デーモンズブラッド - 「自己再生」と「魔力強奪」で成り上がり -

花京院 光

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第一章「剣鬼の誕生」

第二十四話「縦穴と死」

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 スケルトンとゴブリンの群れが一斉の武器を振り上げると、俺は敵の懐に飛び込んで水平斬りを放った。ティファニーがエンチャントを掛けてくれたのか、俺の体は普段よりも軽く、剣の威力が強化されている。強い風の魔力を纏う剣は、一撃で二十体近くの魔物を吹き飛ばした。これがティファニーの本気のエンチャントか。素晴らしい効果だ。これなら全ての魔物を狩る事も出来るかもしれない。

 グロックさんは怯えながらも、ティファニーに襲いかかるゴブリンにダガーを振り下ろした。ゴブリンはいとも簡単にグロックさんの攻撃を回避し、剣でグロックさんの手を切り裂いた。ゴブリンを一体すら倒せずに『私を舐めるな』と言っていたのか。装備が豪華だから実力には期待していたのだが、実質俺とティファニーが二人で全ての敵を相手にする事になるな……。

 俺は下半身に力を込めて跳躍し、天井付近まで飛び上がってから魔物の群れに左手を向けた。左手に精神を集中させ、全身から魔力を掻き集めて炎の球を作り上げる。それから敵の群れに球を飛ばすと、ファイアボールは大量の魔物を巻き込んで炸裂し、大広間には爆発音が轟いた。

 今の攻撃で魔物達は俺に憎しみを抱いたのか、ティファニーには目もくれずに俺を見上げている。ティファニーはそんな敵の隙きを見逃さず、銀の杖を魔物の群れに向けると、杖の先端から圧縮された風の魔力を放出した。

 ティファニーのウィンドショットの魔法が次々とゴブリンを仕留め、グロックさんは怯えながらティファニーの足を掴み、涙を流している。俺は地面に着地すると、まずはデニスさんを救出するために、魔物の攻撃を掻い潜り、ガーゴイルの石像を目指して駆けた。

 四方八方から襲い掛かる魔物の攻撃を回避するだけでも神経を集中させなければならないのに、ティファニーの様子を確認しながら、石像の間合いを計って進んでいる。全身からは気持ち悪い汗が吹き出し、緊張と恐怖で心臓は大きく高鳴っている。

 動作一つでも間違えれば、敵の攻撃が一斉に俺の体に降り注ぐ。無数の剣や槍、ナイフやダガーで突かれ、たちまち命を落とすだろう。恐ろしい、逃げ出したいが、俺達にはもはや縦穴以外に逃げ道はない。縦穴が何処に続いているかも分からないが、兎に角、飛び降りるしかないのだ。

 もはや一分も魔物を引きつけておく事も出来ない。俺を捉えられないと判断したゴブリンやスケルトンは、ティファニーとグロックさんを取り囲み始めた。

「急いで! クラウス!」
「もうすぐだ!」

 ティファニーが涙を流しながら叫ぶと、彼女は既に縦穴の前に移動し、グロックさんの手を握った。俺はガーゴイルの石像に向かって走ると、石像の攻撃範囲内に入ったのか、巨大なガーゴイルの石像は口から炎を吐いた。

 敵の炎を跳躍して回避し、魔物の攻撃を掻い潜りながら近づこうとするが、石像は俺の動きを予測しているのか、次々と炎を吐く。一歩もデニスさんに近づけないのだ。こうなったら敵の攻撃を浴びながらでもデニスさんを助けるしかない。

 即死さえしなければ俺は死なないのだ。大きな火傷を負う事になるだろうが、それでもデニスさんが助かるならそれで良い。俺は冒険者なのだ、不当に魔物から襲われる市民を放置して逃げるなんて出来ない。闇属性を秘める俺を認めてくれたヴェルナーのためにも、一人でも多くの市民を救わなければ……。

 覚悟を決めて剣を握り、デニスさんに向かって一直線に駆けた。瞬間、石像は爆発的な炎を吐いた。死を意識する程の強烈な炎に対し、全力で剣を振り下ろすと、ロングソードが僅かに敵の炎を切り裂いたが、それでも石像が放った炎は弱まらず、俺の体を焼いた。

 全身に激痛を感じながらも、デニスさんの元に駆けると、彼の体を持ち上げた。瞬間、俺は人生で嗅いだ事も無い程の刺激臭を吸った。鼻にこびりつく様な強烈な刺激臭が意識を朦朧とさせ、俺はデニスさんの体を床に落とした。

 顔を覆っていたローブがめくれると、既に息絶えたデニスさんの顔が顕になった。これはどう考えても今日命を落とした死体ではない。強烈な刺激臭に、魔物に喰われた体。罠だ……。

 俺は一瞬にしてグロックさんが俺達を嵌めた事が分かった。デニスさんが誘拐されたというのも罠だったんだ。この死体が本当にデニスさんかも分からない。適当な冒険者の死体に血を付けてこの場所に置いただけかもしれない。

 やられた……。グロックさんは不敵な笑みを浮かべると、ティファニーを縦穴に突き落とした。やばい……。ティファニーの身体能力なら、下層に着地する事は不可能。全身の骨を折って命を落とすだろう。

「騙したな……! グロック!」

 俺は激昂しながら魔物の群れを蹴散らし、ティファニーの後を追う様に縦穴に飛び込んだ。両手から火の魔力を放出して落下速度を加速させ、下層に向かって一直線に落ちるティファニーに追い付く。

 ティファニーは驚きの余り意識を失ったのだろう、俺はティファニーを抱きしめると、迫りくる地面を見下ろした。この縦穴は二階層から三階層に続く物ではない。俺達は遥かに深い場所まで落下している。果たして俺は無事に着地出来るのだろうか。両足に精神を集中させ、着地の瞬間に炎を放出して爆風を作り上げて体を浮かせた。

 全ての衝撃を吸収する事は出来ず、地面に足が付くと、意識が飛びそうになる程の激痛を両足に感じた。これはまずい……。確実に骨が折れているだろう。思えば俺は初めてデーモンと相見えた時、敵の体に全力で拳を叩きつけた。その後、一ヶ月間の睡眠から目覚めた時、粉々に砕けた俺の右手は以前よりも逞しく成長を遂げていた。

 この足もきっと時間が経てば治るだろう……。あまりの痛みに俺の精神は崩壊しそうになり、俺は暫く激痛に耐えていると、ついに意識を失った……。


〈ヴィルヘルム視点〉

 ゴーレム使いとの戦闘に敗北した俺は、クラウスに肩を借りながらアーセナルに向かった。明らかにバイエルは俺の存在を知っている。氷の壁を利用した賭けの存在を知っているのだ。一体何者なのだろうか。

 バラックさんからポーションを受け取って飲むと、猛烈な吐き気を感じた。左腕と左肩に激痛を感じるが、痛みには慣れている。肉体の痛みなど、ローゼを失った心の痛みに比べれば大した事はない。それから俺は酒場でウィスキーを購入し、無性に腹が立ちながらも、大量のウィスキーを飲み込んだ。

 体が徐々に温まり始め、心地良く酔いが回ると、俺はティファニーとクラウスをギルドから送り出し、力なくギルドの床に座り込んだ。クラウスの強さに追いつくと誓った、忌まわしきゴブリンロードを仕留めると誓った俺が、たった一体のゴーレムすら倒せなかった!

 アウリーリ・バイエル。まるで死んだ魔物の様な目をした魔術師。実力は俺では到底及ばない。二十体のゴーレムを当時に制御する魔法能力、クラウスを前にしても一歩も引く事のない度胸。魔法も意思もバイエルの方が遥かに俺を上回っていた。悔しい……。俺は何と無力な男だろうか。

「大丈夫か? ヴィルヘルム」
「傷よりもゴーレムに負けた事に腹が立ちますよ……」
「まぁ酒でも飲んでいろ。バイエルの正体は私が暴いてやる」
「ありがとうございます……」

 苛立ちを隠す様に胃にウィスキーを流し込むと、吐き気がだいぶ治まった。相変わらず患部には激痛が走っているが、更に酔が回れば痛みも忘れられるだろう。クラウス達は今頃ダンジョンで狩りをしているのか。

 それなのに俺は一人でヴェルナーに居る。俺はクラウスの盾になると誓った。しかし、守られているのは俺の方だ。彼の知名度や圧倒的な戦闘力に守られている。ローゼを失った俺に生きる希望を与えてくれたクラウスのためにも、俺は強くなる……。

 懐からレッサーデーモンの魔石を取り出した。上空に冷気を作り上げ、無数の氷柱を同時に落とす攻撃魔法、アイシクルレイン。レッサーデーモンの魔法を俺の最高の攻撃手段にしてやる……。力が欲しいんだ。クラウスを守るための、幻獣に復讐するための力だ。

 震える左手で魔石を握り、右手を頭上高く掲げる、魔石の力を感じ取りながら魔法を使用して冷気を作り上げる。冷気の中には小さな氷柱が出来上がったが、こんな物では戦闘の役にも立たない。

 魔石を使用すれば一時的に魔法を使用出来る様になるが、魔法を自分自身の技術として定着させるのは至難の技だ。俺はウィスキーを飲みながら、何十回も魔石を使用して魔法を使い続けた。魔力が枯渇すればマナポーションを飲んで回復させ、ひたすら魔法の使用を続けた。

 小さかった氷柱は瞬く間に太く、鋭利になり、攻撃魔法としての威力も次第に上昇してきたが、やはり魔法を使いこなすのには時間がかかる。クラウスとティファニーの帰りを待ちながら、永遠と魔法を使い続けた。

 アウリール・バイエル。一体何者なのだろうか。個人的に俺に恨みを抱く者だろうか。俺は胸騒ぎを感じた。バイエルの目つきは尋常では無かった。クラウスに対しての目つきと、俺に対しての目つき。明らかにバイエルは俺に敵意を抱いていた。他人に恨みを抱かれる様な真似はした事が無いが……。

 日が暮れた町には、クエストを終えた冒険者達が魔物の素材を抱え、各々が所属するギルドに向かって帰路に着いている。そろそろクラウスとティファニーが戻ってくる頃だろうか。年上として情けない姿を見せたくない。酒を抜くために大量の水を飲み、宿に戻って体を洗った。

 左腕は使い物にならないし、肩にも激痛が走っているが、ポーションのお陰で痛みは少しずつ弱まっている。この痛みが全て無くなった頃に骨が完治するらしい。それからローブを着替えて、右手だけガントレットを嵌めると、再びギルドに戻った。

 今は八時頃だろうか。クラウスは夕方には戻ると言っていたが、随分帰りが遅い。クラウスは一度も約束の時間を破った事はない。かなり几帳面な正確なのか、普段は待ち合わせの時間よりもかなり早く到着しているタイプだ。

 遅い……。ダンジョンで罠にでも嵌ったのか? まさか、慎重なクラウスに限ってそんな事はないか。徐々に苛立ちを感じながらも、俺はひたすら二人の帰りを待ち続けた。

 今は夜の十時。もう待てない。俺が直接迎えに行こう。きっとダンジョンで何かあったのだろう。クラウスが約束を破る筈がないのだ。朝の六時に会おうと言ったら、五時三十分には約束の場所に居る様な男だ。罠に嵌って身動きが取れなくなっているに違いない。

「バラックさん。迷いのダンジョンに行ってきます」
「馬鹿な! その体で夜の森に入る来か?」
「はい。クラウス達に危険が迫っています」
「どうしてそんな事が分かる? 落ち着け! クラウス! 傷が癒えるまで町から出る事は許さんぞ!」
「そうですね……この体では何も出来ませんよね……」

 バラックさんに諭されると、俺は不安に押し潰されそうになった。今の俺に出来る事は、ギルドで二人の帰りを待つ事だ。満足に戦闘を行えない俺がダンジョンに入っても、クラウスを救出する事は出来ない。それに、バラックさんはクラウスが窮地に陥っている等とは思っていない。

 クラウスがティファニーを連れた状態で深層を目指して進む訳がない。三階層辺りまでのスライムやゴブリンを安全に狩っているのだろう。三階層まででクラウスが罠に嵌まる様な事はない。もしあるとすれば、二階層の巨大石像。ガーゴイルの石像が侵入者に対して炎を吐く罠。あれは一度俺と共に受けているから、クラウスが同じ罠に嵌まる可能性は極めて低い。

 それならどうしてこんなに帰りが遅いんだ……。今、俺に出来る事はなんだ? 心に引っかかっている、アウリール・バイエルの正体を探る事だろうか。あの者はいつか必ず俺を襲う。徹底的に調べ上げて正体を暴かねばならないな……。
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