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一章 純愛…ルート

最後の日

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学校と家の中間にある駅で降りた。乗り換えでもなく大きな商業施設が有るわけでもなく、人があまり往き来しない駅を選んでいた。電車を降り改札を出れば信号が目の前に有り、渡れば商店街に繋がっていた。
この道は何度も来ているので迷うことなく僕の足は動き続ける。
商店街の中腹辺りに少し大きめの本屋があり、そこが今日の目的地だった。
地下一階から地上三階の本屋は僕の憩いの場所で、特に地下一階はいつも長居してしまう。
そこには現実では叶わない世界が広がっている。
僕の理想で夢の世界。
僕の理想…好きな人に好きになって貰うこと。
人によっては簡単なことかもしれないが、僕にとってはとても難しい。
世の中は変わり始め僕のような人間も受け入れてくれると聞く…そういう人達がテレビで活躍し始めているのも今では普通の事…。
願いが叶うかどうかは本人次第。
だけど僕には勇気がなかった。

だって…僕の好きな人は男の人だったから…。

幼稚園の頃から気になるのは男の子だった。
気になる子が女の子と手を繋いでいると羨ましくて、それがどういう事なのか分からなかった。小学生に上がってからは、女の子達が騒ぐ男の子に僕も興味があった。彼女達の会話に混じりたいと思ったが、そんな勇気もなく聞き耳をたてるくらいだった。
中学生になる頃には、自分が普通ではないんだと気付いた。
男の子を好きになって良いのは女の子で、男の子は女の子を好きにならなきゃいけないんだと知った。僕の思いはイケナイ事なんだと理解した。隠して隠して誰にも気付かれないようにした。友達にも家族にも誰にも言わなかった。だって、僕の感情は間違いだから…。僕は頑張って普通になろうとした。そういう漫画や小説の存在を知ったのは偶然だった。僕みたいのが許される世界。
その世界では皆最後には好きな人と幸せになっている。その物語を読んでいる時だけは僕の思いも許されたような気がした。物語を読んでいる間、僕は主人公と同化した。主人公と同じように悲しんだり苦しんだり幸せになれた。読み終わると僕は現実に戻る。現実で僕をこんなにも愛してくれる男の人はいない。男の人が好きな僕を誰も必要とはしてはくれない。打ち明けたりしたらきっと、僕の思いは気持ち悪がられるに違いない。
…だけど、どこか諦めきれず高校は勇気を出して男子校を選んだ。
もしかしたら小説のような世界が有るんじゃないかと心のどこかで期待した。

期待は…打ち砕かれた。

男子校に通う皆は、ちゃんと普通だった。漫画や小説みたいに僕みたいな人が沢山いると思ったけど現実はそうではなかった。皆はちゃんと女の子が好きだった。格好いいなって思った人には彼女がいたり、素敵だなって思った先輩は年上の…女の先生に興味があったりする会話をしていた。

イケナイ子は…僕だけだった。

僕は一人、学校とも家とも関係ない駅で降りた。同じ学校の人がいないだろう駅で降り、本屋を目指す。偶然知ったこの本屋は、入学してからかなりの頻度で通ってる。
男の子同士の恋愛の本が沢山有り、僕が行く時間帯はお客さんが疎らなのでゆっくり本を選ぶことが出来た。内容で選んでみたり表紙の絵が綺麗だからと選んでみたりタイトルが気になったものを手に取ったりと様々で、今日は表紙の絵が凄く綺麗なものを選んだ。格好いい人や綺麗な人、逞しい人に可愛い子と色んな男の子がいた。僕にとっての夢の世界。
今回手にしたのは、表紙の男の人達が綺麗で内容は異世界ものだった。異世界ものは現代と違って男の子同士の恋愛が当然だったりして僕の理想そのものだ。本を読むといつも願ってしまう。

僕もこんな世界に産まれたい。

生まれ変わるなら、この世界が良い…誰か一人でも、僕のことを好きになってくれないかな?
悲しい妄想を繰り広げながら。手にした小説を買い求めた。
早く家に帰ってこの小説を読もう。

楽しみだな。

ウキウキな気分で商店街を歩く。途中、目の前に黒猫が現れた。凄く毛並みの綺麗な黒猫だった。可愛くて手を伸ばすと撫でさせてくれた。気持ちいいのか横になり、されるがままで猫はペロペロと僕の手を舐めた。始めて触る猫の舌がザリザリしていたことに驚いた。
猫様を十分に堪能し立ち去る時、僕の足に頭をすり付けてくる姿はとても可愛く、ここまで人になれている猫は誰かに飼われているか、この商店街の人達のマスコットに違いないと思った。

「君はきっと幸せなんだろうね。」

猫から離れ商店街を抜け、信号が変わるのを待った。駅前の為、信号が変わるまで時間を要し沢山の人が僕と同じように待っていた。信号が変わり多くの人が動き出した、僕もその群れの中で歩を進めた。
遠くの方から下り坂を猛スピードで走るトラックが近づき、トラックに気付いた時には多くの人達が空を見上げ転がっていて、僕もその一人で多くの人を跳ねたトラックは電信柱も折り建物に突っ込んでいた。
頭を打った所為なのか大きな魚に襲われた小魚の群れが散らばっている映像が見えた。
きっと青空と白い雲が僕にはそう見えたのかもしれない。
遠くの方で様々な音が聞こえたが、ハッキリとは聞こえなかった。
視界も音もボヤけ、ゆっくりと海に沈むように体が重くなり自由が奪われていく。僕はここで死ぬんだと理解した。

僕は一人ぼっちで死んで行く…。

なんだろう…手が暖かい…誰かが握ってくれてるの?
視線だけで確認すると、深い緑色の髪に茶色い瞳、顔立ちの整った男の子が見えた。
日本人ではない風貌の綺麗な顔の子で、彼の手の甲には三つ並んだ黒子が見えた。
一人で死にたくない僕は、脳が勝手に架空の男の子を作り出していた。
…僕の目はもう…現実を映していない。

薄れ行く意識の中で思ったのは、さっき買った小説の事。
表紙の絵が男の人が皆格好良くて、あらすじを読まず手に取った本。
人気?なのか沢山シリーズが出ていた。
どんな話だったのかな?
あらすじちゃんと読めば良かった。
あれが僕の最後の話だったのに…。
出来ることならあの本が読みたかった…。

僕の願いはいつも叶わない。

もう何も見えない。
何も…聞こえない。
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