鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

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第5章 Duet

再会

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文化祭まであと2日となった。
水瀬のいないピアノ練習にはかなり慣れたが、それでも、心に穴の空いたような空白感は拭えなかった。
『信じよう。水瀬さんのこと』
ふと、先生の言葉を思い出した。そうだ。大丈夫だ。水瀬は来る。大丈夫、大丈夫。
そんなとき。
コンッ、コンッ
久しぶりのノック音に、胸が高鳴った。振り向くと、人影があった。思えば、水瀬と出会ったときもこんな感じだったなと思い出した。
待ちきれず、勢いよくドアを開けた。新鮮な風が、音楽室の濁った空気と混ざりあう。
「水瀬っ…!」
そこには、水瀬がいた。久しぶりの水瀬の姿に、僕の胸は高鳴った。
「久しぶり」
涙を誤魔化して作られた笑顔は、いつもの水瀬とはかけ離れていた。赤く腫れた二つの瞳も、それを証明している。でも、それは間違いなく、水瀬が闘った証だった。
「…ごめん。私…」
「いいんだよ、今は。ピアノ、弾けそう?」
また目を濡らして謝ろうとする水瀬に、僕はそう言うことしか言えなかった。水瀬は、こちらをじっと見つめた。
「わからないけど、今なら弾けるかもしれない」
「じゃあ、弾こう」
僕は、水瀬の手を引いてピアノへと向かっていた。
「ずっと、水瀬の音を待ってた」
本心を伝えた。それは、僕の心からの想いでもあり、立花先生の想いでもあった。
水瀬は頷くと、真っ直ぐにドアを潜った。ふと触れてしまった水瀬の手は思っていたより冷たかった。その温度が、ピアノに対する気持ちでないことを祈った。
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