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第5章 Duet
君の音
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立花先生との会話の後、僕らはどこに行くわけでもなく、このお祭り騒ぎが遠く聴こえる校庭の隅にいた。
「なんだか、演奏あっという間だったね」
「あぁ、楽しかった」
「…相原くん」
「なに?」
「私を…」
水瀬は、黙ってしまった。微かに動く唇が、言葉を紡ごうとしているサインなのだと言うことを示していた。
言葉では伝えづらいことなんだと思う。水瀬はもしかしたら、気持ちを伝えることに不器用なのかもしれない。
「私を、音楽を愛する人間にしてくれてありがとう」
水瀬は、少し頬を赤くしながらそう言った。その表情に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「頑張ったのは水瀬だろ?」
「でも、私、相原くんの言葉のお陰で目が覚めたんだよ」
あのときの、電話での言葉で。と水瀬は言った。
そう、あの電話のとき。僕は水瀬に向かってこう言ったのだった。
『僕が一番好きな音は、水瀬の音だ』
僕は水瀬にそう言った。
嘘ではない。僕はずっと水瀬のことを思ってピアノを弾いていたのだから。合唱祭のときも、さっきも、どんなときも。
ずっと、気がつかないでいた。近くにある「大好きな音」の存在に、気がつけていなかった。何故気づけなかったのかと思うけれど、それはきっと、僕にとって水瀬という存在がそれほど身近な存在だったからだろう。灯台もと暗しだ。けれど僕は、感情を伝えるのに器用ではないから、羞恥の感情を押し殺す他、何も手立てはなかった。
「…まあ、そうなら良かった」
「ふふっ、素直じゃないなぁ」
そう言って水瀬は笑っていた。その笑顔は、天真爛漫な、あのときと同じ笑顔だった。初めてあったあの日の、笑顔のまま。
「なんだか、演奏あっという間だったね」
「あぁ、楽しかった」
「…相原くん」
「なに?」
「私を…」
水瀬は、黙ってしまった。微かに動く唇が、言葉を紡ごうとしているサインなのだと言うことを示していた。
言葉では伝えづらいことなんだと思う。水瀬はもしかしたら、気持ちを伝えることに不器用なのかもしれない。
「私を、音楽を愛する人間にしてくれてありがとう」
水瀬は、少し頬を赤くしながらそう言った。その表情に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「頑張ったのは水瀬だろ?」
「でも、私、相原くんの言葉のお陰で目が覚めたんだよ」
あのときの、電話での言葉で。と水瀬は言った。
そう、あの電話のとき。僕は水瀬に向かってこう言ったのだった。
『僕が一番好きな音は、水瀬の音だ』
僕は水瀬にそう言った。
嘘ではない。僕はずっと水瀬のことを思ってピアノを弾いていたのだから。合唱祭のときも、さっきも、どんなときも。
ずっと、気がつかないでいた。近くにある「大好きな音」の存在に、気がつけていなかった。何故気づけなかったのかと思うけれど、それはきっと、僕にとって水瀬という存在がそれほど身近な存在だったからだろう。灯台もと暗しだ。けれど僕は、感情を伝えるのに器用ではないから、羞恥の感情を押し殺す他、何も手立てはなかった。
「…まあ、そうなら良かった」
「ふふっ、素直じゃないなぁ」
そう言って水瀬は笑っていた。その笑顔は、天真爛漫な、あのときと同じ笑顔だった。初めてあったあの日の、笑顔のまま。
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