透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

彼の 処へ

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 「行ってくるわね」

そう、声が聴こえて。

真っ暗な中、反射的にこう、応えた。

「えっ?じゃあ、私も………。」

にさせてやれ」

えっ?

その、私を引き止めた声が。

誰の声なのかを耳が判別する前に、目からは滝の様な涙が溢れて、きた。


胸を、ギュッと絞り取られる様な締め付けと、ただただ溢れてくる、涙。
大波の様な、締め付けが寄せては返しを繰り返して、暫く。

その、暗がりの中で感情の糸が千切れない様に、じっとしていた。


そうしていると、段々と締め付けが緩くなり、息をゆっくり吐ける様になってくる。

そして私の中の涙がもう少し、落ち着いた頃。

ふっと落ちて来た感覚、その「声の主」がディディエライトだという事は、沁み込んだ「想い」から感じていたし右手にあった柔らかな感触も、今は消えている。

ここは、多分。


…………?
えっ?

もう???

なんで、だっけ…………???



少しずつ、頭が戻って来る。

確か、私は。
魔女部屋でみんなに、相談していて?

呆れた様な朝、「大丈夫」と言うフォーレスト、しかし剛を煮やした、あの極彩色に。

「うん?蹴られた??どつかれた??」

軽く小突かれた様な感触を思い出すと、涙が殆ど止まった事にも気が付く。


拭っていた袖、クリーム色のふわりとした生地が目に入り、周りが逆に「暗い何処か」だという事に改めて気が付いた。



「えっ」

 あ、これ  シン だ


パッと顔を上げると。

目に入ったのは黒い男の人、暗い部屋。
しかしなんだか、とても豪華なのは分かる。
この、暗さでも。


いや、暗いと言うより、黒いのか。

目の前の男の人は勿論、気になったが、何故だか見た事のないその男が「シンだ」というのは分かっていた。

それに、私がここでディディエライトを待つ、という事も。

だからなのか、それとも「まだ」正面から向き合うのを避けたかったのか。
なにしろ私は自分の心を落ち着かせる為に、豪華なこの部屋の観察を始める事にした。

一応、少しくらいは。
心の準備も、したかったからだ。


黒、と言うよりは全てが暗色で作られた、この部屋。
視線を滑らせて行くと、その色の違いが分かってくる。

きっと本棚だろう、シンの背後にある壁は殆ど見えないが深い茶だろう。
「木だ」という事は分かる、その造りと木目、その前に掛かるカーテンの重い生地と、色。

ほぼ黒に近い紺色のそれは、光沢が美しいビロードである。
シャルムの作った生地を思い出しながらも、やや軽くなった心でまた反対側を見る。

うん?
殆どおんなじだな………。


少し、狭い部屋。

私とシンの距離はそう離れてはいないが、細部は見えない程度の距離だ。

私は何故か豪奢な椅子に座っていて、座面がふんわりしているのが、分かる。
手を乗せているのが美しくカーブを描く、肘置きだという事にも気が付いた。

え?
これって、あの人が座る場所なんじゃ…………。


そう、この部屋には椅子が一つしか無い。

そして、私はこの部屋が「謁見の部屋」だという事も、解っていた。

よく周りが見えない暗い部屋、重い雰囲気と重い調度。
部屋の奥に設置されている、この椅子。

シンがいる、その背後、少し向こうに見える一つの扉。


あそこから人が入って来て。

ここで、少し離れた位置で、長と会う。


「その光景」が何故だか私の頭の中にあって、それが正解そうなのだと、分かるのだ。


ふむ。

とりあえず。
ここで?

長が、みんなに?会って??

大分落ち着いてきた頭が、ぐるぐると働き始めた。


ミストラスさんとベオ様は会った事あるって言ってたけど。
実際、どうなんだろうな………
なんかベオ様は「神々しかった」とか言ってた気がするしな………?

ミストラスさんは。

「少し かたちが 違った」?とか?

言って、なかった…………???


「えっ。会えないの、かな?」

急に不安になって、ポツリと呟く。

「カタチが違う」その、意味する事が私の中では「人が変化する」事と繋がり、姿形が変わった、老人が思い浮かぶ。


 「軸になる」
 「生贄」


あの、場所で。

実際、長く長く、「在る」こと。

どういった状況で、環境で。

そう、なのか。

今、彼は。

どんな、姿で。


  生きて。  いる  のか



「心配無い。まだ。」

「えっ、まだ?」

深い、深い臙脂の絨毯を食い入る様に見つめていた視線が、パッと上を向く。

いつの間にか少し、近付いていたシンがそこに立っていた。


ああ、やっぱり 黒いんだ。


いつだか見た、夢なのかなんなのか。

その中で「黒」というイメージがあった彼は、やはり黒髪、しかし変わらぬ瞳はこの暗い部屋の中でも美しく赤く、光っている。

「「美しいな 」」

ん?
いや、待って?

え?でも??

この人も、シンに会いに?
来たんだよね…………?

もう、交代した方が、いい?

私も…………


寂しい様な、仕方が無い様な、微妙な感覚のまま、目の前の姿を見ていた。

細部はよく見えないが、黒いスーツの様なものを着ているシン。

背は、高くグロッシュラーのシンとそう変わらぬ気はするが、幾分線が細い様な、気はする。
色が黒い、所為だろうか。


いつもと変わらぬ、サラリとした長い髪に艶があるのが分かる。

何処からの灯りなのか、ぼんやりと天井辺りから照らされている薄い光でも分かる、その艶に少し安心した。

きっと、このシンも。
強い、し。

うん?
て、ことは石が黒い、のかな…………。

長の石も、黒なんじゃなかったっけ…………?


その、偶然なのか、なんなのか「繋がり」に首を傾げながらも赤い瞳をじっと、見ていた。


私は  なにを  


あれには、最期には。会えるだろう。今はが行っているから、大丈夫だ。まだ、保つ。」

口を開いていない、私に「こたえ」が来る。


こたえそれ」は。


あまり、受け止めたくない「こたえ」だけれど。

でも、今、その為にここに来たのは分かるし、それを受け止め、行かなくてはならないことも、解るのだ。


「うん。」

解るん、だけど…………。



「曾祖父」と、いう感覚は、無い。

しかし、私の「なか」にある「想い」、思い出されるあの白い三角屋根の、部屋でのこと。


彼が、背負ってきた、もの、こと、この「世界」。

人間ひとでは 生きられなかったのか」という想いと、やっと出会えた人との別れ、一人在ること、そこへやってくる「変化」は。

きっと、この「世界」との同化だろう。

いつの間にか流れている涙と共に、そう、思う。


…………もう、動けないんだ きっと。



「どう」なっているのか分からないし、わたしの想像でしか、ない。

でも。
多分。

「それに近い」事は、分かるのだ。

だから、ディディエライトが会いに行かねばならなかったし、きっとシンはここで。
長の代わりに、みんなに会っていたのだろう。

多分、今の彼になら「変化」し、ここで代わりを務める事など、容易い筈だ。

寧ろ、「その為に」。

護り、永らえ、ここまで「繋ぐ」為に、にいるのだと。

今なら、分かる。


語らずとも、あの赤い瞳が言って、いるのだ。



纏まらない頭で。

やっと口を開き、ポツリと口にする、言葉。


「上手く、行くよね?また、帰ってきて。」

「みんな、よく、なるよね?」

その、自分の口から出た、言葉で。

抱えていた「寂しさ」、「不安」「迷い」と「もうすぐ 終わり」というなんとも言えない想いが、ドスンと自分にのし掛かってきた。

を、してきた。

正真正銘、私の「なか」にある、想いだ。


「どれ」

しかし、背中を押して欲しかった私の意図とは裏腹に、何も言わぬ彼は何故だか私の正面に蹲み込んだ。

「?」

鼻が詰まったまま、その近付いた赤い瞳を見つめる。


 綺麗
深い  深い  赤


そんな事を思っているうちに、正面の彼は私の肩に手を置き、ぐっと背中を反らせ、背凭れに押し付けられる。

しかし、そうされる事で自分が縮こまっていた事が、解った。


「ゆっくり、息を吸って。長く、吐くんだ。」

「静かに。」

低く、静かな声。


彼が正面に来て座った事で、私の「なかみ」は大分凪いで、いた。

そのまま言われた通りに、ゆっくりと息を吸って、吐く。

ただ、静かに。

なに、ということも、なく。


ただただ、その美しい瞳を。

目に、映しながら、自分の呼吸に耳を澄ませて、いた。



 うん?

 うっ?

  なんだ これ


ぐっと、心臓の奥が押された様な、気がする。

黒いもので、その「奥」が「拡大」された様な、そんな感覚。

しかし、初めこそ少し苦しく感じたが、今は心地が良い。
一瞬躊躇った私の反応を見て、止まった黒い息に、頷いてみる。

多分、は。

シンが私の「なか」に息を吹き込んでいる、そんな気がしたからだ。

肩を押されてからは、どこにも触れられてはいない。
でも、多分。

そう感じたから、きっとなんだろう。

私の瞳を確認したシンは、再び私の胸に、視線を移す。


そうして。

再び深く、呼吸を戻すとその「黒の範囲」が拡げられて行くのが分かる。

さっき迄は一部だった「それ」が、心臓の裏、そこをぐるりと。
囲む様に、奥が、拡がったのが分かるのだ。

それに、なにより気持ちがいい。

この頃ずっと、抱えていたモヤモヤ、「不安」や「少しの恐れ」、そんなものが。

押された所為で、スポンと抜けたのか、その「黒」の中へ、すっぽりと収納されたのか。
兎に角、スッキリして呼吸がし易くなる。

深く、息をして暫くそれを確かめていた。


しかし、まだまだスペースがあるその「黒の範囲」は余裕を醸し出しても、いる。

「…………これは。」

「さあ、これでいい。」

私の疑問を遮る様に、ポンと肩を押され、その意味を知る。

やはり。
これは、次の扉向こうに行く、準備の様なものなのだろう。

でも、ある意味多分。
シンが、こうして、こう言ったならば。

「大丈夫」、それは約束された様なものだ。

「言葉」では、ないけれど。


「うん、ありがとう。」

きっと、充分なのだ。


「では。」

「えっ?待って?」

少しだけ悪戯に煌めいた、その赤い瞳に私の「なか」が反応する。

その瞬間、私は私を交代するのだけは、解ったけれど。


案の定、その、後のことは。

やはり、覚えていなかったのだ。













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