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第二章「魔法都市編」

第四十四話「ダンジョン攻略」

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 廃村から一時間程歩くと、俺達は遂にダンジョンに到着した。ローラは俺と離れるのが寂しいのか、目に涙を浮かべて俺の手を握っている。バシリウス様はそんなローラを優しく引き離すと、ローラは遂に諦めて涙を流した。

 人間になってから初めて長期間俺と離れる事になるのだ。随分寂しい思いをさせてしまうだろうが、バシリウス様が指摘した通り、俺の戦い方はローラの回復魔法の効果に支えられている部分が大きい。俺はローラの魔法が無くても敵と戦える術を身に着けなければならないのだ。それからエリカがゆっくり近づいてくると、俺の頬に口づけをした。

「私達も訓練をしながらギルベルトとナイトの帰りを待っているわ」
「強くなって帰ってくるよ」
「ええ。楽しみにしているわ」

 それからシャルロッテが近づいてくると、モフモフした白い猫耳を垂らし、寂しそうに俺を見上げた。それから小さな手を差し出すと、恥ずかしそうに俺を見つめた。

「ダンジョンで死んだら許さないんだからね! せっかく出来た私の仲間なんだから、失いたくないの」
「そう簡単に死なないよ。ナイトを守りながら最下層まで辿り着いてみせる」
「強くなって戻ってきてね」
「ああ。ローラとエリカの事を任せたよ」
「わかったわ」

 それからシャルロッテはナイトに励ましの言葉をかけると、俺達は遂にダンジョンの攻略に挑戦する事になった。ダンジョン内でモンスターを狩り、魔石を集めてガチャを回そう。アイテムを収集しながら最下層を目指し、モンスターとの戦いに身を置いて訓練を積む。

 深い森の中に佇む石作りの入り口を潜る。地下に続く階段をゆっくりと下ると、日の当たらないダンジョンの一階層に到達した。スノウウルフなる水と氷を得意とするモンスターが巣食うダンジョンだからか、ダンジョン内は非常に冷たい空気が流れている。

 視界を確保するために左手に火を作り出して辺りを照らす。天井は高く、地面には苔が生えている。至る所にモンスターの骨が散乱しており、持ち主を失った武器や防具が静かに活躍の機会を待っている。ダンジョン内に侵入したモンスターとダンジョンを棲家にするモンスターが衝突したのだろう。

 ゴブリンだろうか、比較的新鮮な死骸を発見した。ゴブリンの体には大きな爪痕が付いている。スノウウルフの鋭利な爪で切り裂かれて命を落としたのだろう。誰にも看取られず、一人静かにダンジョン内で命を落とすのはどれだけ寂しかっただろうか。

「僕、こんなところで死にたくないです……」
「ナイトは俺が守るから大丈夫だよ」
「どうして僕に気をかけてくれるんですか?」
「それがベルギウスの加護を授かった者の使命だからさ。格好つけた言い方をしたけど、単純にアポロニウスに腹が立っただけかもしれない」
「迫害されているモンスターを救う。確かエリカさんとローラさんもモンスターだったんですよね」
「そうだよ。ローラはゴールデンスライム。エリカはレッサーミノタウロスだった。今は人間として新たな人生を歩んでいるけどね」

 ナイトと他愛のない話をしながらダンジョンを進む。通路が非常に入り組んでおり、小部屋がいくつも並んでいる。腐敗しきった木の扉を開けて室内に入ると、小さな物音がした。

 瞬間、部屋の奥から錆びついた鉄の矢が放たれた。トラップだろうか。安易に部屋の扉を開けたのがいけなかったんだ。死の瞬間は時間の経過が遅くなると聞いた事があるが、鉄の矢が随分遅く見える。このまま鉄の矢が体を貫けば、俺は命を落とすのではないだろうか。随分あっけない最後だった……。

 瞬間、ナイトが物凄い力で俺を押した。鉄の矢は俺の頬をかすめ、通路の壁に深々と刺さった。驚異的な反射速度だな……。間一髪のところで矢を喰らわずに済んだ。

「ありがとう。ナイト」
「大丈夫ですか? お兄ちゃん」
「ああ。俺は大丈夫だよ。もしかしてナイトって普通に戦ったらかなり強いんじゃないかな?」
「僕は強くないです。属性だって持ってないし」
「だけど俺を救ってくれたじゃないか。もっと自信を持っても良いと思うよ。ナイトは自分が思っているよりも強いと思うんだ」
「僕は弱いんです。出来損ないなんです……」
「そんな事ないよ。俺が冒険者になった時の方が遥かに弱かった。バシリウス様の試練が俺を強くしてくれたんだ。勿論、今の俺ではアポロニウスには敵わないだろうから、更に力を身に着けなければならないんだけどね」
「お兄ちゃんはどうしてそんなに意思が強いんですか? どうしてそんなに自信があるんですか」
「正直な話、自信なんて少しもないんだよ。ただ、パーティーのリーダーとして、強い力を持つ仲間を守る冒険者として立派になりたいというだけなんだ。悲しい事に俺のパーティーでは俺が一番弱いんだ」

 リーダーである俺自身がパーティー内で最も弱い事は間違いない事実だ。ローラは強力な回復魔法が使え、エリカは生まれ持った怪力がある。シャルロッテは二種類の属性を使いこなし、攻撃魔法で的確に援護出来る力がある。

 俺はマジックアイテムの性能に頼っているだけで、仲間達と比較すれば随分弱い。俺が弱いというよりは、仲間が強すぎるのだろう。しかし、俺はそんな仲間達の実力に一日でも早く追い付きたいと思う。

「一緒に強くなろう。己の剣で人生を切り開くんだ」
「うん。お兄ちゃんに付いていきます」

 ナイトは可愛らしい笑みを浮かべて俺を見つめると、彼とは良い仲間になれると確信した。アポロニウスはナイトの事を出来損ないと言ったが、彼は出来損ないではない。俺よりも遥かに早い速度で鉄の矢の軌道を予測し、矢が俺に当たらない様に体を押してくれた。

 きっと彼は勇気さえあれば更に強くなる。ダンジョンでの二週間でナイトに自信をつけさせ、属性を習得して貰わなければならない。無駄に出来る時間は無いだろう。それから俺達は手早く小部屋の中を調べた。

 室内には矢のトラップに掛かって命を落とした冒険者の死体が倒れていた。体は既に白骨化しており、手には木製の盾と錆びついた槍を持っている。こんな場所で命を落とすとは可哀相だが、俺もナイトが居なければ彼の隣で人生を終える事になっていただろう。

 冒険者の死体の傍には小さな魔石が落ちている。氷属性の魔石だろうか、手に持つと冷たい魔力が流れてきた。もしかするとスノウウルフの魔石ではないだろうか。俺は魔石をナイトに渡すと、ナイトは魔石が持つ魔力を感じ取れないと嘆いた。

 人間やモンスターは生まれつき得意属性を持っている。森で生まれたモンスターは地属性に適正があり、海で生まれたモンスターは水属性を使いこなす事が出来る。俺自身は火属性に適正があったのだろう、魔術師の母は俺になるべく多くの属性魔法を習得させようとしたが、俺は火属性しか習得出来なかった。

 属性を学ぶにはいくつか方法があるが、最も簡単に属性を学ぶ方法は、モンスターの魔石を持って属性を肌で感じ、魔石と同じ魔力を体内から放出して魔法を練習する事だ。魔石を持った状態で体内の魔力を体外に放出すれば、一時的に魔法を使用する事が出来る。

 得意属性に関しては、魔石を用いて魔法を使用した場合のみ威力が上がるので、適正を確認する事が出来る。魔術師の家系には大抵全属性の魔石があり、生まれたての赤子に魔石を持たせ、強く反応した属性を幼い頃から徹底的に教えるというのが強い魔術師を育てる秘訣なのだとか。

 俺自身も幼い頃に火属性を秘める魔石を持ち、自分の適正を理解した状態で魔法を習得に励んだ。俺は生まれ持った魔力も低く、特に魔法には興味がなかったので、ファイアの魔法を習得してから、魔法の練習を行う事は無かった。

「僕はどんな魔石を持っても属性を感じる事は出来ないんです。出来損ないなんですよ。僕なんて……」
「簡単に諦めてはいけないよ。一ヶ月後にアポロニウスを倒すんだろう?」
「はい。絶対に倒したいです。アポロニウス様に勝つ事が出来れば、僕は晴れて一人前のファントムナイトになれると思います。そうすれば僕は自分で人生を決めて生きていこうと思います」
「ナイトは何か夢があるのかな?」
「僕はお兄ちゃんみたいに冒険者になりたんです。実は今も初めて冒険者らしい事をしているので、楽しくて仕方がないんです」
「俺もだよ。ダンジョンを探索する怖さと、未知の空間やモンスターとの遭遇を期待している感情が混じっている。恐怖の中にも楽しみがあるというか、いつ死ぬか分からない環境に居ると興奮して仕方がない……」

 森でケンタウロスと遭遇した時も、俺ははっきりと自分の死を意識した。しかし、初めて出会うモンスターとの戦闘に興奮している自分も居た。やはり俺は冒険者向きの人間なのだろう。

 俺は白骨化した冒険者の死骸に手を合わせて、魔石を有効に使わせて貰いますと心に誓うと、ナイトと共に部屋を出た……。
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