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8の扉 デヴァイ 再
自分であること
しおりを挟むそうして、散々自分をゆったりと癒していた私は、調子に乗って本部長の提案を二つ返事で頷いていた。
「多分、もう大丈夫ですよ。」
そう、自分を粗方、併せて。
調子も整え、装飾も調ってきた。
大分不安定さも減り、豪華になった気分の私は。
そう、少しだけ「勘違い」をしていたのだ。
もう「何もかも 受け入れる事が できる」と。
謎の「万能感」に、包まれていたので、ある。
「おやおや、どうしたね?いや、事情は聞いているけれども。少し、落ち着いたら詳細を訊いてもいいかい?」
「イストリアさーーん………。」
そんな、調子に乗っていた私がシオシオとやって来たのは。
いつもの相談室、イストリアの店である。
そう、やはり。
きっと「浮かれて」「調子に乗っていた」私は。
本部長に「またブラッドに会ってみるか?向こうは会いたいらしいが。」
そんな事を言われ、軽く了承したのだけど。
それが、どうやら「まだ」だった事に自分でショックを受け、ここに逃げ込んで来たので、ある。
その、ある日の面会日、部屋に入って早々踵を返した私は。
その「青い瞳」に居た堪れない気持ちになり、しかし「できない」という思いと湧き上がる不穏な色と。
その両方に板挟みになり萎れたまま、「ほらな」という顔の本部長にここへ送り込まれたのだ。
「なんか、まだ。…………駄目、なんですよ………なんでだ、ろうな………大分「合わさって」は、きたし、「転換」もしたんだけど…。」
窮も、ウンも、出て来たし。
沢山の「新しい糸」も増えているし、数々の「美しいもの」もある。
でも。
小さな溜息の中、柔らかに差し込む光。
いつものテーブルには青の小花達、その隣には束ねられたドライハーブが気持ちよさそうに横たわっている。
湯気の出るティーポットの横にある枯れた麦色、そのピリリとした葉の鋭利さと青花の瑞々しい対比。
カサカサとする私の心に、優しく揺れる青はやはり癒しの色だ。
「コポコポ」と耳に届く心地の良い音、それに混じって届く「大丈夫?」という小さな色。
その色を出した小花に頷きながら、助けを求め薄茶の瞳を見上げた。
「うーーん、そうだね。先ずは。」
「カチリ」と私の前に、可愛らしいピンクのカップを置いて。
隣に腰掛けたイストリアは、考えながらもしっかりと私を見つめ、話し始めた。
「「全て」に「開かなくて」いいんだ。「自分だけの場所」、例えば神域なんかと同じさ。君は君の場所を、守っていい。」
「君は「君でいること」を、赦していいんだよ。嫌な事は、嫌と。言っていいんだ。「全てを受け入れている」と、いう事と「全てに駄目と言わない事」は、違う。君は君の嫌な事に、「それは駄目」と、言っていいんだ。「その色は嫌だ」、と。」
じっと見つめる、薄茶の瞳に頷きながら考える。
確かに。
「全てを受け入れる」とは、言っても。
例えばブラッドの「気持ち」を受け入れられるかと言えば、それは違うだろう。
「ブラッド」の事に「きちんと向き合える」事と、「受け入れる」事は似ている様で違う。
私にとって「受け入れる」と、いうことは。
「自分の内側に入れる」と いうことだからだ。
「成る、程………?嫌な色は、嫌って言っていい、ってことですもんね?」
「そうだ。ある程度の「境界線」は、なくてはならない。無ければ搾取になってしまうからね。それぞれの場所がきちんと確保され、それを侵さない「自由」。それがあるべき姿だと、思うよ。そうでなければ「己の色」を保つ事は難しい。無理矢理、混ぜられる事になってしまうだろう………これはウェストファリアかな……。」
そう言って少し遠い目をするイストリア。
確かに。
これは、「変わってゆく」「染まってゆく」と。
そう言っていた白い魔法使いにも、共通する話だ。
自分の心地良い「境界線」が無ければ、保てなければ。
やはり容易に侵食され染められて。
それぞれの「色」は変わってゆくし、変えられてきたのだろう。
繊細な色は、より単純な分かり易い色に。
澄んだ色は、より濁った、色に。
そうして沢山の色が混じり合って、今は収拾がつかなくなっているのかも知れない。
そんな事を考えていると、問い掛けが降ってきた。
「だって、「自分でいては、駄目」など。本来ならば、おかしな事だろう?まあ、私自身、君がここに来るまでは慣れきっていたのか、諦めていたのか。それが普通になってしまっていたけどね。自分だけが、保てればいいと。なにしろこちらでは私の方が変わり者で、真似たいと思う者などいなかったしね。」
チラリとピンクの髪を思い出したが口は噤んでおいた。
ピョンピョンと嬉しそうに白い礼拝堂で跳ねていた彼女が、なんだか懐かしく感じられる。
「だがね、今はそうなってしまっているのも、事実だ。そう「思い込んで」なのか、「させられて」なのか。それはとても、複雑だけど。「己自身で生きられていない」というのは、事実だろうね………。」
頷きで返事を返し、カップの縁で香りを確かめる。
今日は私が落ち着く様にと、きっとこの甘い香りとピンクのカップが出て来たのだろう。
その優しい色を染み込ませながら、すっきりとした味を口に含む。
静かにお茶を飲む、この静かな時間、隣の細い指を眺めながらこの世界のことを、思う。
みんながまだ、気付いていない世界、しかし破綻へ向かう道。
しかし少しずつ拡がる光、きっとイストリアがグロッシュラーにいることだって、光が拡がる要因だったに違いないのだ。
ラピスにいた、ウイントフークまでその光が繋がり私がここに来て。
「フフ」
「どうした?」という薄茶の瞳に頷きながら、あの中庭の事を思い出す。
呼び出されて「お母さん」の話をされたこと
気不味そうだったけど「助けたい」と言っていたこと
「繋いでくれた」のがレナだったこと
沢山の、「偶然」なのか、なんなのか。
色々な光が繋がり、「今」がある事を本当に有難いと、思う。
だから、こそ。
「時間がかかることは、解ってたつもりだったんですけど…。」
ポツリと呟いた私に、頷く薄茶の瞳は無言で。
私に「それでいいんだ」と、言っている様に見えた。
そう
「自分のこと」と「世界」のこと
どちらも一筋縄ではいかない事は、分かりきっていた筈だ。
それに、「世界」は。
「私」がどうこうする様な物でもなく、それはきっと自然に「私」と「世界」が「響き合って」。
「成長」し、「昇って」ゆく。
どこに? 月に?
そうなのかな??
まだ、分からないけれど。
でも、私が成長すれば「周囲」に影響するのも、解るんだ。
そして、その「こたえ」が。
自然と 齎される、ことも。
ぐるぐるしている私の横で、束ねられたハーブを解き並べ始める手。
その、出来上がってゆく素敵なカタチにぐるぐるはヒュンと引っ込んで、じっとテーブルに釘付けになる。
「だから………そうだね。それは、そうなんだろう。だからこそ、君はこうして「境界線」を引いていいんだ。「ここまではいい、ここまでは駄目」という線引きがハッキリできれば。自分にとっても、相手にとっても、いい。相手は示されなければ、分からないからね。」
作られた丸と四角、その間に並んだ茎で示された、一本の線。
「境界線…。」
「そうだ。そうしてその中で、まず自分を癒して。君の中のその「靄」を解消していかなければ、どうしたって逆戻りになってしまうだろうね。「なに」が駄目で、「どうされれば」嫌なのか。解ったら伝えてもいいし、自分の中で理解できれば解消する事もあるだろう。しかしなにしろ「そっち」の方が、まだ親和性が高ければ。より敏感に違いを感じ取り、そうなる事も道理さ。君はまだ、若いしね。まだ、「なったばかり」さ。徐々に慣れるだろうがね。」
「成る、程…………。」
じっと麦色を見詰めながら、考える。
「癒される」 確かに、それなんだろう。
未だ燻っている「暗色」「問題」は。
私は まだ 自分の「傷」を持ち歩いていて。
きっと「傷」は現実を見る事で
容易く 血が噴き出すものなんだ。
だから、「傷」を。
充分に、しっかり、癒す。
それが必要だと、いう事なんだ。
「なにしろ、君のやっている事は大概合っているよ。そうして自分の中を綺麗にして、好きな方法、惹かれる方法で。少しずつ、やっていくといい。それは人によってやり方が違うだろうし、私なんかだと「畑」や「ハーブ」かも知れないしね?なぁに、「好きな事」を夢中でやっていれば。自ずと、「そうなる」だろう。」
「なんか…………はい。解ります。」
まだまだ私の「なか」にある、「傷」、それは後どのくらいあるのか想像もつかないけれど。
でも。
それも全部、「私」だし。
休んでもいい、なんなら辞めても、いい。
でも。
私の 行きたいところ
なりたいもの
行き着くところ は。
あれ と 同じ 場所 だから。
「ふぅ。…………なにしろ一筋縄じゃ、行かないって事ですね………。」
「ハハッ、まあ、そりゃそうさ。君がやっている事は、ある意味前代未聞だ。私だって、「知っている」訳じゃ、ない。ただ、君を見ていると。「そうだろうな」、と思う程度さ。」
「えっ。」
そう、なんですか??
カラカラと笑う、その明るい表情を見てなんだか私も楽しくなってきた。
やっぱり、笑顔で。
楽しく、変化していきたい。
暗い色も、辛い思いも、沢山あるけれど。
それも、どれもを。
「明るく、笑顔で。「光」に。…うん、オッケー。できそうになってきた!」
「それなら、いいね。なにしろ良かった。」
「はい、ありがとうございます。」
正直、やる事は何も変わっていないし、なんとなく「自分の駄目さ加減を確認した」様な、この件。
でもきっと。
それも、必要なことなんだ。
「まあ、「確かめないと」分かんないしね………。」
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「なんか新しい婚約者を紹介してやろうか、とか言ったらしいですよ??あの人、年頃の女の子の知り合いなんていなそうですけどね?」
「確かに。」
そうして心が軽くなった私は、調子に乗ってあれこれと本部長をツマミにしてお茶を飲み。
外に出る頃にはスッキリと、あの美しい色を眺める事ができたので、ある。
うむ。
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