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1巻

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   プロローグ


 本日より王宮にて子爵令嬢の王妃教育が始まります。
 王太子殿下と子爵令嬢の出会いは、学園で彼女が不注意により殿下にご迷惑をおかけしたこと。その後、彼女は何かと殿下にお世話になり、二人は徐々に親密な関係になっていきました。
 学園での子爵令嬢の立場は良いものではありませんでした。
 彼女が殿下と親しくするのを不快と感じる方々がいらっしゃったのです。
 その方々の中には殿下の婚約者様もおられました。
 そうです、殿下には幼い頃より王妃様がお決めになった婚約者がいらしゃったのです。
 その婚約は政略によるもので、お二人の仲は良いと言えるものではありませんでした。
 学園でもご一緒にいることはほとんどなく、パーティーでも殿下が婚約者様をエスコートなさることは一度もございませんでした。
 殿下から婚約者様に贈り物一つしたことがないというのは有名な話です。
 ただし、婚約者様にはなんら瑕疵かしはございません。それどころか、誰もが彼女を次期王妃様と認めておりました。
 あれほど完璧な令嬢は他の国にもいないのではありませんか?
 そんな中で、殿下お一人が婚約者様をお認めになりませんでした。殿下は完璧すぎる婚約者様を遠ざけていたのです。
 殿下の側近の方達は殿下のお気持ちを感じ取っていたのでしょう。なるべくお二人がご一緒なさることのないように気をつかっていたようです。
 婚約者様は殿下の婚約者候補の中で最も家の爵位が高く、能力も申し分ない、見た目もお人形のように美しい方でした。
 ですから、彼女は王妃様のお気に入りで、すぐに婚約者となりました。
 当人達の仲が悪くても国政と比べれば些細ささいなもの。皆、見て見ぬ振りをしたのです。
 婚約者様が社交界デビューの日に着たドレスは王妃様が殿下名義で贈ったとは、有名な話です。
 それらのことは貴族の間では公然の秘密でした。
 それでも婚約者様から殿下を奪おうという不届き者は…………おりましたが、殿下のお心を射止める方はいませんでした。
 ――学園に入学するまでは。
 学園で多くの人達と交わって見聞を広めていく中で、殿下は一人の令嬢に出会います。
 彼女は子爵令嬢とはいえ、貴族とは思えない品のない振る舞いをする人でした。
 人との距離がとても近く、明けすけに自分の感情を表します。表情にはっきりと喜怒哀楽を示し、気持ちを遠慮なく口にする。
 そんな分かりやすい人間でした。
 そう人間だったのです。
 王太子殿下いわく、彼女といると楽になれるそうです。
 逆に婚約者様がおそばにいると息が詰まるとか。
 長年の婚約者様との苦悩の日々から子爵令嬢が解放してくれたと、二人の仲は急速に深まっていきました。
 殿下と子爵令嬢との会話は途切れることがありません。
 彼女は何を見ても何を聞いてもいつも楽しそうで、素直に驚く。
 ただニコニコしているだけで感情が読めない婚約者様とは違っていたのです。
 待ち望んでいた人間としての反応に、殿下は心を踊らせました。
 そのお礼にと、子爵令嬢にドレスと靴を贈ったそうです。
 その時、殿下は初めて令嬢に贈り物をしました。
 そして、殿下の誕生日を祝うパーティーの最初のダンスのパートナーを子爵令嬢が務めました。
 それは、社交界に激震を走らせました。
 今まで誰ともダンスをしなかった殿下が婚約者でもない子爵令嬢とダンスをしたからです。
 ここまでいくと最悪の結末を迎えるのではと、誰もが懸念しました。
 だが、それを口にする者はいません。
 不敬だというのではなく、口にすることで現実になるのを恐れたのです。
 何事も起こりませんようにと誰もが見守っていました。
 唯一、婚約者様と仲の良い学園の生徒達だけが耐えかね、子爵令嬢へつらく当たっていました。
 そのような行動が耳に入り、殿下の気持ちは婚約者様から離れていく一方。
 もう二人の関係修復は不可能だったのでしょう。
 学園の卒業式に、殿下は自身の婚約を解消いたしました。
 卒業生全員の前で宣言されたため、婚約解消はすぐにおおやけになります。
 そしてその時、殿下の隣にいた子爵令嬢が新たな婚約者となりました。
 誰も認めない婚約者が誕生した瞬間です。
 そのような訳で、今日から王宮にて王妃教育が始まります。


 ――その子爵令嬢が、今私が持っている身体の女性だった。
 名前はソフィア・グレゴリー、子爵令嬢。
 つまり私はこの国の王太子であるビンセント・アセトン殿下の婚約者になった。



   1


 ただ今、本日より始まる王妃教育のため、私は王宮へ向かっていた。
 一生王宮になんて着かなければ良いのにと本気で願っている。
 だって、ソフィアは婚約者がいる男性に無責任に近づき奪い取った女。
 私はそんなこと一切望んでいない。
 何故なぜ流行はやりのざまぁ展開が起きなかったんだ?
 侯爵令嬢様は転生者じゃなかったのね……
 そう溜め息をく。
 ――ビンセント殿下との出会いは偶然? ご迷惑をかけた?
 いえいえ、あれは計算されたものだ。
 私は子爵令嬢の記憶を覗けるのだが、教科書とノートを持ったソフィアがわざと殿下が来るタイミングを見計らって突撃したのを覚えている。
 勿論もちろん、王太子殿下と分かりながら、知らない振りをして馴れ馴れしい態度で近づいたのだ。
 殿下が侯爵令嬢であるステファニー・グロッサム様と婚約していたことも知っていた。
 彼女は幼い頃より様々な教養を身につけ、教師からの受けも良い。完璧な淑女。
 一方、ビンセント殿下のほうは人間味がある?
 ……とても良い言い方ですね。
 実際は、ただのワガママ駄々だだなのだ。
 子供ならゆるされるけれど……
 学問は可もなく不可もない、剣術もある程度こなすが、自分より明らかに実力のある者を避け自身の能力と向き合おうとしないと言われている。
 使用人への態度も悪いらしく、「お仕えしたくない方」と噂されているほどだ。
 王族を護衛する騎士にも不遜ふそんな態度で反感を買っている。
 殿下の態度は婚約者様に対するものが一番ひどく、侯爵令嬢という立場の方に対してとても無礼だった。
 彼はご自身より能力の高い彼女に対して苦手意識があったようだ。
 そんなことはないといくら周囲の人間が話しても、卑屈になり、侯爵令嬢を避けていた。
 殿下が努力していないわけではないのを私は知っている、ただステファニー様が優秀すぎるのだ。
 殿下は侯爵令嬢が絡むとまともな判断ができないほど萎縮していた。
 決定的だったのは彼女の社交界デビューでの事件だろう。
 パーティーのエスコートは婚約者が務めるのが常識だ。
 殿下だって侯爵令嬢をエスコートするつもりでいた。
 けれどパーティー三日前に、学園に入学するための能力を見極める剣術の試験で足を怪我し、エスコートを断念せざるを得なかったのだ。
 事実を知らない貴族達は、エスコートを拒否した殿下を愚か者、卑怯者とろした。その心ない言葉はしっかりと殿下の耳に届いていた。
 それを切っ掛けに、殿下は完全に侯爵令嬢を拒絶するようになったらしい。
 けれど、どんなに二人が不仲であっても、ステファニー様を大層気に入っている王妃様は婚約解消をゆるさなかった。その頃から、殿下は王妃様のことも避け始めたようだ。
 そして、殿下は例の子爵令嬢ソフィアとの出会いを果たす。
 淑女教育をきちんとほどこされた令嬢にしか会ったことがなかった殿下にとって、ソフィアは新鮮だったに違いない。
 よく笑い単純なことで誉めてくれる子爵令嬢に心がいやされていったとか。
 侯爵令嬢に無言の圧力をかけられ常に完璧を求められて気の休まる暇がなかったところに、弱音を吐ける存在が現れた。
 殿下は自ら子爵令嬢を探すようになる。
 婚約者でもない令嬢を殿下のおそばにいさせて良いものかと戸惑とまどっていた側近達も、今までとは全く違う明るい表情の殿下を見て、二人を引き離せない。
 婚約者や貴族達からの重圧に押し潰されそうになっている殿下を常にそばで見てきた彼ら。
 心が壊れてしまう寸前で差しのべられた手にすがるのは、仕方がないように思えたと、後から聞いた。
 殿下の心が護られるのならと側近達は子爵令嬢の存在に目をつむる。
 けれど、まさか殿下の誕生日パーティーにソフィアをエスコートするとは、予想だにしていなかっただろう。
 その時のソフィアはドレスも靴も、全てが殿下の瞳の色をした一級品を身につけていた。
 それを見て会場にいた者は絶句する。
 凡庸ぼんようでおとなしい殿下がそこまで婚約者をないがしろにする行動に出るとは、誰も考えていなかったのだ。
 その後も殿下は子爵令嬢の隣では堂々と胸を張り、まさに王族らしい威厳さえまとうようになる。
 それほどまで子爵令嬢の存在は殿下にとって大きなもの。
 この光景を見て、殿下の婚約者である侯爵令嬢はどんな反応を示したかというと、令嬢はいつものように優雅な笑みを浮かべていた。
 ――まるで人形のように。
 側近達はここにきてようやく、殿下の感じていた侯爵令嬢に対する恐怖を体験する。
 どのような事態が起きても表情を崩すことのない、完璧すぎる女性。
 以降、彼らは積極的に子爵令嬢との密会を手伝った。
 幼い頃よりそばにいる側近達には、殿下の苦悩が全て分かっていた。だから、殿下が殿下であるために、子爵令嬢の存在を黙認する。
 けれど、他の貴族はそうはいかない。
 次第に身分の低い子爵令嬢は嫌がらせを受けるようになる。
 初めは、子爵令嬢は淑女教育がなっていないという正論。
 婚約者のいる男性に近づくなというのはごもっともなので、側近達もえてソフィアを助けはしなかった。
 だが次第に、子爵令嬢のものを破壊したり、春とはいえ、まだ肌寒い時期に噴水に突き飛ばしたりする者が現れ始める。
 これ以上は看過できないと判断した側近達は殿下に報告、殿下は嫌がらせをした者達を呼び出して尋ねた。
 彼らの言い分は、婚約者である侯爵令嬢が痛ましく見ていられなかったとのことだ。そして、殿下が間違っていると発言する者もいた。
 その態度に、殿下への敬意が全く感じられないと側近達は感じたようだ。
 殿下は処分を下すと宣言したものの、王妃陛下の力によって彼らはなんのおとがめもなく学園生活を続けた。
 お陰で殿下はまたも自身の無力さに悩まされることになったのだ。
 そしてますます子爵令嬢の天真爛漫てんしんらんまんさに救われた。
 だから卒業パーティーでのビンセント殿下の振る舞いは、起こるべくして起きたもの。側近達にとってはさほど驚くことではなかった。
 婚約解消を宣言する殿下は、緊張はしていても生命力に満ち溢れている。これで少しでも殿下が楽になれるのであればと、側近達も協力するつもりだ。
 ただ問題は、子爵令嬢にある。
 侯爵令嬢が行っていた王妃教育を彼女がこなせるとは到底思えないというのが、側近達の素直な意見だ。
 幼子でも知っている礼儀作法すらままならないのに、王妃としての振る舞いを身につけるのには何年かかるのか……
 三日もしないで逃げ出すのでは?
 王妃教育が終了次第、名のある高位貴族の養子にならないと身分的にも釣り合わないのに、このままではまともな高位貴族は誰もソフィアを養子にしないだろう。
 それどころか、王妃教育の厳しさを利用して子爵令嬢を貴族社会から追い出す計画を立てているそうだ。
 彼らの計画通り子爵令嬢が逃げ出した場合、殿下の立場は更に悪くなる。
 それだけは避けなければならない。
 子爵令嬢を王妃ではなく側妃にすればなんの問題もなかったかもしれないが、殿下自身はそばに侯爵令嬢がいるのをゆるせなかった。
 こうなると側近達にできるのは、王妃教育の先生方を味方につけること。
 それしかなかった。


 馬車の扉をノックをされ、私は王宮に着いたことを知らされる。
 鍵が壊れて開かなければいいのにと思うものの、馬車の扉は無情にも開かれた。
 馬車から覗く空はまぶしいほど澄み渡る青空で、この世の全てのけがれが取り払われているとさえ感じる。
 この子爵令嬢からけがれがなくなったら、何も残らないだろうな。それなのに私はなぜここにいるのだろうか……
 まぶしすぎる太陽に目を細めながら、現実から目をらしたい気持ちで一杯だった。
 だって……「だって」って言うなってお母さんに怒られていたけど、今は許してほしい。
 だって、これから始まるのは王妃教育。
 やらかした人のしりぬぐいで私が王妃教育を受けることになった。皆が失態を望み、罰を下そうとウズウズしている状態。
 見た目は同じでも中身は別人なんです……なんて、誰も信じてくれない。
 倒れてしまいたいと思うのに、健康体な私はしっかりとした足取りで一歩を踏みしめる。するとそこには、現実とは思えない光景が広がっていた。
 見目うるわしい男性が素敵な笑顔で待ち構えている。
 まるで映画のワンシーンのような光景は、他人事のように美しいとさえ感じた。
 ……映画のワンシーンだったらどれだけ良かったか。
 目の前にいる彼は私をエスコートしてくれるらしい。
 なぜ私をエスコートするのかというと、私が彼の婚約者を名乗り出たせいだ。
 実際のところ、私にはあまり実感がない。
 彼は王族。
 そう、物語とかに出てくる王子様。
 何も知らない幼い頃であれば、いつか白馬に乗った王子様が現れるなんて夢を見られたが……
 そういうのは夢で良いんだ。現実は甘くないことを、前世である程度の年まで成長していた私は知っている。
 王子様の相手には、それなりに教養だの人脈だのが必要で、精神的にも強い人間でないと無理だ。
 もしくはプレッシャーなど感じない、自身が置かれている立場が理解できないほどの能天気。
 ところが、前世の私は周囲を気にしながら目立たないように生きてきた人間だった。
 そんな私が王子様の新たな婚約者なんて努まるはずが……
 第一、この身体ソフィアは、子爵令嬢という立場。
 この国の貴族は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵からなる。
 ソフィアの父は上から四番目、下から二番目の子爵だ。
 一応貴族の端くれで、王宮に出入りが許されているが、高位ではない。
 そんな下位貴族の令嬢をわざわざ王太子殿下自らエスコートなさるなんて……
 ソフィアは子爵令嬢ですよ?
 殿下がわざわざエスコートなさるような身分の人間じゃない。
 私は現実逃避しながら殿下にエスコートされ、王妃教育を受ける部屋に案内される。
 逃げ出せるものなら逃げ出したい。淑女にあるまじき行為――スカートをたくし上げ猛ダッシュで走り去りたい。
 だけどそんな考えも、おごそかな王宮に一歩踏み入れた瞬間に消えた。
 突き刺すような視線を全身に感じ、心臓が捕えられたみたいに痛む。
 身体が硬直し思うように動けないのに、足だけが勝手に進んでいた。
 誰かに操られているのか、私の意思とは逆に身体が恐ろしい場所へ吸い込まれる
 すれ違う使用人の視線から、今私が置かれている状況が予想通り最悪なものだと知る。
 予想が外れてほしかった。
 この空間全てが私を拒絶し、空気が重く息苦しい。
 立ち止まった扉の向こうにいるであろう人物に、私は叩きのめされるに違いなかった。
 殺されることはないと分かっていても、恐怖で足が震える。
 王妃教育は「教育」であっていじめや嫌がらせ、精神的苦痛を与えるものではないが……
 立ち姿、座る姿勢、歩き方、お辞儀の仕方、カップの持ち方、ダンス、国の歴史、政治、経済、芸術、賓客のもてなし方その他、諸々をこれから教えられる。暴力を受けることはない。
 できなければおしかりを受けるが、それ以上のことはされない……はず。
 とにかく、私を貴族社会から追い出すための地獄合宿が始まろうとしていた。
 あの……泣いても良いですか?


 恐るべき王妃教育が始まった。
 私は……今までの甘えを全て叩き直され、身も心もボロボロに……
 ……と思ったのだが、思いの外、普通だ。
 まずは礼儀作法から始まり、立ち姿、座る姿勢、歩き方を教えられる。
 今まで意識したことがないことを細かく指導され、いかに普段の姿勢が悪かったのかを知った。身体中の骨と筋肉が悲鳴を上げるが、間違ったことを教わっているわけではないので、やりがいがあり充実している。
 よく考えると、王族が学ぶ高レベルなマナーを学べるなんて超ラッキーなのでは?
 贅沢ぜいたくすぎる環境に興奮が収まらない。
 たとえビンセント殿下との婚約が解消されたとしても……それは時間の問題だろうし、正しい姿勢を身につけておいて損はない。
 この世界のことを何も知らない私には、一流の教師陣に学べる環境はとても有難かった。
 時には学園を卒業していたので、この王妃教育には本当に感謝している。
 今後も貴族でいられるか分からないが、知識は一つでも多いほうがいい。
 先生方は私に厳しく接して、私が王子に泣きつくのを待っている。
 そのため、嘘を教えはしなかった。
 私は王族が受けるような教育を「無料」で受けているのだ。
 前世の私は「無料」が大好きだった。
 確か、初回無料の英会話教室に複数参加した結果、お金を払わず英語を身につけ留学した人がいたとか。
 無料をそこまで使いこなせるなんてすごい。
 私もそうなりたい。
 文句なんて言うはずもく、私は教師の教えにしがみついた。
 一流の先生からの言葉は素直に聞く。
 まぁ多少は、嫌みを言われ、侯爵令嬢と比較はされたがどうということはない。
 仕方がないことだと理解している。
 前と今の婚約者を比べ、家にとって利益のある選択をするのは貴族であれば当然のこと。それが王族であれば尚更だ。
 以前の私――ソフィアがしてしまったことの代償だと受け入れるしかない。
 前の婚約者は長年国を支えてきた侯爵家の愛娘で、本人も優秀だと評判だった。
 そんな人を退けて王太子の婚約者になってしまったのが、特別な取り柄もない子爵令嬢。
 誰が見てもこの婚約は間違っている。
 何故なぜビンセント殿下がソフィアを選んだのか私にも分からない。
 もう少し早く私が意識を取り戻していたら、こんなことにはならなかった。
 起きてしまったことは仕方がない。私は私にできることを精一杯するしかなかった。
 真面目に教育を受けていると、教師の思いが伝わってくる。
 厳しく冷たい印象の彼女だが、侯爵令嬢に対する愛を感じた。
 きっと侯爵令嬢に教えていたのもこの方だったのだろう。
 教師の中には、「前任の方が新たな婚約者には教えたくないということで、代わりに私が選ばれました」とご丁寧に教えてくださる方もいた。
 王族の依頼であっても断る人がいたのに、目の前の方は承諾してくれたということだ。
 優秀な侯爵令嬢に教えていた方が、侯爵令嬢の婚約者を奪った私に教えるのを不快に思うことは仕方がない。幼い頃より手塩にかけて育て上げた完璧な令嬢の地位が、どこの馬の骨だか分からん女に無意味に奪われたのだ。恨みたくもなるのに、再び王妃教育を受け持った。
 王族の要望では断りづらいとはいえ、怒りが込み上げたに違いない。
 それなのに私への対応は常識の範囲に収まっている。それはここにいる人達が誇り高いからだ。
 本当なら闇討ち暗殺・毒殺されていてもおかしくない。
 あーあ、そんな女に転生するなんて⁉
 嫌すぎる。
 せめてソフィアがざまぁされていたら、彼女の後の人生を自由に生きられるのに。
 なんで略奪成功しちゃってるかな。
 私にはソフィアが理解できない。
 私、何か悪いことしちゃったのかな?
 ソフィアになっているってことは、以前の私は死んだのよね。
 なんで? 真面目に生きてたのに……
 確か、彼氏に浮気されて捨てられたことは覚えている。浮気するような男なんて最低だってふっ切って、就活に専念していたはず……
 その後のことが思い出せない。
 今の私って前世を思い出した状態? それとも事故とかにあって生死をさまよっている間に見ている夢が今?
 頬をつねった感触からして夢ではない。
 となると、前世を思い出したか、憑依ひょういしたか……
 いくら悩んでも正解は分からない。今の私は与えられた環境で全力を尽くすのみ。勝手に環境を変えることは許されない。
 置かれた状況で一日でも長く平穏に生き延びようと、改めて心に誓う。
 神様、真面目に過ごすのでどうか私を殺さないでください。


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