上 下
1 / 18

01.祓い屋都築

しおりを挟む
「そ、それは……! おにぎりでは……!?」

血走った目をかっ開いて、蘭太がかぶりついた不格好なおにぎりを震える指でさしたのは、モデル体型の小顔なイケメン男性だった。長時間砂漠をさまよった末辿り着いたオアシスが目の前で他の旅人に独占されてしまったかのような形相に、蘭太は食べかけのおにぎりを持っている方とは反対の手でアルミホイルに包まれたおにぎりを差し出す。

「食べます?」

イケメンは蘭太の座るベンチに並んで腰掛け、ただの塩むすびを両手で持ち、恐る恐る一口かじった。米の一粒一粒を噛みしめるようにゆっくり咀嚼し、喉仏が上下して、閉じていた目蓋を開いたと思ったら、だあーっと、滝のように落涙する。

「え、しょっぱかったですか?」
「おいしい……」

その後は、一心不乱におにぎりを貪った。

「お腹空いてたのかな?」

思わずそうこぼしてしまうほど、イケメンは必死におにぎりを食らっていた。しかも泣きながら。

「おいしい……うまい……っ!」

その様があまりに憐れだったので、蘭太は最後のおにぎりも彼に譲った。

「おいしかった。あまりにうまかった。こんなにおいしいおにぎりがあったなんて! どこで買える?」
「僕の手作りです」
「きみは料理の天才か?」

ただの塩むすびである。しかも素人もど素人の適当に握った歪な具なしおにぎりである。

「握手してください」
「一週間くらい絶食してたのかな?」

感動に打ち震えるイケメンの握手に応じると、両手でぐっぐっとしっかり握り、引き寄せられる。

「きみの名前を聞いても?」
「新堂蘭太です」
「新堂蘭太。蘭太くんか。私はーー」

そこでようやくがっちり握っていた両手を解いたイケメンは、懐から名刺入れを取り出し、中身を一枚差し出してきた。

「こういう者です」
「祓い屋都築、都築利音……さん。祓い屋……」
「ああ、あやしい職業だよね。わかるよ。でも一応言っておくね。あやしい者ではないです」

蘭太の鈍い反応を彼をあやしんでのものと思ったのか、都築は慣れた様子で述べた。微笑みさえしていた。

「いや、都築さんをあやしいと思ったわけじゃなくて。実は僕、祓い屋によって職と貯金を失ったばかりでして」






◇◇◇






新堂蘭太のこれまでの人生は、ごくごく平凡な、ありふれた一人の男のものだった。特筆すべき事柄が見つからない、世界中見渡せば、誰も彼もが辿ってきたような、ごく普通の一般家庭の一般人。勉学に秀でていたとか、芸術の才能があるとか、泳ぐのがすこぶる下手だとか、ハムスターと会話できるとか、学校の窓ガラス叩き割ったとか、事故って複雑骨折したとか、そんなようなことは、特になく。平々凡々に生きてきた。今までもそうだったし、これからもそうだと思っていた。就職するまでは。

べつに職場がブラックだったわけではない。ホワイトでもなかったが。

就職してから、何故か蘭太の周りで怪奇現象が頻発するようになったのだ。物が落ちたり、引き出しが開いてたり、ドアがひとりでに閉まったり。はじめは気の所為だと思っていた。しかし、一人暮らしのはずの家の中を他の誰かが走り回る音がしたり、テレビが勝手についたり消えたりし、たった今蛇口を閉めたばかりのシャワーから水が噴射されたりしたら、それは、もう。いるじゃん。確実に。何かが。

迷惑を被るのが自分だけなら、蘭太はまあとりあえず自分のそばにいる何かしらとの共存も考えただろう。実際、気づいてからもしばらくは素知らぬふりをしたのだ。だが、職場にまで被害が広がり、同僚の皆さんに多大なるご迷惑ご心労をおかけするにいたっては、もうなんの対処もしないわけにはいかなくなった。

そこで、眉唾物ではあるが、祓い屋というものを頼ってみた。

蘭太はもっと仰々しいものを想像していたのだが、祓い屋を名乗る女はパッと見どこぞの主婦といった風貌で、さっさとお祓いを済ませると大金を請求し、蘭太の部屋に塩撒いて、去り際妙に愛想よく言った。

「お祓いはしましたが、この部屋はよくないですねえ。早急に引っ越すことをおすすめします。職場もよくない。今の仕事は霊を呼び込みやすいですね、はい。辞めた方がいいです。引っ越しと、辞職。した方がいいです。アパートにも職場にも幽霊騒ぎで迷惑かけたでしょう? ねえ? 今の生活とはおさらば、心機一転、イチからやり直しましょう。ね? 同じ場所に留まっていたらまた寄ってくるかもしれないし。いえ、きます。寄ってくるので、ねえ? 仕事辞めて、引っ越しちゃいなさい。ね? いいね? ね?」

と、なんかやたら圧の強い女だった。あまりにも辞職と引っ越しを勧められるので、そんなに今の住処と職場はヤバい所なのかと、だんだん信じてきてしまった蘭太は、精神的に弱っていたのも災いして、女の言葉に従ってしまった。

しかし、一時はおとなしかったはずの怪奇現象は、引っ越し先でも暴れ回るようになり。

結局、蘭太は職と貯金を同時に失っただけで、なんの解決も得られなかったのだった。






「それは……インチキ引いちゃったねえ」
「やっぱりそうですよねえ? やっちゃったなあ……」

蘭太の話を聞いた都築は、艶々の唇を苦笑の形に歪め、労るように肩を撫でてきた。

「で、怪奇現象は、まだ続いてるの?」
「最近は寝ている僕の顔に濡らしたタオル落とすのがブームみたいです」

昨夜もそれで飛び起きた。

「ふむ。蘭太くん」
「はい」
「きみの家に案内してくれ」
「僕んちですか?」
「私は祓い屋だ。おにぎりを恵んでくれた恩返しに、蘭太くんちの怪奇現象の原因を取り除こうじゃないか。そして!」
「そして?」
「ついでに追加でおにぎり握ってもらっていいですか。あの、お金払うんで。材料費だけじゃなくて、労働に見合った額もプラスするんで。なにとぞ。なにとぞ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

ド天然アルファの執着はちょっとおかしい

のは
BL
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。 【アルファ→なんかエリート。ベータ→一般人。オメガ→男女問わず子供産む(この世界では産卵)くらいのゆるいオメガバースなので優しい気持ちで読んでください】

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

処理中です...