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65.第五王子ジャクリーン公爵の相談ごと

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 褒賞式の前日、突然呼ばれクラウスの執務室に入ると、第五王子ジャクリーン公爵の姿が目に入った。

「本日はどのようなご用件でしょうか」

 珍しい組み合わせに訝しみミランダが問いかけると、座るよう促される。

「新しい国について、ジャクリーン公から相談があったのだが……水晶宮にも係るため、お前の意見を聞きたい」
「……承知しました」

 新しい国家については自分が関わるべき話ではないが、水晶宮と聞き何となく察したミランダは、少し嫌そうな顔をしながらソファーに腰掛ける。

「此度はグランガルドの勝利にご尽力賜り、感謝致します。内情を陛下より伺い驚くとともに、本件について殿下にもご意見を伺いたく、突然の御相談となり申し訳ありません」

 ヴァレンス公爵家傍系の娘を母にもつ第五王子……ジャクリーン公爵。

 側妃に召し上げられたものの、母の身分はそれほど高くない。

 このため王太子亡き後、保守派筆頭のヴァレンス公爵が擁立するまで、王位継承に名乗りを上げることは一度もなかったのだという。

「若輩者の私が王を務めるにあたり、補佐役となる王妃には見合う能力が求められます。聞けば名ばかりの側妃……願わくばシェリル様を共に並び立つ王妃として妻に迎えたく、下賜できないものかと、こうしてご相談に参った次第です」

 やはり思ったとおり……ミランダは改まって告げるジャクリーン公爵を見遣り、溜息を吐いた。

「ひとつ、お伺いいたします。本件について、どこまで私の意見をご考慮頂けますか? 水晶宮を任された者として、否と告げる事が許されている前提でのお話でしょうか」
「構わない。今回の功労者であるお前がこれについて拒否するのであれば、俺は呑むつもりだ」
「そうですか……ありがとうございます」

 まさかミランダの意見を全面的に取り入れるつもりだったとは思わず、驚いてクラウスに視線を向けると、仕方ないとでも言うように眉尻を下げた。

「シェリル様について口さがない噂をする者もいる一方で、幼い頃から王妃になるべく教育を受けてきた彼女を、グランガルドの王妃にと望む声は依然として残っています。陛下にもしそのおつもりがあれば潔く身を引くつもりです」

 内情は知らないが、新国家の王に任じた事といい、こうして直接の相談をすることといい、クラウスとジャクリーン公爵の関係性は悪くないのだろう。

「シェリル様とは幼い頃から見知った中。彼女の素晴らしい人柄は存じ上げており、王太子殿下が王となられた暁には、その治世を共にお支えしようと話したこともあります」

 その時の事を思い出しているのだろうか、ポツポツと語るその声に、柔らかな響きが宿る。

「ですがあの襲撃により……後は、殿下も御存じのとおりです。本懐を遂げた今、生きる事を決意したとはいえ、責任感の強い彼女のこと。この先また発作的に、自ら命を絶たないという保証はありません」

 恥を晒し生き続けるなら、消えてしまいたいとシェリルは言っていた。

 あの時の憔悴した彼女を思い出し、ミランダの手の平にじわりと汗が滲む。

「彼女とであれば、きっと素晴らしい国を築いていける……そして新たな生きる目的にもなるでしょう。ひたむきで誠実な彼女以外に、王妃に迎えたいと望む女性はおりません」

 新国家の王妃ともなれば、そこらの貴族令嬢になど務まるわけもなく、かといって他国から王女を娶るにしても同様である。

 大国の王妃になるべく教育を受けて来たシェリルがまさに適任――、正直予想はしていた。

「兄の弔いを終えた今、俺としては二人の婚姻に異存はない」

 クラウスがぽつりと呟く。
 彼もまたミランダ同様、シェリルの幸せを願うひとりなのだ。

「……ご本人の意思を尊重してくださるのであれば、後は私が口を出す話ではございません。シェリル様次第です」

 ミランダの許可を得て安心したのだろうか、先程まで緊張した面持ちだったジャクリーン公爵が、ほっと息を吐く。

「ヴァレンス公爵には、いつお伝えする予定ですか?」
「はい、それについても御相談したく参りました。シェリル様のこれまでの経緯や現在の状態を考えると、事前に御許可を頂きたいところですが……」

 新しい門出に、『死神令嬢』と異名のついたシェリルを王妃になどとんでもないと、本人の意思を確認する前に、跳ね除けられる可能性はある。

 本来であればヴァレンス公爵の許可は必要ないのだが、あの親子の関係性を見る限り、後々を考えシェリルに意思確認をする旨伝えておいたほうがよいだろう。

「陛下、水晶宮の全権は、まだ私にあるという理解で宜しいですか? つまりは水晶宮にいる名ばかりの側妃達について、此度の功績を鑑み、陛下から特別に下賜する権限を与えられたという理屈はまかり通ると?」
「……」
「いかがでしょう?」
「……まぁ、そうだな」

 警戒をするように目を眇めながら返事をするクラウスへ、ミランダは満足気に頬を緩めた。

「承知しました。それでは少し強引ではありますが、ヴァレンス公爵にお話を通した上でシェリル様の意思確認ができるような、そんな状況を作りましょう」
「お前がか?」
「……何か問題でも?」
「いや、何でもない」

 渋々、といった感じで頷いたクラウスに、ジャクリーン公爵は労わるような眼差しを送った。


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