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33 恋と仮装と文化祭!(3)
しおりを挟むクリス様とステラの密会を目撃した私は、そのまま教室には戻らず公爵家に帰宅した。
余計な心配をかけたくなくて、暗い顔をしないよう気をつけていたが、家族やメアリーには見抜かれてしまったようだ。夕食は私の好物ばかりが並び、両親と兄は明るく接してくれて、私の落ち込んだ気持ちを無理に暴くことはなかった。入浴後はメアリーによって特別マッサージを施してもらい、弱っていた心が少しだけ浮上していく。
「リディアお嬢様……」
「なあに?」
「いえ……。お嬢様の良いところは、明るくて健やかでお元気なことだと思います。しっかりおやすみくださいませ」
そう力強く宣言してメアリーは退室していった。やはり気落ちしていることがバレていたか、と一人反省する。暗い部屋、広いベッドの上で一人、今日のことを思い出していた。
久々に目撃したクリス様は、お忙しいのか少しやつれて見えた。そんな彼の息抜きは、ステラの笑顔なのかもしれない。彼女は誰にでも明るく笑う。クラスメイトの皆だって、ステラとは私よりもっと前から打ち解けていた。さすがはヒロイン。いや、ゲームに関係なく、彼女は良い子だ。こんなにシナリオを変えてしまった私を、笑って許してくれている。
光魔法が使えるだけではない、人々に希望を与える聖女。
彼女は眩しい。私とは違う。私は、──醜い。
私はベッドの上で枕を濡らしながら、この世界はゲームの世界だと告白した日のことを思い出していた。
*
『リディ』
思い上がりかもしれないが、私を呼ぶ声はいつも少し甘い。出会った頃よりも低く、張りのある穏やかなテノールの響き。その声で呼ばれるだけで、私の名前が特別に聞こえる。
前世の記憶があることを打ち明けた後、ステラは先に寮へと帰っていき、私は馬車でクリス様に送ってもらっていた。馬車の中ではいつも通り、クリス様は真横に座った。そのブルーの瞳は少し苦しげに、そして優しく私を捉える。
『リディは魔物が現れ、人々に危害が及ぶこと、そしてリディ自身の命が危険にさらされることを恐れていたんだね?』
『……はい』
本当は、それだけではない。クリス様がヒロインを選び、ヒロインがクリス様を選んで、婚約破棄されることも、自分が嫉妬で悪役になってしまうことも、怖かった。
『それで幼い頃から鍛錬し、聖魔法を操れるようになり、聖石まで発明したと』
『そ、そうですね』
私が昔から筋トレに励んでいた理由や聖石発明の秘密を知られ、シナリオを激変させたことを怒られるのではとビクビクする。だが予想に反して、クリス様は私の手を取ると両手で包み込み、優しい声色で安心をくれた。
『一人で頑張らせてしまって、すまなかった。だがもう大丈夫だ』
『え……?』
『私がリディを守る。だから一人で抱え込むな。……もっと早くに問い詰めて、君の心にいる不安を取り除いてあげたらよかった』
『そ、そんな! わたくしが勝手に黙っていたのです。クリス様のせいでは!』
思わず彼の手を握る手に力を込めてしまう。すると同じようにギュッと手を握り返してくれた。大きく骨ばった男性の手に力強く包まれて、胸が高鳴る。
『リディ、君のことは私が守るからね。これからは一人で突っ走っていったらダメだ。必ず私に助けを求めてくれ』
『……はい』
握られていた手にヒヤリとした感触がして思わず目を落とすと、手首に美しいブレスレットが付けられていた。おいくらですの!? と問い詰めたくなるような綺麗で大きなブルーダイヤが贅沢にあしらわれた、銀のブレスレットだった。
『素敵……。これは……?』
『特殊な魔法をかけてある。これで私を呼べば、私に声が届く』
『すごいです! こんなに大きなダイヤは珍しいですし、魔法付与までされているのならば、国宝級の品物なのでは?』
『リディの身を守る為ならいくらでも惜しまない。出来ればいつも肌身離さず持っていて欲しい』
『分かりました……あ、ありがとう、ございます』
ブレスレットを興味津々に見つめていると、クリス様は恭しく私の手に顔を近づけ口付けを落とした。しかし、マナー通りの手の甲ではない。左手の薬指だった。そしてイタズラ顔で私を見上げると、甘く微笑んだ。
(ず、ずるい!)
こんなに動揺させるだなんて。こんなに、私の心を貴方でいっぱいにするなんて……!
*
あの日のクリス様は、いったい何を考えていたのだろう。手首をそっと触ると、あの日以来、ずっとそこにあるブレスレットがヒヤリと肌に冷たさを与えた。
あぁ。抗えない。考えれば考えるほど、苦しい。クリス様への想いが溢れて苦しい。叶わない想いかも知れないことが、怖い。でも悪役令嬢になんてなるつもりはない。大丈夫。胸はきっと痛いままだけれど、ステラを虐めようだなんて思わない。
まずはステラの気持ちを確認してみよう。きっと大丈夫。もし、ステラの想い人がクリス様だったとしても、ちゃんと応援しなくちゃ。
そうして、長い長い暗い夜は更けていった。
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