721 / 1,740
8の扉 デヴァイ
男達の空模様
しおりを挟む「それじゃあ結局、ガラス話はしなかったのか?」
「そうですね。」
楽しそうにヨルの話を報告しているのはアリススプリングスだ。
今日はいつもの書斎で、男ばかりが集まり祭祀の最終確認をしている。
ニヤニヤしながらそう報告しているアリススプリングスは、初めの頃に比べれば大分砕けた雰囲気だ。
隣で小突かれているブラッドフォードと、仲が良さそうでなによりである。
きっとブラッドフォードはヨルに惚れているし、こいつら銀が味方ならば。
動きやすいし、融通も効く。
なにしろ「一位」からのお達しが、出たならば。
一応、参加する女達は少しは増えるだろう。
きっと、ヨルとしてはもっと参加して欲しいのだろうが、二人の話を聞くとそうも行かない様子も、判る。
しかし、そこまでの話を聞きながら「あの子は相変わらず暴れてきたんだな」と思っていた。
「一応、通達は出すつもりでいます。だが、何処まで話が通るか。グロッシュラーへ行くだけならまだしも、貴石が参加しますからね。今回も。」
「お前さんは大丈夫なのか?」
「…………多分?一応、私に表立った婚約者は…いませんから。」
こちらを見ずに話をしている白衣の眼鏡、それを見つつもチラリとブラッドフォードに視線を飛ばしたアリス。
俺の見立てでは、始めアリススプリングスがヨルを婚約者にしようとしていた筈だ。
それが、ブラッドフォードになった。
この二人の間が元通りになったなら、問題無いのだろうが。
しかしあの子が心配していた、「向こうの青の少女」はどうなるのだろうか。
しかし、そんな俺の心配を他所に祭祀の話は進んで行く。
「とりあえず貴石と場所を分けられないですかね?そうすればかなり女も参加できると思うんだが…。しかしさて、それだけ通達する意図が………。」
「まあ、暗黙の了解だろうよ。」
「まぁな。」
「それにしても、堂々と「光を降らせる本人です」と。そうも言っていたが、大丈夫か、あの子は。」
「は?………いや、まあもう承知だろうが。あいつは本当に………。」
アリスの言葉にやっと顔を上げ、ブツクサ言うウイントフーク。
しかし、ヨルを一人で放り込んだならば仕方の無い事だろう。
千里には、あいつの考えがあるんだろうしな。
今日の面子は銀の二人にいつものラガシュ、レシフェ、ハーゼルと気焔も呼んでいる。
祭祀の話だからか。
今回もヨルは一人で祈る筈だ。
ウイントフークは勿論、ヨルの側だろうし気焔は今回も神殿側に行くのだろうか。
そんな事を考えていると、ハーゼルが怪しげな噂の話をし始めた。
「でも、やっぱり予想の範囲内なんでしょう?ガラスの事が噂になってる。しかもあの子が着けてるんだ。おまじないだか、占いだかの話で女達が浮き足立ってるって、一部ではそうなってる。」
「睨まれている、と?」
「まあ、まだそこまでじゃないかもだけどね。でも女達が騒めき出して、きっと焦ってるんじゃないかな?」
「ふぅむ。」
腕組みをして歩き始めるウイントフーク。
それを見て頷きながら、アリスが請け負っているが状況はあまり芳しくなさそうである。
「一応。女もいた方が、力が回ると。それも付け加えておこう。」
「それで、参加できるといいんだがな………今後向こうへ行く事を、良く思わない連中も多かろうよ。」
「まあ何もしないよりはマシなんじゃないですか?」
「まぁな。」
「それで?配置はどうする?」
「ウェストファリアとイストリアに任せているが、一応リストはある筈だ。祭祀までには………」
詳細を詰め始めた所で、書斎に千里が入って来た。
珍しい。
いつもはこの場に顔を出さないあの男は、俺達とは距離を取り壁際で話を聞いている。
しかしこの書斎は見通しが悪い。
背の高いあいつの頭は飛び出ているが、気を付けて見ないとみんなは気が付いていないだろう。
あの同類一人を、除いては。
「では、旧い神殿側は私。気焔とブラッドフォードについてはヨル本人に確認してからだ。一応、誰か偵察には来るかも知れんが…それにアリスがいれば、そっちは大丈夫だろう。」
「ああ、できるだけ長老達の動きは探っておく。」
「できれば女達の名簿があればいいんだが………」
「それは難しいかもな。」
気焔はずっと無言だが、今回はヨルの側にいるのだろうか。
前回の祭祀と違い、シンはいない。
何かあったら、と思わなくもないが向こうで何かあった時、一番あの子と繋がっているのも気焔だ。
ヨルはどうするだろうか。
しかし、そんな事を俺が一人で考えているうちに話は纏まった様だ。
挨拶をして、皆が出て行く部屋の中何故だか残ったのはヨルの石達。
向こうの壁際とこちらの壁際に、何故かあの二人がそのまま立っていた。
「依るが。ラピスで言っていた事を、聞いたか?」
「いや?何の話だ?」
徐ろに口を開いたのは、千里だ。
相変わらず顔を上げずに返事をするウイントフークは、二人が残っている事を気付いていたのか。
それともあいつなら、誰が残っていても気にしてないのかも知れないが。
「あいつの「やりたいこと」とやらだ。」
「いいや?それが何か?」
気のないフリをして、ピクリと眼鏡と眉が上がったのを俺は見逃さなかった。
珍しく静かな千里の声色に、ウイントフークも何か気付いたのだろうか。
「何かを、真に望むとしたらそれは何なのか。そう、友人と話していたんだが。「欲しいもの」や「なりたいもの」、そんな内容だったか。それを依るがそれなりにきちんと考え、出てきたもの。それが、「ただ神性な空間で祈り在ること」だった。本人は多分、気付いてないがな。………完全に、無意識だ。」
「……………そうか。」
千里を真っ直ぐに見ているウイントフーク。
珍しくただ、立ち尽くすだけの白衣。
ウロウロとも、せずただ真っ直ぐに紫の瞳を見て何かを探っているのか、考えているのか。
しかし俺にはその発言の意味は、分からない。
「ただ祈り在ること」それは、あの子がいつもやっている様な気も、するし。
特段、わざわざ言う様な事でもないと、思えたのだ。
だが、ウイントフークの次の言葉で「その意味」を知る。
確かにそれは。
この作戦の本部長には、必要な報告だったのだ。
「あいつは………意識せずとも、そうなる運命だと?いう事なのか。…………いいや、解って、いる。」
瞬時に悟ったその意味、ウイントフークの視線の先は金の瞳へ移っている。
そう、ヨルは意識せずとも「この世界の軸となる」ことと、同義の「夢」を。
語ったのだ。
いいや、それは「夢」なのか、なんなのか。
偶然の一致か、はたまた…………神の。
悪戯、なのか?
あの子が?自ら?
この世界の、「生贄」になる、と?
「誰にも、言っていないな?」
「あの娘だけは、知っているが?」
「ああ、あそこは大丈夫だ。」
しかし、それ以上それについてこいつらが相談する事は無かった。
静かになった部屋の中、いつの間にか姿を消していたあの石達。
ウイントフークは。
どう、するつもりなのだろうか。
「どう、するんだ?」
愚問なのかも、知れない。
しかし、訊かずにはいられなかった。
「…………どうも、せんよ。あいつらに関しては。「なる様に、なる」のだろう。」
「まぁな………。」
確かに。
きっと、あの子の望まぬ未来など描いている筈がないのだ。
あの、石達は。
きっと其々の、存在に、かけて。
「とりあえず、楽しみだな?」
「ああ。今回も、どうなる事やら…。」
ある意味俺は気楽だ。
実際問題、できる事が少ないというのも、あるが。
あの子がどうやって、何をやらかすのか。
ある意味楽しみになってきているとは、こいつの前では、言い辛いがな。
そうして再び、資料に埋没し始めた白衣を放って俺も仕事に行く事にした。
祭祀まで、きっと情報は沢山取れる筈だ。
青の廊下に出て、何故だか軽い心の中を思う。
するとあの子が食堂から出て来たのが見え、ついて行く事にした。
そう、いつだってあの子の側が。
一番、居心地が良いからな。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる