透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

書斎にて

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私の部屋とは対照的な、濃い青の扉の前。

小さく息を吹いノックをしてから、扉を開け中へ入る。
勿論、返事を聞く前に、だ。

「あ、れ?ウイントフークさん??」

いないんですけど………?
どこ行ったんだろう?



あれから。

早々に自分の中のモヤモヤを解決すべく、明くる日の朝食後、勢い付けて書斎へやって来たのだけど。

朝食には姿を見せなかったウイントフーク。
だからきっと、また書斎へ篭ってなにやら本でも読んでいるのかと、思ったのだけど………???


奥の小部屋に居るのかと、本の島を縫いながらも辺りを見回し、進んでゆく。

この書斎は、そう広くは無いのだけれど本の山が幾つも出来ているので、見通しが悪く見えない部分も沢山ある。
ある程度定位置は決まっているけれど、もしかしてソファーにでも寝ていたならば。
気付かずに、通り過ぎる可能性も無きにしも非ずだからだ。


しかし、注意深く進んでいてもこの部屋に人の気配は、無い。

「…………なぁんだ…………留守、か。どこ行ったんだろ…。」

奥の部屋までは覗いていないが、人が居ないのは判る。
この頃大分空間把握が得意になってきた私は、人間ひとであったならば、「存在のあるなし」は分かる様になってきていた。

まじないや、スピリットならば。
相手が「隠れようと」していたならば、判らないかも知れないけれど。


「うーーーむ。これはこのモヤモヤを抱えたまま私に今日一日過ごせ、という事なのか………。」

「何をそう、考え込んでいるんだ?」

「あ。」


いきなり背後から現れたのは、いつもの極彩色である。
フリフリと豊かな尻尾を揺らしながら、ヒョイとソファーへ飛び乗った。

そうして、「隣へ」とその尻尾を揺らしている。


 まあ、訊いてみるか………。
 てかこの人、この前意味深な手紙寄越したよね??

私の頭の中を読んだかどうか、意味深な色を宿した紫がこちらを見ている。


教えてくれるか、分かんないけど。
とりあえず少しでもスッキリしたいのは、確か。


私が「本命」へ赴くに当たって、分からない部分はとても多い。

そもそも「基本的には会えない」であろう、長。
そしてアリススプリングスは結局、完全に味方になったという事でいいのかどうか。

きっと「その場所」には、普通には入れないだろうこと。

そして。

 「私達」は。

 「出逢ったならば どう なってしまうのか」。


…………絶対、なんか。

普通に「こんにちは」って、終わる訳ないよね???
、なるのかは分からないけど。

私は、「あの二人が出逢う」事で。

このまま無事、旅を続けられるのだろうか。


「漠然とした不安」と「絶対大丈夫」という根拠の無い自信。

その二つの間で、揺れに揺れている私の心。

「なに」から、訊いてみる?
でもとりあえず…………なんだろ?
順番に、行こうかな…………。


「ねえ。」

「なんだ。」

なんとなくあの瞳が見れなくて、私の視線は自分の膝の上の、拳に留められたままだ。

静かな、この部屋は。
物は多いが定位置管理で収まる整然とした空気、廊下近くに舞う小さなスピリット達の気配だけが、この場を優しく包んでいる。
その、鮮やかな色を感じて、心を決めた。

「とりあえず、長に会いに行こうと思うんだけど。」

「ああ。いいんじゃないか?」

うっ。

これは。
どっちだろうか。


いつもの飄々とした返事、何色をも映さないその声に何故かダメージを受ける。

もしかして反対されたならば、少しホッとしたのだろう。
もっと色が着いた賛成ならば、後押しの、勇気だ。

しかし予想に反してか、予想通りと言うべきか。

「お前の思う通りに」という色しか、きっと浮かんでいないだろう紫の瞳を探し、じっと見つめる。


………絶対、分かってるよね、この人…。

いつも、何でも、見通している千里の瞳に映るは自分の姿のみ。

しかし、そうして半分睨み付ける様に瞳を覗いていると「ポン」と人型に変化した。

「えっ、なに?」

「いいや?この方が、見易いかと思ってな。」

急に見上げる形になった紫は、人型の方が瞳は少し細い。
しかし、そうする事で少し意地悪な雰囲気を感じた私は、一旦目を逸らし「その意味」を考えていた。

多分、千里は意味無く変化しないだろうから。


でも、これ多分。
大丈夫は、大丈夫なんだ。

「私が不安」に思っていれば、きっと「そうなる」んだろうし、「私が大丈夫」ならは。

きっと、「ハッピーエンドそうなる」に、違いない。

紫の瞳に映った自分の姿を思い浮かべながら、「自分」に「地図」「流れ」「道」がある事を思い出す。


 そう、いつだって。

「それ」があるならば、行き先を決めるのは「自分自身」であるからだ。


「うん。とりあえず、じゃあはオッケー。」

「解ったか。」

「多分。ありがと。」

「お前は頭を使い過ぎなんだ。いつも通りで、行け。」

「…………はぁい。」

なんだか「いつも能天気」と言われた気がしなくも、ないけれど。
とりあえずは合格だという事だろう。

そうして最大の山を越えたつもりの私は、緊張が解けていつもの様につらつらと次の疑問を洩らし始めた。


「ねえ、でもさ。この前「次の扉の事は気焔に訊け」みたいな事、言ってたじゃない?具体的には何があるのか、結局教えてもらってないんだけど。………墓地、なんだよね??」

「墓地………にあの変なやつがいて、何してるんだろ………みんなの、力を?吸い取って??悪さしてるのかな………まあ、嫌な感じはしたけど。でも、長が守ってるんだったらみんなの亡骸がある場所にそんな嫌なやつ、そのままにしとくかな………?どうにもならないって、こと??」

「てか、ホントに墓地なの??」

「そもそも「問題」が何も解決してないんだけど、みんなはきっと「俺たちの問題だ」とか言って私のことを送り出すんだろうけど。…………それでいいのかな??」

「あの白いお爺さんも、そう言ってた………。」

「行って………帰って、くればいいのかな?………てか、帰って  」


  来れる  のか   な


これまで巡った「世界」とは圧倒的に違う、その存在感。

まだ見ぬ次の扉から感じるその「気配」は、これまでの様に気軽に行き来する事が、できないであろう重みが感じられて。

それ以上、口をするのが躊躇われ言葉が途切れる。

少し、迷ったけど。

小さな道標が欲しくて、「紫の瞳こたえ」を見上げた。


 うっ なんだろ これ

見上げたその色は、あの扉の奥にも似た複雑な色を含んだ深い、紫に変化していて。

確かに簡単ではない事が一目で分かる、次の扉。

だがしかし。
「負」の印象は全く無いその色の奥を探るべく、ズイとその顔に近づいて行く。


「お前は。」

開いた口に、ピタリと動きを止める。

しかし半分彼の膝に乗るくらいの距離に近付いた私の目は、まだ紫に鍵付けのままだ。

「次の扉へ、何をしに、行く?」

が、解っていれば何が起きても大丈夫だ。そもそもここの問題はお前がどうにかする「こと」でも無いし、ここにいる限りは解決しないだろうからな。」

「えっ?」

「この「問題」は、この世界次元では解決しないんだよ。ま、長に会うのはそれでいい。次へ行くにはが決まってから、だな。まあ自ずと解ろうよ。」

「…………。」


 えーーーー…………


そうして再び「ポン」と、変化した極彩色の毛並みを見送りながら。

私の、頭の中は。

あのレシフェのブラックホールを思い出すくらいには、ぐるぐる、真っ黒な中に。

吸い込まれて、行ったのである。

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