隠密姫 〜死して屍拾うものなし〜(改訂版)

ゆる

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第3章:炎に消える影

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王宮の地下に広がる隠れ家は、まるで墓場のように静まり返っていた。ランプの灯りが壁に揺らめき、隠密騎士たちの顔を不気味に照らし出していた。リリィはテーブルの前に立ち、隠密メイドから渡された書類をじっと見つめていた。それは、王宮騎士団の高官が隠密組織の粛清を計画しているという確かな証拠だった。書類には、隠密騎士の名前とコードネームが列挙され、その横には「処分済み」「処分予定」といった冷酷な文字が並んでいた。

「ついに、尻尾を出したわね」  
リリィは静かに呟き、書類をテーブルに置いた。彼女の声は冷たく、抑えきれない怒りが滲んでいた。隠密メイドが緊張した面持ちで報告を続けた。

「王宮騎士団の高官、ガルドン卿が中心となって計画を進めているようです。彼は、隠密組織が王国の秩序を乱す危険な存在だと主張し、すべての隠密を排除しようとしています」  
「ガルドン…あの男か」  
リリィは目を細めた。ガルドン卿は王宮騎士団の副団長であり、冷酷で野心的な人物として知られていた。彼が隠密組織を目の敵にしていることは、以前から噂されていたが、まさかここまで具体的な計画を立てているとは思わなかった。

「私たちは、国家の敵として処分されるということね」  
リリィの言葉に、隠密メイドは黙って頷いた。リリィは深呼吸し、冷静さを取り戻そうとした。怒りに任せて行動すれば、必ず失敗する。彼女は隠密姫として、常に冷静でなければならない。

「他に何か情報は?」  
「はい。ガルドン卿は、国王にも隠密組織の危険性を訴え、粛清の許可を得たようです。国王は渋々ながらも了承したとのこと」  
「国王が…」  
リリィは目を閉じ、しばし考え込んだ。国王は隠密組織の存在を知っていたが、その活動には直接関与していなかった。ガルドン卿の言葉に耳を貸したということは、隠密組織に対する不信感が王宮内で高まっている証拠だ。

「ならば、最後まで影として戦うしかないわね」  
リリィは決意を固め、隠密メイドに命じた。  
「引き続き、ガルドン卿の動向を監視して。何か動きがあれば、すぐに報告を」  
「承知しました」  
隠密メイドは一礼し、部屋を出た。リリィは一人残り、テーブルの上の書類を再び手に取った。そこには、すでに「処分済み」と記された仲間たちの名前があった。彼女は唇を噛み、書類を握りしめた。

#### 隠密騎士たちの決断

その夜、隠密騎士たちが再び会議室に集まった。部屋の空気は重く、誰もが不安と緊張に包まれていた。リリィは上座に立ち、一同を見渡した。彼女の隣には、夜風が立っていた。

「皆、状況はわかっているわね。王宮騎士団が私たちを粛清しようとしている」  
リリィの声は冷たく、力強かった。騎士たちは黙って頷いた。すると、一人が立ち上がり、声を上げた。

「リリィ様、このままでは全滅です。何か手立てを…」  
「手立ては一つしかないわ。私たちを消そうとする者たちを、先に消すこと」  
リリィの言葉に、騎士たちは息を呑んだ。彼女は続けた。  
「ガルドン卿が中心となって計画を進めている。彼を倒せば、粛清計画は頓挫する」  
「しかし、ガルドン卿は王宮騎士団の副団長だ。簡単に倒せる相手ではない」  
夜風が心配そうに言った。リリィは頷いた。  
「わかっているわ。でも、他に道はない」  

その時、隠密メイドが急いで部屋に入ってきた。彼女の顔は青ざめ、息を切らしていた。  
「リリィ様、緊急の報告です。隠密騎士の一人、コードネーム『霧影』が王宮騎士団に捕らえられました」  
「何?」  
リリィの顔色が変わった。霧影は、最近行動が怪しかった騎士だ。彼が捕らえられたということは、内部に裏切り者がいる可能性も考えられる。  
「彼は今、どこに?」  
「王宮の地下牢に監禁されています。尋問を受けているようです」  
「尋問…」  
リリィは目を閉じ、深く息を吐いた。隠密騎士は、捕らえられても口を割らないよう訓練されているが、拷問に耐えられる者などいない。霧影が情報を漏らせば、隠密組織全体が危険に晒される。

「救出する時間はないわ」  
リリィは静かに言った。騎士たちは驚いて彼女を見た。  
「しかし、リリィ様、彼は仲間です」  
「わかっている。でも、救出に向かえば、私たちも捕まる危険がある。それに…」  
リリィは言葉を切り、冷たい目で一同を見渡した。  
「隠密の掟を忘れたの? 捕らえられた者は、自ら命を絶つか、仲間が処理する。それが私たちの流儀よ」  

騎士たちは沈黙した。隠密の掟は厳しく、捕らえられた者は自害するか、仲間が手を下して秘密を守る。だが、実際に仲間を殺すことなど、誰も望んでいなかった。夜風が口を開いた。

「リリィ、お前が決めるんだ」  
リリィは頷き、隠密メイドに命じた。  
「王宮の地下牢に火を放って。敵ごと、霧影を消すのよ」  
「承知しました」  
隠密メイドは一礼し、部屋を出た。騎士たちは複雑な表情でリリィを見つめた。彼女は静かに言った。  
「彼は、影として死ぬ。それが彼の望みでもあるわ」  

#### 炎に消えた影

その夜、王宮の地下牢で火災が発生した。炎は瞬く間に広がり、牢獄を包み込んだ。王宮騎士団は消火に追われたが、火の勢いは止まらず、地下牢は完全に焼き尽くされた。霧影の遺体は、焼け焦げて身元すら判別できない状態で発見された。リリィは隠れ家でその報告を受け、静かに頷いた。

「これで、彼の秘密は守られたわ」  
彼女の声は冷たく、感情を押し殺していた。だが、心の中では、仲間を失った哀しみが渦巻いていた。しかし、彼女はそれを表に出さなかった。リーダーとして、弱さを見せるわけにはいかなかった。

数日後、リリィは隠密メイドから新たな情報を得た。ガルドン卿が、隠密組織の粛清を急いでいるという。王宮騎士団は、隠密騎士たちの隠れ家を突き止めようと、必死に捜索を進めていた。リリィは、時間が残されていないことを悟った。

「私たちに残された道は、一つしかないわ」  
リリィは夜風と二人で、隠れ家の奥にある作戦室で話し合っていた。  
「ガルドン卿を暗殺する。それが最後の手段よ」  
「しかし、ガルドン卿は厳重に警護されている。簡単には近づけない」  
「わかっているわ。でも、影として、私たちにはそれができる」  
リリィは地図を広げ、ガルドン卿の居室や警備の配置を指さした。  
「彼の居室は王宮の西翼にある。夜間は警備が手薄になるわ。そこで、私が潜入して暗殺する」  
「リリィ、お前一人で?」  
「ええ。私がやるわ。あなたたちは、万が一の時に備えて、隠れ家を守って」  
「しかし…」  
「夜風、信じて。私は隠密姫よ。影として生きる者として、最後まで戦うわ」  
リリィの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。夜風はしばし彼女を見つめ、静かに頷いた。  
「わかった。だが、気をつけてくれ」  
「ええ、もちろん」  

#### 最後の戦い

その夜、リリィは黒装束に身を包み、王宮の西翼へと向かった。彼女は影に溶け込むようにして、警備の目をすり抜け、ガルドン卿の居室に近づいた。居室の前には二人の騎士が立っていたが、リリィは音もなく彼らの背後に回り、短剣で喉を掻き切った。騎士たちは声も立てず、倒れ込んだ。彼女は静かに扉を開け、居室に侵入した。

居室の中は薄暗く、ガルドン卿は机に向かって書類を読んでいた。リリィは影に隠れ、ゆっくりと近づいた。短剣を握りしめ、一気に飛びかかろうとしたその時、ガルドン卿が突然振り返った。

「誰だ!」  
彼は剣を抜き、リリィに向かって斬りかかってきた。リリィは素早くかわし、短剣で反撃した。二人の刃が激しくぶつかり合い、居室に火花が散った。ガルドン卿は剣術に優れ、リリィを圧倒し始めた。彼女は防戦一方になり、徐々に追い詰められていった。

「貴様、隠密か!」  
ガルドン卿は怒りを込めて叫んだ。リリィは無言で剣を交わし続けた。だが、力の差は明らかで、彼女の腕に傷が走った。血が滴り、床に赤い跡を残した。  
「くっ…」  
リリィは歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。彼女はガルドン卿の隙を突き、短剣を彼の胸に突き刺した。  
「ぐはっ!」  
ガルドン卿は目を大きく見開き、倒れ込んだ。リリィは息を切らしながら、彼を見下ろした。  
「これで…終わりよ」  
彼女は静かに呟き、居室を後にした。  

王宮の屋根に戻ったリリィは、傷口を押さえながら夜空を見上げた。月が赤く染まり、まるで血の色をしていた。彼女は深呼吸し、心を落ち着けた。  
「まだ、戦いは終わらないわ」  
リリィは呟き、隠れ家へと戻った。  

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