鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

舞台袖

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体育館の人工的に輝くステージの裏側で、僕らは密かに出番を待った。それはまるで、栄光の裏の影のようでもあった。
もう3分程、待っている。
その間も静かに、僕らの会話は続いていた。
「…緊張する……」
「大丈夫か?」
「うん。緊張はするけど」
「よかった」
合唱祭の時の水瀬の様子を思ったが、それは杞憂のようだった。今の水瀬にはきっと、音楽という希望があるから。だからきっと、大丈夫だ。
「…相原くん」
「なに?」
「本当に、ありがとう。色々と」
「気にすんなよ、そういうときもあるだろ」
それに今、ここに戻ってきてくれたのだから──。それだけで、もう他は何もいらなかった。
「うん。…相原くん」
「ん?」
「私、相原くんと連弾できてよかった」
「…それは、僕も同じだよ」
「え?」
『ーーダンスクラブの皆さん、ありがとうございました。』
「そろそろ出番だ」
「うん」
「…相原くん」
「なんだ?」
「…ありがとう」
「さっきも聞いた」
「そうだね。なんか言いたくなっちゃって」
「変な水瀬」
「変って言わないでよ~」
「変なものは変だ」
「ひどいっ」
「…水瀬」
「なに?」
「………これからも、僕と──」
僕がそう言った瞬間、世界から音が消えた。それは、緊張のせいか、それとも別の何かか。
司会者の無機質な微笑を含めた声によって、僕は現実に引き戻された。
『続いては、ピアノ連弾です』
不意に、僕らの連弾の最初の音が聞こえた気がした。ユニゾンだ。
綺麗に揃っている、あの音色。緊張による幻聴だと知っていても、僕はそれにすがりついていたかった。
それはきっと、この言葉の答えを聞くのに、恐怖したから。
「…当たり前でしょ?」
けれど彼女は、それに反して笑った。それに思わず肩の力が抜ける。
そうだ。水瀬はそうだった。そうやっていつも、僕の小さな悩みなんて吹き飛ばしてしまう。何をそんなに悩んでいたんだろう。僕は心の中で自分を自嘲した。
「そうだよな」
改めて、お互いの気持ちを確認できた。
さあ、僕らの音楽を始めよう。
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