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15.意図せぬデスリスト

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 グランガルド国内に存在する世襲貴族のうち、伯爵位以上の高位貴族が一堂に会する『王国軍事会議』。

 五家ある公爵家には王族公爵も二家含まれており、『討議室』は錚々そうそうたる顔ぶれが揃っていた。

 ジャゴニ首長国の処分について、現行の体制を維持したまま宗主国としての権益を拡大し、政治的支配を強化すべきとする保守派。

 一方、他の従属国への見せしめとして支配階層を根絶やしにした上で、グランガルドの息がかかった新たな支配者を擁立すべきという革新派で意見が二分し、早朝に開始した本会議は、昼を過ぎてなお議論が紛糾し、もはや収拾がつかなくなっていた。

 そしてその頃、立入り禁止となった中二階の休憩所で、ミランダは持参したリストを広げ、熱心に何かを書き込んでいた。

「シャロン、あの立派なお髭の方はだあれ?」
「コンラッド・アシム公爵でございます。革新派を率い、数年前までは騎士団を束ねる総騎士長として、自らも最前線で戦っておられました。愛妻家として有名です」
「まぁそうなの? ……駄目ね。評価は『×』よ」

 付き添い侍女のシャロンが答えると、ミランダはブツブツと呟き、リストに大きく『×』を書き込む。

「今お話しされた少し吊り目の方は?」
「ギルバート・ロドニエル卿、ロドニエル伯爵の次男です。本日は伯爵代理として参加されておられます」

 第二騎士団に所属しておりまして、まだ婚約者がいないため、令嬢達からはそれは凄い人気なのですよ、シャロンが付け足す。

「うーん、あまり好みではないのだけれど、それでは『○』にしておきましょう」

 今度は小さく『○』を書き込む。
 ○は○でも、少し不本意な『○』のようだ。

 朝から繰り返されるこのやり取りにより、開始から四時間を経過した今、ミランダのリストは九割方、何かの記号が書き込まれ、完成に近付きつつあった。

 その時、少し状況が動いたのか、アシム公爵が立ち上がる。
 先程まで隠れて見えなかった男性の顔が露わになると、ミランダはガタリと立ち上がった。

「……!! あの方は!?」
「あの方は、リンジャー・ワーグマン公爵でございます。陛下の叔父上にあたる方で、第一騎士団と第三騎士団の団長を兼任されております」
「まぁぁぁぁあッ! 奥様はいらっしゃるの?」
「いえ、戦地に赴く際に心残りがあってはならないと、独身を貫き、傍系男子を養子に迎え入れていらっしゃいます」
「そう……シャロン、とても良い情報だわ」

 合格です、と呟いて、今度は大きく『◎』。

「……殿下、先程から書き込まれているその記号は、何でございますか?」

 さすがに気になり、シャロンがミランダに問いかけると、よくぞ聞いてくれましたとミランダは満面の笑みを浮かべる。

 休憩所にて、朝から二人きりで過ごすこと、早四時間超。
 頼るもののいないグランガルドに一人放り出され、さぞかし孤独で辛かろうと心配していたのだが、少しは気を許してくださったと思っても良いのだろうか。

偶々たまたま陛下の目に留まったとはいえ、本来であれば私は肩身の狭い人質の身。万が一を考え、予め確認をしているのよ」
「……確認ですか? 謁見を願い出た方々についてお名前とお顔を一致させるためと伺っていたのですが」
「あら、それは方便よ。陛下が、万が一にも希望を聞いてくださった時のために、予め確認をしているの」
「……?? 希望、とは?」
「いつ下賜されるか分からない状況で、悶々として待つよりは、どなたに添えるか想像するほうがずっと楽しいでしょう!」

 側妃の一件で命を狙われる可能性が高いと聞いていたため、命に代えても御守りせねばと、強い使命感を以て本日臨んだシャロンだったが、まさかそんな理由で解説させられていたとは思わず、度肝を抜かれた。

「つまり、今ここに集まる諸侯のいずれかに下賜されるとお考えで……?」
「その通りよ! この後、水晶宮に戻り次第、これを元に更に情報を精査し、ゆくゆくは……」

 気を取り直し、シャロンは重ねて質問する。
 防音のため声が外に漏れる心配もなく、元気いっぱい答えようと振り向いたミランダは、そのまま動きを止めた。

 その直後、後方から身体が押しつぶされるような圧が襲い掛かってくる。

 シャロンは古いからくり人形のようにギギギと首を動かすと、ミランダが凝視する方向へと恐る恐る目を向けた。
 
 視線の先には、半開きのドア口にもたれ、腕組をしながら射るような視線でミランダを貫くクラウス――。

 ヒィッと小さく悲鳴を上げて、シャロンは平伏する。

 先程アシム公爵が立ち上がったのは、午前中の会議が終わり、午後の部に入るまでの休憩の合図だったようだ。

「まぁ陛下。お疲れではございませんか?」

 ミランダは何事もなかったかのように、クラウスへと微笑み、先程のリストをそっと後ろに隠した。

 クラウスはもたれていた身体を起こし、ミランダの元へと歩み寄る。

「それはなんだ?」
「それ、とは何のことでございましょう」
「たった今、後ろ手に隠したソレのことだ」

 どこから見ていたかは知らないが、さすがに目ざとい。

「昨夜まとめ上げた、諸侯の一覧です。陛下が気になさるような物ではございません」

 クラウスの圧も何のその、平然とうそぶくミランダから視線を外し、平伏しているシャロンへと声を掛ける。

「そうか……では、そこの侍女に聞くとしよう。ミランダが持っているこの紙はなんだ?」

 突然矛先が向けられ、真っ青になって震えるシャロンに、取り繕う余裕はない。

「陛下に申し上げます。これは殿下お手製の希望リストにございます」
「……希望リスト? 何のだ?」

 最早誤魔化しきれないとシャロンが白状し、ミランダが再度隠そうとするが、クラウスにあっさりと奪われてしまう。

「この記号は何だ?」

 奪い取ったリストを訝し気に見て、クラウスは重ねて質問する。

「その……人物評価です」
「人物評価? ……アシムが『×』で、ギルバードが『○』なのにか?」

 どういう基準だ、とクラウスが呟いていると、一緒に連れ立って来たのだろうか、後ろから叔父のワーグマン公爵がひょいとリストを覗き込んだ。

「私が『◎』で、陛下が『△』ですね」
「……なんだと?」

 手元のリストを再度確認し、クラウスは氷点下に達する冷たい眼差しをミランダへと向ける。

「そこの侍女……この記号は何を意味する?」
「はいッ、こちらはその、あの、殿下が下賜された際の希望先と伺っております」

 あ、言っちゃった――!
 ミランダは決まり悪そうに、おずおずとクラウスを見上げる。

「……ほう? 俺が『△』なのはなぜだ?」
「顔が怖いからでございます!」
「なに!?」

 ここまでバレたらもう知ったことかと開き直り、ミランダが元気に答えると、クラウスの後ろでワーグマン公爵が、ぶふっと吹き出した。

「ではなぜ叔父上は『◎』なんだ!? 怖い顔をしているだろう」

 ワーグマン公爵とクラウスは、血が近いだけあって親子のようによく似ており、どちらも強面である。

「言いたくありません」
「なんだと!?」

 せっかく仲良くなった侍女と二人で、楽しくリスト化していたのに、邪魔をされた挙げ句に取り上げられ、問い詰められ……連日の寝不足もあって、少し我儘になっているミランダは、頬を膨らませ、すねたように口を尖らした。

 正直、強面は嫌いではない。
 貧弱な美青年タイプの文官よりも、野性的で筋骨隆々の逞しい騎士のほうが好みだ。

 だが、こんな暴君は断固却下する。

「だって陛下はその、私の許可も得ずに、無理矢理口付けをされましたので……」

 怒られて頬を膨らませながら、なおも反抗するミランダに、心当たりの多いクラウスは一瞬ギシリと固まる。

 顔を赤らめるミランダのあまりの可愛いらしさに、いつも無心で働く近衛兵達が微笑み、先程までの軍事会議で殺伐した雰囲気が、この休憩所限定でほわんとした温かい空気に変わった。

 よもやクラウスに逆らう人間がいるとはと、ワーグマン公爵は腹を抱えて笑っている。

「……俺の部屋まで、人払いをしろ」

 しばしの沈黙の後、クラウスは近衛兵に指示を出し、逃げようとするミランダをあっという間に捕獲し、荷物のように片手でひょいと持ち上げた。

「休憩時間を半刻、延長すると伝えておけ」

 暴れるミランダをものともせず、小脇に抱えたまま、人払いをした廊下から王族用の休憩室へと移動する。

「い、いやぁああぁああああ!!」

 さあ、詳しく聞かせてもらおうか。
 休憩室の重い扉がバタンと閉まり、渾身のリストを奪われたミランダの、悲痛な叫び声が聞こえた。


 ***


 バタバタと慌しく走る近衛兵達に、延長された休憩時間。

 何事かと諸侯達が浮足立つ中、クラウスの手元には、午前中は存在しなかった謎のリスト。

 午後の部が開始され、諸侯が立ち上がり発言をする度、謎のリストと照合し、親の仇を見るような目で殺意を向けられる。

 次の奴は、……『○』か。こいつは最前線送りだな。

 謎の呟きとともに、突然ギロリと睨まれ、伯爵代理のギルバートは恐怖のあまり固まった。

 なんだ!?
 あのリストには、一体何が書かれているんだ……!?
 まさか、謁見の間で見たミランダ殿下があまりに美しかったんで、大公国に早速絵姿を発注したのが陛下にバレた……?

 こいつは……『×』か。
 なかなか見どころがありそうだから、後方支援に回すか。
 
 今度は少し嬉しそうに、クラウスが呟く。
 ギルバートの次に発言した侯爵は、ビクリと震えた。

 殺伐とした会議中にも関わらず、その様子を見ながらワーグマン公爵が顔を引き攣らせて、笑いを堪えている。

 だからそのリストなに……!?

 午前とはまた違う緊張感に包まれ、諸侯達は青ざめる。




 ――意図せぬデスリストが、完成した瞬間であった。








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