だ。

「理平さんっ♡りひらさんッ♡んぉ゙♡すき♡ぉお゙♡すきぃ゙♡あんたみたいなひどいやつっ♡忘れようってっ♡そう思ったのにっ♡だめなんだよっ♡あんたの身体も♡顔も♡態度も♡ひでぇのにッ♡忘れらんないんだよッ♡」
「ほぉ゙♡ぉお゙ッ♡んッ、おぉ゙ッ♡」
「りひらさんッ♡だめなんだよっ♡おれ♡もう♡あんたナシじゃだめなんだよぉ゙ッ♡ほぉ゙ッ♡あんなことされてッ♡こんなセックスしてッ♡もう、おれ、戻れないんだよぉ゙ッ♡♡♡」
「ぉ゙♡お゙ッ♡ほぉお゙ッ!♡♡♡」

 秘め隠していたものが決壊してしまったように、爽は腰を振りながら叫び続ける。吐露。咆哮。無作為に育ってしまった想いの強さに比例するように、ピストンも強く、我武者羅な、無我夢中なものになってゆく。
 お゙ッ♡ダメ♡これ好き♡好ぎぃッ♡年下の♡デカい身体でッ♡押さえつけられてピストンされるの、好ぎぃッ♡ダメ♡ォ゙♡クる゙♡これクる゙♡マンコクる゙ッ♡お゙ッ♡ダメ♡イかされる゙ッ♡ナメてた年下に゙ッ♡こんな男相手にイかされる゙ッ♡ぉ゙♡お゙♡イグ♡アクメする゙♡爽くんに゙ッ♡アクメ♡させられる゙ッ♡♡♡

「りひらさんッ♡ぉお゙♡でる♡でりゅ゙ッ♡だす♡理平さんに、だすッ♡理平さんのまんこにだすぅ゙♡ほぉ゙ッ♡ぉお♡んおぉ゙ッ♡」
「ぉ♡お゙♡れんくんッ♡れ゙んくん゙ッ♡♡♡」
「ぉ゙♡よんで♡りひらひゃんッ♡もっとおれのこと呼んでッ♡ほ♡でる♡でりゅ♡お゙ほ♡ほぉ゙♡んほおぉ゙~……ッ!♡♡♡」
「ぉ゙ひッ♡♡♡ん゙ひッ♡ひッ♡んひぃ゙……ッ!♡♡♡」

 絶頂は、合わせたように同じだった。あるいはそう願った爽の思いが届いたのかもしれなかった。硬く爽にしがみつかれたまま、気付けば知らず知らずの内に理平も爽を抱き締めていた。仰け反るようなアクメにどくん、と体内へ精液が注がれる。日暮史爽という男の体液が、再び、理平へと刻まれる。

「っお゙♡ぉ♡お゙ほぉ……ッ♡♡♡」
「お゙♡んぉ゙♡ほ、ほおぉ゙……ッ♡♡♡」

 お互い、アクメに溶け出して余韻へ溺れる。纏まらない思考に、ぬるく体温が染み付いてゆく。湿った体温。汗ばんだ体温。熱く、生々しい人間が放つ、鬱陶しいほどに張り付く体温。普段はすぐに手放してしまうはずのそれが、何故か今は酷く、忌々しくも心地よく感じられる。

「ぅ、うぅ゙♡うぁ゙……ッ♡理平さん、ごめん……ッ♡ぅゔ♡こんなことして、俺だって、ひどいやつなんだ……ッ♡だから、俺のこと、許さないで……っ♡理平さん……っ♡許さないで、忘れないで、捨てないで……ッ♡俺のこと、他の誰かじゃだめな、とくべつに、してよ゙ぉ゙……ッ♡」
「あ……ッ♡ンぅ゙♡ふッ♡ふうぅ゙ッ♡」

 ……それはきっと、爽もどうしようもなく、身勝手な欲望を振り翳しているからなのだろう。口づけと共に頬へこぼれる涙。あふれ出してとまらない、爽の執着の証。他者を傷つけ、自らを傷つけ、その傷を勲章としてひけらかし対価にする、あまりにも幼稚で、どこまでも醜悪な、我儘な愛。それは理平が利用すると決めたひとの愚かさ。理平が唯一価値を認めた、たったひとつの、他者への好意。

「理平さんっ♡すき♡すきです……ッ♡んぉ゙……♡くそっ♡ぉお゙♡すき♡好き、だよぉ゙……ッ♡♡♡」
「っ……。」

 ──だからこそ。
 まだ腰を押しつけたまま啼いて無様に愛を吠える、もう二度と会わないと思っていたあどけない輪郭が、心底馬鹿馬鹿しくも愛しく思えてくる。憐憫。同情。そうした類に心が浸かり、なんだか心底呆れた気分になってくる。みっともない姿で恋を宣い、未熟な感情に振り回されて、文字通り「めちゃくちゃ」になって。そんな爽があまりにも情けなくて、みじめで、滑稽で。それこそ、見捨てるのも莫迦らしくなってくる。
 どうしようもない男。
 見てもいられない男。
 救いようも、ない男。
 嗚呼……。
 ……自分自身よりも、そう感じる相手がいるなんて。

「はぁ……。キミって、莫迦ね」
「うぅ゙♡知ら゙ない♡だって♡あんたがッ♡理平さん、がッ♡」
「俺のせいじゃないよ。こうすることを選んだのはキミでしょ、爽くん。それは、キミだけの責任だよ」
「うぁ゙♡ぁ゙♡ぁゔぅ……ッ♡」

 責任など大嫌いだ。そんなものを取りたくないから、こんな人生を選んだとも言える。だが、爽の言っていることは正しい。自分は自由な人生を他者から許されてきた。だからこそ、今まで好きに動いていられた。自身の魅力。他者の温情。どちらもが伴っていたからこそ、この綱渡りの生活は安穏の放蕩を保っていられた。それを己へ知らせたのはこの男だ。それだけは、認めてもいいと思えた。
 やっと自分が戻ってくる。いつもの理平が、戻ってくる。息をついて彼を見る。いつの間にか口調も気分も。元に、戻っていた。

「でも……良いよ。判った。キミのことは、許してあげない。それが俺に出来る、キミへの『特別』」
「え……っ?」
「キミが言ったんでしょ?自分を、特別にしてくれって」
「そ♡そう、だけどぉ゙……ッ♡」
「だから、それだけは、認めてあげる。『特別』に、ね」
「ン゙ッ♡んぅ゙ッ♡」

 口づける。莫迦で間抜けで可愛い、年下の、躾の悪い犬のような男に。それでも一つの正しさを教えた、幼くも尊い男に。ゆっくりと、舌を絡めて抱き締める。今だけの特別を静かに、分け与えてやる。すると夢中でキスをしていた爽は、蕩けた顔のまま、理平に何度も甘えるようにその唇を吸い始める。

「理平さん゙……ッ♡も♡もっかい、シたい゙♡せっくす、したい゙♡ちんぽ♡また♡勃っちゃったからッ♡ちんぽ♡治まんなくなっちゃったからぁ゙♡ね♡いいよね♡俺♡理平さんのとくべつなんだから♡どすけべせっくす♡シても♡いい、よねっ?♡」
「……。」

 それこそ餌を与えて懐いてしまった犬のように、尻尾ではなく腰を振り始める爽。自尊心を捨てた変わりに会得した図々しさをなんの躊躇いもなく露わにするその姿に、理平は憚りなく嘆息する。こんな扱いづらい男に、気安くなにかを許すのではなかったと──早速、後悔の念に駆られながら。

「はぁ……ッ。本ッ当、キミって、莫迦なんだから!」
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