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第三章「迷宮都市アイゼンシュタイン編」
第五十六話「冬期休暇」
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〈十二月十五日〉
今日からローゼンクロイツ魔法学校の冬休みが始まる。エレオノーレ様の呪いを解き、勇者の称号を授かってから五日が経過した。俺の生活は変わらず、普段通り魔法学校で授業を受け、ギルドで新米冒険者教育をしていた。
ローゼンクロイツ魔法学校は夏休みが一カ月間、冬休みが二カ月間もあり、前回の休暇はヒュドラ討伐のために鍛錬の生活を送っていたので、今回の二カ月間の冬休みは思い切ってギルドの仕事を休む事にした。
去年の六月一日、冒険者を目指してギーレン村を出た俺は、今日まであまりにも忙しく働きすぎていたのだ。王国を脅かしていたヒュドラも討伐し、エレオノーレ様も復活したのだ。一人の魔法学校の生徒として楽しい休暇を送りたいと思う。
終業式を終えて自宅に戻ると、エレオノーレ様とララが大広間で遊んでいた。エレオノーレ様は迷宮都市ベーレントの屋敷を売り払い、俺の屋敷で新たな人生を始めた。ヴォルフ師匠は再び魔大陸に渡り、更なる強さを求めて修行を積んでいるらしい。
リーゼロッテ第二王女の守護者であるヴォルフ師匠はリーゼロッテ王女の護衛をエレオノーレ様に任せた。エレオノーレ様の手に負えない魔物が王都を襲撃した際にはヴォルフ師匠が王都に召喚される事になっている。
と言っても、リーゼロッテ王女は普段はファルケンハイン城で勉学に励んでいるので、彼女の生活を脅かす存在限りなく少ない。
「ユリウス、今日から冬休みなんだってな」
「はい、エレオノーレ様。暫くはギルドの仕事を休もうと思います。あまりにも忙しく働きすぎたので」
「うむ。たまには休みも必要だろう。冬休みの予定はあるのか?」
「実は……」
二カ月間の冬休みの宿題として、休み中に召喚獣を一体契約しなければならない。魔術師として生涯のパートナーとなる魔物を探し出し、召喚契約を結ばなければならないのだ。より強い魔物を探すために王都を離れて旅に出る生徒も居るらしい。
ヘンリエッテとレーネ、ボリスも召喚獣探しの旅に出るのだとか。ヴィクトリアは復活したばかりの王妃様の傍を離れる訳にはいかないので、暫くは王都から出るつもりはないらしい。
レベッカはケットシー達が暮らす第二の故郷、ギーレン村に帰郷する予定なのだとか。一年の冬休みに召喚獣探しをするのはローゼンクロイツ魔法学校の伝統らしく、魔術師の強さの象徴でもある召喚獣を二カ月間で探し出し、二年からは召喚獣と共に授業を受ける事になるらしい。
「それで、召喚獣を探す旅に出るのか?」
「そのつもりなんですが、暫くララを任せても良いですか?」
「勿論構わないぞ。ララ、二人で留守番出来るか?」
「うん! ララはエレオノーレ様が居れば大丈夫!」
ララは金色の尻尾を嬉しそうに振りながら俺に飛びつくと、俺は小さな妹を抱き上げて頭を撫でた。フワフワした体毛が心地良く、ルビーの様な澄んだ瞳がまた美しい。
「ユリウス、パラディン達も旅に連れて行くの?」
「いや、今回はガチャと二人で旅に出ようと思うんだ。召喚獣探しを召喚獣達に手伝って貰う訳にもいかないからね」
俺はフランツ、エドガー、ロビンを集め、ジークフリートを召喚した。召喚獣達に冬休みの間に新たな召喚獣を探す旅に出ると伝えると、ジークフリートが「新たな仲間が増えるのは良い事だ」と言ってくれた。
「しかし、ユリウスの強さに見合う召喚獣を探すとなるとまた大変だな。少なくともAランク以上の魔物じゃなければならないだろう」
「そうですね、今更EランクやDランクの魔物と召喚契約を結んでも戦闘の役には立たないと思うので」
召喚魔法の授業では魔物との召喚契約や魔物の生息地、召喚獣との暮らし方や手なずけ方等を習った。授業中にはEランクのエレメンタルという最も基本的な属性魔法の使い手である魔物を召喚した。
火属性ならファイアエレメンタルといった具合で、全ての属性にはエレメンタルが存在する。授業中にはエレメンタルが多く生息する森に入り、一時的に召喚契約を結んでエレメンタルと触れ合ったりもしたが、一年の冬休みで生涯のパートナーとなる召喚獣を探す事になっているのだ。
三年の卒業時には召喚獣と共に卒業試験を受ける事になる。ラース大陸最高の魔法教育機関であるローゼンクロイツ魔法学校の卒業生として相応しい魔術師か、卒業試験で己の実力を証明しなければならない。
フランツが談話室から魔物図鑑を持ってくると、俺達は大広間に座り込んで魔物図鑑を見つめた。一体どんな魔物なら俺の冒険者生活で役に立つだろうか。
「俺は飛行系の魔物が良いと思うんだけど、ジークフリートはどう思う?」
「そうだな、俺は空が飛べないから、飛行系の召喚獣が居れば移動範囲も広がるし、ドラゴン系の魔物が良いんじゃないか?」
ララが魔物図鑑をめくり、Aランク、氷属性、ホワイトドラゴンの項目を指さすと、俺は胸元に付けてい勲章に目をやった。ファルケンハイン王国防衛章にもホワイトドラゴンが描かれているのだ。ファルケンハイン王国は古くからホワイトドラゴンが人間と共存していたが、現在では王都の周囲にホワイトドラゴンは生息しない。
ホワイトドラゴンが仕える価値があると思える冒険者の数が減ったのだろう。古い時代、王都の人口がまだ少なかった頃は、少数の冒険者や衛兵が王都を防衛していたから、平均レベルも現代より遥かに高かったのだとか。
「ホワイトドラゴンにしようか。問題は生息地なんだけど、ギルドでは目撃情報すら聞いた事もないし……」
「なんだ、ホワイトドラゴンの生息地なら知っているぞ」
「本当ですか?」
「ああ、地図を持ってくるんだ」
エドガーが談話室から地図を持ってくると、エレオノーレ様がラース大陸の北部にある大陸を指さした。
「ラース大陸北部に位置するドーレ大陸、迷宮都市アイゼンシュタインから程近い山脈でホワイトドラゴンの生息が確認されている」
「ドーレ大陸ですか。確か氷属性と雷属性の魔物が多く生息しているんですよね」
「そうだ。私は十七歳の頃にドーレ大陸を横断した事がある。ラース大陸よりも降雪量が多く、平均気温も低い。迷宮都市アイゼンシュタインは聖者グレゴリウスの生まれ故郷でもある」
聖者のゴブレットや聖者の袋などの聖者シリーズでおなじみ、聖者グレゴリウス・アイゼンシュタインの生まれ故郷、迷宮都市アイゼンシュタイン。かつてエレオノーレ様と共に暮らしていた迷宮都市ベーレントと同様に、都市の地下にダンジョンがあるタイプの街だ。
「ここから海を越えてドーレ大陸まで行くとなると、移動だけで相当時間が掛かりそうですね」
「なぁに、空を飛んで行けば五日で海を渡れるさ」
「空って……俺は火属性なので飛行魔法は使えません」
「やはり旅は風属性のレビテーションが使えるか使えないかで移動速度が大幅に変わるという訳だ」
エレオノーレ様は釣り目気味の三白眼を輝かせて俺を見つめると、全身に風の魔力を纏わせた。
「レビテーション!」
瞬間、エレオノーレ様の体が宙に浮かび、自由自在に大広間を飛び回った。飛行魔法が使えない俺はヒュドラとの決戦では竜の魔装を使用して空を飛んだが、ヒュドラとの戦闘時に攻撃を直撃してからというもの、竜の魔装は一度も空を飛ばなくなった。
竜の魔装はヒュドラの尻尾の一撃を受けて大きく変形し、その日から俺を無視する様になったのだ。マジックバックから竜の魔装を取り出して床に置くと、まるで意思を持っているかの様に俺の元から逃げ出した。
エレオノーレ様は銀色の美しいポニーテールをなびかせながらゆっくりと着地し、微笑みながら俺の肩に手を置いた。
どうにかして移動速度を上げられないだろうか。父の魔法道具屋で販売していたガーゴイルの羽衣という魔法道具。身に着けるだけでガーゴイルに変化し、空を自在に飛ぶ事が出来る。
「ガーゴイルの羽衣を使えば良いんだ!」
「確か、着るとガーゴイルに変化出来る魔法道具だったな。しかし、ユリウス程の男がガーゴイルに変化するとは滑稽だな。世界最強のガーゴイルでも目指すつもりか?」
「それも面白そうですが、二カ月間でラース大陸からドーレ大陸に渡り、尚且つホワイトドラゴンを見つけ出して召喚契約までしなければならないんです、まずは移動速度を高めなければなりませんから」
「それはそうだな」
エレオノーレ様は柔和な笑みを浮かべながら俺を抱きしめると、彼女の心地良い魔力が体内に流れてきた。復活してから五日しか一緒に居られず、俺はすぐに旅立つ事になるのだ。クールな表情をしているがきっと随分寂しいのだろう。
俺の背中にエレオノーレ様の豊かな胸が触れ、暫く心地良さを感じていると、ヴィクトリアが屋敷を訪ねてきた。今日は薔薇色のドレスを着ており、美しい王女の姿に思わず胸が高鳴った。
ベルトにはミスリル製の杖とダガーを差している。ダガーは俺が以前迷宮都市ベーレントでプレゼントした物だ。髪を綺麗に巻いており、大広間の天井付近に浮かぶ魔石が彼女の髪やドレスを幻想的に照らした。
あまりにも美しい第一王女の姿に暫く見とれていると、ヴィクトリアが俺を強く抱きしめてくれた。俺の体には彼女の豊かな胸が触れ、二カ月も別れる事を考えると無性に寂しさを感じた。
「ヴィクトリア、今日から旅に出る事にしたよ。ドーレ大陸でホワイトドラゴンを探す事にしたんだ」
「ホワイトドラゴン? それは素敵ね。古い時代の騎士もホワイトドラゴンと共に王国を防衛していたみたいだし、歴代の勇者の中にはホワイトドラゴンを飼っていた者も居るみたいだしね」
「暫く会えなくなるけど、大丈夫?」
「止めてもユリウスは旅に出るんでしょう? 私は勿論大丈夫よ。お母様の傍に居たいし、離れていても念話出来るからね」
ヴィクトリアが紫色の澄んだ瞳で俺を見つめ、俺は彼女の長い髪に触れた。ゆっくりとヴィクトリアを抱き寄せ、彼女の柔らかな頬にキスをする。もう国民が公認している仲なので、俺達の関係を隠す必要もないのだ。
ロビンは恥ずかしそうに目を隠し、フランツは地図を念入りに確認して俺が進むルートに印をつけている。エドガーは石宝刀や魔石砲の手入れをしてくれ、俺はエドガーから装備を受け取ると、すぐに旅支度を済ませた。
マジックバックに必要な物を仕舞う。庭で採れたシュルスクの果実から作ったマナポーションを百本。毎日作りためておいたマナポーションを旅の間に全て飲もう。旅と言っても遊びに行く訳ではない。魔物を狩って魔石を集め、ガチャを回して魔法道具を量産しながら進む。
それからマジックバックに聖者の袋、聖者のゴブレット、マナポーション製造機を入れ、普段着の上からエレオノーレ様の帯を巻き、左の腰に石宝刀とユニコーンの杖を差す。右の腰には魔石砲を差してから騎士のガントレットを嵌め、羽根付きグリーヴを履く。胸にはファルケンハイン王国防衛章を付け、首には勇者の首飾りを付けた。
国王陛下から授かった勇者の身分を証明する首飾り。オリハルコン製、中央にエメラルドが掛かっており、この首飾りに対して鑑定の魔法を使えばファルケンハイン王国の勇者だと身分を証明出来るのだ。勿論、ギルドカードにも勇者の称号が表示されている。
ドーレ大陸、迷宮都市アイゼンシュタインはシュリーフェン王国の領地なので、俺は他国の勇者として入国する事になる。くれぐれも行動には気を付けなければならない。
屋敷を出る前にイリスが仕事を終えて戻ってくると、俺は無言でイリスと抱き合った。既に彼女はララの姉の様な存在になっており、イリスとエレオノーレ様が居れば幼いララも安心して暮らせるだろう。
旅の食料などはこれから揃えるとして、俺は旅の資金として五百万ゴールドをマジックバックに入れた。二カ月の旅で何があるか分からないので、なるべく多めにお金を持つ事にした。自宅には手持ちのお金の他に二千万ゴールド程の蓄えがある。
出発前に魔石砲の弾倉を確認する。現在の弾倉はサンダーボルト、ブラッドクロス、ストーンシールド、サンダー、ウィンドエッジ、ホーリーの六種類。攻防のバランスが良く、闇属性対策としてホーリーの魔石を入れている。
イリスは俺と別れるのが寂しいのか、青と茶色の美しいオッドアイに涙を浮かべている。左右の色が違う瞳は何度見ても美しく、灰色のふわふわした尻尾が愛らしい。
「イリス、エレオノーレ様とララをよろしく。ジークフリート、王都を脅かす魔物が居れば叩きのめしてくれ。フランツ、エドガー、ロビン、屋敷を任せたよ」
既に家族の様な絆を感じる大切な人達にしばしの分かれを告げると、俺はヴィクトリアと共に中央区にある魔法道具屋を目指して歩き始めた。
今日からローゼンクロイツ魔法学校の冬休みが始まる。エレオノーレ様の呪いを解き、勇者の称号を授かってから五日が経過した。俺の生活は変わらず、普段通り魔法学校で授業を受け、ギルドで新米冒険者教育をしていた。
ローゼンクロイツ魔法学校は夏休みが一カ月間、冬休みが二カ月間もあり、前回の休暇はヒュドラ討伐のために鍛錬の生活を送っていたので、今回の二カ月間の冬休みは思い切ってギルドの仕事を休む事にした。
去年の六月一日、冒険者を目指してギーレン村を出た俺は、今日まであまりにも忙しく働きすぎていたのだ。王国を脅かしていたヒュドラも討伐し、エレオノーレ様も復活したのだ。一人の魔法学校の生徒として楽しい休暇を送りたいと思う。
終業式を終えて自宅に戻ると、エレオノーレ様とララが大広間で遊んでいた。エレオノーレ様は迷宮都市ベーレントの屋敷を売り払い、俺の屋敷で新たな人生を始めた。ヴォルフ師匠は再び魔大陸に渡り、更なる強さを求めて修行を積んでいるらしい。
リーゼロッテ第二王女の守護者であるヴォルフ師匠はリーゼロッテ王女の護衛をエレオノーレ様に任せた。エレオノーレ様の手に負えない魔物が王都を襲撃した際にはヴォルフ師匠が王都に召喚される事になっている。
と言っても、リーゼロッテ王女は普段はファルケンハイン城で勉学に励んでいるので、彼女の生活を脅かす存在限りなく少ない。
「ユリウス、今日から冬休みなんだってな」
「はい、エレオノーレ様。暫くはギルドの仕事を休もうと思います。あまりにも忙しく働きすぎたので」
「うむ。たまには休みも必要だろう。冬休みの予定はあるのか?」
「実は……」
二カ月間の冬休みの宿題として、休み中に召喚獣を一体契約しなければならない。魔術師として生涯のパートナーとなる魔物を探し出し、召喚契約を結ばなければならないのだ。より強い魔物を探すために王都を離れて旅に出る生徒も居るらしい。
ヘンリエッテとレーネ、ボリスも召喚獣探しの旅に出るのだとか。ヴィクトリアは復活したばかりの王妃様の傍を離れる訳にはいかないので、暫くは王都から出るつもりはないらしい。
レベッカはケットシー達が暮らす第二の故郷、ギーレン村に帰郷する予定なのだとか。一年の冬休みに召喚獣探しをするのはローゼンクロイツ魔法学校の伝統らしく、魔術師の強さの象徴でもある召喚獣を二カ月間で探し出し、二年からは召喚獣と共に授業を受ける事になるらしい。
「それで、召喚獣を探す旅に出るのか?」
「そのつもりなんですが、暫くララを任せても良いですか?」
「勿論構わないぞ。ララ、二人で留守番出来るか?」
「うん! ララはエレオノーレ様が居れば大丈夫!」
ララは金色の尻尾を嬉しそうに振りながら俺に飛びつくと、俺は小さな妹を抱き上げて頭を撫でた。フワフワした体毛が心地良く、ルビーの様な澄んだ瞳がまた美しい。
「ユリウス、パラディン達も旅に連れて行くの?」
「いや、今回はガチャと二人で旅に出ようと思うんだ。召喚獣探しを召喚獣達に手伝って貰う訳にもいかないからね」
俺はフランツ、エドガー、ロビンを集め、ジークフリートを召喚した。召喚獣達に冬休みの間に新たな召喚獣を探す旅に出ると伝えると、ジークフリートが「新たな仲間が増えるのは良い事だ」と言ってくれた。
「しかし、ユリウスの強さに見合う召喚獣を探すとなるとまた大変だな。少なくともAランク以上の魔物じゃなければならないだろう」
「そうですね、今更EランクやDランクの魔物と召喚契約を結んでも戦闘の役には立たないと思うので」
召喚魔法の授業では魔物との召喚契約や魔物の生息地、召喚獣との暮らし方や手なずけ方等を習った。授業中にはEランクのエレメンタルという最も基本的な属性魔法の使い手である魔物を召喚した。
火属性ならファイアエレメンタルといった具合で、全ての属性にはエレメンタルが存在する。授業中にはエレメンタルが多く生息する森に入り、一時的に召喚契約を結んでエレメンタルと触れ合ったりもしたが、一年の冬休みで生涯のパートナーとなる召喚獣を探す事になっているのだ。
三年の卒業時には召喚獣と共に卒業試験を受ける事になる。ラース大陸最高の魔法教育機関であるローゼンクロイツ魔法学校の卒業生として相応しい魔術師か、卒業試験で己の実力を証明しなければならない。
フランツが談話室から魔物図鑑を持ってくると、俺達は大広間に座り込んで魔物図鑑を見つめた。一体どんな魔物なら俺の冒険者生活で役に立つだろうか。
「俺は飛行系の魔物が良いと思うんだけど、ジークフリートはどう思う?」
「そうだな、俺は空が飛べないから、飛行系の召喚獣が居れば移動範囲も広がるし、ドラゴン系の魔物が良いんじゃないか?」
ララが魔物図鑑をめくり、Aランク、氷属性、ホワイトドラゴンの項目を指さすと、俺は胸元に付けてい勲章に目をやった。ファルケンハイン王国防衛章にもホワイトドラゴンが描かれているのだ。ファルケンハイン王国は古くからホワイトドラゴンが人間と共存していたが、現在では王都の周囲にホワイトドラゴンは生息しない。
ホワイトドラゴンが仕える価値があると思える冒険者の数が減ったのだろう。古い時代、王都の人口がまだ少なかった頃は、少数の冒険者や衛兵が王都を防衛していたから、平均レベルも現代より遥かに高かったのだとか。
「ホワイトドラゴンにしようか。問題は生息地なんだけど、ギルドでは目撃情報すら聞いた事もないし……」
「なんだ、ホワイトドラゴンの生息地なら知っているぞ」
「本当ですか?」
「ああ、地図を持ってくるんだ」
エドガーが談話室から地図を持ってくると、エレオノーレ様がラース大陸の北部にある大陸を指さした。
「ラース大陸北部に位置するドーレ大陸、迷宮都市アイゼンシュタインから程近い山脈でホワイトドラゴンの生息が確認されている」
「ドーレ大陸ですか。確か氷属性と雷属性の魔物が多く生息しているんですよね」
「そうだ。私は十七歳の頃にドーレ大陸を横断した事がある。ラース大陸よりも降雪量が多く、平均気温も低い。迷宮都市アイゼンシュタインは聖者グレゴリウスの生まれ故郷でもある」
聖者のゴブレットや聖者の袋などの聖者シリーズでおなじみ、聖者グレゴリウス・アイゼンシュタインの生まれ故郷、迷宮都市アイゼンシュタイン。かつてエレオノーレ様と共に暮らしていた迷宮都市ベーレントと同様に、都市の地下にダンジョンがあるタイプの街だ。
「ここから海を越えてドーレ大陸まで行くとなると、移動だけで相当時間が掛かりそうですね」
「なぁに、空を飛んで行けば五日で海を渡れるさ」
「空って……俺は火属性なので飛行魔法は使えません」
「やはり旅は風属性のレビテーションが使えるか使えないかで移動速度が大幅に変わるという訳だ」
エレオノーレ様は釣り目気味の三白眼を輝かせて俺を見つめると、全身に風の魔力を纏わせた。
「レビテーション!」
瞬間、エレオノーレ様の体が宙に浮かび、自由自在に大広間を飛び回った。飛行魔法が使えない俺はヒュドラとの決戦では竜の魔装を使用して空を飛んだが、ヒュドラとの戦闘時に攻撃を直撃してからというもの、竜の魔装は一度も空を飛ばなくなった。
竜の魔装はヒュドラの尻尾の一撃を受けて大きく変形し、その日から俺を無視する様になったのだ。マジックバックから竜の魔装を取り出して床に置くと、まるで意思を持っているかの様に俺の元から逃げ出した。
エレオノーレ様は銀色の美しいポニーテールをなびかせながらゆっくりと着地し、微笑みながら俺の肩に手を置いた。
どうにかして移動速度を上げられないだろうか。父の魔法道具屋で販売していたガーゴイルの羽衣という魔法道具。身に着けるだけでガーゴイルに変化し、空を自在に飛ぶ事が出来る。
「ガーゴイルの羽衣を使えば良いんだ!」
「確か、着るとガーゴイルに変化出来る魔法道具だったな。しかし、ユリウス程の男がガーゴイルに変化するとは滑稽だな。世界最強のガーゴイルでも目指すつもりか?」
「それも面白そうですが、二カ月間でラース大陸からドーレ大陸に渡り、尚且つホワイトドラゴンを見つけ出して召喚契約までしなければならないんです、まずは移動速度を高めなければなりませんから」
「それはそうだな」
エレオノーレ様は柔和な笑みを浮かべながら俺を抱きしめると、彼女の心地良い魔力が体内に流れてきた。復活してから五日しか一緒に居られず、俺はすぐに旅立つ事になるのだ。クールな表情をしているがきっと随分寂しいのだろう。
俺の背中にエレオノーレ様の豊かな胸が触れ、暫く心地良さを感じていると、ヴィクトリアが屋敷を訪ねてきた。今日は薔薇色のドレスを着ており、美しい王女の姿に思わず胸が高鳴った。
ベルトにはミスリル製の杖とダガーを差している。ダガーは俺が以前迷宮都市ベーレントでプレゼントした物だ。髪を綺麗に巻いており、大広間の天井付近に浮かぶ魔石が彼女の髪やドレスを幻想的に照らした。
あまりにも美しい第一王女の姿に暫く見とれていると、ヴィクトリアが俺を強く抱きしめてくれた。俺の体には彼女の豊かな胸が触れ、二カ月も別れる事を考えると無性に寂しさを感じた。
「ヴィクトリア、今日から旅に出る事にしたよ。ドーレ大陸でホワイトドラゴンを探す事にしたんだ」
「ホワイトドラゴン? それは素敵ね。古い時代の騎士もホワイトドラゴンと共に王国を防衛していたみたいだし、歴代の勇者の中にはホワイトドラゴンを飼っていた者も居るみたいだしね」
「暫く会えなくなるけど、大丈夫?」
「止めてもユリウスは旅に出るんでしょう? 私は勿論大丈夫よ。お母様の傍に居たいし、離れていても念話出来るからね」
ヴィクトリアが紫色の澄んだ瞳で俺を見つめ、俺は彼女の長い髪に触れた。ゆっくりとヴィクトリアを抱き寄せ、彼女の柔らかな頬にキスをする。もう国民が公認している仲なので、俺達の関係を隠す必要もないのだ。
ロビンは恥ずかしそうに目を隠し、フランツは地図を念入りに確認して俺が進むルートに印をつけている。エドガーは石宝刀や魔石砲の手入れをしてくれ、俺はエドガーから装備を受け取ると、すぐに旅支度を済ませた。
マジックバックに必要な物を仕舞う。庭で採れたシュルスクの果実から作ったマナポーションを百本。毎日作りためておいたマナポーションを旅の間に全て飲もう。旅と言っても遊びに行く訳ではない。魔物を狩って魔石を集め、ガチャを回して魔法道具を量産しながら進む。
それからマジックバックに聖者の袋、聖者のゴブレット、マナポーション製造機を入れ、普段着の上からエレオノーレ様の帯を巻き、左の腰に石宝刀とユニコーンの杖を差す。右の腰には魔石砲を差してから騎士のガントレットを嵌め、羽根付きグリーヴを履く。胸にはファルケンハイン王国防衛章を付け、首には勇者の首飾りを付けた。
国王陛下から授かった勇者の身分を証明する首飾り。オリハルコン製、中央にエメラルドが掛かっており、この首飾りに対して鑑定の魔法を使えばファルケンハイン王国の勇者だと身分を証明出来るのだ。勿論、ギルドカードにも勇者の称号が表示されている。
ドーレ大陸、迷宮都市アイゼンシュタインはシュリーフェン王国の領地なので、俺は他国の勇者として入国する事になる。くれぐれも行動には気を付けなければならない。
屋敷を出る前にイリスが仕事を終えて戻ってくると、俺は無言でイリスと抱き合った。既に彼女はララの姉の様な存在になっており、イリスとエレオノーレ様が居れば幼いララも安心して暮らせるだろう。
旅の食料などはこれから揃えるとして、俺は旅の資金として五百万ゴールドをマジックバックに入れた。二カ月の旅で何があるか分からないので、なるべく多めにお金を持つ事にした。自宅には手持ちのお金の他に二千万ゴールド程の蓄えがある。
出発前に魔石砲の弾倉を確認する。現在の弾倉はサンダーボルト、ブラッドクロス、ストーンシールド、サンダー、ウィンドエッジ、ホーリーの六種類。攻防のバランスが良く、闇属性対策としてホーリーの魔石を入れている。
イリスは俺と別れるのが寂しいのか、青と茶色の美しいオッドアイに涙を浮かべている。左右の色が違う瞳は何度見ても美しく、灰色のふわふわした尻尾が愛らしい。
「イリス、エレオノーレ様とララをよろしく。ジークフリート、王都を脅かす魔物が居れば叩きのめしてくれ。フランツ、エドガー、ロビン、屋敷を任せたよ」
既に家族の様な絆を感じる大切な人達にしばしの分かれを告げると、俺はヴィクトリアと共に中央区にある魔法道具屋を目指して歩き始めた。
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