鍵盤上の踊り場の上で

紗由紀

文字の大きさ
上 下
13 / 81
第2章 Disabled

違和感

しおりを挟む
「じゃあ、今日はペダルを使って曲を弾いてみるか」
ペダルを使った曲をやっていなかったことに気がついた僕は、水瀬にそう提案した。
ピアノのペダルは、音を長く響かせたり、小さくさせたりする、言わば補助的な役割を果たすものである。
それを聞いた水瀬ははっとした様子だった。
「ペダルの種類は知ってるか?」
「…うん」
「…?」
いつもより元気がない…気がする。まだ一緒に過ごすようになったばかりだが、水瀬の表情の微妙な違いに違和感を覚えた。
「元気?」
「え?…うん。元気だよ」
慌てた様子で肯定する水瀬を見て、やはりおかしいなと思う。詮索しすぎることもいけないと僕は慎重に言葉を選んだ。
「何かあったか?」
「…何も無いよ、本当に大丈夫だから」
突き放すような、そんな声色で水瀬は僕にそう言った。僕は少し身体を震わせた。水瀬がそんな声を出したのは、今回が初めてだったからだ。
「…わかった」
俯いた水瀬の顔を見て、やはりおかしいなと思った。まだ、ペダルの曲をやるのは早かっただろうか。それとも、僕が何か不快感を与えるようなことを言ったのだろうか。
「…あのさ、ここの指番号ってどうすればいいかな?」
水瀬は話の話題を変えた。その話題の変え方がどうも不自然だった。きっと、もう詮索するなという無言の圧だろう。
「そこは…」
それほどの勇気を持ち合わせていなかった僕は、水瀬に聞くことをやめた。
僕はやはり弱い。人への気遣いという点でも、音楽に対する姿勢でも。
そんなことを考え、僕の心は黒々とした暗闇へと沈んでいった。弱さという名の深い泥沼に。
しおりを挟む

処理中です...