鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

文字の大きさ
上 下
79 / 81
Epilogue

たどり着いた場所

しおりを挟む
ピアノの蓋も開けた。同時に、あの夏からの思い出も飛び出したような感覚を覚えた。
このピアノには、僕の青春が詰まっている。いつかからあった傷も、僕が今までに見たことの無い傷も。どれもこれも、僕らの青春と誰かの青春が交差して、混ざりあっているのだろう。
これからの誰かの青春の傍に、音楽があったなら。
誰かが僕らと同じように、音楽を通じて別の誰かと出逢えたなら。
その手助けができるこの仕事は、本当に誇り高いものだ。そう思いもした。
澪は隣に座っていた。その状況も、表情も、昔と変わりがなかった。それに安堵した僕は、澪の楽譜を開く。
「何ページ?」
「215」
指定されたページを開く。それは、濃くて色鮮やかな青春の1ページを思い出す動作にも似ていた。
ふと、カサっという音を立てて、楽譜が落ちた。僕はそれを拾う。
それは、僕らの始まりと言うべき連弾の楽譜があった。懐かしい音符の羅列は、僕の青春時代を思い出させる。
「ふふっ、はいっ、騙されたぁー」
「ここまで凝らなくてもいいだろ」
「はいはい、言い訳はいらないでーす」
澪は勝ち誇った顔をして、僕の方に振り向いた。その表情にさえも懐かしさを感じて、僕の頬は緩んだ。
「という訳で。連弾、やろっか」
「どんな訳だよ」
「まあまあ、細かいことは気にしない」
澪は、あのときと同じ場所に手を置いた。それにつられて、僕も同じように手を置いた。その所作だけでも、懐かしさが込み上げてきた。
隣の澪は、自慢げな顔をしていた。
…後でからかってやろう。
「はい、テンポ124でね」
「速くないか?」
「いーのいーの!」
「…どうなっても知らないぞ」
「割と平気だって!…いくよ?…1、2…」
しおりを挟む

処理中です...