上 下
721 / 1,483
8の扉 デヴァイ

男達の空模様

しおりを挟む

「それじゃあ結局、ガラスその話はしなかったのか?」

「そうですね。」

楽しそうにヨルの話を報告しているのはアリススプリングスだ。

今日はいつもの書斎で、男ばかりが集まり祭祀の最終確認をしている。


ニヤニヤしながらそう報告しているアリススプリングスは、初めの頃に比べれば大分砕けた雰囲気だ。
隣で小突かれているブラッドフォードと、仲が良さそうでなによりである。
きっとブラッドフォードはヨルに惚れているし、こいつら銀が味方ならば。
動きやすいし、融通も効く。

なにしろ「一位」からのお達しが、出たならば。

一応、参加する女達は少しは増えるだろう。
きっと、ヨルとしてはもっと参加して欲しいのだろうが、二人の話を聞くとそうも行かない様子も、判る。

しかし、そこまでの話を聞きながら「あの子は相変わらず暴れてきたんだな」と思っていた。


「一応、通達は出すつもりでいます。だが、何処まで話が通るか。グロッシュラー向こうへ行くだけならまだしも、貴石が参加しますからね。今回も。」

「お前さんは大丈夫なのか?」

「…………多分?一応、私に表立った婚約者は…いませんから。」

こちらを見ずに話をしている白衣の眼鏡、それを見つつもチラリとブラッドフォードに視線を飛ばしたアリス。
俺の見立てでは、始めアリススプリングスがヨルを婚約者にしようとしていた筈だ。

それが、ブラッドフォードになった。

この二人の間が元通りになったなら、問題無いのだろうが。
しかしあの子が心配していた、「向こうの青の少女」はどうなるのだろうか。

しかし、そんな俺の心配を他所に祭祀の話は進んで行く。


「とりあえず貴石と場所を分けられないですかね?そうすればかなり女も参加できると思うんだが…。しかしさて、それだけ通達する意図が………。」
「まあ、暗黙の了解だろうよ。」

「まぁな。」

「それにしても、堂々と「光を降らせる本人です」と。そうも言っていたが、大丈夫か、あの子は。」

「は?………いや、まあもう承知だろうが。あいつは本当に………。」

アリスの言葉にやっと顔を上げ、ブツクサ言うウイントフーク。
しかし、ヨルを一人で放り込んだならば仕方の無い事だろう。
千里あいつには、あいつの考えがあるんだろうしな。

今日の面子は銀の二人にいつものラガシュ、レシフェ、ハーゼルと気焔も呼んでいる。
祭祀の話だからか。

今回もヨルは一人で祈る筈だ。

ウイントフークは勿論、ヨルの側だろうし気焔は今回も神殿側に行くのだろうか。
そんな事を考えていると、ハーゼルが怪しげな噂の話をし始めた。


「でも、やっぱり予想の範囲内なんでしょう?ガラスの事が噂になってる。しかもあの子が着けてるんだ。おまじないだか、占いだかの話で女達が浮き足立ってるって、一部ではそうなってる。」

「睨まれている、と?」
「まあ、まだそこまでじゃないかもだけどね。でも女達が騒めき出して、きっと焦ってるんじゃないかな?」

「ふぅむ。」

腕組みをして歩き始めるウイントフーク。
それを見て頷きながら、アリスが請け負っているが状況はあまり芳しくなさそうである。

「一応。女もいた方が、力が回ると。それも付け加えておこう。」

で、参加できるといいんだがな………今後向こうへ行く事を、良く思わない連中も多かろうよ。」
「まあ何もしないよりはマシなんじゃないですか?」

「まぁな。」

「それで?配置はどうする?」
「ウェストファリアとイストリアに任せているが、一応リストはある筈だ。祭祀までには………」



詳細を詰め始めた所で、書斎に千里が入って来た。

珍しい。
いつもはこの場に顔を出さないあの男は、俺達とは距離を取り壁際で話を聞いている。

しかしこの書斎は見通しが悪い。
背の高いあいつの頭は飛び出ているが、気を付けて見ないとみんなは気が付いていないだろう。

あの同類一人を、除いては。


「では、旧い神殿側は私。気焔とブラッドフォードについてはヨル本人に確認してからだ。一応、誰か偵察には来るかも知れんが…それにアリスがいれば、そっちは大丈夫だろう。」

「ああ、できるだけ長老達の動きは探っておく。」
「できれば女達の名簿があればいいんだが………」
「それは難しいかもな。」

気焔はずっと無言だが、今回はヨルの側にいるのだろうか。

前回の祭祀と違い、シンはいない。
何かあったら、と思わなくもないが向こうで何かあった時、一番あの子と繋がっているのも気焔だ。
ヨルはどうするだろうか。


しかし、そんな事を俺が一人で考えているうちに話は纏まった様だ。

挨拶をして、皆が出て行く部屋の中何故だか残ったのはヨルの石達。
向こうの壁際とこちらの壁際に、何故かあの二人がそのまま立っていた。



依るあいつが。ラピスで言っていた事を、聞いたか?」

「いや?何の話だ?」

徐ろに口を開いたのは、千里だ。

相変わらず顔を上げずに返事をするウイントフークは、二人が残っている事を気付いていたのか。
それともあいつなら、誰が残っていても気にしてないのかも知れないが。

「あいつの「やりたいこと」とやらだ。」

「いいや?それが何か?」

気のないフリをして、ピクリと眼鏡と眉が上がったのを俺は見逃さなかった。
珍しく静かな千里の声色に、ウイントフークも何か気付いたのだろうか。

「何かを、真に望むとしたらそれは何なのか。そう、友人と話していたんだが。「欲しいもの」や「なりたいもの」、そんな内容だったか。それを依るがそれなりにきちんと考え、出てきたもの。それが、「ただ神性な空間で祈り在ること」だった。本人は多分、気付いてないがな。………完全に、無意識だ。」

「……………そうか。」

千里を真っ直ぐに見ているウイントフーク。

珍しくただ、立ち尽くすの白衣。
ウロウロとも、せずただ真っ直ぐに紫の瞳を見て何かを探っているのか、考えているのか。

しかし俺にはその発言の意味は、分からない。

「ただ祈り在ること」それは、あの子がいつもやっている様な気も、するし。
特段、わざわざ言う様な事でもないと、思えたのだ。

だが、ウイントフークの次の言葉で「その意味」を知る。

確かには。

この作戦の本部長には、必要な報告だったのだ。


「あいつは………意識せずとも、運命だと?いう事なのか。…………いいや、解って、いる。」

瞬時に悟った、ウイントフークの視線の先は金の瞳へ移っている。

そう、ヨルは意識せずとも「この世界の軸となる」ことと、同義の「夢」を。
語ったのだ。

いいや、それは「夢」なのか、なんなのか。

偶然の一致か、はたまた…………神の。

悪戯、なのか?


あの子が?自ら?

この世界の、「生贄」になる、と?


「誰にも、言っていないな?」

あの娘エローラだけは、知っているが?」
「ああ、あそこは大丈夫だ。」


しかし、それ以上についてこいつらが相談する事は無かった。

静かになった部屋の中、いつの間にか姿を消していたあの石達。

ウイントフークは。
どう、するつもりなのだろうか。


「どう、するんだ?」

愚問なのかも、知れない。
しかし、訊かずにはいられなかった。

「…………どうも、せんよ。あいつらに関しては。「なる様に、なる」のだろう。」

「まぁな………。」

確かに。

きっと、あの子の望まぬ未来など描いている筈がないのだ。
あの、石達は。

きっと其々の、存在に、かけて。


「とりあえず、楽しみだな?」

「ああ。今回も、どうなる事やら…。」

ある意味俺は気楽だ。
実際問題、できる事が少ないというのも、あるが。

あの子がどうやって、何をやらかすのか。

ある意味楽しみになってきているとは、こいつ本部長の前では、言い辛いがな。


そうして再び、資料に埋没し始めた白衣を放って俺も仕事に行く事にした。
祭祀まで、きっと情報は沢山取れる筈だ。


青の廊下に出て、何故だか軽い心の中を思う。
するとあの子が食堂から出て来たのが見え、ついて行く事にした。

そう、いつだってあの子の側が。
一番、居心地が良いからな。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

甘灯の思いつき短編集

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:5

evil tale

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:22

レナルテで逢いましょう

SF / 連載中 24h.ポイント:476pt お気に入り:1

黄色いレシート

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:228pt お気に入り:0

無表情な私と無愛想な君とが繰り返すとある一日の記録

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:369pt お気に入り:0

如月さん、拾いましたっ!

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:540pt お気に入り:1

処理中です...