上 下
66 / 71
第二章「王都編」

第六十六話「ツンデレ黒竜のせいで朝から修羅場になりそうな件について」

しおりを挟む
 早朝からエリカの声が聞こえる。
 どうやら彼女は俺に馬乗りになっている様だ。
 何だかこのパターンは久しぶりなので、思わず嬉しさがこみ上げてくる。

「起きなさい……ラインハルト」
「……」
「起きないとキス……するぞ」
「……」

 無言で彼女の出方を伺うと、彼女の長い髪が俺の頬に触れた。
 きっと俺の顔を覗き込んでいるのだろう。

 薄っすらと目を開ける。
 エリカは頬を真っ赤に染めながら室内を見渡している。
 他の仲間に見られていないか確認しているのだろう。

「べ、別にお前の事が心から好きな分けではないが……他の女にファーストキスを奪われるくらいなら……私がお前のファーストキスを奪ってやろう」
「……」
「か、かかかか勘違いするなよ!? 別に、お前の事なんて……お前なんて……本当は好きだ……」

 彼女の突然の告白に驚きながらも、寝たふりを続ける。

「本当にキスするからな……! お前は私だけのものなのだ……別に私がキスくらいしても構わないだろう?」
「……」

 彼女がゆっくりと唇を近付けた時、ふと体に感じていた重みが消えた。
 俺の上から降りたのだろうか。

「これこれ、エリカや。全部聞こえているのだぞ」
「ア、アアアナスタシア!? ど、どどどどうして、どうしてお前が起きているのだ!?」
「お主がラインハルトの唇を奪おうとするから起きたのじゃ。これで七度目じゃな」

 七度目?
 今日で三度目だと思っていたが。
 エリカがキスしようとする度にアナスタシアが阻止していたのだろうか。

「別に、私が誰とキスをしようが関係ないだろう! 何故お前はいつも私の邪魔をするのだ!」
「ラインハルトはわらわの主じゃからの。勝手にキスはさせんぞ。無論、ラインハルト自身が望むのなら構いはせんがの」
「全く……いつも私の邪魔ばかりして……」
「わらわはこれからも邪魔をし続けるぞ。さぁエリカや、縛られたくなければベッドに戻るのじゃ」

 縛る?
 一体何を言ってるのだろうか。

「お前ごときの魔法で私を縛れるとでも思っているのか?」
「これまでもラインハルトの唇を奪おうとした日は朝まで縛り上げていたではないか? お主は記憶力が悪いのじゃな」
「なんだと!? 良いだろう、何が何でもラインハルトのファーストキスは私が奪ってやる!」

 エリカが強気な発言をした瞬間、馬車の中の魔力が一変した。

「ソーンバインド……」

 アナスタシアが静かに魔法を唱えると、馬車の外から茨が伸びてエリカの体を拘束した。
 俺が寝ている間にこんな戦いが繰り広げられていたのか?

 動揺しながらも、うっすらと目を開いてエリカの姿を見る。
 茨で縛り上げられ、エリカのパジャマがはだけている。

 かろうじて胸は隠れているが、パンツは丸見え。
 黒の大人っぽい下着姿に思わず興奮する。

 慌てて目を閉じると、誰かが俺の頬に手を触れた。
 それから俺に馬乗りになると、突然唇に柔らかい何かが触れた。

「え……?」

 慌てて目を開けると、レーネが俺の唇に唇を重ねていた。
 フローラも目を覚ましたのか、驚きのあまり目を見開いて起き上がった。

「おはよう、ラインハルト」
「お、おはよう……レーネ。どうしてキスしてるのかな?」
「だってラインハルトはレーネの主だから。それに、キスならいつもしてるよ」
「キ、キスならいつもしてるって……!?」

 俺が眠っている間に、この家の中ではどんな戦いが繰り広げられているのだろうか。
 想像すらしたくないものだ。
 勿論レーネがキスしてくれる事は嬉しいが……。

「いつもキスしてるって本当?」
「うん、だってレーネはラインハルトが好きだから。ウィンドホースの頃もラインハルトの頬を舐めてたでしょ」
「確かに……」

 彼女はウィンドホースの時に長い舌で俺の頬を舐めていた。
 やれやれ……。
 俺だけがこの状況を知らなかったのか。

「レーネさん……駄目ですよ、勝手にキスをしては」
「どうして駄目なの? フローラ」
「それは……ラインハルトさんは私の主でもあるんですから、寝ている間に勝手にキスするなんていけません……! それにエリカさん、そろそろいい加減にしてくれないと今後は一切料理を作りませんよ」

 珍しく怒るフローラに対し、エリカも罪を自覚しているのか、小さく頭を下げた。
 アナスタシアが茨を解除すると、エリカがレーネを引き離した。

「皆、俺が寝ている間にキスするのは止めてね」
「当然ですよ、皆さん。ちょっとはラインハルトさんの気持ちも考えて下さい!」
「そうじゃ、キスがしたいなら起きている間にすれば良いのじゃぞ、エリカや」

 エリカとレーネは反省したのか、目に涙を浮かべて俺を見つめている。
 俺はそんな二人を優しく抱きしめた。
 魔物娘から好かれるのは嬉しいが、せめて起きている間にアプローチして貰いたい。

「今日はパイを焼こうか。レーネもエリカも手伝ってくれるよね」
「べ、別に構わないぞ……」
「うん! レーネのために卵とか使わないパイ作ってね!」
「ああ、卵も牛乳も無し。菜食主義のレーネでも食べられるパイにするよ」

 それから仲間達が着替えを始めたので、俺は馬車の家から出た。
 ケットシー達は意外と早起きなのか、小さな猫達が家の前で雑談をしている。
 何と可愛らしい村だろうか。
 猫とドライアドとシュルスクの大木の村。

 そして、そんな平和な村を遠くから見つめる一体のデーモン。
 ベアトリクスはカイ・ユルゲン達を捕らえたのだろう。
 村の入り口には縄で縛られた四人が横たわっている。 
 流石にBランクの悪魔だからか、犯罪者連中を捕らえるくらいは朝飯前なのだろう。

「ラインハルト、ユルゲン達を連れてきたぞ」
「ご苦労様。俺達は暫くこの村に滞在するけど、君も一緒にどう?」
「どうやらドライアドが私を拒んでいる様だ。私は魔法陣より先には入れない」

 ユルゲン達をシュターナーの傍に放置して村に滞在するのも不安だ。
 イフリートに変化して一度王都にユルゲン達を運ぼうか。
 それからもう一度シュターナーに戻って来れば良い。

 仲間を集め、一度今後の予定を確認する。
 ギレーヌは酒臭い息を俺に吐きかけながら俺の肩を抱いた。

「先に王都に行っちまうのか? すぐ戻ってくるんだよな?」
「ああ、イフリートとして移動するから、今日中には戻れる筈だよ」
「まぁ、犯罪者は早めに豚箱にぶち込んでおいてくれ。お前さんが戻るまで、あたしもパイ作りを手伝うよ」

 俺はフローラにシュルスクのパイのレシピを渡し、一度イフリートに変化した。
 それからベアトリクスの元に戻ると、彼女は恐れおののいた表情を浮かべた。

「イフリートが何故この村に……!?」
「ああ、炎の精霊に見えても正体はラインハルト・シュヴァルツだよ」
「ラインハルト!? 本当にお前なのか……? 全く、私はとんでもない相手と喧嘩をしていたんだな。まさか人間がイフリートに変化するとは」
「移動速度を高めるためだよ。まずは俺とベアトリクスでユルゲン達を王都まで運ぼう」
「懸賞金を貰いに行くんだな!?」
「そうだよ、それじゃ出発しようか」

 ユルゲン達は突然のイフリートの登場に言葉を失っている様だ。
 ケットシー達とドライアド達の殺害を目論んだ犯罪者をつまみ上げる。

 一緒に熊鍋を食べ、酒を飲んで語り合ったのだが。
 よくも俺達を騙してくれたな……。

「お前達を王都に運ぶ。せいぜい死刑にならない様に祈るんだな」
「馬鹿な……! なぜイフリートがデーモンの様な魔物の言葉を信じるんだ!」
「黙れ、ユルゲン。お前の嘘は聞き飽きた。何が旅の冒険者だ? ふざけるな。お前の罪は全てベアトリクスに暴いて貰うからな!」

 翼を広げて一気に飛び上がり、俺とベアトリクスは王都を目指して移動を始めた。
 シュターナーと王都は目と鼻の先だ。
 徒歩で移動すれば森林地帯なので時間が掛かるが、空からなら時間は掛からないだろう。

 暫く高速で飛行を続けていると、俺は遂に王都に到着した……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

最弱職と村を追い出されましたが、突然勇者の能力が上書きされたのでスローライフを始めます

渡琉兎
ファンタジー
十五歳になりその者の能力指標となる職業ランクを確認した少年、スウェイン。 彼の職業ランクは最底辺のN、その中でもさらに最弱職と言われる荷物持ちだったことで、村人からも、友人からも、そして家族からも見放されてしまい、職業が判明してから三日後――村から追い出されてしまった。 職業ランクNは、ここラクスラインでは奴隷にも似た扱いを受けてしまうこともあり、何処かで一人のんびり暮らしたいと思っていたのだが、空腹に負けて森の中で倒れてしまう。 そんな時――突然の頭痛からスウェインの知り得ないスキルの情報や見たことのない映像が頭の中に流れ込んでくる。 目覚めたスウェインが自分の職業を確認すると――何故か最高の職業ランクXRの勇者になっていた! 勇者になってもスローライフを願うスウェインの、自由気ままな生活がスタートした!

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

処理中です...