上 下
13 / 25
3章:少しずつ近づく二人

3-3: エリオスの過去

しおりを挟む


フェンリスでの勝利から数日が経ち、ルーフェリア王国には一時的な平穏が訪れていた。しかし、葉月玲奈の心は未だにざわついていた。エリオスの冷静で頼もしい姿に感銘を受ける一方で、彼の冷徹さの裏にある孤独を感じずにはいられなかった。

ある夜、玲奈は月明かりの差し込む庭園を歩いていた。夜風が心地よく、彼女の不安を少しだけ和らげてくれるようだった。ふと、遠くにエリオスの姿が見えた。彼は庭園の片隅で一人、月を見上げていた。

「王様……?」

玲奈がそっと声をかけると、エリオスは振り返り、冷たい目で彼女を見つめた。

「こんな時間に何をしている?」

「少し……月を見ながら考え事をしていただけです。王様も、何か考え事ですか?」

玲奈が恐る恐る尋ねると、エリオスは視線を月に戻し、静かに答えた。

「……月を見ると、思い出すことがある。」

その言葉に、玲奈は彼の横に立ち、そっと尋ねた。

「どんなことですか?」

エリオスはしばらく黙っていたが、やがて重い口調で語り始めた。


---

エリオスの過去の傷

「私は幼い頃、家族をすべて失った。父は戦場で命を落とし、母はその知らせを聞いてすぐに病で倒れた。兄も、私を守るために敵の刃に倒れた。」

玲奈は息を呑んだ。彼の冷静な声には、感情を押し殺そうとする努力が感じられた。

「王族である以上、家族を失うのは珍しいことではない。しかし、私はその喪失を受け入れる時間も与えられなかった。父の後を継ぎ、国を守るためにすぐに王となることを強いられた。」

玲奈は黙って彼の言葉を聞いていた。その瞳には、彼が抱える深い悲しみが浮かんでいるように感じられた。

「私は、弱さを見せる暇も、誰かに頼る余裕もなかった。感情を捨てなければ、この国を守れないと思ったからだ。」

エリオスの言葉に、玲奈は胸が締め付けられるような思いだった。彼の冷徹さは、ただの性格ではなく、国を守るために自ら選んだ道だったのだ。

「それでも、時々考えることがある。もし家族がまだ生きていたら……もし私がただの一人の人間だったら、どんな人生を送っていただろうかと。」

エリオスの言葉に、玲奈はそっと彼の手に触れた。その手は冷たく、力が入っていなかった。

「……王様、そんなに自分を責めないでください。あなたは本当に強い人です。でも、強い人ほど、本当は弱さを隠しているものだと思います。」

玲奈の言葉に、エリオスは驚いたように彼女を見つめた。

「……弱さを隠す?」

「はい。でも、誰かに弱さを見せることも、時には必要だと思います。そうしないと、心が壊れてしまいますから。」

玲奈の優しい声に、エリオスの瞳が僅かに揺れた。


---

過去を共有する二人

エリオスは再び月を見上げ、少しだけ口元を緩めた。

「お前は……不思議な奴だな。私にそんなことを言う人間は今までいなかった。」

「私はただ、自分の思ったことを言っただけです。」

玲奈がそう答えると、エリオスは深く息を吐いた。

「お前には感謝している。お前が銀の花嫁としてここに来てから、少しだけだが、この冷たい城に温かさを感じるようになった。」

その言葉に、玲奈は胸が熱くなった。エリオスが自分の存在を認めてくれたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。

「王様……私、あなたの力になりたいです。銀の花嫁としてだけじゃなくて、一人の人間として、あなたを支えたい。」

玲奈の真摯な言葉に、エリオスは一瞬だけ目を見開いたが、やがて静かに頷いた。

「お前がそう言うのなら……頼らせてもらうことにしよう。」

その言葉に、玲奈は微笑んだ。エリオスの中にある孤独が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


---

心の距離

その夜、玲奈は自室に戻りながら、エリオスとの会話を思い返していた。彼の過去の話を聞き、彼がどれほどの重荷を背負ってきたのかを知ったことで、彼への尊敬がさらに深まった。

「私は……あの人のそばにいたい。」

彼女の中で芽生え始めた感情。それは、エリオスをただ尊敬するだけではなく、彼の痛みを分かち合いたいという想いだった。彼女はその感情に戸惑いながらも、自分の心が少しずつ彼に向かっていることを感じていた。

一方、エリオスもまた、玲奈の言葉が頭から離れなかった。

「弱さを見せるか……」

彼は自分の中に湧き上がる感情に戸惑いつつも、玲奈が自分にとって特別な存在になりつつあることを、少しずつ自覚し始めていた。


---

結び

二人の心は、過去の傷を共有することで少しずつ近づき始めていた。しかし、それと同時に、二人の間にはまだ越えなければならない壁が多く存在している。

エリオスの心を完全に開かせるためには、玲奈自身もさらなる試練を乗り越えなければならない。そして、その先に待つのは、二人の運命を大きく左右する出来事だった――。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...