【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒

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午前の授業が終われば昼休みはエストレヤと食事し中庭で寛ぎ、放課後はダンスの練習を四人でするようになった。
俺が一人になることも、俺が変なのに絡まれエストレヤに目撃される事もなくなった。
最近気付いたが昼休みは食事を終え中庭でエストレヤとイチャつく俺と、婚約者とイチャつくティエンダにより中庭は恋人と婚約者の聖地となっていた。
まさにピンクオーラ一色。

中庭に入りたければ相手を見つけろ。

何て事を言った覚えはないが、暗黙の了解になっていた。
ここに足を踏み入れたいが為に、婚約者探しに必死になったり恋人を作ろうと躍起になる者が増え出した。
アティラン グラキエスが王子と婚約中は多くの貴族が第二妃の座を巡っていたが、王子と婚約破棄した今ではアティランの後釜の王妃の座は荷が重いと王子の婚約者を避けるべく相次いで婚約が決まっていった。
そして、婚約が決まった人間達は昼休み中庭で婚約者とイチャつくのを通りすがりや校舎から覗く生徒に見せ付けると言うのが今のブームらしい。
その所為で中庭は多くの人が来るようになった。

放課後はエストレヤとダンスを合わせる。
初心者の俺でもなんとか形にはなり、パーティーにも間に合ったと思っている。
婚約初心者達も本番のダンスに望めそうに見える。
二人は元々ダンスは出来ていたが婚約者が相手になるとポンコツになってしまう呪いに掛かっていた。
その呪いも最近解け始め強い意思で本番に挑むそうだ。
ダンスの最中視線を合わせないのは気になったが、始めた頃より大分距離が縮まっていた。
きっと昼休みや放課後以外でも婚約者の時間を作っているのだろう。
アイツに隙を与えないよう…。

視線を感じ辺りを見回すとアイツを見つけることが多々有ったが相手にしないことにしていた。
それでも何かしらのアクションが有るのではと警戒はしている。
そんな時、昼食を誘いにエストレヤの教室に行けばなんだか騒がしかった。

「すみません、すみません、すみません、すみません。」

「ぁのっ」

「僕が悪いんです…すみません。」

廊下にも聞こえる程の声で、教室にいる全員が一点に集中していた。
その中心にいたのはエストレヤと見知らぬ人間だった。
エストレヤは呆然と立ち尽くし、もう一人の人間は這いつくばっていた。
周囲には散乱した教科書やノートがある。
極端に怯えた演技をする男、エストレヤは明らかにハメられているのが分かる。
怯えている演技に違和感しかない。
もしそれが本気だとするなら過剰反応しすぎで、別のところに問題があると判断できる。
家庭内暴力だったりイジメを連想する…そこにエストレヤが関係しているとは思えない。

最近エストレヤが教室に入れるのを躊躇うので廊下で待つことが多いが今日は教室に入っていった。

「エストレヤ」

名前を呼べば潤んだ瞳で俺に助けを求めていた。
エストレヤが何かを伝えようと口を開く。

「僕が悪いんです。イグニス様の妨げをしてしまったので、申し訳ありません。僕は…大丈夫です。」

エストレヤが言葉を発する前に、この男が聞いてもないのに語り出し心配していないのに「大丈夫です」と俺に訴えた。
分かりやすく後半は涙声を出していた。
そんな見え透いた演技に引っ掛かる奴いるかよ。

いるのはエストレヤを陥れたい奴らだけだろうな。

そもそも、エストレヤに謝罪するのに何で俺を見てんだよ。
エストレヤに視線を移せば青白い顔で胸の前で手を握りしめていた。
不安の時に出るエストレヤの癖だ。

「はぁ」

分かりやすく俺は溜め息をつき、散乱している教科書を拾い男に手渡した。

「ぁりがとぅございますっ」

男は鼻を啜りながら肩を震わせ教科書を受けとる時には、態と俺の手に振れた。
涙目で縋るように上目遣いで見つめてくる。
色仕掛け総動員だな。
全てを渡し終えると視線を外し立ち上がった。
俺の視線の先には涙が今にも溢れそうにしているエストレヤが映っている。

「ぁっぁっ」

「エストレヤ、食堂に行くぞ。」

「…へ?」

「食堂…行くだろ?」

「…ぅん。」

俺は何事もなかったようにいつものように食堂へ向かうべく、エストレヤの腰を抱きながら歩きだす。

「え?あのぉ、イグニス様が僕に…」

エストレヤを罠に掛けようと実行に移すも、俺が予想とは違い一切エストレヤを追求することもないので焦って告げてくる。

「ん?」

「イグニス様が僕を突き飛ばしたんです。」

「へぇ」

エストレヤから微かに震えが伝わり「ち、ちか…ちが」と声が聞こえている。

「…あの…」

俺が思った反応を見せないことに、こいつは被害者を演じるのを忘れつつあった。

「それで?」

「それで…イグニス様は侯爵家で僕が男爵家だからこんな酷いことをしたんです…」

無理やり被害者を装っても全く頭に入ってこなかった。

「ふぅん」

「…グラキエス様はイグニス様に騙されているんです。記憶喪失なのを良いことに婚約者になるなんて酷すぎます。」

これが本音か。

「俺が騙されてる?」

「はい」

こいつ大丈夫か?
爵位重視の貴族社会で、侯爵家が公爵家を騙してるなんて発言は自分の首を絞めるだけだろ。
お前の発言て、公爵家は愚かで侯爵家は詐欺師だと言っているようなもんだろ?

「お前、名前は?」

「はい、僕はエイド、エイド ユーべルです」

名前を聞いただけで嬉しそうな顔をしてる。
何を勘違いしているんだか。

「わかった…行くぞ。」

「えっえっ?」

歩き出すも、エストレヤは全く状況を飲み込めていなかった。

「どうした?食堂に行くっつったろ?」

「…ぅん?」

「…待って」

教室の奴らは口を挟むわけでもなく、じっと俺達の成り行きを観察している。

後方から引き止められた。
煩ぇな。
いい加減気付けよ。
いくら引き止めようとしても無理なんだよ。
俺はお前の言葉なんか一切信じてねぇ。

「はぁ」

「僕ならグラキエス様に酷いことしません。」

「へぇ酷いこと…ねぇ。」

「はいっ」

「なら、嘘もつかねえよな?」

「………」

「どうした?俺に嘘吐かねぇよな?」

「…はぃ」

「なら、さっき言ったことは全部嘘じゃねぇよな?」

「……はぃ」

「わかった…行くぞ…あっ、もし嘘だった場合公爵家が動くけど構わないよな?公爵家の婚約者であり侯爵家に濡れ衣を着せたんだ「すみませんでした。」で済むと思うなよ。」

「あっあっあっ」

今度はエストレヤの代わりにユーベルが青白い顔で震えだしていた。
漸く自分のしでかしたことに気付いたのだろう、本気で助け求めるように震えながら手を伸ばされたが、無視して無言で歩き出した。
全ての経緯を目撃していた生徒達は俺達の邪魔をしないよう道を開けていく。
緊迫感だけを残し俺達は食堂に向かった。

「ひっく…ひっく」

エストレヤが泣いていたことに驚いた。

「どうしたんだよ。」

立ち止まり、エストレヤに向き直った。

「僕…僕…信じて貰えないかと思った。」

「俺がエストレヤを信じないわけないだろ?」

「ふぅえっふぅぇっ」

「あんな演技に騙されるかよ。それに万が一アイツの言った通りだったとしても、俺がエストレヤを愛してるのは変わらない。どんなエストレヤでも愛してる。」

「…本当?」

「当たり前だろ。」

「ぅん…あむっんっんっふぅんっんふぅふぁんっん」

キスで安心させた。
泣いていたからいつものキスでも苦しそうな反応をする。
普段ならここが廊下だからとか、人目がと言って抵抗するのに今はしなかった。
それほど不安だったのだろう。

貴族社会だからなのか、どいつもこいつも他人蹴落とす事に躊躇いが無いな。

教室には疎らだか人はいたし、全容を把握している人間もいたはず。
それなのに、誰も助けに入る者はいなかった。
罠にハマった方が悪いという考えが気にくわない。

「エストレヤが犯罪者になっても俺はお前だけを愛してるから…。」

「んっ」

「エストレヤは俺の事を疑ったのか?」

「…ごめんなさぃ。」

「悲しいから慰めて。」

「えっぅん」

「今からエッチしよっ。」

この状況なら断りにくいのを見越して誘った。

「えっ」

「だめ?」

「………」

案の定エストレヤはしても良いのかも?と悩んでいる。
俺としては学園でもエッチしたいが、エストレヤに軽く抵抗されるのも結構好きだったりする。

「ふふっエストレヤ流されてると、いつの間にか教室でエッチすることになるぞ。」

「ぇえっ」

エッチするなら人目の無い所と思っているエストレヤには、教室でする発言は予想外だったらしく本気で驚いていた。

「俺は本気だから忘れるな。」

「………。」

こんなこと言ってしまえば、学園ではエッチ許されねぇだろうな。

「食堂に行くぞ。」

「ぅん」

食堂ではティエンダとフロイントが席を確保してくれていた。
エストレヤを席に一人残すことがなくて良かった。
ティエンダに教室での出来事を話しておいた。
ティエンダ曰く、相手のユーベルは男爵家ではあるが税金が納められなくなっており爵位を売るのでは?と噂が流れているらしい。
以前は子爵家の人間に言い寄っていたが相手に婚約者が出来てしまったらしく引いたが、その後その男は浮気して婚約解消となったらしい。
婚約者には慰謝料を払い解決し、浮気相手と婚約をしなおしたとか。
そして新たな婚約者となったのが男爵家だったもんだから、ユーベルは荒れて再び子爵家に迫ったらしいが失敗に終わり二人は隣国に逃げ…留学してしまったんだとか。
可哀想?と思えなくもないが、浮気するような奴だってわかって良かったじゃねぇか。
婚約解消された奴がどんな奴かは知らないが、その二人が社交界で受け入れられるとは思えない。
噂とかにも疎そうなティエンダが知っているくらいだ、学園でかなりの話題になったはず。
隣国に留学というのも、ほとぼりが覚めるまで「存在を消していろ」と言うことだろう?
幸せに見えて不幸でしかない奴を手本にするなんて愚かすぎる。
同情はしない。
愚かなだけだから。
俺は何かするつもりはないが、この事はエストレヤ大好きおっさんに報告しておくとするか。
あぁ、俺の両親にも報告しておこう。
そうすれば、あのおっさんに伝わらないと言うことはないだろう。
俺の名前で手紙を読まずに破り捨てられたとしても、俺の両親から何らかの報告が行くはず。
それに俺もこういう時貴族がどう対応するのか知っといた方がいいよな。

エストレヤを確認すればいつもより沈んだ面持ちで食事を始めている。
食事を終え恒例の中庭のベンチでも大人しいままだった。
どんなエストレヤでも愛してるが、そうさせたのが俺じゃないなら話は別。
相手が不快すぎる。
今日はエストレヤにエッチな雰囲気は出さず、ずっと抱きしめていた。
時折頬にキスをして「愛してる」と囁けば、俺にしがみつく手に力が入るのを感じた。
こんなにも愛してるのに、不安になるんだな。
あれだけやっても不安になるのか…。
寧ろ身体の関係と思われてんのか?
…思われてそうだな。
親にやりすぎ注意って言われるくらいだし。
だけど、このタイミングでエッチを控えたらエストレヤは勘違いするだろうな。

不安になる必要なんて無いんだけどな。
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