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04.
しおりを挟む「もう行くのか?」
閉店時間ぎりぎりまでおしゃべりしても、まだまだ会話に飢えている。名残惜しく縋ってしまう瀬野を、ユルシィは巨体を丸めるようにしてやんわりと抱きしめた。
「またくる、くる」
「……絶対?」
「ぜったい」
どうしても離れがたくて、瀬野からもぎゅっと強く抱き返した。つるつるのボディに鼻先を擦りつける。
「レサロヌ゙……ゥ゙」
か細い声でユルシィが鳴いた。
このひと月でさんざん客から聞かされたので、ユルシィに意味を教えてもらった言葉だ。もう、なんと言われたのか、瀬野は知っている。
「俺がかわいいなら、また来いよ。絶対」
「かわいい」
今度は日本語で言い直して、ユルシィは顎を瀬野の頭に擦り寄せた。
「ァロウェカレ~、ァロウェカレ~!」
これは「人間ちゃん~、人間ちゃん~!」と言ってるらしい。これまたよく耳にする言葉だったので、ユルシィに聞いた。
「ァロウェカレ~」
必死に気を引こうとしてくる客に背を向けて、瀬野はふて寝の体勢に入る。
初対面から1週間経つが、ユルシィが来ない。
「絶対また来るって言ったのに……」
まあ、すぐに来るとは言ってなかったけど。
「いつ来てくれるか約束しとけばよかったな」
尻を撫でる不埒な手を、視線もくれずに強く叩き落として独りごちる。
無言の攻防を続けていると、やがて客は諦めて他の人間を構いにいった。
しばらく、平和な時間にうとうとする。
微睡んでいると、小さな気配が遠慮がちに寄ってきた。
僅かに頭を持ち上げて、肩越しに振り返る。いつかの洗い場で目が合ってしまった、金髪の少女だった。視線が絡むが、今回はそわそわと泳いだあと、再び見つめ返される。
「どうした?」
伝わらないとわかっていながら、尋ねる。
少女は口を開いては閉じ開いては閉じ、を繰り返すも何も言わず、ぎゅっと唇を閉ざして諦めたのかと思ったら、何やら変な動きをしだした。
「……踊ってる?」
伝わっていないことが伝わっているのか、少女は一旦腕を組んで顎に手を当て、真剣に考え込む。
瀬野は上体を起こし、彼女に向き合ってあぐらをかいた。
熟考の末、少女は人差し指の先を瀬野のひたいに押し当てた。これは彼女のジェスチャーが壊滅的に下手くそとかそんなんじゃなくて、同じ人間の括りとはいえお互い異世界人。世界が異なればジェスチャーが表す意味も違うという、そういう異世界カルチャーショック的なものではないだろうか。
ふと、少女がひたいに押し当てていた指先を、手のひらに変えた。そのまま、瀬野のひたいに触れる手の、甲側に自分のひたいを寄せる。くっつけて、じっとうかがうような上目遣いを向けてくる。それが、瀬野には熱を測ろうとしている動作に見えた。
「もしかして、体調を聞いてる?」
ずっと隅で寝転がって動かなかったから、身体の調子が悪いのではないかと、この娘は心配してくれたのか。
「大丈夫。ふて寝してただけだから。ありがとう」
「ありがとお?」
「そう。お礼の言葉。えーっと、頭を下げれば伝わるか?」
通じないわりに身振り手振りで一生懸命伝えようとすると、お礼を言ったのが伝わったかはわからないが、とりあえず瀬野が全くもって元気であることくらいはわかってくれたらしい。
「俺、瀬野。瀬野」
自分を指差し、繰り返す。
「瀬野。わかるか? 名前。瀬野」
「セノ?」
「そう!」
「セノ」
「きみは?」
言葉は通じなくても、瀬野が名乗った後、自分が指差された意図は伝わったらしい。
「ルタ」
ルタと名乗った少女は綻ぶように笑った。
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