契約は愛に変わるまで

ゆる

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第2章:閉ざされた邸宅

セクション4:影が忍び寄る

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第2章:閉ざされた邸宅



結婚生活が始まってから、リースとティアナの間に変化はほとんどなかった。彼の態度は冷たく、表面的な関わりしか持たない生活が続いている。そんな中、ティアナは日々の孤独を紛らわせるため、屋敷内で時間を過ごしていたが、心の中には終始不安が渦巻いていた。

その日は庭に出て、花々を眺めていたティアナに、一人の客人が突然声をかけてきた。

「久しぶりだな、ティアナ。」

その声に振り返ると、そこには見覚えのある男性の姿があった。鮮やかな衣装に身を包んだ彼は、ティアナの過去を知る人物だった――かつて婚約者だったアルト・ルーセル侯爵家の放蕩息子だ。

「アルト……どうしてここに?」

ティアナは驚きと戸惑いの混じった声を出した。アルトは優雅に笑みを浮かべながら歩み寄ると、彼女の手を取ろうとした。ティアナは反射的に一歩後ずさり、彼を警戒する。

「どうして……と聞かれるのは少し悲しいな。君が僕を捨ててこの冷たい屋敷に嫁いだ理由を確かめに来ただけさ。」

アルトの口調は軽薄だったが、その言葉の裏には挑発的な意図が隠れている。ティアナは不快感を覚えながらも、冷静さを保とうとした。

「私は家のために選んだ道です。あなたがそれを理解できなくても、私には関係ありません。」

そう言い放つティアナに対し、アルトは鼻で笑うような仕草を見せた。

「なるほど、家のため、か。でも、本当にそれだけか?君がここでどんな生活をしているのか、少し調べさせてもらったよ。」

ティアナの顔がこわばった。彼の言葉が示すものに胸がざわつく。アルトはゆっくりと庭を歩きながら続けた。

「この屋敷では、君がまるで囚われた鳥のように過ごしていると聞いた。リース侯爵との結婚は形式的なもので、君は彼から何の愛情も得られていないとか。」

ティアナはアルトの言葉に反応することができなかった。それが事実であることを彼に認めたくなかったからだ。けれど、彼の言葉は鋭く、ティアナの心の奥深くを抉るようだった。

「君がここに来たのは、ただの犠牲だ。家族のために自分を差し出しただけ。君は自分の幸せを考えたことがあるのか?」

アルトの問いかけに、ティアナは唇を噛み締めた。彼の言葉は的を射ているようで、同時に侮辱的だった。彼女は何とか気持ちを落ち着け、毅然とした態度で答えた。

「私の人生は、私自身が決めるものです。たとえ不幸だとしても、それを他人に指摘される筋合いはありません。」

ティアナの言葉にアルトは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。

「強くなったな、ティアナ。でも、その強さがどれだけ持つか見ものだよ。……君がこの冷たい籠の中で耐えきれなくなる日が来たら、いつでも僕を頼るといい。」

アルトはそう言い残して庭を去った。その後ろ姿を見つめながら、ティアナは心の中で怒りと不安が渦巻いているのを感じた。


---

その夜、ティアナは一人で寝室に戻ったが、アルトの言葉が頭の中で反芻されていた。

(私は本当に不幸なの?……自分でも分からない。)

リースとの冷たい関係、孤独な生活、そして何をしても変わらない現実。それが彼女を苦しめていた。アルトの言葉は真実を突いているようでありながら、同時に彼女の心に不必要な動揺を与えた。

(アルトの言葉に振り回される必要はない。私はここで自分の役割を果たすだけ。)

そう自分に言い聞かせても、胸の中のざわつきは収まらなかった。リースに愛を求めることが無意味だと分かっていても、どこかで彼との距離を縮めたいと思う自分がいる。それがいっそうティアナの心を苦しめた。


---

次の日、ティアナは何事もなかったかのように振る舞った。しかし、屋敷の冷たい空気は変わらず、孤独な生活が続いていた。彼女の心の中には、アルトの言葉が残した小さな棘が深く刺さったままだった。それはやがて大きな傷へと広がるのか、それとも彼女自身が乗り越えるのか――その答えはまだ見えなかった。

こうして、ティアナの閉ざされた邸宅での生活には、新たな不安の影が忍び寄っていた。アルトとの再会は、彼女の心に静かに波紋を広げ、彼女自身の未来を問いかけるきっかけとなったのだった。

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