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第一章「迷宮都市ベーレント編」
第十六話「継承者試験」
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「それでは継承者試験の内容を発表する!」
エレオノーレ様が朝の六時に大広間で叫ぶと、弟子達が一斉に集まった。ボリス様は朝からしっかりと髪形を整え、新調した鋼鉄製のライトメイルを身に着けている。今日の試験では何があるか分からないので、魔石ガチャと魔石砲の力も借りる事になるだろう。
「今日から一カ月間、お前達には魔大陸で過ごして貰う!」
エレオノーレ様の言葉を聞いた剣客達は恐れおののいた表情を浮かべ、中には大広間に座り込む者も居た。試験はベーレント内のダンジョンで行うと聞いていたが、まさかラース大陸とは異なる地域で行うとは思ってもみなかった。
「ラース大陸の南部に位置する魔大陸。知らない者も居るだろうから説明しておいてやる。かつてラース大陸を支配した魔王ヴォルフガングの生まれ故郷でもある。魔大陸に生息する魔物は全てCランク以上。闇属性の魔物が多く、全ての魔物が人間と敵対する種族だ」
以前父から魔大陸の事を聞いた事がある。いにしえの時代の魔王が生まれた土地、ラース大陸よりも遥かに強い魔物が生息し、あまりにも魔物が強すぎるのでCランクの以下の冒険者の立ち入りを禁じている。
というよりも、ラース大陸最南部に位置する俺の生まれ故郷、ギーレン村から船で魔大陸を目指しても海上で魔物の襲撃に遭い、大半の者は命を落とす。
「クライン様! 試験が魔大陸とはどういう事ですか!? ベーレント内のダンジョンで行うのではなかったんですか!?」
剣客の一人が叫ぶと、エレオノーレ様が釣り目気味の三白眼を細めて睨みつけた。
「恐れをなしたか? その程度の覚悟で封魔石宝流を継承出来るとでも? 今回の試験を乗り越えれば、ラース大陸で三人しか居ない封魔剣舞の使い手になれるのだぞ? 倒した魔物を魔石化する、大陸でたった三人しか居ない封魔師になれるのだ! 中途半端な覚悟の者は今すぐ消えろ。弱者は要らん。私が求めるのは圧倒的な精神力を持つ者、最高の肉体を持つ者だけだ」
「ふざけるな! ダンジョン攻略だと聞いていたから今日までこんな屋敷で暮らしていたんだぞ!」
「ほう、まだ吠えるか。お前は確かCランクの剣士だったよな。丁度良い、ユリウス! 相手してやれ。この程度の雑魚に剣を抜くのは石宝刀に失礼だからな」
「はっ!」
エレオノーレ様はわざわざ石宝刀を抜く価値すらないと判断したのか、俺に対して微笑むと、俺は男の前に立った。黒髪を長く伸ばした、いつも大広間や道場の隅で木剣を振っている長身の男が憤慨しながら俺を見つめると、俺は刀と小太刀、魔石砲を床に置いて男の前に立った。
「なんのつもりだ……? 俺を舐めているのか!?」
「神聖な継承者試験の前に騒ぐ様な輩には武器なんて必要ありません。いつでも掛かってきて下さい。俺は今日、この瞬間のために死ぬ気で努力してきたんです。この試験は誰にも邪魔させません!」
「ユリウス・シュタイン! クライン様の身の回りの世話をしてるからって、自分が特別だとでも思ってるのか!? ぶち殺してやる!」
男がロングソードを引き抜いた瞬間、俺は全力で床を蹴って男の懐に飛び込んだ。男が剣を振り下ろすよりも早く男のみぞおちに右の拳を叩きつける。男の体が大広間を舞い、たった一発の攻撃で戦意を喪失した男が壁に激突した。
「他に私の試験に文句がある者は居るか!? 時間が惜しいんだ、魔大陸に行くための転移の魔法陣の用意も出来ている。これは魔王討伐の勇者が残した魔大陸へ転移するための書物。一カ月間、魔大陸で生き延びる覚悟がある者は魔法陣に乗れ!」
エレオノーレ様は古ぼけた魔導書を持ち、魔導書に描かれている魔法陣を忠実に足元に書いた。魔大陸に生息する魔物は全てCランク以上。誰もがベーレント内で試験を行うと思ってただろうが、流石に逃げ出す者は居ない。それでも魔法陣に飛び込む勇気を持つ者は誰一人として居ない。
俺は帯に刀と小太刀を差し、ホルスターに魔石砲を仕舞うと、大広間の窓の外にフェアリー居る事に気が付いた。丁度良いタイミングで父からの手紙の返事が来たのだ。フェアリーから手紙を受け取ると、ララは俺と一カ月間も離れたくないのか、泣きながら俺の手を掴んだ。
「ララ、俺の代わりにヴィクトリア様を守ってくれるかな?」
「ユリウスと離れたくない……! ずっと一緒に居るって言ったのに! ララを守ってくれるんじゃなかったの!?」
「一カ月だけだよ。強くならなければエレオノーレ様を救う事も、王妃様を救う事も出来ない。ヒュドラの呪い解くためにも俺は強くなる必要があるんだ。だから一カ月だけ俺を信じて待っていてくれるかな?」
「絶対に死なないでね……! ユリウスが死んだらララは生きていけないから……!」
「大丈夫、必ず生きて帰るよ」
俺は小さなララを抱きしめると、誰よりも早く魔法陣に飛び込んだ。それからボリス様が笑みを浮かべながら俺の隣に立つと、自信に満ち溢れた表情で俺を見た。
「魔大陸か、僕達が強さを求めるには丁度良い舞台だな! そこの駄犬共は付いて来なくて良いぞ! 試験は僕とユリウスだけで行う。勿論、僕は封魔石宝流を継承するつもりはないから、自動的にユリウスが継承者になる」
ボリス様の言葉を聞いた剣客達は、怯えながらも魔法陣に飛び乗った。ララは大粒の涙を流しながら俺を見つめ、最後にエレオノーレ様が屋敷の鍵をララに渡すと、ララの頬に口づけをし、魔法陣に入った。
「それでは試験の地へ向かう」
瞬間、魔法陣が銀色の魔力を放って輝き、意識が次第に遠のいた……。
〈魔大陸・封魔石宝流継承者試験〉
気が付くと俺達は魔物に囲まれていた。Cランク、闇属性のデュラハン。ベーレントの死のダンジョンでは支配者として君臨している。支配者クラスの魔物が数え切れない程居るのだ。俺は悪夢でも見ているのだろうか……?
俺は今更ながら試験の恐ろしさを実感した。Cランク以下の魔物は生息しない魔大陸。まさかこれ程多くのデュラハンが俺達を歓迎してくれるとは思ってもみなかったのだ。
歓迎というよりは洗礼。デュラハンの出現に驚き、慌てて逃げ出した剣士がデュラハンの剣で切り裂かれた。デュラハンが使用するクレイモアは長さ二メートル以上。デュラハン自身も体長百八十センチを超えており、巨大な両刃の剣には黒い魔力が纏わりついている。
「第一の試験だ! デュラハンを全て仕留めろ。勿論逃げ出しても良い。ただ、逃げた方が敵と一対一で戦う事になるがな」
紫色の葉を付けた背の高い木々生い茂る森林地帯には、朽ち果てた墓がいくつもあり、ざっと数えても三十体以上のデュラハンが俺達を取り囲んでいる。ボリス様は笑みを崩さず、自身に満ち溢れた表情を俺に向けると、俺の肩に手を置いた。
「ユリウス、どちらがより多くのデュラハンを狩れるか勝負しよう!」
「いいですね、負けた方が今日の食事を用意するという事で」
「うむ、良いだろう!」
デュラハンを見つめて失禁する者もいれば、だらしなくエレオノーレ様に泣きつき、ラース大陸に戻りたいと命乞いする者も居る。震える手で武器を握りしめ、仲間を盾にして攻撃を仕掛ける者も居る。
俺とボリス様はお互いの背中を守りながらデュラハンと戦う事にした。魔大陸に転移して五分も経過していないが、既に二十人以上が命を落とした。
全身が鋼鉄の鎧で包まれた魔物が一直線に向かって来ると、俺は雷光閃の構えを取った。敵の方がリーチが長いクレイモアを使用する、このまま敵が間合いに入るのを待っていても先に攻撃を仕掛けられてしまう。
俺は一気にデュラハンの間合いに飛び込み、デュラハンが両刃の剣で強烈な突きを放った瞬間、殺人的な突きを回避すると同時に柄を握りしめ、全力で刀を抜いた。
「雷光閃!」
雷光のごとく高速で刀を引き抜き、デュラハンの腹部を切りつける。鋼鉄の鎧は大きく変形したが、デュラハンの本体は鎧ではなく、鎧の中にある魔力の体。すなわち鎧の中にある本体を殺さなければデュラハンは永遠と生き続けるのだ。
ボリス様は二本のブロードソードを引き抜くと、左右の剣に雷と風のエンチャントを纏わせ、命にも留まらぬ速度でデュラハンの背後に回った。
それからボリス様が爆発的な雷の魔力を注いだ垂直切りを放つと、デュラハンの体が吹き飛んだ。俺は刀を仕舞い、右の腰に提げたホルスターから魔石砲を引き抜いた。父が俺を守るために用意してくれた最高の武器でとどめを刺す。
「ファイアボルト!」
デュラハン目掛けて炎の矢を飛ばすと、デュラハンの鋼鉄の鎧の表面を僅かに傷つけた。この魔石砲の強さは六種類の魔法を自在に打ち出せる特性にある。デュラハンは俺の攻撃を嘲笑ってから再びクレイモアを構えると、俺はハーピーの固有魔法を使う事にした。
「ウィンドエッジ!」
銃口から風の刃を飛ばすと、デュラハンは瞬時に防御の構えを取り、クレイモアで風の刃を受け止めた。流石にCランクの魔物は防御力が高い。既に大勢の弟子が命を落とした様だ。弟子の頭を叩き割るデュラハンも居れば、手刀で弟子の体を切り裂くデュラハンも居る。
ダンジョンの支配者クラスの魔物を一気に相手にしているのだ、俺達の方が圧倒的に戦力も低く、初めて降り立った魔大陸では地形も分からない。敵は地形も知っており、この魔大陸が持つ魔力によって体内の魔力が強化されているのだろう。
俺は再びデュラハンに銃口を向けた。次は雷の魔法を放つ。
「サンダー!」
銃口から鋭い雷が発生すると、デュラハンが防御をする前に鎧の一部を吹き飛ばした。丈夫な鎧の中に隠れていたデュラハンの本体、首を失った黒い人型の魔力が露出すると、俺は一気に跳躍してデュラハンの懐に飛び込んだ。
「雷光閃!」
全力の水平切りを放って鎧の一部から露出したデュラハンの本体を切り裂く。刀の一撃を受けたデュラハンの本体が消滅すると、鎧はばらばらに砕けて消滅した。デュラハンが使用していたクレイモアとデュラハンの魔石だけが地面に残っている。
今はガチャを回すよりも、デュラハンの魔石で魔法を放つべきだろう。残るデュラハンの数は二十五体程。また数体しか狩れていないのに、弟子の半数は命を落としている。残る弟子の数は四十人程だろう。
戦況は時間の経過と共に圧倒的に不利な状況に変わり、デュラハンだけではなく、薄暗い森の奥からはCランク、水属性の巨人族、タイタンが姿を現した。
「死んだな……」
流石に俺は自分の死を予感した。タイタンは体長四メートルを超える巨体の魔物。全身の筋肉が大きく発達しており、俺達人間を見下ろしながら、鋼鉄製の三つ又の槍を持っている。トライデントを持つ魔物なんて初めて見るし、タイタンの出現によってデュラハンの士気が上がっている。
老いた白髪のタイタンがトライデントを振り上げた瞬間、エレオノーレ様が跳躍した。一体今までどこに居たのだろうか。流石にこのままでは弟子が全滅すると考えているのだろうか?
タイタンがエレオノーレ様に向けてトライデントを振り下ろした瞬間、森には殺人的な魔力が蔓延し、エレオノーレ様の殺気を含む禍々しい剣気が発生した。
「円月閃!」
瞬間、エレオノーレ様は空中で高速で回転し、刀の切っ先がタイタンの首を捉えた。着地と同時にタイタンの首が落ち、デュラハンが震え上がった瞬間、エレオノーレ様は目視すら出来ない速度で地を駆け、雷光閃を連発してデュラハンを次々と仕留めた。
俺達が死ぬ気で攻撃を仕掛けてやっと一体倒せるデュラハンをまるでスライムを叩き潰す様に、いとも簡単に狩っているのだ。エレオノーレ様の雷光閃の威力は尋常ではなく、攻撃を受けたデュラハンの体は遥か彼方まで吹き飛んで消滅し、足元には次々と魔石が落ちた。
やっと魔石化の力を見る事が出来た。エレオノーレ様が攻撃して敵を仕留めると、必ず敵の体が魔石に変わる。敵が命を落とした時、体が輝いて魔石化するのだ。巨大なタイタンの死骸も消えており、タイタンの首が落ちた場所には魔石がある。
エレオノーレ様は魔石を回収してから再び姿を消すと、俺はエレオノーレ様の強さに震えあがった。これが封魔石宝流の力。Sランクの封魔師の強さなのだ。
「ユリウス! 一気に片付けるぞ!」
「はい!」
昨日は剣を交え、衝突したボリス様が、今ではお互いの背中を守り合い、お互いを信じて戦っている。ボリス様の援護は圧倒的で、俺が雷光閃を放って隙が出来ても、エンチャントを掛けた双剣で敵を切り、注意を引いてくれる。そしてボリス様が作り上げた僅かな時間で再び納刀し、全力で雷光閃を放って敵を仕留める。
もはや討伐数すら覚えていない。というよりも、ほとんど二人で協力してデュラハンを狩ったのだ。生き延びた弟子の数は俺とボリス様を含めて丁度二十人。全てのデュラハンが命を落とした時、再びエレオノーレ様が姿を現した。
「随分残ったじゃないか。それにしてもユリウスとボリスの強さは尋常じゃないな。素晴らしい連携だったぞ」
「ありがとうございます! エレオノーレ様!」
「だが、まだこれも一日目。お前達はこの魔大陸で一カ月間生き延びなければならない。デュラハン程度の魔物に翻弄されている様では、到底この地獄を生き延びる事は出来ないだろう! 一つ忠告しておく、ここではいかなる者も信じるな。お前達が考え付きもしない方法で命を狙う者も居るだろう」
エレオノーレ様の言葉を聞いた弟子達はがっくりと肩を落とし、力なく地面に座り込んだ。一日目というよりも、まだ魔大陸に転移して一時間すら経過していない。それなのに全ての体力を使い果たした者も居れば、戦意を喪失し、失禁し、涙を流し続ける者も居る。
人間の正気を奪うには容易い洗礼を生き延びた俺達は、身を隠すための野営地を探して魔大陸を彷徨い始めた……。
エレオノーレ様が朝の六時に大広間で叫ぶと、弟子達が一斉に集まった。ボリス様は朝からしっかりと髪形を整え、新調した鋼鉄製のライトメイルを身に着けている。今日の試験では何があるか分からないので、魔石ガチャと魔石砲の力も借りる事になるだろう。
「今日から一カ月間、お前達には魔大陸で過ごして貰う!」
エレオノーレ様の言葉を聞いた剣客達は恐れおののいた表情を浮かべ、中には大広間に座り込む者も居た。試験はベーレント内のダンジョンで行うと聞いていたが、まさかラース大陸とは異なる地域で行うとは思ってもみなかった。
「ラース大陸の南部に位置する魔大陸。知らない者も居るだろうから説明しておいてやる。かつてラース大陸を支配した魔王ヴォルフガングの生まれ故郷でもある。魔大陸に生息する魔物は全てCランク以上。闇属性の魔物が多く、全ての魔物が人間と敵対する種族だ」
以前父から魔大陸の事を聞いた事がある。いにしえの時代の魔王が生まれた土地、ラース大陸よりも遥かに強い魔物が生息し、あまりにも魔物が強すぎるのでCランクの以下の冒険者の立ち入りを禁じている。
というよりも、ラース大陸最南部に位置する俺の生まれ故郷、ギーレン村から船で魔大陸を目指しても海上で魔物の襲撃に遭い、大半の者は命を落とす。
「クライン様! 試験が魔大陸とはどういう事ですか!? ベーレント内のダンジョンで行うのではなかったんですか!?」
剣客の一人が叫ぶと、エレオノーレ様が釣り目気味の三白眼を細めて睨みつけた。
「恐れをなしたか? その程度の覚悟で封魔石宝流を継承出来るとでも? 今回の試験を乗り越えれば、ラース大陸で三人しか居ない封魔剣舞の使い手になれるのだぞ? 倒した魔物を魔石化する、大陸でたった三人しか居ない封魔師になれるのだ! 中途半端な覚悟の者は今すぐ消えろ。弱者は要らん。私が求めるのは圧倒的な精神力を持つ者、最高の肉体を持つ者だけだ」
「ふざけるな! ダンジョン攻略だと聞いていたから今日までこんな屋敷で暮らしていたんだぞ!」
「ほう、まだ吠えるか。お前は確かCランクの剣士だったよな。丁度良い、ユリウス! 相手してやれ。この程度の雑魚に剣を抜くのは石宝刀に失礼だからな」
「はっ!」
エレオノーレ様はわざわざ石宝刀を抜く価値すらないと判断したのか、俺に対して微笑むと、俺は男の前に立った。黒髪を長く伸ばした、いつも大広間や道場の隅で木剣を振っている長身の男が憤慨しながら俺を見つめると、俺は刀と小太刀、魔石砲を床に置いて男の前に立った。
「なんのつもりだ……? 俺を舐めているのか!?」
「神聖な継承者試験の前に騒ぐ様な輩には武器なんて必要ありません。いつでも掛かってきて下さい。俺は今日、この瞬間のために死ぬ気で努力してきたんです。この試験は誰にも邪魔させません!」
「ユリウス・シュタイン! クライン様の身の回りの世話をしてるからって、自分が特別だとでも思ってるのか!? ぶち殺してやる!」
男がロングソードを引き抜いた瞬間、俺は全力で床を蹴って男の懐に飛び込んだ。男が剣を振り下ろすよりも早く男のみぞおちに右の拳を叩きつける。男の体が大広間を舞い、たった一発の攻撃で戦意を喪失した男が壁に激突した。
「他に私の試験に文句がある者は居るか!? 時間が惜しいんだ、魔大陸に行くための転移の魔法陣の用意も出来ている。これは魔王討伐の勇者が残した魔大陸へ転移するための書物。一カ月間、魔大陸で生き延びる覚悟がある者は魔法陣に乗れ!」
エレオノーレ様は古ぼけた魔導書を持ち、魔導書に描かれている魔法陣を忠実に足元に書いた。魔大陸に生息する魔物は全てCランク以上。誰もがベーレント内で試験を行うと思ってただろうが、流石に逃げ出す者は居ない。それでも魔法陣に飛び込む勇気を持つ者は誰一人として居ない。
俺は帯に刀と小太刀を差し、ホルスターに魔石砲を仕舞うと、大広間の窓の外にフェアリー居る事に気が付いた。丁度良いタイミングで父からの手紙の返事が来たのだ。フェアリーから手紙を受け取ると、ララは俺と一カ月間も離れたくないのか、泣きながら俺の手を掴んだ。
「ララ、俺の代わりにヴィクトリア様を守ってくれるかな?」
「ユリウスと離れたくない……! ずっと一緒に居るって言ったのに! ララを守ってくれるんじゃなかったの!?」
「一カ月だけだよ。強くならなければエレオノーレ様を救う事も、王妃様を救う事も出来ない。ヒュドラの呪い解くためにも俺は強くなる必要があるんだ。だから一カ月だけ俺を信じて待っていてくれるかな?」
「絶対に死なないでね……! ユリウスが死んだらララは生きていけないから……!」
「大丈夫、必ず生きて帰るよ」
俺は小さなララを抱きしめると、誰よりも早く魔法陣に飛び込んだ。それからボリス様が笑みを浮かべながら俺の隣に立つと、自信に満ち溢れた表情で俺を見た。
「魔大陸か、僕達が強さを求めるには丁度良い舞台だな! そこの駄犬共は付いて来なくて良いぞ! 試験は僕とユリウスだけで行う。勿論、僕は封魔石宝流を継承するつもりはないから、自動的にユリウスが継承者になる」
ボリス様の言葉を聞いた剣客達は、怯えながらも魔法陣に飛び乗った。ララは大粒の涙を流しながら俺を見つめ、最後にエレオノーレ様が屋敷の鍵をララに渡すと、ララの頬に口づけをし、魔法陣に入った。
「それでは試験の地へ向かう」
瞬間、魔法陣が銀色の魔力を放って輝き、意識が次第に遠のいた……。
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気が付くと俺達は魔物に囲まれていた。Cランク、闇属性のデュラハン。ベーレントの死のダンジョンでは支配者として君臨している。支配者クラスの魔物が数え切れない程居るのだ。俺は悪夢でも見ているのだろうか……?
俺は今更ながら試験の恐ろしさを実感した。Cランク以下の魔物は生息しない魔大陸。まさかこれ程多くのデュラハンが俺達を歓迎してくれるとは思ってもみなかったのだ。
歓迎というよりは洗礼。デュラハンの出現に驚き、慌てて逃げ出した剣士がデュラハンの剣で切り裂かれた。デュラハンが使用するクレイモアは長さ二メートル以上。デュラハン自身も体長百八十センチを超えており、巨大な両刃の剣には黒い魔力が纏わりついている。
「第一の試験だ! デュラハンを全て仕留めろ。勿論逃げ出しても良い。ただ、逃げた方が敵と一対一で戦う事になるがな」
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「ユリウス、どちらがより多くのデュラハンを狩れるか勝負しよう!」
「いいですね、負けた方が今日の食事を用意するという事で」
「うむ、良いだろう!」
デュラハンを見つめて失禁する者もいれば、だらしなくエレオノーレ様に泣きつき、ラース大陸に戻りたいと命乞いする者も居る。震える手で武器を握りしめ、仲間を盾にして攻撃を仕掛ける者も居る。
俺とボリス様はお互いの背中を守りながらデュラハンと戦う事にした。魔大陸に転移して五分も経過していないが、既に二十人以上が命を落とした。
全身が鋼鉄の鎧で包まれた魔物が一直線に向かって来ると、俺は雷光閃の構えを取った。敵の方がリーチが長いクレイモアを使用する、このまま敵が間合いに入るのを待っていても先に攻撃を仕掛けられてしまう。
俺は一気にデュラハンの間合いに飛び込み、デュラハンが両刃の剣で強烈な突きを放った瞬間、殺人的な突きを回避すると同時に柄を握りしめ、全力で刀を抜いた。
「雷光閃!」
雷光のごとく高速で刀を引き抜き、デュラハンの腹部を切りつける。鋼鉄の鎧は大きく変形したが、デュラハンの本体は鎧ではなく、鎧の中にある魔力の体。すなわち鎧の中にある本体を殺さなければデュラハンは永遠と生き続けるのだ。
ボリス様は二本のブロードソードを引き抜くと、左右の剣に雷と風のエンチャントを纏わせ、命にも留まらぬ速度でデュラハンの背後に回った。
それからボリス様が爆発的な雷の魔力を注いだ垂直切りを放つと、デュラハンの体が吹き飛んだ。俺は刀を仕舞い、右の腰に提げたホルスターから魔石砲を引き抜いた。父が俺を守るために用意してくれた最高の武器でとどめを刺す。
「ファイアボルト!」
デュラハン目掛けて炎の矢を飛ばすと、デュラハンの鋼鉄の鎧の表面を僅かに傷つけた。この魔石砲の強さは六種類の魔法を自在に打ち出せる特性にある。デュラハンは俺の攻撃を嘲笑ってから再びクレイモアを構えると、俺はハーピーの固有魔法を使う事にした。
「ウィンドエッジ!」
銃口から風の刃を飛ばすと、デュラハンは瞬時に防御の構えを取り、クレイモアで風の刃を受け止めた。流石にCランクの魔物は防御力が高い。既に大勢の弟子が命を落とした様だ。弟子の頭を叩き割るデュラハンも居れば、手刀で弟子の体を切り裂くデュラハンも居る。
ダンジョンの支配者クラスの魔物を一気に相手にしているのだ、俺達の方が圧倒的に戦力も低く、初めて降り立った魔大陸では地形も分からない。敵は地形も知っており、この魔大陸が持つ魔力によって体内の魔力が強化されているのだろう。
俺は再びデュラハンに銃口を向けた。次は雷の魔法を放つ。
「サンダー!」
銃口から鋭い雷が発生すると、デュラハンが防御をする前に鎧の一部を吹き飛ばした。丈夫な鎧の中に隠れていたデュラハンの本体、首を失った黒い人型の魔力が露出すると、俺は一気に跳躍してデュラハンの懐に飛び込んだ。
「雷光閃!」
全力の水平切りを放って鎧の一部から露出したデュラハンの本体を切り裂く。刀の一撃を受けたデュラハンの本体が消滅すると、鎧はばらばらに砕けて消滅した。デュラハンが使用していたクレイモアとデュラハンの魔石だけが地面に残っている。
今はガチャを回すよりも、デュラハンの魔石で魔法を放つべきだろう。残るデュラハンの数は二十五体程。また数体しか狩れていないのに、弟子の半数は命を落としている。残る弟子の数は四十人程だろう。
戦況は時間の経過と共に圧倒的に不利な状況に変わり、デュラハンだけではなく、薄暗い森の奥からはCランク、水属性の巨人族、タイタンが姿を現した。
「死んだな……」
流石に俺は自分の死を予感した。タイタンは体長四メートルを超える巨体の魔物。全身の筋肉が大きく発達しており、俺達人間を見下ろしながら、鋼鉄製の三つ又の槍を持っている。トライデントを持つ魔物なんて初めて見るし、タイタンの出現によってデュラハンの士気が上がっている。
老いた白髪のタイタンがトライデントを振り上げた瞬間、エレオノーレ様が跳躍した。一体今までどこに居たのだろうか。流石にこのままでは弟子が全滅すると考えているのだろうか?
タイタンがエレオノーレ様に向けてトライデントを振り下ろした瞬間、森には殺人的な魔力が蔓延し、エレオノーレ様の殺気を含む禍々しい剣気が発生した。
「円月閃!」
瞬間、エレオノーレ様は空中で高速で回転し、刀の切っ先がタイタンの首を捉えた。着地と同時にタイタンの首が落ち、デュラハンが震え上がった瞬間、エレオノーレ様は目視すら出来ない速度で地を駆け、雷光閃を連発してデュラハンを次々と仕留めた。
俺達が死ぬ気で攻撃を仕掛けてやっと一体倒せるデュラハンをまるでスライムを叩き潰す様に、いとも簡単に狩っているのだ。エレオノーレ様の雷光閃の威力は尋常ではなく、攻撃を受けたデュラハンの体は遥か彼方まで吹き飛んで消滅し、足元には次々と魔石が落ちた。
やっと魔石化の力を見る事が出来た。エレオノーレ様が攻撃して敵を仕留めると、必ず敵の体が魔石に変わる。敵が命を落とした時、体が輝いて魔石化するのだ。巨大なタイタンの死骸も消えており、タイタンの首が落ちた場所には魔石がある。
エレオノーレ様は魔石を回収してから再び姿を消すと、俺はエレオノーレ様の強さに震えあがった。これが封魔石宝流の力。Sランクの封魔師の強さなのだ。
「ユリウス! 一気に片付けるぞ!」
「はい!」
昨日は剣を交え、衝突したボリス様が、今ではお互いの背中を守り合い、お互いを信じて戦っている。ボリス様の援護は圧倒的で、俺が雷光閃を放って隙が出来ても、エンチャントを掛けた双剣で敵を切り、注意を引いてくれる。そしてボリス様が作り上げた僅かな時間で再び納刀し、全力で雷光閃を放って敵を仕留める。
もはや討伐数すら覚えていない。というよりも、ほとんど二人で協力してデュラハンを狩ったのだ。生き延びた弟子の数は俺とボリス様を含めて丁度二十人。全てのデュラハンが命を落とした時、再びエレオノーレ様が姿を現した。
「随分残ったじゃないか。それにしてもユリウスとボリスの強さは尋常じゃないな。素晴らしい連携だったぞ」
「ありがとうございます! エレオノーレ様!」
「だが、まだこれも一日目。お前達はこの魔大陸で一カ月間生き延びなければならない。デュラハン程度の魔物に翻弄されている様では、到底この地獄を生き延びる事は出来ないだろう! 一つ忠告しておく、ここではいかなる者も信じるな。お前達が考え付きもしない方法で命を狙う者も居るだろう」
エレオノーレ様の言葉を聞いた弟子達はがっくりと肩を落とし、力なく地面に座り込んだ。一日目というよりも、まだ魔大陸に転移して一時間すら経過していない。それなのに全ての体力を使い果たした者も居れば、戦意を喪失し、失禁し、涙を流し続ける者も居る。
人間の正気を奪うには容易い洗礼を生き延びた俺達は、身を隠すための野営地を探して魔大陸を彷徨い始めた……。
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当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
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