わたしの終末

あおい

文字の大きさ
上 下
2 / 4
日記帳には書かないで

恋愛映画でボロ泣きしようよ

しおりを挟む




×月×日

海に行った。
真冬の海風はとても冷たくて、ダウンを着込んだ自分ですら立ちすくんでしまうほどだった。きみはまるで何も感じていないかのように、ぽちゃぽちゃともじゃぶじゃぶとも似つかない音を立てながら白い波を掻き分けて、ぐんぐんと進んでいく。堪らなくなって後ろから声をかけた。意図は悟られないように、なるべく能天気に聞こえるように。

「今日お前が好きって言ってた歌手がテレビ出るぞ~」

その双眸に虚無の色を灯したきみは、しばし下を向いて考え込んだあと、ゆっくりとこっちに向かってきた。カバンから出したあたたかいタオルで、死んでるみたいに冷たいきみをくるんで、そっと抱きしめた。


×月○日

一緒に帰ろうときみの教室に寄っても、きみの姿が見えなかった。嫌な予感を覚えて、全力で家路を辿る。
きみの家に着いた。玄関から入るのもまどろっこしくて、2階の窓に飛び付いて中に入った。微かに目を瞠るきみの腕にはカッターの刃が当たっていた。

「明日お前が好きって言ってた季節限定品が復活するんだってさ」

それなら仕方ないな、みたいな顔をしているきみから、カッターを取り上げた。伏せられた長いまつ毛から覗く双眸には、虚無が色濃く宿ったままだ。


×月△日

早朝、空き教室の隅で、縄を結ぶのに四苦八苦しているきみを見かけた。本当は、また嫌な予感がして、死にものぐるいできみを探していただけなんだけど、なんでもないように教室に入って縄を回収する。つとめて明るく言い放つ。

「今週の金ロー、千と千尋の神隠しなんだってよ」

じゃあ金曜まではやめるよ、とあっけらかんと言ったきみの顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。


×月◻️日

冷たい風の吹き抜けるビルの屋上を目指して走った。階段をかけ登った先に見えたものは、裸足になって、風にスカートを踊らせるきみの姿。震える唇を叱咤して言葉を放った。こちらに振り向いたきみの顔は、不気味なくらいに穏やかだ。

「今日な、お前が劇場で見れなかったあの映画がアマプラに入ったんだ。明日はお前の好きなアーティストの新曲が出るし、明後日にはお前のよく見てるYouTuberのチャンネルで配信があるんだ。明明後日もその次も、チャンネル登録してる配信者の動画の更新があるかもしれないし、お前の食卓の夕飯に並ぶのは母親の作った肉じゃがかもしれない。お弁当のデザートにりんごがついてるかもしれない。来月にはマックの新作だって出るし、いつも予約のとれないコラボカフェの予約開始期間も来月の半ばで、お前の好きなアパレルブランドも、もうすぐ新作出すって言ってたんだ」
「……うん」
「だから……だから、だからさぁ、なぁ……」

ゆっくりと言葉を紡ぎながら、きみのすぐ近くにまで移動した俺は、俺ときみを阻むフェンスから身を乗り出して、フェンスに縋りついて。それ以上は何も言わなかった。言えなかった。鼻の先がジンといたんで、目頭がひどく熱くて、顔に集まる熱が、冷たい夜風に撫でられて、中途半端に消えていった。
きみはフェンスを乗り越えて、俺の背中に手を回した。きみの肩に額を押し付けた。もう堪らなくなってしまって、きみの小さな背中をかき抱いた。 きみの身体は冷たくて、俺の手がすごく熱くて、なんだかひどく悲しくなってしまった。ぽろぽろと落ちていく言葉は、もう俺の意思では止められなかった。

「……今日、帰ったら俺ん家で映画を観よう。明日はあのアーティストの新曲聴こう。明後日はYouTuberの配信リアタイしよう、来月はマックの新作買いに行こう、コラボカフェのホームページに齧りついて絶対に予約しよう」
「うん」
「いっぱいキスして、ぎゅって抱き締めて、やさしく手握って、どんなことでも言葉で伝えるから。だから、だから……。
俺のお願い、聞いてくれよ」
「……うん」
「……帰ろう」

情けないことに、きみから離れるのがとても怖かったから、帰ろうって言ったのに、全然動けなかった。俺の肩口に顎を乗せて、甘えるように頬をすり寄せるきみは、今日これから一緒に観る映画のことでも考えているのだろうかと思った。そうして、じんわりと熱を持ち始めたきみの身体に、今日も安堵する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...