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第一章「迷宮都市フェーベル編」

第四十二話「衝突」

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 身長百八十センチを超える長身の男がギルドに入った瞬間、四体の微精霊が彼に従ってギルド内に入った。火、風、聖、雷属性の微精霊を連れている正体不明の男は眉間に皺を寄せてギルド内を隅々まで見渡すと、ギルドの隅でエールを飲んでいたクリステルさんを見つけるや否や、肩で風を切りながら大股でクリステルさんに向かって近付いた。

 俺は咄嗟に椅子の上に立ち、下半身に力を込めて跳躍し、クリステルさんに前に着地してブロードソードに手を掛けた。クリステルさんを狙う精霊狩りだろうか。ダニエルさんも警戒して武器に手を掛けている。

「小僧、私を前にして逃げ出さない勇気は評価するが、お前には関係のない問題だ」
「クリステルさんに一体何の用があるんですか?」
「お前に話す必要は無い。さっさと目の前から消えるんだ」
「クリステルさんは俺の仲間ですから、もしあなたが精霊狩りなら俺は全力で彼女を守ります」
「お前にその力があるとでも? クリステルを守れる程の男だとは到底思えんが」
「今はまだ未熟ですが、どんな手段を使ってでもクリステルさんを守り抜きますよ」
「生意気な口を利く小僧が、表に出ろ」

 クリステルさんが青ざめた顔をして俺を見つめると、シャルロッテさんがクリステルさんを抱きしめた。エミリアは今にも泣き出しそうな表情で俺を見たが、ギレーヌは楽しげに微笑んでいる。

「レオン、負けたら承知しないからね」
「無茶を言うなよ。相手は四種類の微精霊が加護を与えるだけの冒険者なんだから」
「あなたは二種類の精霊と火の微精霊から認められた人間だという事を忘れたのかしら。自分の力と精霊の力を信じなさい」
「わかったよ、ギレーヌ」

 俺はギレーヌと抱擁を交わすと、エミリアが不安げに俺の手を握り締めた。いつ間にかアイスゴーレム達が鋭利な氷の剣を握り締めている事に気がついた。エミリアは誰よりも早くアイスゴーレムに武器を持たせていたのだ。相手の正体は分からないが、クリステルさんとシャルロッテさんを狙う精霊狩りかもしれないのだから、俺が二人を守らなければならない。

 ブロードソードを引き抜いてギルドを出ると、男は背中に差していたロングソードを引き抜いた。剣には雷属性の魔力が纏い、全身には風のエンチャントが掛かっているのか、突風の様な魔力を感じる。果たして俺はこれ程の使い手に勝てるのだろうか。

 相手は俺が氷の精霊と死霊の精霊の加護を持っている事を知らない。不意に大鎌を作りあげて攻撃を仕掛ければ、相手に一撃を喰らわせる事は出来るだろう。男が放つ強烈な魔力を肌に受けるだけで圧倒的な恐怖を感じる。きっと俺はこの男に勝つ事は出来ないだろう……。

 幻獣のグレートゴブリンがまるで赤子の様だ。きっとグレートゴブリンもこの大男を前にすれば慌てて逃げ出すだろう。アラクネだってこの男には立ち向かわない筈だ。

「さぁ来い! 私に一撃でも喰らわせる事が出来たらお前の望みを何でも叶えてやろう」

 男が俺に剣を向けた瞬間、禍々しい殺気を纏う爆発的な魔力が周囲に蔓延し、立っているだけで気分が悪くなり、猛烈な吐き気を感じた。まるでデーモンを前にしているかの様な圧倒的な実力差に震えながらも、俺は剣に冷気を纏わせた。

 瞬間、男が目にも留まらぬ速度で俺の間合いに入り、強烈な水平切りを放った。地面を蹴る瞬間を目視すら出来なかった。俺はミスリル製のブロードソードを両手で握り、全身から魔力を掻き集め、男の一撃を受けた。

 男がロングソードに纏わせた雷のエンチャントと、俺のブロードソードに纏う氷のエンチャントがお互いを退ける炸裂し、お互いの武器を吹き飛ばした。男の強すぎる一撃に握力が耐えられなくなり、俺は武器を失ったのだ。

 男もまた俺のエンチャントに耐えられなくなり、武器を足元に落とした。俺は瞬時に氷から剣を作り上げて全力で振り下ろした。男は右手で武器を拾い上げると、片手で俺の攻撃を軽々と受け、容赦ない蹴りを俺の腹部に放った。

 グレートゴブリンの攻撃が優しく感じる程の強烈な蹴りが俺の体を吹き飛ばすと、俺は背後に氷の魔力を放った。

「アイスゴーレム!」

 俺の言葉に反応し、俺のすぐ後ろに氷のゴーレムが現れた。突如体長二メートルを超える氷のゴーレムが出現したからか、市民達は慌てて逃げ出そうとしたが、衛兵達が決闘だから心配ないと伝えた。

 アイスゴーレムが俺の体を投げ飛ばすと、俺は氷の槍を作り上げ、両手で槍を握り締めたまま男に向かって飛んだ。男は華麗に俺の攻撃を交わすと、俺は地面に着地して左手に闇の魔力を発生させた。

「デスサイズ……」

 小声で魔法を呟いた瞬間、黒い魔力から出来た大鎌が現れた。

「エンチャント・ファイア」

 大鎌に爆発的な炎が発生すると、エンチャント状態の精霊魔法に男が狼狽した。瞬間、俺は大鎌を全力で振り、男の頬を切り裂いた。

「お父様! お止め下さい!」

 クリステルさんが叫ぶと、男が笑みを浮かべながら剣を鞘に戻した。一撃でも当てられたら俺の勝ちだと言っていた。俺は男との勝負に勝ったのだ。

「お父様……? あなたはクリステルさんの父親なんですか?」
「レオン様、今まで隠していて申し訳ありません。私はシュヴァルツ王国第二王女、クリステル・フォン・シュヴァルツです」
「え……? 第二王女? という事は……」

 第二王女の父親という事は、俺は国王陛下と剣を交えたという事だ。冷静に考えれば、四種類の微精霊の加護を持つ平民は存在しないだろう。

「私はシュヴァルツ王国第十五代国王、レオンハルト・フォン・シュヴァルツだ。望み通り、お前の願いをなんでも叶えてやろう。お前は正々堂々戦って勝利を収めた。剣はまだ未熟だが、どんな相手にも立ち向かえる精神力と強い正義の心を持っている。将来は王国の騎士にもなれるだろう」
「失礼しました……! 国王陛下!」

 慌てて跪くと、陛下は柔和な笑みを浮かべて俺を立たせた。

「勝者が跪く必要はない。それに、名を名乗らずにギルドに入った無礼を詫びよう。精霊魔法・アイスゴーレムとデスサイズ。見事だった。さぁ願いを言ってみろ」
「願いですか……。陛下はクリステルさんを迎えに来たんですか?」
「そうだ。クリステルはシャルロッテが誘拐された事を隠し、城を飛び出したのだ」
「それなら、クリステルさんを叱らないで貰えますか? クリステルさんはシャルロッテさんを守るために努力しました。俺もまたクリステルさんに救われたんです」
「そんな事がお前の願いなのか?」
「はい、クリステルさんは命の恩人ですから」
「全く欲のない男だ! 精霊が加護を授ける気持ちも理解出来るかもしれん。力を持っていても慢心せずに鍛錬を続け、己の技術を磨いてきたのだろう。まさか私に攻撃を当てられる平民が居るとは思ってもみなかったぞ。いいだろう、私は城に帰る。クリステルの事を任せたぞ、少年」
「はい、お任せ下さい。国王陛下」

 陛下はクリステルさんとシャルロッテさんと抱きしめると、馬車に飛び乗って颯爽とギルドを後にした。周囲には陛下の護衛の騎士が居たのか、ミスリル製の武具を身に付けた騎士達が陛下の後を追うと、ギレーヌとエミリアが駆け付けてきた。

 二人共俺の勝利を称賛してくれたが、陛下は決して本気を出していなかった。四種類の属性魔法を使えるにもかかわらず、風と雷属性の魔法しか使用しなかったのだ。それでも国王陛下は俺の攻撃に満足して剣を収めてくれた。

 自分の未熟さを改めて感じながらも、俺はクリステルさんから事情を聞く事にした……。
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