鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

責任

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次の日。水瀬のクラスであるA組に行った。けれど、水瀬はいなかった。友達と話している様子もなかった。水瀬のクラスメートに聞いてみても、「今日は休み」ということだった。
明日が本番なのに。僕の心には、不安の塊がどしりと重さを加えた。
案の定、音楽室にも来なかった。僕はまた、独りになった。孤独で、音楽を追求していた。
『信じよう。水瀬さんのこと』
立花先生の声が聞こえる。唯一、ここ最近で救われた言葉が。
先生。
こんな状態でも、水瀬は来るのでしょうか?
あれだけ信じていたはずなのに、一度その希望が壊れると、不安は次々に現れていった。明日のこと。これからのこと。水瀬との関係のこと。
水瀬が、もし、もう二度とピアノを弾けなくなったら。
もし、もう二度と音楽と関わらないようになったら。
そんな最悪な現実を考えた。それは、もう二度と水瀬のピアノを聴けないことに比例した。そんな。そんなことになったら、僕は。
あのとき、誓ったのに。
水瀬が音楽を愛していられるように。その手伝いをすると、決めたのに。
途端に自分の存在を否定したくなった。一体、何をしていたのだろうか、僕は。僕はあのとき、水瀬に寄り添ったか?水瀬のことを励ましたか?僕は、僕は。
改めて、自分の弱さというものを突きつけられた。
改めて、失ったものの大きさを知った。
その責任はきっと、僕にあった。
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