鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

再会、そして再開

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ただただ、走っていた。どこに向かっているかはわからない。僕の意識に合わせて、体は勝手に動いていた。
何分か走ったところで体が限界を迎え、息が切れた。肺が酸素を求めて、縮んだり膨らんだりする。けれど、そんな努力も虚しく、僕の口からは1つ咳が零れた。
…苦しいな。
無様な呼吸音が、僕の耳にまとわりついた。
ギラギラと勢力を増すばかりの太陽は、僕の身体を焦がすくらいの光を放っていた。
それから逃れるように伸びた影が1つ。
…何かの影と重なっている。
僕は顔を勢いよく上げた。そこにいたのは。
水瀬だった。
水瀬が、いた。
「水瀬っ!」
僕は水瀬の元へ駆け出した。
何を考えていたのかはわからない。
ただ、夢中だった。
水瀬が、どこかへ行ってしまいそうで。消えてしまいそうで。それすらも無くすように、抱きしめた。もう、離さないように。
「水瀬っ…ありがとうっ…来てくれて…!水瀬っ…」
僕が一気にそう言うと、僕の肩が、少し濡れた感覚がした。
その後、水瀬は慌てふためいた声を発した。
「あ、相原くん…嬉しいんだけど、その……一旦離れてくれる…?」
水瀬のその一言で、僕はハッとした。慌てて水瀬から離れる。
…やってしまった。
「…ごめん、ごめん!つい、水瀬が来て、わーっとなったから…」
水瀬はキョトンとした顔をしていた。これは本当にやってしまったかもしれない。
けれど。
水瀬は怪しげに笑ってこう言ったのだった。一筋の涙の跡を残しながら。
「謝罪の気持ちは音で表現してくださいっ」
そう言って、指を指した。その指が指した方向には、音楽室があった。
水瀬も僕も、無意識の内にここへ向かっていたということに気がついた。
…やっぱり、僕と水瀬は同じなんだ。いつだって、行きたかった場所は、ここなんだ。正反対のようで、本当は。
そんな事実に、僕はもう一度嬉しさを噛み締めた。僕は勢力の増す太陽に逆らうように立ち上がった。
「楽譜はある?」
「もちろん!」
「じゃあ練習開始、だな」
僕がそう言うと、水瀬は応じるように笑った。その笑顔は、いつもの明るさの、いや、それ以上の水瀬の笑顔だった。
そうして僕らは太陽に照らされたピアノへと向かった。水瀬の表情は、何かが吹っ切れたような笑顔だった。
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