864 / 1,740
8の扉 デヴァイ 再
体の内と外
しおりを挟む「わーーい!」
何処までも広がる緑と麦色、足に心地良い「瑞々しい」感触。
この頃、なんだか身体が軽くなった気がして。
走り出したくなっていた私は、お誂え向きのあの畑で走り回って、いた。
「アハハ!早く、朝もおいでよ!」
「なんなの、あの子………。」
少し離れて聞こえる声は、相変わらず呆れた色を醸し出している。
「フンだ、いいもんね。」
イストリアと話し始めた姿を遠目に見ながら、まじないの空を仰ぎ見、草の中に飛び込み寝転んだ。
「ふう。」
やっぱり。
緑は、いいな?
花も 綺麗だし 茶色も素敵
匂いも 自然の香り
薄く吹く風が 頬に心地良いし
柔らかな土は 足裏に優しく私に湿り気を伝えてきている
踊っているからなのか、舞い過ぎなのか。
この頃「体がめっきり軽くなった」と自覚していた私は、ある時ピョンピョンと食堂で飛び跳ねながら、その軽さを試していた。
「フフッ、どうしたんですか?」
「あっ、いや、その。…………なんか、軽くなったなぁって、思って?」
私の奇行に慣れているシリーは、驚く様子は無いが流石に私が恥ずかしい。
誤魔化す様に座りながら、美味しそうなお皿に視線を落としていると、ポツリと呟かれた言葉に思わず顔を上げた。
「多分、食べ物の所為じゃないですかね?これまではきっと、ラピスの物が多かったと思いますけど。神殿では。…でも、ここへ来てからはほぼイストリアさんから頂いてますから、それかも知れませんよ?私も調子がいいですもの。」
「それだ!」
その時シリーに言われた一言が、きっかけとなりこうして畑へ出向いて来たのである。
「体が軽い」
「心が軽い」
「どちらか」「両方 軽ければ?」
本当ならば 「どちらも」軽ければ 一番 いい よね?
青紫に侵食され始めた、まじないの空を見ながらそう思う。
こうして 寝転がって 地面を感じ 土を感じて
湿った匂いがして
頬を 風が撫でて。
蝶 は 私の蝶達だけど
そのうち ここにも 向こう にも
チカラが 満ちれば
きっと スピリットも 戻る
みんな みんな 「軽く」なれば。
きっと。
「うん?」
でも、デヴァイの人達ってこの畑の作物を食べてるんじゃないの??
気になる事を質問しようとくるりと振り返ると、二人の後ろ姿が絵画の様だ。
ピンクから黄桃、緑にグラデーションする空に
灰色のフワフワと水色髪。
イストリアは今日、深い藍色のワンピースを着ていてとても麦色との相性が、いい。
「はあ……………なんか。」
いつかも思った、この言葉。
「もう、なんも要らないな………。」
私の言葉が聞こえたのだろう、朝の耳がフリフリと動いてその場で丸くなった。
きっと「イストリア、どうぞ」と私に譲ってくれたのだろう。
空が 美しくて 風が吹いていて
色鮮やかで 優しさしか、なくて。
「うん。」
そうしてまた一つ、楔を置いて歩いて、行く。
先ずは朝の気持ちを有難く受け取って、この景色の中ゆったり相談だ。
そう、訊きたい事もあるけれど先日本部長達が話していた「これからのこと」、それも気になっていたから。
とりあえず、ゆっくりと草の道を踏みしめ水色髪の隣に座ったのである。
「ああ、向こうはラピスからの方が、多いんだ。対価の方は別としても、それは大きな仕事になっているからね。ラピスにとっても。」
「あ、そうか。成る程。」
確かテレクの家が、農業をやってたな…?
ライン元気かな………きっと大きくなったよね………。
「いかん。」
なんだか会いたくなって、ジワリときたところで頭をポンと元に戻す。
「会いたい」と思ったならば、「見るだけ」ならいつでも行けるのだ。
そう、「見るだけ」ならば。
「で?何を訊きたいんだい?これからの事は、あの子の考えを私も全部、知っている訳じゃないが…。」
そう言って考え込むイストリアを見ていると、なんだか私も幸せな気持ちになってくる。
「子の事を考えている母」の空気なのか、なんなのか。
「優しい色」が出ているイストリアは、魔女の店に一人で居る時と違ってやはり「母親」の気配がするからだ。
確かに「こっちのお父さん」は、ハーシェルさんだけど。
「お母さん」は、イストリアさんかもね………?
いや、ウイントフークさんがヤキモチ焼くかな…
「どうした?」
「あ、いや。なんでもないです?」
ニヤニヤしていたら心配されそうだ。
とりあえず再び散らかった思考を戻し、自分の訊きたい事を思い出そうと、するけれど。
うん?
とりあえず 何を 訊きたかったんだっけ ?
あー…………
「あの。」
「うん。なんだい?」
私のトーンに合わせて、優しく返ってくる返事に安心する。
そのまま薄茶の瞳を見ながら、いつもの様につらつらと頭のなかみを、漏らすことにした。
やっぱり、上手く纏まらなそうだったから。
「結局、長は居なくなって。どこまで、どうバレてるのか私は詳しくは知らないですけど、なんか、全然もう方向が違くなっちゃってて。最初の頃と、全く状況が違うと思うんですけど、イストリアさん的にはどうですかね?」
「どう、と言うと?」
キラリと光る、薄茶が金色にも見える。
楽しそうな顔をしたイストリアは、座り直して本格的に構え始めた。
「初めは「滅び」だった。でも、アラルがいて、「滅び」が「救い」になって。長は居なくなったけど、結局世界は終わらず回ってるし、予言通りだとしても「白になる」なら、それでいいと思うんです。」
「それって、「新しい始まり」の白だから。」
「うんうん、成る程。して?」
一気に喋って、一息吐くがイストリアは続きを促している。
まだ、言いたいこと。
それって なんだろうか?
「私は見守る事しかできないけど、「素敵なくすり」は創ったし、きっと光は増える。徐々に、そうなっていって、みんなの力で、そうなれば。それが、一番いいと思うんですけど。でも形だけでも「長」が居ないと駄目なのか………。」
ウイントフークと千里が話していたのは、主に長の不在の話だったと、思う。
その辺りに絡まる思惑、長老達の利権、みんなの仕事や生活のこと。
「壊しちゃえばいい」、そんな話じゃなくて。
これからの「生活」「生きる」為の、話だから。
「なんか、ややこしいんですよね………チャチャっとやって、パッと片付く問題じゃないのは、解るんですけど…。」
まあ、手っ取り早く言えば、私の苦手な話なのである。
「なんか、みんなが好きな事をしてそれで食べていけるのが理想じゃないですか。でも、大きく「今を変える」事になる。それもできるだけみんなに負担が無い、形で。なんかやっぱり長老達は面倒くさいみたいだし、結局なんか、ぐるぐるなんですよ。うん。」
自分でも、意味が分からなくなってきて。
とりあえず、自信満々に「わからない宣言」をしてみた。
クスクスと楽しそうに笑うイストリアは、なんだかちょっと涙が出ている気がするのは気の所為だろうか。
うん。まあ、いいのだけれど。
「君が変わらなくて、ホッとしてるよ。いや、なんだかまた少し変化しただろう?え?気付いてないと思ったのかい?全然違うけどね、本当は。少しじゃなくて。」
悪戯っぽく微笑む瞳にドキリとして、思わず自分の出立を確認する。
しかし、「格好」はいつものワンピースにシリーが持たせてくれたストールだけ。
特におかしな所は無い筈である。
「えっ、まあ、はい。」
「まあ、それは置いておくとして。なにしろ厄介な部分は君の仕事じゃないよ。「どう 変えていくか」は、私達に任せて君がやる事は変わっていない。」
「はい。」
「今暫くは「長の不在」は、隠せるだろう。しかし、何れは知れる時が来る。その時までにどの程度、変化できているかそれは分からないけれど。まあ、大きな問題にはならない様にするさ。」
「それに、君の話とも重なるけれど向こうの畑で出来た、自分達の作物も、ある。身体の中から「変わる」事は、良い効果が出るだろう。何より自分達で作ったものを食す、という事は生命にとって大事な事だ。」
大きく頷き過ぎて、首が痛い。
きっと、私が感じる違和感の一つ「切り離されている」デヴァイ。
人間はきっと「贅沢だけ」では、生きていけない筈なのだ。
「生きる」ことの、「一部分」だけ取って、回すサイクル。
きっとそれが歪な形になるのはある意味当然の事なのだろう。
「やっぱり自分で手を掛けて、なんだろう「始めから 終わりまで」っていうのを、一回やらないと。「生命」の大切さって、見えないですよね。美味しい所だけ、なんてきっと本当の美味しさが感じられないだろうしな…。」
「フフ、まあそうだろうな。だから結局、それも全て流れのうちなのだろうね。君が来て、祭祀をやって土壌を作り、星を降らせ畑を富ませた。やはり私達は新しい流れに入った事は、間違い無いよ。古い文献は処分され、いつ、誰が何処で記した予言なのかは解らないけれど。結局解釈は、「どちらも正解」だったという事だな。視点の違い、か………。君はやはり、「沢山の君」を回収してきたらしいな?」
「………そうなんです、きっと。」
優しく細まる瞳、風に揺れる水色を抑えるイストリア。
今し方言われた言葉を噛み締めながら、見つめるその瞳と景色はグッと私の胸の奥まで、入って来る。
その 景色の色と 彼女の色の優しさの調和
なんでもない 日 時に
こうして優しい話がゆっくりと できること
会話も、景色も。
ジワリと胸に沁み込む感覚が、前より大きく、広く、深くなって。
なんだか、言葉が無い。
風の音だけの中、サワサワと揺れるハーブ、収穫間際の麦色達。
自然の「いろ」を深くいっぱいに吸い込み、思うは「なか」の沢山の私の色だ。
大きく私の「なか」に在るは、やはり。
「植え」「育て」「刈り取り」「感謝し」「食す」「また植えて」「育む」という、「輪」のこと、「生命」のこと
「恵み」「自然」「共同」「祈り」「感謝」
「共に 生きる」
それでしかなくて。
「やっぱり、身体が軽いのは「融けた」からなのかな?それともイストリアさんの畑の所為か、舞いの所為か。なんだろう、か………。」
「でも。それは「全て」だろうね。何事も「一つで なる」事は、ない。」
その真理に頷いて、同じ考えを嬉しく思う。
そう「全て」の複雑なピースが合わさり創られている私達、「こたえ」や「正解」は、一つじゃなくて。
複雑に織り込まれた「美しいもの」、なのだろう。
「あ、とりあえず!いいこと、思い付きました!」
「えっ、なんだい?それは。」
そんな美しい景色を見ながらだからこそ、思い付く「名案」。
しかし私の張り切り具合に薄茶の瞳は些か心配そうでも、ある。
「まあ、とりあえず聞いてくださいよ。直ぐには、できないですけど………。」
そうして私は、自分の中でも「これは名案!」と思える作戦を、得意気に披露し始めたのである。
うむ。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる