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36 恋と仮装と文化祭!(6)
しおりを挟む生徒会長であるクリス様の開会宣言が放送で流れる。そうして慌ただしい一日が始まった。
私たちのクラスは何故か大盛況。所作の美しい男子生徒が丁寧に給仕する執事がウケたのか、貴族子女も含む女子生徒がメイド服で対応してくれることが珍しいのか、途切れることなくお客がやってくる。目がまわるほど忙しい。
魔石の魔力補充もしなければならず、火属性の魔力持ちの中で最も魔力量が多い私は、休憩時間も返上して働いていた。
休憩時間はクリス様と一緒に出店を巡る約束をしていたが、行けそうにない。ステラに伝言を頼みたいが、彼女も今、人気店員として休まず働いてくれている。しかも、彼女にはこの後重要なイベントが待ち受けている。その時に抜ける約束だ。
「リディア様! クリス様とお約束してないんですか?」
「無駄口叩く暇はないわ! ……きっと分かってくださるから大丈夫」
「行ってください! 私きっと叱られます!」
「大丈夫!」
「リディア様!」
「すみませーん! 注文いいですか?」
「はーい! いいから。時間になったら、貴女はイベントの場所に行くのよ」
ステラはヒロインだ。今日は各ルートへの分岐点。ステラはアラン様を選ぶ。
アラン様とのイベントが待ち受けているのだ。
つまり、お兄様、キース様、そしてクリス様は、ゲームのシナリオ通りならば死んでしまう可能性が高くなる。
ここからが勝負だ。
私は全員守る。そして私も生き残る!
私は決意を新たに、とにかく今は全力で店員として働いた。少しずつ大きく育ってしまいそうな不安を振り切るように。
「んもう。リディア様ったら…………って、あら」
ステラが呆れ顔でそう呟いた時、「キャ~」という女子たちの歓声がした。その方角を見ると、教室の入り口でクリス様が手を振っている。王太子であるクリス様の護衛なのか、アラン様とキース様も一緒だ。お兄様はいない。兄のことだから、女子が怖くてどこかに避難しているのかもしれない。
「リディ?」
「クリス様!」
駆け寄るとクリス様は形だけの笑顔を作る。これは……怒っている! 顔はにっこり笑顔だが、怒っている顔だ。
わ、わかるでしょ! 忙しそうだったでしょ! なぜか盛況で人手が足りなかったんです! そう言いたくても何も言い返せないくらい怖いオーラ全開だ。背筋が凍る。思わず後退りしそうになる私の腕を、クリス様はガシッと掴んだ。
「約束の時間だね? リディは連れて行くけど、いいかな?」
クラスメイト達はコクコクと無言で激しく縦に首を振った。みんなお怒りになっているのに気づいているじゃないですか!
「え!? ちょ、ちょっと! クリス様?」
「行くよ」
「俺は手伝ってくわ」
「私も」
「よろしく頼む」
アラン様とキース様が残ってくださることになったようだ。二人がいれば百人力だろうが、余計に人気が出そうだな、と別の心配をする。しかし私には発言権などなかった。引き継ぎなどする間もなく、ただクリス様に手を引かれて教室から抜け出した。
ズンズンと廊下を突き進んでいく。周りの生徒達からも、ちらちらと注目を浴びている気がするが、立ち止まることなく歩き続けて生徒会室に入った。
ドアが閉まった途端、唇が塞がれる。
「んんっ!」
今までの、どの口付けより長くて深い。息が出来ない。溺れてしまいそうだ。甘く痺れて脳が溶けてしまう。
苦しくて涙が滲んできた頃、クリス様の唇が離れていった。
「っ! はぁはぁ」
「……すまない」
「い、いえ……」
濡れた目尻をクリス様の温かく美しい指が拭う。そしてもう一度だけ優しくキスが落とされ、ぎゅっと抱きしめられた。
メイド服なので、もちろんコルセットをしていない。つまり、いつもよりももっと密着している。それに気づいたのかクリス様が慌てて身体を離した。
「リディ! た、頼むから、無防備な姿を他の男の前に晒さないでくれ! 狭量で申し訳ないが、我慢ならない!」
「へ?」
約束の時間に現れなかったことに怒っているのだと思っていたら、この格好のこと? そんなに似合ってなかった?
「そんなにダメでしたか?」
「ああ! 駄目だ! こんな、こんなっ」
「……似合いませんよね、このような可愛い服は……」
「違う!」
「!」
落ち込みそうになったが、全否定されて驚く。どういうことかしら。
「似合わないなどと断じて違う! 似合っているし可愛い、可愛すぎる! だから駄目だ」
「?」
よく分からないという顔をしていると、クリス様はふぅっと長いため息を吐いた。理解が遅くてごめんなさい。
「待ち合わせ場所で待っていたら、噂を耳にした。『一年のクラスで、王太子の婚約者がメイド服を着ている。とても官能的で可愛らしいから、一度は観に行け』と」
「なっ……!」
確かに胸の部分はフリルたっぷりで決して谷間は見えないが、ステラ達よりは膨らみが大きい。コルセットもしてないし……。スカートは膝丈でこの世界では珍しいニーハイを履いている。前世の記憶もある自分は違和感がなかったが、確かに珍しかったのかも。はしたない姿だっただろうか。まずい。クラスの女子達も変態的な男子の餌食にされてないかしら!
慌てて生徒会室を飛び出しそうになる私を、クリス様が止めた。
「キースとアランを残してきたから、不埒な輩は追い払うはずだ。大丈夫」
「ご、ごめんなさい……」
「クラスの仕事はここまでにして、この後は生徒会の仕事を手伝ってくれる? 可愛いリディを独り占めしたい」
「分かりました! と、とりあえず、着替えてきます!」
「このまま、私だけのメイドになってもらいたいんだけど?」
いつの間にか先程までの甘い空気が漂い始めた。そしてさっきよりも優しく抱きしめられ、優しくキスが落とされたのだった。
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