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8の扉 デヴァイ 再
世界に参加する
しおりを挟む緩りと流れる光の筋、小花は少し小刻みに震えている様にも、見える。
一旦頭を切り替えようと、目を閉じこの店独特の香りを静かに吸い込んだ。
今日はどうやら、若い香りが多い様である。
きっとテーブルのあれだろう、黄色の薄い生の香り、乾燥前の花弁の、匂い。
充分に水分を含んだそれを感じながら、入り口付近の乾燥したハーブティーの香りも、届いた事に驚いた。
いや、私の鼻が出張したのかも、知れないけれど。
なにしろ嗅覚も良くなったのかと、パッチリと目を開け入り口付近をじっと見る。
「さて。」
そんな私の様子を見てか、再び開いた口がまた違う色を齎す事が判り、そのまま座り直した。
カチリと置かれたカップ、向きを変える薄茶の瞳。
ゆっくりと開かれた口からは、また違う色の声が落ち着いた空気を醸し出して。
テーブルの真ん中で揺れる小花が、「大丈夫」と言った様に聴こえた。
「グレースクアッドへ行って。今、「こうなって」いるという事は。」
「はい。」
一旦言葉を切った、瞳の色を確認する。
さっき迄とは、全く違う、色。
それを見て「ポン」と外れる私の「ややこしい なかみ」、空っぽになった頭はイストリアの提案を受け入れる気満々である。
「「今の君」から、またこの闇の多いデヴァイを見て。判断していけ、という事なのだと思うよ。きっと違った視点から、見られる筈だからね。」
「ああ、それはなんか。分かります。」
みんなが言ってくれた、言葉。
「景色」「星になれ」「違う次元」
それに似たイストリアの話は、これからの私を示唆する言葉でも、ある。
「以前も言ったと思うけど。君はね、「共感性が高い」。だからきっとどんな人の立場にも立ち、物事を考えられるだろう。しかしね、それはやはり同じ場所に居る限りは難しいんだ。どうしたって引き摺られるだろうからね。感情に「同化」するのではなく、やはり「分けて」別の高い視点から見る事ができないと。これからは、きっともっと辛いだろう。」
「だからそのままの、今の君で。まずは、ようく見てみるといい。フワリと上から、「女神」の様にこの現状を見て。手を、出すのか出さないのか、出すとすれば「どう出すのか」。………ハハッ、今なら光を降らせる事が当然の様に思えるな。やはりそういうことか、と。」
「…………。」
楽しそうにそう、言ってくれるこの人の存在が、とてつもなく有り難くて。
胸に、じんわりくる。
「なんだろう、なんか………ありがとうございます。でも、ありがとうじゃ、足りなくて。…………ああ、でも、だからか………。」
胸に迫る「なにか」、それはとても暖かい空気にも似た優しい色で。
それが、以前よりもずっと自分の中にぐっと、侵って、そして私の「なかみ」がブワリと膨らんで。
「溢れ出させたく」、なるんだ。
そう、 だから。
私は ひかり を。
降らせるのだ ろう。
これからも。 きっと ずっと。
チラリと見た薄茶は優しく細まり、私に言葉が要らない事を伝えている。
だから。
やっぱり、黙って頷いて。
この、有り難い時間を大切にすべく、差し出されたオヤツを一つ、手に取ったのだ。
うむ。
「しかしね、確かに君自身を安定させなければならないのは、解るよ。何だろうな…まあ、きっと「合わせた」だけじゃ、駄目なのだろうけど。」
「ふぁい。」
モゴモゴ言いながらも頷く私に、お代わりのカップが差し出される。
意外とこの親子の連絡がマメな事に気付いて、ニヤつきながらもそれ受け取り、また香りの変わった紅を見た。
「カチリ」とイストリアがカップを持った音が聞こえ、再び私の視線も戻る。
両肘をつき、カップ越しに私を見つめながら少しだけ遠い目をしたイストリアは、不思議な雰囲気でこれからの話をし始めた。
「これから君が、ここで生活する上で。少しずつ自分に自分を馴染ませながら、やっていくのだろうけど。」
「はい。」
「まず、そもそも「見ているだけ」が苦手な君には、少し酷な状況では、ある。やはり物事は何も改善に向かってはいないし、まだまだ酷い所も多い。きっと「今の君」ならば、これまでに見えなかった物も見えるだろうし、それは想像もしていなかった事も、含まれるだろう。………しかしね、そこは。私達に、任せて欲しいんだ。」
「これは君の為ではない、私達の為だよ。」
そう言って、一旦口を噤んだイストリア。
優しく揺れる薄茶の瞳は、スッと差し込んだ一筋の光に、片方だけキラリと金に光って。
優しさの中に強さも、感じさせる。
その、わざと区切られた言葉は。
「暗い色の中、斬り込んで行くのは私達自身だ」と暗に私に示しているのだけど。
それが、明らかに「私の為」だという事は、解る。
暗い色の中、差し込む一筋の光。
やはり、それはきっと、「人」「繋がり」の様なものなのだと。
その瞳を見て確信せざるを、得なかった。
朝が言った「軽くなる」こと、「繋がり」が再び戻ること。
その片鱗は、やはり小さくともそこかしこに、あって。
こうして私に、「大丈夫なんだ」と「それぞれの道を 進んでいいのだ」と。
示して、くれること。
その優しさがまた、胸にズンと来て「ブワリ」と星屑が溢れた。
「おや。…うん、相変わらず綺麗だね。」
クスクスと笑いながらそう言う彼女に、笑いかけて床を見渡す。
階段を、ホロホロと落ちて行く星屑は店内を走り出して、其々好きな場所に染み込んだのが分かる。
まじない道具に影響がないか、視線を滑らせ確かめながらも、再び聴こえる声に顔を上げた。
「だからね、君は。「人間以外の世界に参加する」と、いいと思うよ。君が好きな美しい景色、ハーブや花達、畑も出来た。空が見えるという事は、朝が来て夜が来る、それもしっかり判って。一日に、参加できると言う事。それにきっと、ラピスともシャットとも自由に行き来できるだろう。その、中で。また君の新しい「なにか」、「場所」なのか「もの」なのか、それとも………。」
「その、「なにか」を探しながら、また。自分を創って行くのだろうな………。」
最後が独り言になった、イストリアの言葉、そこからまた変化したこの場の「色」。
雰囲気なのか、なんなのか。
その齎された新しい色は、この中二階の空気を「自然の色」に塗り替え茶の空間を緑へと変化させている。
フワフワと私を包み込むその優しい言葉達は、確かに自然の「いろ」を沢山含んだ、イストリアにピッタリの景色だ。
それが、私にまた新しいヒントを齎して、違う世界への扉へ変化したのが分かる。
そう、私の「なか」にある、扉だ。
「人間以外の 世界に 参加する」
言葉としては、不思議な響き。
所謂デヴァイの人達からすれば、首を傾げる様な内容だろうけど。
「…………凄く。よく、解ります。」
言葉を噛み締める私を見て、また優しく細まる瞳。
ふと、揺れるグラスの花が小さな風を作り、微細な空気の動きに気付いた所で「コトリ」とテーブルに色が置かれた。
私の、癒し石だ。
「これを創れる、君ならば。心配はしていないが、自分を癒す事を忘れてはいけないよ?まあ、あまりこちらの事を気にし過ぎずに自分に集中する、それは君にとっては意外と難しいだろうが。いい練習だと思って、やるといい。」
「癒す、ですか………?」
「そうだ。なにしろそれだけの「自分」を統合したのは、いいよ。しかしね、自然と「自分」は馴染むだろう。だが馴染んだだけでは、駄目なんだ。解っているとは思うが、整理する時「癒し」が必要なんだよ。」
「手厚く、優しく、君がいつも皆に、そうしている様に。「癒し 還す」。そうしないと、いつまでも君の中で燻る事になる。」
「…………そう、ですよね。私、なんだか「選り分けて綺麗にする」、とは思ってたんですけど。「癒す」のは、頭に無かったかもです………。」
「うん、しかし君の事ならば。その「綺麗にする」というのが「癒し」に当たるのかも知れないけどね?しかし意識してそう、した方がより結果が良くなるだろうね。」
「…ですね。やってみます。…………確かに。もっと、もっと、深く。癒さなければ、アレかも知れない…………」
私の事を考え、優しく包んでくれるその瞳を受けて自分の「なかみ」が補完されて行くのを、感じる。
「真ん中の光」に、寄り添ってくれる様な、「別の色」。
それが、ある事で。
自分一人で考えるより、より多角的な視点から「より良い」方向へ進める、「仲間の色」だ。
その、色を受け
深く暗い、色を思い出す。
あの、深海で。
「もう 駄目かも知れない」と。
「絶望」と「諦め」の 夥しい数を 見て。
思ったことを 思い出した。
「取り込むだけでなく 癒し 消化する」
確かにそれは、今の私にとても必要なことなのだろう。
「知った」「解った」「取り込んだ」と、思っていても。
私が認識できるよりも、ずっともっと、傷付いて立ち上がれないから。
グレースクアッドで、ああだったんだ。
「なんか。………いつも、ありがとうございます。」
良い言葉が思い浮かばなくて、とりあえずお礼を言っておく。
その、私の顔を見てまた意味深な事を言うイストリア。
でも。
私に、その真意は。
まだ 解らなかった けれど。
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