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第二章「王都イスターツ編」

第四十二話「冒険者ギルド」

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 仲間にイリスを紹介すると、ケットシーのレベッカはイリスを気に入ったのか、空いている客室にイリスを案内した。まずイリスは奴隷生活で汚れ切った体を綺麗にし、新しい服に着替えて貰わなければならない。

 第一王女とイェーガー伯爵家のボリスが居る屋敷で、ボロの布を纏ったまま過ごす訳にもいかないからだ。

 大広間ではジークフリートとフランツがチェスをしており、巨体のジークフリートは人間用に作られた小さな駒を爪の先で持ち、パラディンのリーダーに勝負を挑んでいる。屋敷で一番チェスが強いフランツはこうして毎日誰かとチェスをして遊んでいる。

 俺はチェスが苦手だから一度もフランツに勝てた事がないが、ボリスやヴィクトリアはたまにフランツに勝つ事が出来る。

 身長百九十センチ、ハルバード使いのエドガーはチェスの様な繊細な遊びよりも、俺と一緒に体術を学んだり、ハルバードを使って打ち合う方が好きだ。ロビンは戦いよりもララと一緒に料理をしたり、フランツが集めた本を談話室で読んだり、屋敷内を丁寧に掃除したりするのが好きだ。徐々に三体のパラディンの個性も分かってきたし、屋敷の生活も面白くなってきた。

 ボリスが近づいてくると、彼はブロードソードの柄に触れながら俺を見た。俺と稽古をしたい時はブロードソードを腰に差し、体内から溢れんばかりの魔力を抑えつけている。

「ユリウス、イリスの実力はどうだった? 僕よりも強いのか?」
「いや、それはないけど相当なものだよ。日常的に魔物を狩っている冒険者の動きだった」
「確かランクはC、レベルは45なんだよな」
「そうらしいね。今回開放した獣人達は全員レベル30を超えているみたいだよ」
「ユリウスが冒険者ギルド・ファルケンハインのギルドマスターか。ライバルがますます強く、有名になるのは嬉しいよ。既に王都ではユリウスのレッドドラゴン討伐と、建設中のギルドの話題で持ち切りだよ」
「ボリスもギルドに加入してくれるんだろう?」
「勿論。僕は君と共にSランクを目指す。さぁ今日の稽古をしようか! 一日一時間はユリウスと稽古をしないと勘が鈍るからな」

 ボリスは二本のブロードソードを引き抜き、体には風のエンチャントを掛け、剣には雷のエンチャントを掛けた。二種類のエンチャントを同時に使用出来るボリスはやはり天才なのだ。

「ではいくぞ!」

 ボリスが叫んだ瞬間、俺は石宝刀を引き抜いた。風のエンチャントによって移動速度が飛躍的に向上しているボリスが一瞬で俺の間合いに入ると、俺は瞬時に飛び上がって石宝刀を振り下ろした。

「裂空斬!」

 ボリスの頭上から圧縮した魔力の刃を飛ばすと、ボリスはブロードソードを交差させ、魔力の刃を受け止めた。それから彼は羽根付きグリーヴに魔力を込めて一気に飛び上がると、俺は空中で瞬時に納刀した。

「雷光閃!」

 目の前に跳躍したボリスに対し、最速の剣技で攻撃を仕掛ける。ボリスは俺が雷光閃を使うと知っていても攻撃を受け止められる力はない。それでも雷のエンチャントが掛かった二本のブロードソードを交差させて防げば、大抵の剣技には耐えられる。

 ボリスが雷光閃を受けると、ブロードソードに掛かっていたエンチャントが消滅した。雷光閃を放つ際に刀に流した魔力がボリスのエンチャントを消滅させたのだ。空中で姿勢を崩したボリスが落下を始めると、俺とボリスは同時に着地した。

 着地と同時に石宝刀を握り締め、魔力を込めた鋭い突きを放つ。

「疾風閃!」

 俺の突きと同時にボリスは軽やかに攻撃を回避し、彼は決め技の構えを取った。

「円月四連斬!」
「封魔石宝流奥義・流星斬!」

 ボリスの最高の技に対し、最強の奥義で応える。ボリスの四連撃を流星斬の七連撃で叩き落し、残った三回の攻撃でボリスの鎧に傷をつける。本気で攻撃を放てばボリスを殺してしまうので、俺達の打ち合いは相手の防具に傷をつけた方が勝ちという事にしている。

 そうして永遠とボリスと打ち合うと、技の感覚が次第に研ぎ澄まされ、肉体に疲労が蓄積し、精神が高ぶった。ボリス程の移動速度を持つ魔法剣士に攻撃を当てる事は困難だが、封魔石宝流は攻撃速度が高い技が多い。

 一時間程打ち合うと、イリスとレベッカが大広間に戻ってきた。イリスは風呂で体の汚れを洗い落とし、長く伸ばした灰色の髪を丁寧に梳かしたのか、さっきまでとは比べ物にならない程女らしく、彼女の美しい容姿に見とれた。

 大広間で俺とボリスの稽古を見ていたヴィクトリアは俺に鋭い視線を送ると、俺は彼女を城に送る事にした。ギルドの建物が完成次第、すぐに冒険者としての活動を再開する。それまでヴィクトリアは城で国王陛下や第二王女と過ごす事になっている。

 ヴィクトリアと共に屋敷を出てファルケンハイン城まで送ると、ヴィクトリアは別れ際に俺の手を握った。

「ねぇ、また女の子が増えたみたいだけど、浮気したら許さないからね」
「浮気なんてしないって。大丈夫だよ」
「本当かしら……離れていても念話は毎日する事? いいわね?」
「わかってるよ」
「また明日の昼頃に遊びに行くわ」
「いつでも遊びに来てよ」

 ヴィクトリアと別れてからギルド区に入り、冒険者ギルド・ファルケンハインの建設現場を確認する。既に地属性の魔術師が石の魔法で建物を作り始めているのだ。恐らく来月中にはギルドが完成するだろう。

 屋敷に入ると、新品のワンピースを着たイリスが近づいてきた。長く伸びた髪からは爽やかなシャンプーの匂いがする。グレーのワンピースに灰色の髪が良く似合っており、ララも将来こんなに綺麗な獣人女性に成長するのかと思うとなんだか嬉しい。

「ユリウス、私は何をしたら良い?」
「特にして貰う事はないよ。自分の家だと思ってくつろいでいて」
「それはいけないわ。何か仕事を頂戴。タダで住まわせて貰うんだから」
「そうだね、それじゃララと遊んで貰えるかな?」
「それだけ? 子守をすれば良いのね」
「ああ、俺が訓練をしている間、ララが寂しい思いをしない様に見ていてくれるかな」
「わかったわ」

 俺は一睡もしていない事を思い出し、仲間達を大広間に残して二階の自室に戻ると、風呂で体を洗ってからベッドに倒れ込んだ。昨日の朝はレッドドラゴンを討伐し、魔法学校入学試験を受け、夕方には陛下と謁見し、夜にはヴィクトリアと交際を始めた。

 そして今日の早朝の訓練と奴隷商とのやり取り。商業区での買い物で体が疲れ切っている。猛烈な睡魔に襲われた俺は枕に顔を埋めていると、いつの間にか眠りに落ちていた。

〈三月二十日〉

 冒険者ギルド・ファルケンハインが完成したと国王陛下から連絡を受けた。入学試験の翌日から屋敷で暮らし始めたイリスはすっかり健康を取り戻し、ヴィクトリアは週に三回は屋敷を訪れた。勿論、毎日の念話は欠かさない。

 俺はレーネと三回デートした。勿論、ヴィクトリアに許可を得たデートだ。俺とレーネのデートは極めてシンプルなもので、一緒に街を見て歩いたり、レーネの屋敷に招待されたり、喫茶店で魔法学校での授業を想像して語り合ったりした。時々二人で馬車に乗って王都を出て、近くの森を眺めたりして過ごした。

 知れば知る程レーネの事を好きになった。勿論友達として彼女の事が好きだ。俺にはヴィクトリアという恋人が居るから、レーネとの関係は決して進展しない。レーネは明らかに俺に恋愛感情を抱いているが、彼女は告白をする事もなく、俺との時間を楽しんでいる。

 イリスはすっかり屋敷で居場所を見つけた。彼女は基本的にララと共に居るが、ボリスや俺の稽古の相手にもなってくれる。俺はボリスとイリスを同時に相手にする打ち合いをするが、二人が協力すれば俺が全力を出しても敵わない時がある。

 イリスがストーンシールドの魔法でボリスを守り、防御魔法を得たボリスが双剣で俺を襲う。俺もボリスに対して反撃をするが、イリスがスピアの攻撃を放ってボリスを援護する。イリスの攻撃は非常に鋭く、スピアは石宝刀よりもリーチが長いので、間合いの外から高速で突きを放つイリスの攻撃は厄介極まりない。

 冒険者ギルドが完成するまで、俺は徹底的に訓練を積んだ。毎日六時間の封魔剣舞と、千回の雷光閃。八十キロの重りを担いで螺旋階段を永遠と往復し、重りを背負った状態でスクワットと腕立て伏せを何度も繰り返した。毎日肉体がぼろ雑巾の様になるまで酷使し、傷ついた筋肉を癒すために大量の栄養を摂取した。

 パスタを一度に二百グラム食べ、牛乳を二リットル飲み、卵を十五個食べる。それ以外にも胃に隙間さえあれば乾燥肉やチーズを食べ、摂取した栄養の吸収を促進するための薬草を飲んだ。薬草の効果で栄養が効率良く吸収され、肉体はますます充実した。

 体重は一気に八十三キロまで増えた。勿論、脂肪を付けない様に気を付けているから肥満体ではない。腹筋は綺麗に割れているし、皮下脂肪も少ない。来年までに体重を九十キロまで増やしたいが、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 ララは正式にシュタイン家の養子になり、ララ・シュタインとして屋敷で暮らしている。養子になってからのララは、家族として生涯俺と共に居られる事を心から喜び、何度もシュタインの姓を口ずさんだ。

 レベッカはボリスに対して時々アプローチをしているが、ボリスは全く気が付いていない。二人の関係が進展する事は現状では考えられない。ボリスはレベッカを友人としか思っていないし、レベッカはボリスに自分の気持ちを伝える事もなく、ただ俺の屋敷に入り浸るボリスと一緒に居られたら良い、といった感じだ。

 ヴィクトリアはレーネが屋敷に遊びに来る時は必ず屋敷を訪れた。そしてレーネが帰るまで屋敷に居て、レーネが帰ってからは俺の部屋で過ごした。部屋で二人きりになって愛を育んだ。俺は数え切れ居ない程ヴィクトリアと抱擁を交わし、愛を確認する様に何度もキスをした。

 ララは俺とヴィクトリアの関係に気が付いてるのだろう。俺がヴィクトリアと一緒に居る時は俺から離れ、ヴィクトリアと二人で居られる様に気を使ってくれている。

 今日は朝から仲間達を集めた。記念すべき冒険者ギルド・ファルケンハインの設立日だからだ。メンバーは俺、ララ、ヴィクトリア、ボリス、レベッカ、イリス、レーネ。それからパラディンのフランツ、エドガー、ロビン。ジークフリートは体が大きすぎるので屋敷の外で待機している。

 仲間達と共に屋敷を出ると、物々しい冒険者集団に市民達が何事かと集まってきた。中には冒険者ギルド・ファルケンハインが活動を始める日だと知っている市民も居るのか、俺達に応援の言葉を贈ってくれた。

 今日は特別に国王陛下もギルド区に赴き、陛下自身が設立を命じたギルドの出来栄えと、メンバーを確認する事になっている。まさか初日にイェーガー伯爵家のボリスと第一王女のヴィクトリア、ノイラート公爵家のレーネが加入するとは想像すらしていないだろう。

 ギルド区に入ると、ひと際巨大な白い建物が見えてきた。様々な冒険者ギルドが立ち並ぶ街の一角に、まるでファルケンハイン城の様な美しい建物を見つけた。

「あれが私達のギルドね!」
「なんだか城のデザインと似ているね」
「王都を代表するギルドになる様に、お父様がファルケンハイン城に近いデザインにしたのよ。勿論スケールは随分小さいけど」

 ヴィクトリアが建設秘話を教えてくれると、俺達はギルドの前に立った。ミノタウロスのジークフリートと三体のパラディン、それから第一王女まで居るからか、市民達が何百人も押し寄せてきた。中には冒険者登録をしに来た者も居るみたいだ。

 ダイアウルフと人間の中間種である、十四人の元奴隷も集まっている。イリスを含めて十五人の獣人が今日から冒険者として仕事をする事になっている。俺はギルドの職員を獣人の誰かに任せる事にした。

 それから冒険者との出会いを求めるフェアリー達も十五人程居る。背中から虹色の羽根が生えた小さなフェアリーがギルド設立の瞬間を見守っているのだ。冒険者ギルドに入り浸るフェアリーも多く、冒険者から雑用を引き受けてお金を稼いだり、中には冒険者と恋愛をしたくてギルドに出会いを求める者も居る。

 暫くギルドの前で待つと、国王陛下の馬車が入り口の前に止まった。俺達は一斉に跪き、陛下の登場を待つと、陛下がゆっくりと馬車から下りた。ヴィクトリアは陛下の隣に立つと、陛下が完成したばかりのギルドを見つめ、満足げに笑みを浮かべた。

「ユリウス君、こちらへ」
「はっ」

 陛下の元に進むと、再び跪いて首を垂れた。陛下が顔を上げる様にと言うと、陛下は懐から鍵を取り出した。ミスリル製の美しい鍵を俺に差し出すと、鍵にはファルケンハイン王国の紋章が入っている事に気が付いた。

「さぁ、私と一緒にギルドに入ろうではないか」
「はい!」

 立ち上がって陛下の隣に立ち、ギルドの鍵を鍵穴に差し込む。ギルドの扉を開き、国王陛下と共に最初の一歩を踏み出した……。
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