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3章:少しずつ近づく二人
3-3: エリオスの過去
しおりを挟むフェンリスでの勝利から数日が経ち、ルーフェリア王国には一時的な平穏が訪れていた。しかし、葉月玲奈の心は未だにざわついていた。エリオスの冷静で頼もしい姿に感銘を受ける一方で、彼の冷徹さの裏にある孤独を感じずにはいられなかった。
ある夜、玲奈は月明かりの差し込む庭園を歩いていた。夜風が心地よく、彼女の不安を少しだけ和らげてくれるようだった。ふと、遠くにエリオスの姿が見えた。彼は庭園の片隅で一人、月を見上げていた。
「王様……?」
玲奈がそっと声をかけると、エリオスは振り返り、冷たい目で彼女を見つめた。
「こんな時間に何をしている?」
「少し……月を見ながら考え事をしていただけです。王様も、何か考え事ですか?」
玲奈が恐る恐る尋ねると、エリオスは視線を月に戻し、静かに答えた。
「……月を見ると、思い出すことがある。」
その言葉に、玲奈は彼の横に立ち、そっと尋ねた。
「どんなことですか?」
エリオスはしばらく黙っていたが、やがて重い口調で語り始めた。
---
エリオスの過去の傷
「私は幼い頃、家族をすべて失った。父は戦場で命を落とし、母はその知らせを聞いてすぐに病で倒れた。兄も、私を守るために敵の刃に倒れた。」
玲奈は息を呑んだ。彼の冷静な声には、感情を押し殺そうとする努力が感じられた。
「王族である以上、家族を失うのは珍しいことではない。しかし、私はその喪失を受け入れる時間も与えられなかった。父の後を継ぎ、国を守るためにすぐに王となることを強いられた。」
玲奈は黙って彼の言葉を聞いていた。その瞳には、彼が抱える深い悲しみが浮かんでいるように感じられた。
「私は、弱さを見せる暇も、誰かに頼る余裕もなかった。感情を捨てなければ、この国を守れないと思ったからだ。」
エリオスの言葉に、玲奈は胸が締め付けられるような思いだった。彼の冷徹さは、ただの性格ではなく、国を守るために自ら選んだ道だったのだ。
「それでも、時々考えることがある。もし家族がまだ生きていたら……もし私がただの一人の人間だったら、どんな人生を送っていただろうかと。」
エリオスの言葉に、玲奈はそっと彼の手に触れた。その手は冷たく、力が入っていなかった。
「……王様、そんなに自分を責めないでください。あなたは本当に強い人です。でも、強い人ほど、本当は弱さを隠しているものだと思います。」
玲奈の言葉に、エリオスは驚いたように彼女を見つめた。
「……弱さを隠す?」
「はい。でも、誰かに弱さを見せることも、時には必要だと思います。そうしないと、心が壊れてしまいますから。」
玲奈の優しい声に、エリオスの瞳が僅かに揺れた。
---
過去を共有する二人
エリオスは再び月を見上げ、少しだけ口元を緩めた。
「お前は……不思議な奴だな。私にそんなことを言う人間は今までいなかった。」
「私はただ、自分の思ったことを言っただけです。」
玲奈がそう答えると、エリオスは深く息を吐いた。
「お前には感謝している。お前が銀の花嫁としてここに来てから、少しだけだが、この冷たい城に温かさを感じるようになった。」
その言葉に、玲奈は胸が熱くなった。エリオスが自分の存在を認めてくれたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
「王様……私、あなたの力になりたいです。銀の花嫁としてだけじゃなくて、一人の人間として、あなたを支えたい。」
玲奈の真摯な言葉に、エリオスは一瞬だけ目を見開いたが、やがて静かに頷いた。
「お前がそう言うのなら……頼らせてもらうことにしよう。」
その言葉に、玲奈は微笑んだ。エリオスの中にある孤独が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
---
心の距離
その夜、玲奈は自室に戻りながら、エリオスとの会話を思い返していた。彼の過去の話を聞き、彼がどれほどの重荷を背負ってきたのかを知ったことで、彼への尊敬がさらに深まった。
「私は……あの人のそばにいたい。」
彼女の中で芽生え始めた感情。それは、エリオスをただ尊敬するだけではなく、彼の痛みを分かち合いたいという想いだった。彼女はその感情に戸惑いながらも、自分の心が少しずつ彼に向かっていることを感じていた。
一方、エリオスもまた、玲奈の言葉が頭から離れなかった。
「弱さを見せるか……」
彼は自分の中に湧き上がる感情に戸惑いつつも、玲奈が自分にとって特別な存在になりつつあることを、少しずつ自覚し始めていた。
---
結び
二人の心は、過去の傷を共有することで少しずつ近づき始めていた。しかし、それと同時に、二人の間にはまだ越えなければならない壁が多く存在している。
エリオスの心を完全に開かせるためには、玲奈自身もさらなる試練を乗り越えなければならない。そして、その先に待つのは、二人の運命を大きく左右する出来事だった――。
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