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スピンオフ ステファニー

ステファニー

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フラフラと歩き続けている。
何処を歩いているかなんて分からない…そんなことはどうでも良い。
すれ違う人達が私を視界にいれれば、私の全身を確認する。
そして、私をいないもののように再び現実に戻る。

どうしてこんな事になったの?  
だって、私の幸せは決まっていたことなのに…
これは、私が幸せになる物語りでしょ?

物語は絶対なはずなのに…

町の雰囲気が変わった事が目にはいるも脳が理解できていない。
歩く人の服装も、継ぎはぎの人が目立ち始める。

「ローニャ…ローニャ、ローニャッ」

煩いなぁ。

「…きゃっ」

突然後ろから肩を掴まれた。

「あんたなにやってるの?仕事も来ないで家も赤ん坊一人置き去りにしてなに考えてんだっ」

誰?
私の顔を見ても会話を続けると言うことは人違い…ではないのよね…

目の前にいるのは三十代くらいの女性。

「………」

「ちょっと、本当にどうしたの?」

「えっと…」

なんて説明すればいいんだろ…

「まさか…あんた、また記憶が…」

女性は私の顔を見るなり物凄い剣幕だったのに、私が相手の予想とは違う反応を見せると途端に感情が変わり顔を覗き込まれた。

「記憶?」

「…そうかい、わかった。」

何?
何が分かったの?
どういう事?
貴方は誰?

「ついておいでっ」

「…あっはい」

良く分からないが勢いに負け、目の前の女性について行っている…
この先のことなんて何も考えられず、今の私にはこの人を信用していいのかも分からない…けど、この人に捨てられたら私はたった一人で生きていけないのだけは分かった。

「あっマーゴ、ローニャ見付かったよ」

別の女性が現れ、また私の事をローニャと呼んでいる。
私はここでローニャと呼ばれているの?

「本当かい?良かった…ん?ローニャどうしたんだい?」

「また記憶を無くしちゃったみたいなんだよ」

また…?

私を置いて二人は会話を続けている。
会話からして私は記憶がない女として、ここでは知れ渡っているようだった。

「そうなのかいっ、それは大変。ローニャ大丈夫かい?」

「ぇっあっはい」

マーゴという四十代くらいの女性にも心配されるも、私の記憶には引っ掛かりもしなかった。

「私の事分かるかい?」

「………」

私の事を心配してくれている人に「分からない」とは答えられなかった。

「私はマーゴ、あんたの家の近所に住んでる」

「マーゴ…さん?」

マーゴさんは笑顔で私を受け入れてくれる。

「あんた自分の家、分かるのかい?」

自分の家…赤ちゃんが居たあの場所の事?
怖くてあの場所から逃げ出してしまったから、あまりよく覚えていない…

「………わかりません」

「…そうなのかい」

「今から私が連れてくよ」

「そっならティティに任せれば安心ね」

ティティさん?
この人の名前だろうか?
そういえば私をここまで連れてきてくれたこの人の名前聞いてない。
二人のやり取りでティティさんは信用しても良いのかもしれないと思っている。
喩えティティさんが悪い人だったとしても、彼女の手を払いのけ私が一人で生きていけるわけがないのは理解している。

「ローニャ行くよっ」

「あっはい」

ティティさんは働き者のようで、歩くスピードが早く着いていくのに必死だった。
私は子供のように、この人から離れたら「この世界に独りぼっちになってしまう」と恐怖を抱きながはぐれないように着いて行く。

「まずはあんたの家ね」

「はい」

ティティさんに案内され、あの家に辿り着いた。
扉を開け家に入ると誰もいなかった。

…赤ちゃんは?

「赤ん坊はニール婆さんに預けてある…ニール婆さんはあんたが働いてる間、赤ん坊の世話をしてくれてる人だよ」

「ニール…さん?」

新たな人物だ。

「ニール婆さん家にも行くよ」

「はい」

ニールさんの家は私の家から近かった。

「ニール婆さん、ローニャ見付かったよ」

「おーそりゃ良かった、無事だったのかい?」

赤ちゃんを抱っこしてニールさんと呼ばれるお婆さんは、八十代くらいで柔らかい雰囲気のある人だった。

「んー、ただ記憶がね…」
 
「…ん?あぁ、そうかい…」

可哀想なものを見る目のニールさんと視線があった。

「…あっ…」

何か挨拶をしなければと思うのに、なんて言って良いのか分からない。

「無事で良かったよ」

「…はぃ、ご心配…おかけしました」

「ほらっクローディも元気だよ」

当然のようにニールお婆さんから赤ちゃんを渡されたが、私は怖くて一歩後ずさってしまった。

「………」

「あんた、まさか自分の子も忘れちまったのかい?」

私の…子…

「………」

「クローディはあんたが半年前に生んだ女の子だよ、顔見てやんな」

「………」

怖い。

何が怖いのか分からないけど、怖いと感じた。
ゆっくり赤ちゃんの方へ近づき、恐る恐る手を伸ばせば私の人差し指を握った。

小さな手で私の指を掴んでいる。

それだけなのに涙が出た。
今の私は感情のコントロールが出来ない。
なぜ自分が泣いているのかも分からず、ただ涙が出て止めることが出来なかった。

「あんたの子だよ」

ティティさんの言葉で私は母親なんだと理解する。

突然母親になってしまい感情が追い付かず涙を流し続け、私が落ち着くまで二人は傍に居てくれた。

その後、二人から今までの私を聞いた。

私は貴族だったが病気の後遺症で記憶を失ってしまい、その事で家族に捨てられ一人この町に暮らしていたらしい。
最初は男が私と共にいたが、その男も突然居なくなったと…
その男は去る時に私が元貴族だったり、記憶がないことも家族に助けを求められないことをティティさんに話していたらしい。
近所の人たちは男を旦那だと思っていたが、実際は只の使用人で

「共にいることは出来ない、旦那様に報告に行かなければならない」

男はそう言い残し出ていき、その後は姿を見せていないそうだ。
私が何も出来ず途方に暮れていたので、ティティさんとマーゴさんから色々と教わりながら生活していたらしい。
記憶は無いが読み書きが出来たので近所で有名な木材店で働き、私が働いてる間はニールさんがクローディの世話をしてくれていると教えてくれた。
記憶の無い私は、全く知らない人達に助けられて生活していた。
赤ちゃんをニールさんに任せ、今度は私が働いているという木材店を案内される。

木材店はこの町一番の仕事場らしい。
この領地は貴重な木が多く様々な依頼人が来るのだとか。
主な商売相手は大工に家具職人、楽器職人に芸術家などが来る。その人達が欲しい素材・大きさ・量などを聞き、いつまでに準備するのかを記録するのが私の役割のようだ。
ここの職場でも私が記憶を失っている事は伝わっていた。

統括している人には、「明日からまた働くように」と告げられた。
記憶がなく解雇されてもおかしくないのに、まともな職場で働かせてもらえるのは運が良いと思う。
もしここで働く事が出来なかったら、娼婦という選択肢が濃厚になっていただろう。
なんとなくだけど、ティティさんが説得してくれたのではと思う。

「明日からよろしくお願いいたします」と挨拶を済ませ私はニールさんの家に赤ちゃんを引き取りに行く。
クローディを預かっていてくれたニールさんにお礼を言い、私の家を目指したがティティさんの家に呼ばれた。
記憶を無くしてしまった私を心配して夕食は共にと誘ってくれた。

この人は、どうしてそこまで私に優しくしてくれるんだろう…

今日はティティさんに頼りっぱなしになってしまった。
ティティさんには旦那さんとお子さんが二人いて、旦那さんは家具職人でティティさんはパン屋さんで働いていると話してくれる。お子さん二人は既に職人見習いとして働いているらしい。
混乱するがお子さん二人はまだ十三歳と十一歳、日本人の感覚で言えばまだ子供なのに二人は既に働いていた。

私は食事を頂いた後、赤ちゃんと共に家に帰った。
これからは全て一人でやらなければいけないと思うと不安でしかない。
明日の自分が想像できず不安で眠れないかと思ったが、無我夢中で屋敷を探し回ったり、沢山情報を得たりで体も頭も疲れ、クローディと共に直ぐに眠ってしまった。

私はこれからここで、平民として生きていくんだ…



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本編は書籍化に伴い一時的に非公開となっております。
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