追放された公爵令嬢は、隣国の皇太子に溺愛される

ゆる

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第四章:真実の聖女と偽りの結末

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1. 揺れる王都ガルディア

 ガルディア王国の王都ベルンハルト。
 かつては商業と芸術が栄え、隣国シュヴァルツとの交易によって大いに潤っていたこの都は、いま見る影もなく混乱の只中にあった。原因は主に二つ。
 一つは、近隣地域で蔓延し始めた奇妙な疫病。感染者は激しい熱と咳に苦しみ、そのまま命を落とすことも少なくない。どんな薬や治療を施しても効果が薄く、王国内の医師たちは頭を抱えていた。
 もう一つは、偽聖女ミレイユの失態である。
 「真の聖女」と謳われ、第一王子レオポルドの後ろ盾を得て国の聖堂を仕切っていたはずの彼女は、いざ疫病が広がり始めると為す術もなく、人々からの信頼を急速に失いつつあった。

「ミレイユ様! 私の息子を、どうかお救いください! このままでは……」
「ど、どうすれば……その……」

 民衆が王宮の聖堂に押し寄せ、助けを求めても、ミレイユは怯えたように後ずさるだけで、奇跡どころか簡単な癒しの術すら行えない。
 そんな惨状を見た人々の間に、**「彼女は本物の聖女ではないのではないか」**という噂が急速に広まっていた。つい先日まで「エリザベス・ロザリンデは偽りの聖女」と断じて追放し、あらためて「真の聖女」としてミレイユを戴いたばかりだというのに。

「ミレイユ様、どうか村へ来てください! 何十人もの人が倒れて……」
「そ、そのような不潔な場所には行けませんわ! せ、聖女の私が病にかかってしまったら、大変なことになります!」

 役立たずと囁かれる声が日に日に大きくなり、民衆の不満は最高潮に達しようとしている。追い打ちをかけるように、国内の貴族たちの間でも「レオポルド殿下は、はたして正しい聖女を選んだのか?」という疑念が囁かれ始めていた。

 一方、そのレオポルド本人もまた、国政に関してはほぼ名ばかりの存在と化していた。彼の周囲は、そもそも“エリザベスを追放した”という大失態を犯した人物だと冷ややかな視線を向けている。
 人望を失いつつある王子は、うろたえながらもなお「ミレイユが真の聖女である」という建前を崩せない。今さら「あれは嘘でした」とは絶対に言えないからだ。

「ミレイユ……お前、本当に聖女なんだろうな? どうして、こんな簡単な病も治せないんだ?」
「う、うるさいわね! 私だって、突然“聖女様”なんて呼ばれても、どうしていいか……!」

 そう言い合いながらも、レオポルドはミレイユの腕をつかんで食い下がる。
 王都中に吹き荒れる疫病を前に、二人の内面には焦りしかなかった。もし、このまま大勢が命を落とせば、国民の怒りは一気に自分たちへと向かうだろう。王家の信用は失墜し、自分たちが築いてきた地位も危うくなる。

「くそっ……! まさかエリザベスのほうが本物だったのか? だが、今さらあいつを呼び戻すなんて……」

 この時点で、レオポルドの胸には薄々「エリザベスの力こそ本物だったのでは」という疑念が芽生え始めていた。
 今もなお、王都の一部では「エリザベス様が戻ってきてくれたら救ってもらえるのに……」という悲痛な声が上がっているという。彼はそんな噂が広まるほど、自分が犯した過ちを突き付けられているような気がして落ち着かない。
 そんなとき、シュヴァルツ王国からの正式な使者がガルディア王宮に到着するという報せが届く。王家の上層部は、これが救いの手になるかもしれないと期待をかけた。だが、彼らはまだ知らない。使者の目的が、自分たちにとって都合の良いものばかりではないことを――。

2. シュヴァルツの王都とエリザベスの新生活

 一方その頃、隣国シュヴァルツ王国の王都グラーデンブルクでは、エリザベス・ロザリンデがアルフォンス皇太子の庇護のもと、新しい生活を始めていた。
 追放された彼女は、国境近くの関所で兵士を救った功績を認められ、アルフォンスの要請によって「特別来賓」として王都へ招かれたのである。

 王都グラーデンブルクは、美しい水路と石畳が広がり、シュヴァルツならではの雄大な山脈を背景にした壮麗な街並みを誇っている。ガルディアの王都ベルンハルトに引けを取らない規模と活気がありつつも、どこか落ち着いた雰囲気が流れていた。
 エリザベスは、当初は“追放者”として人目を忍んで行動しようとしていた。だが、アルフォンスが「彼女は我が国の客人」と公言してくれたおかげで、周囲も不審がらずに受け入れてくれている。むしろ「皇太子が見出した奇跡の癒し手」という噂が広まり、彼女はそのまっすぐな人柄と実際の力で、人々から親しまれつつあった。

「お嬢さんが、あの兵士を助けたんだって? いやぁ、すごい力だなぁ」
「ありがとうございます。いえ、私ができるのは、本当にわずかな癒しだけなんです……」

 そう謙遜しながらも、市民たちから信頼されることはエリザベスにとって大きな喜びだった。
 一方、アルフォンスは皇太子として軍や行政の仕事をこなしながら、何かと彼女を気遣ってくれる。ときには王宮の中庭を案内してくれたり、シュヴァルツの文化に慣れるよう助言してくれたりと、まさに手取り足取りのサポートぶりだ。

「わからないことがあれば、遠慮なく言ってくれ。ここの礼儀作法はガルディアとは少し違うかもしれないからな」
「はい、ありがとうございます。とても助かります……」

 そうして穏やかに過ごしているうちに、エリザベスは気づけばアルフォンスへの信頼と、そして自分の胸の奥に芽生えた“特別な感情”を抑えきれなくなりつつあった。
 追放されて以降、人を深く信じられなくなっていた心を、彼は優しく包み込み、“真の聖女”としての存在を尊重してくれている。そんな彼の誠実さに、胸が熱くならないはずがない。

3. 疫病の影響と国王からの呼び出し

 シュヴァルツ王国でも小さな町や村で奇妙な風邪や熱が流行り始めていたが、こちらでは比較的軽度で済んでいた。エリザベスも何度か遠征して診療所を訪れ、癒しの力で患者の痛みを緩和するなど協力してきた。
 そんなある日、エリザベスはアルフォンスから呼び出しを受ける。場所は王宮の謁見の間。そこには壮年の国王――アルフォンスの父であるシュヴァルツ国王ヒルデブラント三世が玉座に座り、彼女を出迎えた。

「あなたがエリザベス・ロザリンデ殿だね。よく来てくれた。……話はアルフォンスから聞いている。ガルディア王国で理不尽な扱いを受けたそうだが、我が国では安心して過ごしてほしい」

 落ち着いた口調ながら、その威厳はさすが王の名に恥じない。エリザベスは緊張しながらも深く頭を下げる。

「私などに、ありがたいお言葉をいただき恐縮です。できるかぎり、人々のために力を尽くしたいと考えています」

 すると、ヒルデブラント三世はうなずき、しかし少し遠慮がちに言葉を継いだ。

「実は、ガルディアから急ぎの使者が来てな……どうやらあちらでは疫病が大流行しているらしい。さらに――“本物の聖女を返してほしい”などという身勝手な要望が含まれていた」

 その言葉に、エリザベスの心臓が跳ね上がる。「本物の聖女を返せ」とは、つまり“エリザベスをガルディア王国に引き渡せ”ということだろう。
 アルフォンスが苦々しい表情を浮かべながら付け加えた。

「今さら何を言い出すかと思えば、ずいぶん勝手な話だ。もともと、お前たちがエリザベスを“偽り”と呼んで追放しておきながら……それに、シュヴァルツにおいてエリザベスは“客人”だ。返すも何も、彼女はすでにこちらの庇護下にある」

 国王もまた、あくまで“エリザベスを守る”という方針を崩すつもりはないようだ。しかし、相手は隣国。今回の疫病の拡大を見過ごせば、いずれシュヴァルツにも大きな影響が及ぶ可能性がある。
 そこでヒルデブラント三世は、エリザベスに対し「どうするかは、あなた自身の意思を尊重したい」という旨を伝えた。ガルディアからの嘆願に応えるか、無視を貫くか。あるいは、シュヴァルツ王国として別の打開策を考えるのか。
 エリザベスは少し考えた末、意を決して答える。

「陛下、もし私がお役に立てるなら……ガルディアの病がこれ以上広がらないよう、助けたい気持ちはあります。でも……今すぐ戻るのは、やはり怖いです。向こうには私を追放した人々がいて、“偽聖女”という汚名が晴れていない……」

 言葉を詰まらせる彼女の肩に、アルフォンスがそっと手を置く。

「無理に行く必要はない。だが、もし君が望むなら、俺が全面的に同行する。君が危険に晒されるような事態になれば、この俺が守る」

 アルフォンスの言葉に、ヒルデブラント三世も重々しくうなずいた。どうやら親子で意見は一致しているらしい。

「我が国の兵を派遣してもいいが、あちらがどう反応するか……下手をすれば、戦火を招く。相手が弱っているときに軍を動かせば“侵略行為”とみなされるかもしれないからな」

 国王は悩ましげに顎に手を添えた。そこに、アルフォンスが控えめに提案をする。

「では、こうしてはどうでしょう。我々はあくまで“救援”として最小限の兵と医師団を連れてガルディアを訪問する。 同時にエリザベスを正当な“聖女”として公式に認める文書を用意し、もし彼女を害するような真似があればシュヴァルツ王国を敵に回すことになる、と事前に通知する」

 この案ならば、大規模な軍事行動を起こすわけではなく、“人道支援”の名目でガルディアに行くことができる。かつ、エリザベスを再び貶めるような行いをすれば、ガルディアはシュヴァルツを敵に回すリスクを負う。
 国王はその案に賛成の意を示し、エリザベスも慎重に考えた末、「私もアルフォンス殿下とご一緒させてください」と願い出た。
 こうして、シュヴァルツからの小規模な救援部隊と医師団、そしてエリザベスとアルフォンスらがガルディアへ向かうことが決定する。エリザベスは不安と決意を胸に、かつて自分が暮らしていた王国へ再び足を踏み入れるのだった。

4. ふたたび踏むガルディアの大地

 数週間後。ガルディア王国の国境を越えて馬車や医師団が入り始めると、地元の村々から大歓迎というわけにはいかなかった。
 疫病の不安に怯え、しかも隣国の兵が来たという事実に警戒心を強める者も多かったのだ。国境の兵士たちはびくびくしながら対応していたが、アルフォンスらはあくまで“救護”であることを強調し、睨み合いのような事態は回避されている。

 やがて、王都ベルンハルトの近郊まで進んだ一行は、そこで改めて王宮からの出迎えを受けた。主導しているのはガルディア王室の重臣たちで、第一王子レオポルドと偽聖女ミレイユの姿もちらりと見える。
 エリザベスは遠目に彼らの姿を確認し、ぎゅっと拳を握りしめた。
 レオポルドの瞳には焦燥感が宿っている。ミレイユに至っては、目が泳ぎ、いかにも落ち着かない様子だ。どうやら、この救援部隊の到着が彼らにとって望ましいものかどうか、まだ判断できていないらしい。

「お、おお……よく来てくださった、シュヴァルツ王国の皆様……」

 先に口を開いたのはレオポルドだった。だが、その声には覇気がなく、偽りの笑みが浮かんでいるように見える。
 アルフォンスは軍礼に則った挨拶を一応は交わしたが、その目は冷ややかだ。その後ろから一歩進み出たのが、エリザベス・ロザリンデ。
 王都にいた頃とは違い、今の彼女は洗練されたシュヴァルツ風のドレスに身を包み、背筋を伸ばしている。人々の視線が集まり、あちらこちらから驚きの声が上がる。

「エリザベス様……あれは、エリザベス様じゃないか……」
「本当に戻ってきたんだ……? 追放されたはずなのに……」

 いくつもの噂話がささやかれるが、エリザベスはまっすぐ前を向く。レオポルドは明らかに動揺しながら、しかし必死に取り繕おうとする。

「エ、エリザベス……久しぶりだな。まさか、シュヴァルツ王国の方に行っていただなんて……いや、俺も、色々事情があって……」

 その声を遮るようにアルフォンスが一歩前へ出た。

「レオポルド殿下。エリザベスは我がシュヴァルツ王国の正式な客人だ。今さら“返せ”などと言われても困る。我々はあくまでも、人道的な支援として医師団と癒しの力を提供するために来た。……だが、もし彼女を再び侮辱するような真似があれば、それ相応の対応を考えさせてもらう」

 その凛とした声に、周囲のガルディア貴族たちは息をのむ。いくら疫病が深刻とはいえ、まさか隣国の皇太子がここまで強い口調で釘を刺してくるとは想定外だったのだろう。
 エリザベスはレオポルドを見据え、口を開く。

「……殿下。私がいまここにいるのは、“あなたたちに復讐するため”ではありません。多くの人が苦しむのを見過ごすことはできないからです。私が少しでも役に立つなら、と思って戻ってきました。どうか、邪魔だけはしないでください」

 その言葉に、レオポルドは何か言い返そうと口を開くが、喉がひりつくようで声にならない。ほとんど勢いに任せて追放した相手が、こんなにも堂々と国際支援の形で戻ってくるとは、彼の想定をはるかに超えていた。
 一方、ミレイユはレオポルドの陰に隠れ、エリザベスを睨みながら小さく身を震わせている。自分が“真の聖女”と祭り上げられたのは、結局は虚構に過ぎなかった――それを誰よりも自覚しているからだ。
 こうして、シュヴァルツの医師団とともに王都ベルンハルトに滞在することになったエリザベス。しかし、この再会はまだ序章に過ぎず、本当の“ざまぁ”はこれからだった。

5. 繰り返される偽聖女の破綻

 王宮内には、既に数え切れないほどの患者が運び込まれていた。壮年の兵士から幼い子どもまで、ひどい病状の者も少なくない。そんな中、ミレイユは相変わらず“聖女”らしき奇跡を起こせず、周囲に振り回されているだけだった。
 そこへシュヴァルツの医師団が入り、さらにエリザベスが癒しの力を使って重症患者の痛みを和らげたりすると、一気に人々の信頼がエリザベスへ集まり始める。

「エリザベス様……やはり本物の聖女はあなたでしたか……ああ、息子が少し呼吸が楽になったと……!」
「うっ……ありがとうございます、ありがとうございます!」

 思わずエリザベスに手を合わせる人が続出し、偽聖女ミレイユの周囲は閑古鳥が鳴くようになっていた。いや、むしろ「ミレイユ様なんて呼んで損した」「結局何もしてくれない」「エリザベス様を追放するなんて、とんでもない大失態だ」と非難する声が相次ぐ。
 今更ながら、本物はエリザベスであったという事実が明確になり、レオポルドも顔面蒼白のまま立ち尽くすしかない。彼があれほど信じたミレイユが、国民からは無視されるどころか嫌悪の目さえ向けられているのだから。

「レ、レオポルド殿下……わたし、どうしたら……」
「……黙れ。もう、お前には何も期待できん……!」

 ぎくしゃくした空気が、王宮を覆う。表向き、ガルディア国王や重臣たちは「シュヴァルツの支援に感謝を」と述べるが、その実、今回の疫病を招いた一因は“聖女追放”による癒しの力の消失だと考える者も少なくない。
 その日以降、レオポルドの失策は王都全体に知れ渡り、「どうして追放などしたのか」「国益を損ねたばかりか、多くの命を危険にさらした罪は重い」という声が貴族や市民の間に拡散した。
 そして何より、レオポルド自身が一度は「偽物」と呼んで捨てた存在を、今さら取り戻そうとしてもエリザベスの心は戻ってこない。ガルディアに残ってくれと嘆願することすら、もはや許されない空気だ。

6. 王宮での会議とエリザベスの決意

 数日後、アルフォンスやシュヴァルツの代表団、そしてガルディア王家と主要貴族たちが集まり、疫病と今後の国交について話し合う会議が開かれた。
 そこではエリザベスの力が“本物”であること、彼女がこれまで多くの患者を救った実績、そしてシュヴァルツ側からの医療物資の提供などが正式に確認される。一方、ガルディアの失策として「偽聖女を祭り上げた」ことは全員の共通認識になりつつあった。

「よって、我々ガルディア王家は、エリザベス・ロザリンデ殿を真の聖女として再認することを……」

 会議の場で、ある老臣がそう提案した瞬間、エリザベスは静かに口を開いた。

「私は、もうガルディアに仕えるつもりはありません。ここにいるシュヴァルツ皇太子アルフォンス殿下こそ、私を追放の危機から救い、再び人々を癒す機会を与えてくださいました。……たとえ私を“真の聖女”と認められても、もうこの国に戻ることはできないのです」

 その毅然とした姿に、貴族たちは言葉を失う。いまさら「王家に留まってくれ」と頼むのはあまりにも虫が良すぎる。
 だが、元来のエリザベスの優しさから、彼女はこう続けた。

「ただし、私が持つ力で救える人がいるならば、私の都合で見捨てるわけにはいきません。今後も、シュヴァルツ王国から支援する形であれば、私は微力を尽くします。けれど……私はガルディアの聖女ではなく、シュヴァルツの客人としてここに滞在している。その点だけは、お忘れにならないでください」

 その言葉に、レオポルドはがくりと肩を落とす。まさに自業自得である。彼は一度は手放したエリザベスを、もう取り戻すことはできないのだ。
 こうして、ガルディア王家は渋々ながらも「シュヴァルツの支援を受け入れる」と表明し、医師団とエリザベスの協力によって疫病終息を目指すという方針が取り決められた。
 会議の終了後、レオポルドは廊下でエリザベスに声をかけようとしたが、アルフォンスの鋭いまなざしに阻まれ、何も言えないまま立ち尽くす。偽聖女ミレイユもまた、すでに周囲から見放され、憔悴した表情で歩くのがやっとだった。

「お前が、あんな偽りに惑わされず、最初からエリザベスを信じていれば……」
 ――誰もがそう思うが、もう遅い。

7. 偽聖女と王子の末路

 その後、シュヴァルツからの医療物資と治癒の技術、さらにエリザベスの力が次々と功を奏し、ガルディア王都の疫病は少しずつ収束へ向かい始めた。死亡者が増える速度も落ち着き、回復して退院する人々も出てきたのだ。
 人々は「やはりエリザベス様こそ本物の聖女」と口をそろえ、嘆願する。「どうかこの国に戻ってきてほしい」と。しかし、エリザベスは丁重に断りつつ、治療は続けるという立場を貫く。
 一方、偽聖女ミレイユは王宮から逃げ出すように姿を消したという噂が広まった。彼女が本当に何者だったのか、どこから来たのかも明確にならないまま。平民出身であることは確かだが、“神の声”など聞こえていなかったのは明白。王宮から奪い取った財宝らしき物を持ち逃げしたとも言われるが、真相は定かではない。
 レオポルドはというと、病床の国王(エリザベスが少しでも痛みを和らげようと努めたが、王はかなり衰弱していた)から厳しい叱責を受け、事実上の王位継承から外される形となった。代わりに、賢明と噂される第二王子が次期国王候補として名を上げ始めており、レオポルドは肩身の狭い日々を送っている。
 そして、国民の支持も失った今、レオポルドには自分の行いを恨むしかなかった。

「エリザベス……俺は、お前を追放するんじゃなかった。あんな嘘つき女に惑わされず、お前を信じていれば……」

 誰に聞かせるでもない独り言は、やがて王宮の壁に虚しく吸い込まれる。誰からも顧みられなくなった第一王子は、後々、辺境の地へ送られる形で都を離れる。もう二度と王座に手が届くことはないだろう。

8. シュヴァルツへ戻る道、そして求婚

 ガルディア王国で一定のめどがついた後、エリザベスとアルフォンス、そして医師団の一部は再びシュヴァルツ王国へ帰還することとなった。
 見送りに現れたのは多くの市民たち。国王の体調を慮って大規模な儀式は開かれなかったが、それでも「ありがとう、エリザベス様」「どうかまた、会える日が来ますように……」と感謝の言葉を叫ぶ人があとを絶たない。
 エリザベスは追放されてから再びこの国を助ける形になったが、それでも自分の原点である故郷に微かな惜別を覚えながら馬車に乗り込む。外の景色を見やり、こみ上げる感情をそっと抑え込んだ。
 その横でアルフォンスは静かに微笑む。

「これで、君の心も少しは軽くなったんじゃないか? 君が“偽物”ではないと、ガルディアの人々にもはっきり証明されたわけだし」

「はい……追放されたときの悔しさや悲しみは消えないけど、もう過去に縛られずに生きていける気がします。すべて……あなたのおかげです、アルフォンス殿下」

 そう言って頭を下げるエリザベスに、アルフォンスは苦笑する。

「殿下はやめてくれ。君には名前で呼んでほしいんだ、何度も言ってるだろう?」

「でも、まだ私……そんな立場では……」

 エリザベスが顔を赤らめると、アルフォンスは首を横に振る。

「君は“シュヴァルツの客人”としてだけじゃない。俺にとっては、もっと大切な存在だ。……帰国したら、改めて父王に報告し、君を正式にシュヴァルツ王家へ迎え入れたい。もちろん、それは君の意志が第一だが……」

 その言葉を聞いたエリザベスは、心臓が大きく鼓動するのを感じる。アルフォンスが示しているのは、つまり“結婚”も含めた将来の話だ。
 実は、すでに王宮の一部では「皇太子がガルディアの追放聖女を愛している」という噂が囁かれている。アルフォンス自身も周囲に隠す気はあまりなく、むしろ堂々とエリザベスへの想いを表してきた。

「わ、私は……あなたのことを深く尊敬しています。シュヴァルツ王国で多くの人を助けられるなら、それは私の望みでもあって……でも、婚約ということになれば……本当にいいのですか? 私はガルディアでは“追放者”として扱われた身です。皇太子妃の資格なんて……」

 エリザベスは戸惑いと喜びで声が震える。しかし、アルフォンスははっきりと首を振る。

「資格なんて、俺が認めればいい。それだけだ。……君は、もう過去に追われなくてもいい。これからは俺と共に、シュヴァルツの未来を築いてほしい」

 その真摯なまなざしを見たエリザベスは、胸がいっぱいになり、自然と涙が浮かぶ。かつてのレオポルドがくれなかった“絶対的な信頼と愛情”を、この人は惜しみなく注いでくれているのだ。
 エリザベスは浅く一度呼吸を整えたあと、小さく笑みを浮かべて頷く。

「……はい。わたしでよければ、ぜひ。あなたと共に、もっと多くの人を救うために力を尽くしたい。シュヴァルツ王国の聖女であり、そしてあなたの……大切な人として……」

 その瞬間、アルフォンスの表情がぱっと明るくなり、エリザベスの手をそっと握りしめる。馬車の中で目が合うと、二人は静かに微笑み合った。
 こうして彼女たちの馬車は、ガルディアを後にしてシュヴァルツへの帰路につく。まばゆいばかりの朝日を背に、追放された聖女が、今度こそ“真実の幸せ”へと歩みを進めていく。

エピローグ:溺愛の結末

 それから程なくして、シュヴァルツ王国の宮廷では、国王ヒルデブラント三世が国内外の重臣を集めてある発表を行った。
 それは、皇太子アルフォンスが「エリザベス・ロザリンデと正式に婚約を結ぶ」という勅命である。お披露目の式典には多くの貴族や外国の使節が招かれ、華々しい祝賀の場となった。
 中には「ガルディア王国出身の追放者を皇太子妃に迎えるのか」と訝(いぶか)しむ声もあったが、エリザベスが既にシュヴァルツで多大な貢献を果たしている事実、王と皇太子が“彼女こそ真の聖女である”と明言している事実には、誰も異を唱えられない。

 当のエリザベスは慣れない場に緊張しながらも、アルフォンスが傍にいることで心強さを感じていた。王国の貴族たちは「おお、これが奇跡の力を持つ聖女か」と興味深げに彼女を眺めるが、侮蔑の色はない。むしろ多くは、彼女の包み込むような優しさに触れて好意的な言葉をかけてくれる。
 式典の後、アルフォンスはエリザベスの手を取り、来賓たちの前で高らかに宣言した。

「皆の者に告げる。我、アルフォンス・フォン・シュヴァルツは、このエリザベス・ロザリンデを終生の伴侶とし、我が国と民のために共に歩むことを誓う。……決して彼女を傷つける者は許さない。彼女こそ、シュヴァルツを照らす真の聖女だ」

 湧き上がる歓声と拍手。エリザベスは感動で胸がいっぱいになりながら、そっとアルフォンスの言葉に応える。

「わたし、エリザベス・ロザリンデもまた、殿下のお力になれるよう全力を尽くすことを誓います。……あなたを尊敬し、愛しています。これから先、どんな困難があろうとも、一緒に乗り越えましょう」

 その瞬間、二人の視線が絡み合い、まるで世界が祝福しているかのような空気が広がった。
 追放された過去が報われるように、彼女は新たな地で本当の幸せを得たのだ。かつての王子や偽聖女の元では感じ得なかった“絶対的な信頼”と“深い愛情”がここにある。
 シュヴァルツ王国の聖女として、そして皇太子妃となる未来へ。エリザベス・ロザリンデは、もう振り返らない。

 ――こうして、「偽聖女」として追放された公爵令嬢は、隣国の皇太子に溺愛され、本当の居場所と自分の価値を知る。
 かつて彼女を陥れた者たちは、すべてを失い、もう手の届かない孤独の闇に沈んでいく。
 これは“偽り”と呼ばれた少女が、真実の力と愛を掴み取った物語。
 その微笑みは今、シュヴァルツの青空の下で、誰よりも眩しく輝いているのだった。



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