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8の扉 デヴァイ
実体のある 生き方
しおりを挟むそれから暫くは、大人しくしていたのだけど。
その日は、なんだか「そんな気がして」一人、黒の廊下をつらつらと歩いて、いた。
勿論、叱られない様に蓮に頼んでラギシーを使い、出立は完璧である。
この頃のぐるぐる、沢山の「問題」なのか、なんなのか。
なんだか頭がスッキリしない理由は、「フェアバンクスから出るな」と言われているのも、大きいのかも知れない。
そう思って今日は久しぶりの黒の廊下散歩と、洒落込む事にしたのだ。
勿論、止められる事を予想し自分の部屋からラギシーを使って来たけれど。
しかしきっと、あの狐にだけはバレているに違いない。
でも、止められないなら「いい」って
ことだよね??
最後の通路を潜る際、振り返ってそう思った。
それに、彼が知っているならば。
何かあった時、やはり安心ではあるからだ。
そう一人納得して、チラチラと調度品を眺めつつゆっくり歩く。
特に行き先がある訳でも、ない。
あれからほぼ引き篭もっていた私は、暗いこの廊下でさえも、久しぶりの空気と厚みの違う絨毯の踏み心地を楽しめる位には、退屈していたから。
いつもの様に青の通路を出て銀の扉の前を通り、鼻歌でも出そうな足取りで回廊を巡ろうとしていた。
「…………ん?」
思わず声が出ていた自分の口を塞ぎ、廊下の端に寄る。
向こうから、人の気配がしたのだ。
しかし、流石に歩いていれば誰かしらに会う事もある。
それに、今日はラギシーだから。
見られる事は、無いんだけど…………???
何が気になるのか。
向こう側から歩いて来る、白いローブを見ながらじっと考える。
その人は見える範囲で予測すれば、男性で、老人だろう。
殆ど白い髪が、チラリとフードから見えて背格好は中肉中背。
これと言って、特徴がある風でも無いのだ。
だから逆に。
「何が」そんなに、目を惹くのか。
気に、なるんだけど…………???
ある程度近づいて来ると、なんとなくその原因が分かった様な気がする。
なんだか、きちんと「芯」があるのだ。
その人、自身に。
「なかみ」が、ぎっしり、詰まっている、様な。
え、てか、なんだろうこの感じ………
あのブラッドの父親の様に、オーラが見える訳でもない。
寧ろまだ、顔すら判らないこの距離でも感じる、その人の「実存」の様な、もの。
「生きて」いる、感じがするのだ。
いや?
みんな生きては、いるよね?
なんだ、ろうか。
まじないが強い、とかなのかな…………???
多分私はかなり、その人を凝視していたのだろう。
ラギシーを疑ってなかった所為も、あるけれど。
その人の足がピタリと前で止まった時に、その意味に気が付いた。
「…………誰だ?…………いや、愚問か。」
えっ
「よい。そのままでも。しかし、少し話をしようか。」
なに これ
大丈夫??
辺りに、他に人の気配は無い。
明らかに、私に話し掛けているだろう、その人は。
そのまままるで見えているかの様に隣へスッと並び立つと、焦る私を他所にゆっくりと話し始めたのだ。
「君は。「生きる」という事を、どう思うね?」
えっ その 質問 ??
いきなり隣でズバリと本質的な質問を繰り出して来た、その老人は。
白いローブに元は何色なのか、判らない白髪、青味がかった深い灰色の瞳が印象的な人物である。
白の長老の一人だろうか。
そもそも、「長老」自体が何人いるのかも、知らないんだけど。
その質問に、どう答えたものか、そもそも答えた方がいいのか。
そんな事をつらつらと考えているうちに、再び老人の口が開く。
「長い、間。ここはずっと、このままだ。」
「いつからか、「神の一族」と言われている私達も心の底では、気が付いている。………その、「神の一族」が「そうでは無いかも知れない」という、事をな。」
静かな声だけが響く、黒の廊下。
芯があるその声に暗い色は少ないが、内容が内容だ。
私だってそう思わなかった、訳じゃないけど。
本人から、そう私に話すという事に、どういう意図があるのだろうか。
答えを待っている訳では無いのだろう、そのまま再び口を開く、彼の瞳はただ、真っ直ぐに。
向かい側にある、豪華な鏡に向けられている。
そこに映っているのは勿論、白いローブ、だけだ。
「長い、歴史の中で。沢山の事が、あった。其々抱えているものも、多い。言えない事も、沢山、ある。「神の血を繋いで行く事」、それに価値があると信じ、その為にはなんでもやってきた。」
「が、しかし。時は経ち、世界の繋がりは細り私達も短命になった。ここも昔は、こうではなかったのだがな。その「違い」すら、分からなくなってしまった者、見ないふりをしている者。そして次の世代は、何も教えられずに生きてゆく事。」
「「そうだな」「誰しもが何かを抱えて行くのだ」「辛い事など 生きていれば当たり前」、そんなやり取りは。何をも、生まぬし同じ事の繰り返しよ。」
くるりと白いローブが、こちらを向く。
「ここから。抜け出さねば、ならん。」
見えていない筈の、青鼠の瞳がはっきりと私を捉えた。
「が、しかし。お前さんなら解ろうが。「変えられない者」は、多い。それは普通の事、当たり前の事だ。ある意味、彼等も一生懸命走っていて。走るしか無いと思っていて、上を見る余裕が無いのだ。優雅に見える、その実、皆、やっている事は「同じ」なのだ。何処も、ここも。其々が、其々の場所で、ただ懸命に走っているだけだという事。」
そこで一度、言葉を切った彼は。
「解るな?」そんな、念押しの様な瞳で私をじっと見つめている。
見えていない筈だけれど「見えている」のだろう。
そう思って視線を投げると、向かい側には薄らと銀のローブも映っている。
私以外に、見えるのかは分からない。
でもきっと、この人には見えるんだろう。
何故だか、すんなりとそう感じられた自分に驚きつつ、ゆっくりと頷いていた。
そうして白ローブに視線を戻すと、ただ、返事を待つでも無い瞳がこちらを見ていて。
その「伝えようとしている色」を汲み取った私は、とりあえず言われた言葉を頭の中に並べ直し始めた。
言われた事は、なんとなくは、解る。
複雑に絡み合うこの、世界そのものの様な内容はこの頃ずっと、ぐるぐるぐるぐるしていた「それそのもの」に似ているからだ。
でも。
この、念を押してくる瞳に隠された意図は、何なのだろうか。
私に何か して欲しい?
いや?そんな雰囲気では、ないな?
『 ここから 抜け出さねば ならん 』
その時、パッと浮かんだのはこの言葉で。
「えっ?あなたが?私、が?「みんな」、ですよね??」
思わず訊き返した、その意図。
何度も思った、「変えたい」「抜け出したい」「抜け出して欲しい」という思い。
それを?
この人が、言うの??
きっと、そのまま顔に出ているであろう私に、返事が来る。
その深い青鼠は全てを含んだ色で、こう言った。
「いや。お前だけが、先に進むのだ。」
「えっ?」
思考停止の頭の中、その瞳の深さだけが、くるくると巡って。
私の頭が、理解したくないのか。
それを、飲み込みたく、ないのか。
ただ、静かな黒い廊下の気配だけが、静かに優しく沁み込んで来ていた。
謳ってからは。
この子も、前よりずっと、私に馴染んだから。
「彼も。ずっと、ずっと方法を模索していた。全てが書かれている書を探したり、長老達を抱き込もうとしたりな。このデヴァイが正常に機能する方法、「当たり前の在り方」でここが続いて行く方法を考えておった。が、しかし。」
「知っての通り。今は、こうなっている。実際、彼に何があってどういう経緯でそう、なったのか、私には分からぬ。先代の時の事だ。だがしかし、何か大事な物を盗られたか、脅されたか。………方法は幾らでもある。風も吹かぬ、時代であったからな。」
ボーッとその、瞳を見ながらただ耳に聴こえる低い声を、聴いていた。
え でも
待って?
「あの、その「彼」って…………?」
愚問にも思えるその質問を、せずにはいられなかった。
だって、ずっと。
「悪の枢軸」、そのものだと思っていた「彼」の事を、具体的に話す人はいなかったからだ。
だって
え?
みんな? もう 知っているものは いない
って? 言ってなかったっけ ??
改めて目の前の老人を、まじまじと見る。
失礼かとも思ったけど、もうそんな事は言ってられない。
いや、おじいちゃんの年齢とか、分かんないけど。
確かに?
この人、最高齢じゃ、ないだろうか…………???
本部長は知っているのか、フリジアから聞いたことはないとか、色んな事がぐるぐる回りつつも目だけは冷静に観察をしていた。
確かにこの人はエルバより歳上なのだろう。
この世界で見た、これまでの最高齢は多分エルバだと、思う。
えっ
デヴァイ短命説は?
いや、長生きしてくれるならその方がいいんだけど??
えっ なに どう、なってる の???
ぐるぐる、ぐるぐると渦巻き働き始めた私の頭、最期に口を開いたのが自分だったのか、彼だったのか。
それを思い出そうとしているうちに、再び皺の多い口元が動いた。
「彼が探していた方法は、見つからなかったのかも知れん。が、しかし。お前さんは、知っていよう?進むのだ。「次」へと。私達は救わなければならない「なにか」などではなく、お前の通る道にある景色だ。その、風景に同化したければここに居るが、良い。」
「全てを超えた、「なにか」が、見たければ。進むしか、無いのだ。」
「………。」
「それが「なに」かは、私には解らぬがな。或いは彼ならば………見えていたのかも知れないが、な。」
口は、開いていたと思う。
静かな、黒の廊下。
私達以外は誰も通らぬこの道を、返事を待たず静かに去って行く後ろ姿。
まじないのランプが、小刻みに振動しているのが解って。
今まで気付かなかった、その「気配」にホッとし辺りをきちんと目に映す。
銀の靴が映える黒の絨毯、濃密な毛足は踵の高さを程良く軽減して心地良く沈み込んでいるし。
黒光する棚のカーブ、彫刻が美しいこの調度は白の区画の側だからかシンプルな曲線の品の良いものだ。
「えっ?」
視界の端に揺らめくものが映り、咄嗟に振り向くとそれは。
「なんだ、………鏡……ってこれ、あのフリジアさんが言ってた…メルリナイトが…。」
鏡の中が、動くって。
こういうこと?
黒い靄が揺らめく様に緩りと動いて、しかしそれはすぐに止まってしまった。
もう一度、目を凝らして見ても、なんの動きも無いただの鏡である。
ただ、中身は黒いけど。
「えっ、でもあれって「窓」の話だったっけ?「鏡」じゃ、ないか??うん??まあ、どっちにしても空が、映れば。いい、けどね??」
最終的に、こんがらがった私の頭はいつもの美しいものを見る事で少し現実に戻っては、きたのだろう。
多分。だが、しかし?
具体的な、こたえは無い。
「結局…………えっ、うん?まあ、そういうことなんだ、よ、ねぇ…………?」
考えたい様な、考えたくない様な。
物凄く、重要なことを言われたのは、解る。
解るん、だけど。
複雑な気分の自分を把握して、しかしこの場に留まるのはまずいとそれだけは判断し、歩を進める。
あまり、意識は無かったけれど。
銀の靴が、きちんとフェアバンクスの空間に連れて行ってくれた様で、気が付いた時にはもう青のホールの光が見えて来ていた。
「えっ、流石。優秀………。」
そうしてそのまま、考えるポーズで固定されていた顔を上げ、青の空間へ進んで行ったのである。
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