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8の扉 デヴァイ 再
それぞれの視点
しおりを挟む静かな灰色の島には緩い風が吹き、耳元では私に「変化」を知らせる風が通り抜ける。
ヒュルリと舞う、軽い音。
しかし、その喜ばしい変化を耳にしながらも。
私は緊張しながら、目の前の薄茶の瞳をじっと見ていた。
ある意味、この親子から見られる事には慣れていたつもりだったけど。
今日の「その瞳」は。
なんだか、これまでとは全く違う色を、宿していたからだ。
多分、始めは「驚き」。
それと少しの「畏れ」と「疑問」、なのか。
そこからきっと「観察」「解析」「照合」「計算」「納得」、からの「観察」の繰り返しで。
凡そ私の「変容」を納得し、受け入れる頃には。
きっと随分と、時間が経っていたのだろう。
辺りに舞う蝶は、ほぼ私の中へ帰っていたし。
黎はきっとイストリアが来てすぐに姿を消した筈だ。
あの「特別な神」達は、もしかしたら普通には見えないのだろうけど。
他の人の前に「姿を見せる気が無い」のも、なんとなく解って、いた。
あの子達は、私の「なかみ」でも、あるから。
「さて。とりあえず、移動しようかな?」
いつもの色に戻った瞳は、ニコリとして私にあの穴への道を指し示している。
確かにここに、ずっと居ない方がいい。
それに私はイストリアに相談に来たのだ。
これからの、ことを。
なにしろ「どう思ったのか」、気にならないでもなかったが、きっと店に戻ってから教えてくれるつもりなのだろう。
とりあえず動いた私の足を見て、頷いた水色髪について行った。
緊張は解けたが、別のドキドキがある胸を、抑えながら。
「なんだ、ろうね…………いや、「その様なもの」を、見た事がないから例えようが無いんだが。」
「これまでにも君の中には沢山の色を感じていたけれど、…ああ、あの石達の様にね?しかし今回の変化は、まあ、なんと言うか……… 」
「多分。「重なった」?「奥行きが出た」、感じかな?いい表現が思い付かないな………。」
スルリとあの、穴から落ちて魔女の店へやって来ていた私達はカラフルなティーポットを間にウンウンと唸っていた。
きっと「私の色」をイメージして出て来ただろう、その多色の花が可愛らしいティーポットを眺めつつ、一緒に首を捻ってみるけれど。
髪色以外の変化をあまり気にしていなかった私には、適切な言葉が思い浮かばなかった。
「なかみ」の変化は大分感じていたけれど、「外見」はあまり変わっていないと思っている事も、あるし。
鏡で見た様子も、普段とそんなに変わりは無いと思ったのも、ある。
まあ、お茶の香りに気を取られ始めたのが、大きいのだけれど。
「なにしろ「深みが増した」のは、間違い無いだろうし。これまではただ綺麗に見えていた色が、奥行きが見える様になったのかな?そんな感じだよ、とりあえず。君自身はどう感じているんだい?あの子はなんと、言っていた?」
一頻り、私の話を聞いた後。
コポコポと花柄のカップに紅茶を注いだイストリアは、それを私の前に差し出しながらまだ首を捻っている。
その様子が可笑しくて、笑いながらもあの時の白衣の様子を思い出していた。
「いや、あの人。イストリアさんと違って、全然驚かなかったですよ??なんか「ある意味変わってない」とか言って。あの眼鏡、意味無いのかも知れないですね………まあ確かに、見た目はそんなに変わってないんですけど………。」
「えっ?そんな事を言っていたのかい?」
「まあ、そうですね。」
「あの子もなかなかだね………。」
そう呟きながらも楽しそうに椅子を揺らすイストリアは、再び私を眺め始めた。
結局「奥行きがある」のは、嬉しかったけど。
その他の、あの驚きの色は何だったのだろうか。
「あの………でも、最初に見た時。驚いてましたよね…?」
恐る恐る、訊いてみる。
「納得」するまでの間、薄茶の瞳に浮かんでいた色は、あまり「いい色」ではなかった様にも、見えたからだ。
「うーん。まあ、そうだね。しかし、なんというか。」
再び首を捻り始めた、その姿をじっと見る。
始めに見た時の驚きの色が全く無くなっている普段のイストリアは、クシャリとした草色のワンピース に生成りの羽織のいつもの姿だ。
あまり、気にした事は無かったけれど。
やはり「魔女らしい」外見のその服がハーブで染められている事が判り、その新発見にウキウキと目を輝かせていた。
「新しい目」で見ると、「その色」がとてもよく判ったからだ。
そうしているうちに。
じっくりとその心地良い色を堪能している私に、答えが返ってくる。
「そうだ、ねえ。「凡そ 人とも思えない」とは、君の祭祀を見た時から私達の間では、話になっていたけどね?まさか、それを目にする事があろうとは…。」
「えっ。」
それって。
どういう、意味でしょうかね イストリアさん………。
とりあえず示されたカップを手に取り、若い葉の香りを嗅いで心を落ち着かせる。
向かいのイストリアも、お茶を飲みながら少し考えている様だったけど。
再びじっと、見つめられたその薄茶の瞳に翳りは無い。
とりあえずは返事を待つべく、目の前のカップに視線を移しその紅に映る自分の姿を眺めていた。
「「薄い」けれど、「濃い」、いや「密度」ではなく「実存」の問題か。いやいや、やはり「存在」なんだ、ろうな?……………ああ、そうか。」
「えっ?分かりました??」
独り言を聞きながら、暫くお茶を楽しんでいた耳に「ポン」と打ち鳴らされた音が聞こえてきた。
どうやら漸く合点が入ったイストリアが手を叩いた、様だけど…?
顔を上げ見た、いつもの色は再びじっと私を見つめ「なにか」を確かめている様である。
しかし少しの間、細められた目はパッチリと開いて。
すぐに、楽しそうに口を開いた。
「ああ、きっと、いや多分、そうだろうな。」
「?」
「君は、「自分を回収してきた」と言ったよね?だからか。」
「向こうへ渡り「狭間の存在」と、なって。「薄く」はなったのだけど、「存在」自体は重なって、濃くなりそして密度も増した。どうなっているのかは解らないが。魂が「置いてきたもの」を取り戻したのだろうね。」
「…………ああ、確かに………成る程。そう、だと思います。」
確かに。
「死んだ私達」は 体では あるけれども。
そう
きっと そうなんだ
私の 「魂の カケラ」でも あって。
だから その 「カケラ」を
集めて。 揃えて。
「 完全な 私 」に。
なる んだ 。
その、イストリアの言葉から齎された、ピースはくるくると回り私の「なかみ」へピタリと沿ったのが、分かる。
あの時。
私は海底墓地で「死んだ私」を、過去の「体」を。
回収したけれど。
それはきっと「魂のカケラ」でもあるし、「全部の私」の一部でもあるのだろう。
表現の違いなのか、なんなのか。
でも「間違い」なんて、一つもなくて。
「全部」が「なにかの側面」を表す、「言葉」の違いなんだ。
それを「どう捉え」「どう表現するか」だけで、きっと「本質」は、同じで。
「私の色」で、表現するか
「彼女の色」で表現するか
その 違いなんだ。
自分で分かっていた事を、外側から更に補完された様な、違う角度から支えてくれた様な。
そんな気が、する。
そうしてきっと、私達は「自分の認識」と「他人の認識」を合わせ、比べて、確かめて、飲み込んで。
世界を理解して行くのだろう。
ふと、頭の中に差す青、深い所にいつもある疑問がムクリと頭を擡げる。
そう、私達がいつも迷子になる「本当のこと」は、それぞれ個人個人で、違って。
「どの方法で」「どんな色で」
「どう 表現するのか」「どう示すのか」
「どれが そう なのか」
それぞれが混ざり合い、絡み合って。
見えづらくなる、沢山のこと。
そう、複雑だけど単純でもある、この「真実」とは。
「…………ん?」
これって、でも。
黎の言ってたことと、繋がる、な?
同じ?
結局 「真実 は ひとつ」 だと。
思って
思われて いるけれど。
「本当のこと」というのは 様々な 領域があって
私達にとっての 個人に とっての
「本当のこと」は
それぞれ 違う
でも。
1+1の ように。
「こたえ」が ある 「本当」も あるから。
「こたえ」って 「ひとつ」なんだ と
私達が 思い込んでいるから。
沢山の 「想い」 が
ぶつかり合う から 。
「複雑」に なる
いや
してる って こと
だよ ね??
「うーーーーーーむ。」
くるくると回る頭の中、しかし掴もうとすると、スルリとすり抜ける本当を漂わせたまま、視線を戻す。
私は今。
まだイストリアと話しているところだからだ。
それを思い出して、焦点を花柄に合わせた。
そうして丁度良く、優しい声が降ってくる。
「大丈夫かい?」
「はい。………なんか、ややこしいけどややこしくないんですけど、こんがらがるんですよ………。」
「ハハッ、まあそう考え込む事はない。きっと「その君」ならば。「そのまま在る」方が。何倍もよく、解ろうよ。」
「………なんか、はい。それ分かります。」
確かにイストリアの言う通りなのだろう。
多分、きっとこれからは。
なにしろ考え込まない方が、いいに違いない。
「まあ疑問なんぞは掃いて捨てる程あるからね。それはまた追々やっていけば、いい。とりあえずは、まず君のさっきの疑問と。これからの事で、いいかな?」
「はい、勿論です。あ、ありがとうございます。」
差し出されたオヤツの皿に、目を輝かせた私を見てクスクスと笑うイストリア。
きっとこの人も、本部長と同じ様に「やっぱり変わってない」と。
思ったんだろうけど。
まあ、とりあえず甘い物は必要よ………。
そう、「人ならざる」とか言われても。
お腹は、空くしオヤツは別腹………。
「えっ、てかイストリアさん!私、人間に見えない、って事ですか???」
オヤツを一口、齧ってからそうモゴモゴ言う私はかなり人間っぽいに違いない。
そう思って訊いたのだけど、返ってきた返事はあまり芳しくなかった。
「いや、元々「その気」はあっただろう?なぁに、確かに少しばかり光る必要はあるかも、知れないが。そう難しい事ではないよ。きっと今の君ならね。」
うん?
全く安心できない言葉が返ってきて、混乱する。
えっ?なに??
「元々 その気は あった」??
どこら辺に???
しかし、そんな私の反応を気にする事なく、イストリアの話はくるりと始めに戻る。
同時に向きを変えた、小花の顔が可笑しくて観察していると真面目な話が始まった。
「それでね、始めの話だけど。そもそも。始めから、デヴァイは闇が多くなる要素しか、ないんだ。「優生思想」と、言うかね………。バランスが元々、崩れているからああなったんだろう。多分だけど、ね。」
「いつから「そう」なのか、何の為に閉鎖的な、彼処が創られたのか。それは本当の所、誰にも分からない。私が若い頃から古い文献は限られていたし、長老達は秘密主義だ。」
隠蔽
パッと浮かんだ言葉と、茶色。
「お前は探らなくていい」と言っていた、眼鏡の奥の瞳が浮かぶ。
「しかし君が来て、「元々全ては繋がっていたかも知れない」という説が有力になった、今は。そもそも自分達の、所為で分離したのではないかと思って、いるよ。」
「「自分達の所為」、ですか…?」
「ああ。」
首を傾げる私に、少し微笑む薄茶の瞳は。
なんだか悲しそうな、色にも見える。
「結局ね。「あいつと俺は違う」、とか。そもそも「どちらが優れている」とか、そんな話からきっとデヴァイはああなって、きっと自分から別れたに、近い。君も初めの頃、言っていたろう、ベオグラードがどう、とか。」
「ああ、確かに…………。」
「愚民」と言っていたベオグラードが、最早懐かしく感じられる。
「だからね。やはり、全ては「他人事」では、なくて。一つの、地続きなのだと思うよ。少しの優越感や劣等感、差別や無関心、沢山の小さな事の積み重ね。それを、放っておいた結果が。「今」だと、思っている。この頃は、ね。変化が早い今は、また新しい展開が見える可能性も、あるが。しかしこれはほぼ、その通りだと思う。」
「…………はい。」
なんとも言えなくて、ゆっくりと頷く。
きっとイストリアは私に意見を求めている訳ではないだろう。
この話をきちんと聞いて、また私の糧にしろと。いう、事なんだ。
そう受け取って、真っ直ぐ、その薄茶の瞳を見つめる。
そうして再び。
ゆっくりと、頷いておいたんだ。
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