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8の扉 デヴァイ
男達の空模様
しおりを挟む「それじゃあ結局、ガラス話はしなかったのか?」
「そうですね。」
楽しそうにヨルの話を報告しているのはアリススプリングスだ。
今日はいつもの書斎で、男ばかりが集まり祭祀の最終確認をしている。
ニヤニヤしながらそう報告しているアリススプリングスは、初めの頃に比べれば大分砕けた雰囲気だ。
隣で小突かれているブラッドフォードと、仲が良さそうでなによりである。
きっとブラッドフォードはヨルに惚れているし、こいつら銀が味方ならば。
動きやすいし、融通も効く。
なにしろ「一位」からのお達しが、出たならば。
一応、参加する女達は少しは増えるだろう。
きっと、ヨルとしてはもっと参加して欲しいのだろうが、二人の話を聞くとそうも行かない様子も、判る。
しかし、そこまでの話を聞きながら「あの子は相変わらず暴れてきたんだな」と思っていた。
「一応、通達は出すつもりでいます。だが、何処まで話が通るか。グロッシュラーへ行くだけならまだしも、貴石が参加しますからね。今回も。」
「お前さんは大丈夫なのか?」
「…………多分?一応、私に表立った婚約者は…いませんから。」
こちらを見ずに話をしている白衣の眼鏡、それを見つつもチラリとブラッドフォードに視線を飛ばしたアリス。
俺の見立てでは、始めアリススプリングスがヨルを婚約者にしようとしていた筈だ。
それが、ブラッドフォードになった。
この二人の間が元通りになったなら、問題無いのだろうが。
しかしあの子が心配していた、「向こうの青の少女」はどうなるのだろうか。
しかし、そんな俺の心配を他所に祭祀の話は進んで行く。
「とりあえず貴石と場所を分けられないですかね?そうすればかなり女も参加できると思うんだが…。しかしさて、それだけ通達する意図が………。」
「まあ、暗黙の了解だろうよ。」
「まぁな。」
「それにしても、堂々と「光を降らせる本人です」と。そうも言っていたが、大丈夫か、あの子は。」
「は?………いや、まあもう承知だろうが。あいつは本当に………。」
アリスの言葉にやっと顔を上げ、ブツクサ言うウイントフーク。
しかし、ヨルを一人で放り込んだならば仕方の無い事だろう。
千里には、あいつの考えがあるんだろうしな。
今日の面子は銀の二人にいつものラガシュ、レシフェ、ハーゼルと気焔も呼んでいる。
祭祀の話だからか。
今回もヨルは一人で祈る筈だ。
ウイントフークは勿論、ヨルの側だろうし気焔は今回も神殿側に行くのだろうか。
そんな事を考えていると、ハーゼルが怪しげな噂の話をし始めた。
「でも、やっぱり予想の範囲内なんでしょう?ガラスの事が噂になってる。しかもあの子が着けてるんだ。おまじないだか、占いだかの話で女達が浮き足立ってるって、一部ではそうなってる。」
「睨まれている、と?」
「まあ、まだそこまでじゃないかもだけどね。でも女達が騒めき出して、きっと焦ってるんじゃないかな?」
「ふぅむ。」
腕組みをして歩き始めるウイントフーク。
それを見て頷きながら、アリスが請け負っているが状況はあまり芳しくなさそうである。
「一応。女もいた方が、力が回ると。それも付け加えておこう。」
「それで、参加できるといいんだがな………今後向こうへ行く事を、良く思わない連中も多かろうよ。」
「まあ何もしないよりはマシなんじゃないですか?」
「まぁな。」
「それで?配置はどうする?」
「ウェストファリアとイストリアに任せているが、一応リストはある筈だ。祭祀までには………」
詳細を詰め始めた所で、書斎に千里が入って来た。
珍しい。
いつもはこの場に顔を出さないあの男は、俺達とは距離を取り壁際で話を聞いている。
しかしこの書斎は見通しが悪い。
背の高いあいつの頭は飛び出ているが、気を付けて見ないとみんなは気が付いていないだろう。
あの同類一人を、除いては。
「では、旧い神殿側は私。気焔とブラッドフォードについてはヨル本人に確認してからだ。一応、誰か偵察には来るかも知れんが…それにアリスがいれば、そっちは大丈夫だろう。」
「ああ、できるだけ長老達の動きは探っておく。」
「できれば女達の名簿があればいいんだが………」
「それは難しいかもな。」
気焔はずっと無言だが、今回はヨルの側にいるのだろうか。
前回の祭祀と違い、シンはいない。
何かあったら、と思わなくもないが向こうで何かあった時、一番あの子と繋がっているのも気焔だ。
ヨルはどうするだろうか。
しかし、そんな事を俺が一人で考えているうちに話は纏まった様だ。
挨拶をして、皆が出て行く部屋の中何故だか残ったのはヨルの石達。
向こうの壁際とこちらの壁際に、何故かあの二人がそのまま立っていた。
「依るが。ラピスで言っていた事を、聞いたか?」
「いや?何の話だ?」
徐ろに口を開いたのは、千里だ。
相変わらず顔を上げずに返事をするウイントフークは、二人が残っている事を気付いていたのか。
それともあいつなら、誰が残っていても気にしてないのかも知れないが。
「あいつの「やりたいこと」とやらだ。」
「いいや?それが何か?」
気のないフリをして、ピクリと眼鏡と眉が上がったのを俺は見逃さなかった。
珍しく静かな千里の声色に、ウイントフークも何か気付いたのだろうか。
「何かを、真に望むとしたらそれは何なのか。そう、友人と話していたんだが。「欲しいもの」や「なりたいもの」、そんな内容だったか。それを依るがそれなりにきちんと考え、出てきたもの。それが、「ただ神性な空間で祈り在ること」だった。本人は多分、気付いてないがな。………完全に、無意識だ。」
「……………そうか。」
千里を真っ直ぐに見ているウイントフーク。
珍しくただ、立ち尽くすだけの白衣。
ウロウロとも、せずただ真っ直ぐに紫の瞳を見て何かを探っているのか、考えているのか。
しかし俺にはその発言の意味は、分からない。
「ただ祈り在ること」それは、あの子がいつもやっている様な気も、するし。
特段、わざわざ言う様な事でもないと、思えたのだ。
だが、ウイントフークの次の言葉で「その意味」を知る。
確かにそれは。
この作戦の本部長には、必要な報告だったのだ。
「あいつは………意識せずとも、そうなる運命だと?いう事なのか。…………いいや、解って、いる。」
瞬時に悟ったその意味、ウイントフークの視線の先は金の瞳へ移っている。
そう、ヨルは意識せずとも「この世界の軸となる」ことと、同義の「夢」を。
語ったのだ。
いいや、それは「夢」なのか、なんなのか。
偶然の一致か、はたまた…………神の。
悪戯、なのか?
あの子が?自ら?
この世界の、「生贄」になる、と?
「誰にも、言っていないな?」
「あの娘だけは、知っているが?」
「ああ、あそこは大丈夫だ。」
しかし、それ以上それについてこいつらが相談する事は無かった。
静かになった部屋の中、いつの間にか姿を消していたあの石達。
ウイントフークは。
どう、するつもりなのだろうか。
「どう、するんだ?」
愚問なのかも、知れない。
しかし、訊かずにはいられなかった。
「…………どうも、せんよ。あいつらに関しては。「なる様に、なる」のだろう。」
「まぁな………。」
確かに。
きっと、あの子の望まぬ未来など描いている筈がないのだ。
あの、石達は。
きっと其々の、存在に、かけて。
「とりあえず、楽しみだな?」
「ああ。今回も、どうなる事やら…。」
ある意味俺は気楽だ。
実際問題、できる事が少ないというのも、あるが。
あの子がどうやって、何をやらかすのか。
ある意味楽しみになってきているとは、こいつの前では、言い辛いがな。
そうして再び、資料に埋没し始めた白衣を放って俺も仕事に行く事にした。
祭祀まで、きっと情報は沢山取れる筈だ。
青の廊下に出て、何故だか軽い心の中を思う。
するとあの子が食堂から出て来たのが見え、ついて行く事にした。
そう、いつだってあの子の側が。
一番、居心地が良いからな。
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