鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

道のり

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ひとまず一度、久しぶりの連弾が終わった。
水瀬の音は、前よりも明るい音色だった。綺麗で、それでいて明るい、水瀬の性格のような音色。初めて僕が聞いた、水瀬から生まれた音のようだ。水瀬が聞いた「大好きな音」もこんな音だったのだろうか。心なしか、水瀬が来なかったときはは暗く沈んで見えた音楽室も、今日は明るく見えた。空気中に舞っている埃でさえも、太陽に照らされて輝いているように見えた。
「いい音だな」
「…ふふっ、ありがとう」
水瀬はくすぐったそうに笑った。その笑顔は、前と同じか、それ以上のものだ。
ふと、時計に目をやる。いつの間にか時間はあっという間に過ぎていた。もうすぐで、僕らの出番となる時間だ。
「練習、もう大丈夫か?」
「うん。体育館行こう」
僕と水瀬は、体育館へと向かっていた。
その足取りは本当に軽々としていて、空も飛べてしまうのではないかと思うくらいだった。それくらい、僕らが背負っていたものは大きかったのだろう。
その間、水瀬はずっと話していた。ピアノのこと、音楽のこと。
そして、僕のことを。
それが、前の水瀬に戻ったような感覚になって、嬉しかった。僕もその話に乗っかって、一緒に水瀬と話していた。そして、笑い合っていた。
…こんな時間が、ずっと続けばいいのに。水瀬と過ごす煌びやかな時間が、もっと続けばいいのに。
もしかしたら、これが僕らの最初で最後の連弾かもしれない。ふと、そんな可能性に気がついた。そうだ。これで僕らの連弾は終わるかもしれないんだ。
隣で笑う水瀬を見た。その顔は、いつもと同じかそれ以上の明るい笑顔だった。
…水瀬は、もう僕がいないても大丈夫なのだろうか。
演奏前だというのに、僕の心はそんなことを冷静に考えていた。
また一つ、僕にピアノを弾かなくてはならない理由が出来た。
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