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41 嘘と偽りと聖剣!(3)
しおりを挟む私達は王城に戻り、今後の作戦を練ることにした。
国王陛下に聖剣を手にしたことを報告し、聖騎士団にも協力を要請。魔王戦に向けて、私たちだけではなく国を挙げて対抗する方針が決まった。
「リディとステラ嬢の話だと、俺は本来死ぬ運命ってことか」
「それどころか国ごと壊滅すると」
お兄様とキース様がより具体的になった今後の未来について反芻する。
「大丈夫です! 私が聖剣でチャチャッと魔王を倒しちゃいますから」
ステラが力強く宣言する横で、アラン様とクリス様が難しい顔をしている。愛する少女が危険な目に遭うのが心配なのだろう。クリス様の考え込む姿に、ちくりと胸が痛む。
「聖石もあるし、魔王以外の魔物は私たちも倒せるわ。きっと私とステラが知る未来より、良い結果になるはず」
「そうそう!」
とはいえ、何も関係のない民への被害を最小限に抑えなければならない。避難方法や場所、魔王復活のきっかけとなる時期などを詳細に話し合い、この日は解散となった。
「ステラ嬢」
クリス様が最後にステラを呼び止める。私はちょうど執務室を出るタイミングだったが、そのまま退室した。
二人が会話する姿を見たくなかった。聞きたくなかった。ステラを心配する瞳、甘い微笑み、優しい声。それらを目の当たりにして仕舞えば、私はきっと泣いてしまう。まだ、覚悟できていない。でも絶対に嫉妬で行動したりしない。生き残りたい。
「……ッ」
まだ未練がましく付けている手首のブレスレットに触れる。人目につかないように袖の中にしまってある。
クリス様がステラを想い、もしステラと結ばれる未来が来たとしても、私は邪魔なんかしない。そうよ、ステラとクリス様の素敵なスチルがあったじゃない。それを見学して、それで……。
「…………ッ」
「リディ?」
先を歩いていたお兄様が振り向く。泣き顔を見られたくなくて、思わず回れ右をする。
「わ、わたくし、忘れ物をいたしました! お兄様は、さ、先に、お戻りになって!」
「お、おい!」
全速力で王宮の廊下を走る。そして、先程いたクリス様の執務室の隣、王太子妃の部屋へ逃げ込んだ。そして耳を塞ぐ。ステラとクリス様の話し声が聞こえたら嫌だ。泣き顔も見られたくない。声を殺して、ずるずるとそのまましゃがみ込むと、うずくまる。涙はそのまま私の服を濡らし続けた。
「リディ?」
どのくらい時間が過ぎた頃だろうか。頭上で声がする。好きな人のテノールの声。だけど顔は絶対あげたくない。
「リディ、どこか痛い? 辛いところがあるのかい?」
声を発することもできない。きっと声はガラガラだ。
「……これから起こることが怖い?」
そうね、確かに死ぬのは怖い。でも、あなたを失うのが、一番怖い。
「リディ。君のことは私が守る。大丈夫だ。必ず守る。君が……誰を想っていようと。私は君が生きてさえいれば……いや、それは嘘だな。本当は……」
「聞きたくないッ」
クリス様の独白は、きっと私が聞きたくない結論に進みそうで、思わず遮った。
「何故?」
「クリス様がっ、す、好きな人っ、き、聞いたらっ、わ、わたくしはっ、もしかしたら、あ、悪役っ、令嬢に、な、なっちゃう!」
うずくまったまま、しゃくりあげながら何とか搾り出した本音は、みっともなくて涙が止まらない。
「貴方がっ、誰か他の人をっ、愛しているところ、見たら……わ、わたくし……!」
「それは……」
困惑しているような声。困らせてしまっているのを理解しても、一度溢れ出した本音が止まらない。
「何も言わないでください!」
「リディ……!」
「死んじゃうの! あ、貴方の好きな人を、わた、わたくしは、いじめて、死んじゃうの! でもっ、わたくし、そんなことしませんわ! 貴方に愛されなくても、生きたいのです! 貴方のいる世界で生きたい……! でもっ、本当はっ」
「本当は?」
「……ッ。ひっっく、うう……いやよ、言わないわ。だって言ったら……! 謝るんでしょ? 『気持ちに答えられなくてごめんね。婚約破棄してくれ』って! いやよ! まだ、私、あなたの婚約者でいるわ! あなたを! 死なせない!」
うずくまり泣き叫ぶ私の前に、クリス様がそっと座り込む気配がする。そして大きな手が私の頭をぽんぽんと撫でる。
「ねぇリディ? 私が死なないように守ってくれるつもりなの?」
「ええ、そうですわ! だって! ステラは、アラン様を選んでるもの!」
「意地悪なリディ。リディの気持ちは言わないくせに、ステラ嬢の気持ちはあっさり言うんだな」
「! や、やっぱり、ステラが好きなのね! クリス様の方が酷いわ! わたくしの気持ちを弄んでっ」
「人聞きが悪いな」
「だって! 私の初めてのキスを奪ったじゃない! んん!!」
思わず顔を上げた瞬間に唇を塞がれた。泣きながら怒る私をあやすように、繰り返されるキス。優しいキス。抵抗も出来ず、ただ、つぅっと頬を涙が伝う。それをクリス様が唇で受け止めていく。
「リディの中で、私は好きでもない女にこんなキスをする、酷い男なのか?」
「……?」
「私はずっとたった一人を見ている。よそ見などしたことはない。リディが言ってくれないから言わないけれど、私は薄情な男ではないし、謝るつもりも婚約破棄をするつもりもない。未来の王太子妃はリディただ一人だよ」
「え……?」
「何をどうやってそんな勘違いをしたのかわからないけれど、泣くのは私の前だけにしてくれ。リディが意地悪を言うたびに、私はキスを贈るよ」
「んん!」
そうして贈られるキスは酷く甘かった。あれ? 今、クリス様は何と言った? 耳を疑うほどの都合の良い話と、甘い口づけで、頭が混乱している。
「私の可愛い人。君のその愛らしい口から、熱烈な告白が飛び出すまで、私は生き残るし、君を守るよ」
「!」
たった一人……勘違い? 王太子妃は……私? 可愛い……私が?
「わかってくれた?」
「わ、わたくし……」
「魔王を無事倒せたら、時間をくれないか」
宝石のような美しいアイスブルーの瞳が、まっすぐ私を捉えている。私だけを。
この輝きを疑い、泣いていたさっきまでの私が、急浮上していく。それどころか沸騰する勢いで熱を持っていく。
「……はい」
恥ずかしさで小さく答えると、嬉しそうにクリス様はまたひとつキスをくれた。
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