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8の扉 デヴァイ

私達の持つ 力

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空になった、金彩のカップ。
視線のやり場に困って、隣の椅子に置いたままのヴェールを見る。

そう言えば、このガラスの話をするんだと思ってたけど。


一応、開き直ってお茶を飲んでいたのだけれど、それも飲み終わって暫く。
カップには、澱が残るのみだ。

向かいの二人は。
目で会話しているのか、頷き合ったり考え込んだり。
その様子を見ながら、「仲直りはしたのね」と少し安心して様子を窺っていた。


「失礼だったかな」
「そもそも話が通じてるのか」
「でも搾取してるのは事実だし、差別してるのも事実」
「ブラッドが後で怒られないかな」
「ていうか結局、この人はいい人なのか悪い人なのか」
「アラルに会ってるかな」

私のぐるぐるが、徐々に明後日の方向へ行き始めた、丁度その時。

何故だか、始めに口を開いたのはブラッドフォードだった。


「あー、ヨル。俺達は別に「このまま」でいいと、思っている訳では無い。」

ん?

目を合わせた青い瞳は、意味深にじっとこちらを見て、いたから。
何故だか少し、気まずくなって隣の灰色の瞳を見る。

うん、こっちは通常運転だ。

「ウイントフークとも、話しているが。問題は、多い。しかし、すぐに変えられるものも、少ないのだ。」

そう言って隣を見る、アリススプリングス。
それに続けて再びブラッドが口を開く。

「全てが「悪い」、訳では無いと。この間も、話しただろう?」
「この間?」
「ほら、あの。………双方の意思疎通が、ってやつだ。」

「え。」

うん、まあ、はい。
え?でも今その話、してたっけ???

自然と赤くなっただろう、頬をピタピタと冷ましながら助けを求めて隣の瞳を見たのだけれど。

「えっ。」

完全に、揶揄いの瞳を向けているアリススプリングスに、逆に恥ずかしさが何処かへ行った。
何故この人が、こんな顔をしているのだろうか。

まさか、話したの??
ウソでしょ??

「まあ、貴石そこ以外にも問題はあると思っている。」

何故かいい顔で返事をする、灰色の瞳が緩い。

「君が言う、「差別」の話もやはり根深い問題だ。………しかし私も気付いたのは最近だがな。君とウイントフークが来た事、そして屋敷の様子が変化した事。色合わせをした後、屋敷が騒ぎ、またこの頃の変化もある。」

「?」

アリススプリングスの屋敷?
あの、おかしな絵が沢山ある所だよね??

灰色と青、両の瞳を交互に、見る。

「ヨルは各家の場所も繋いでいるのだろう?」
「それもあるな。」

「家の奥が、変化しているという事か。」

「………そうだろうな。」

私の視線を受けつつ、二人は怪し気な話を始めている。

そう、きっとそれは。
あの長がいると言う秘密の場所なのでは、なかろうか。


その後もボソボソと二人は話していたが、半分考え事をしていた私の耳にはあまり聴こえていなかった。

結局?
何が、返事だったんだっけ………?

自分で話を散らかした気がしなくもないが、結局この二人が今、話しているのは。

この、世界の存続の話?

それとも、長のこと?

祭祀は、どこ行ったんだっけ??

そもそも私が、「違い」を持ち出したのがいけなかったのかな………。


視界の端に、金茶の髪の動きが映り顔を上げる。
どうやら二人の話は終わった様で、徐ろに腕組みをしたアリススプリングス。

しかし、総括する様に纏められたその言葉はなんだか振り出しに戻った様な。
そんな、言葉だったのだ。

「そもそも今度は夜に実施する。各家での許可が出る可能性は低い。少しでも参加できれば、それで良しとしよう。そもそも君とここの女達は、からな。」

「おい。」

ブワリと自分の中が塗り変わった気がして、背後を振り返った。
私より、先に口を開いたのが千里だったからだ。



その、アリススプリングスの言葉を聞いて。

一瞬で燃える様な色に変化した自分の中、きっとそれが分かった千里は私に注意を促した筈だ。

その紫を見て、一息吐く。

ここで問題を起こすのは、悪手だ。
この人には、祭祀の許可を出して貰わなければならないし。

「解ってもらえない」なんて、それは。
ある意味、当然のことだからだ。


「ヨル…」

心配そうなブラッドの声、しかし今、顔を上げることはできない。
まだ。
私の瞳にはきっと、あの焔の様な「色」が燃えているに違いないのだ。

まず、私の中で整理しなければ、ならない。
私の中の、この燃え上がる「想い」を。

そう思って、とりあえず頭を冷やす様に目を、閉じた。



どう、する?
「解ってもらう」?

いいや、それは。
すぐにできる事でも、ないんだ。
それは散々、これまでで解った筈だ。

私と他の人が「違う」、そう、それは。

「事実」だし、別にそれがいいとか、悪いとか。
この人は、言った訳ではない。

そうなの。「違う」のは「事実」なんだ。

でも。
だからこそ、「違う色」が必要で。

「大きさ」とか「色」とか「質」とかでも、なくて。

「違うからこそ」、同時に存在しそれぞれの持ち場に在ることが、大切なんだ。

それを、どう説明する?
いや、そもそも。

説明しなきゃ、いけないの?


でも………。

このまま、とりあえず祭祀を進める事はできるだろう。
「やってもらうだけ」なら、それでいい。

結果が出れば、少しは進歩するだろう。
それも、分かるんだ。

でも、なんだろうか。

この「このままにする」ことの、モヤモヤ感。

やらなきゃ解らない、それも分かるんだけど。
なんとなく、「無視して進める」のが、気になるんだろうか。

探せ。

自分の「なか」の、「違和感」を。


そうして私はチラリと青い瞳に「大丈夫」の視線を飛ばすと。

向かいのあの人を無視して、いつもの様に「トプン」と自分の中へ潜って行った。




くるくる、くるくると回る自分の「なかみ」、沢山の色、様々な時代ときの流れの、中で。

鮮やかに光る色から細やかに流れる色まで、様々な景色が辺りを囲み、私の周りにその「想いいろ」を晒している。


きっと、いつでも。
どんな小さな、光でも。

なんでも真面目に、真摯にやっていた人はいた筈なんだ。

男女、身分、関係無く。


でも。

「無駄だ」「報われない」「意味が無い」

そんな風潮が、これまではきっと普通で。

埋もれてしまった小さな仕事、歌、詩、絵や沢山の生まれかけの芸術達。
もしかしたら小さなまじないだったかも、知れない。

こんな、「花が謳う」様な。
きっと、なんて事ない、日常の風景も。

私だって、思う。

「一人で謳ってたって」「どうにもならない」
「何も起こらない」「意味が無い」

そんな風に、思う事だってある。
弱気な日だって勿論、あるけれど。

でも。

「やらずに、諦めるのは。………違う、って言うか。謳う、だけなら、タダだし。」

そう思えるのはやはり環境なのか、それとも繋がりが、あったからなのか。 
憶えていなくとも、いたからなのか。


これまでずっと、小さな光を、繋いで。

今は、それが微かな光でも。

始めはいつだってきっと、小さな成功で小さな喜びで。
が積み重なって、「できる」「やれる」という自信になる。

そうしてもう少し、大きな光になって。

そうやって。

きっと「カタチに して」きたんだ。
子供の頃から、きっと、ずっと。


「まじないの発現」、それはイストリアの店でもチラリと考えた。

「疑い」が、あれば。
「疑問」「私なんて」という思いがあれば、発現しないだろうと、いうこと。

「カタチ」にする、とは。

「具現化」する、とは。

「なにが」「足りない」んだろうか。


「私」と「ここの女性」の、「違い」は。
決定的には、何なのだろうか。


「具現化」「イメージ」「物質」「まじない」
「チカラの大きさ」「質」

 もの とは

 いきもの とは

 人間 とは。

私達は、「どういう存在」で「何の為に」ここに、在る?

どうして。
どの、世界でも。

こうして比べ合って、争うんだろうか。

そうする理由、そうさせているものが何か、あるの?


ふと、さっき見た青い瞳を思い浮かべる。
その隣の、青い、花も。

揺れる青い瞳、揺れる青い花。

花達は、私達とは違うスパンを生きる、ものだ。
種から発芽し、上に伸びて、この空の無い世界でもきちんと「上に」伸びる。

どうしてなんだろうか。


ふと意識を外に移すと、誰も何も喋らない温室の中、青い瞳はただ静かに私の事を観察しているのが分かる。

あの人からは。

私も、花の様に、見える?
人間?
それとも、なにか力を溜める、もの?

観察していると。

なにか、解るのだろうか。


人間ひとも、赤ちゃんから大人になって大きく、上に伸びる。
太陽に向かって伸びているの?
光合成は、しないけど?

でもきっと、お日様がないと健康には育たなそう…。

人間も、植物も。
チラリと視線を下ろして見る腕、きっとこの石達だって「生きて」いて、成長している筈だ。

私達は「上に伸びて」「大きくなって」「生と死」をそれぞれのスパンで繰り返し、「生きて」いて。

それは何を、意味しているんだろうか。


「生きる」って、なに?

この旅の序盤であの子に訊かれた、あの言葉。


『何の為に生まれたの。なにをするの。なにも、しないの。ただ、生まれて、生んで死ぬの?』


その時咄嗟に答えた「私のその時の答え」は。
確か「私は私の為に」だった気がする。

ある意味、それは正解だったんだろう。

でも、ここまで来て。
「それだけ」じゃ、ない事だって分かるんだ。


「今」、アリスこの人に、言っておきたいこと、必要な事はなんだ?

「変えられない」
「変えようとしないこと」
「それぞれの道を」
「私の道」


 しかし、全てはきっと。

  交わって、時に離れ、寄り添い

  そうして  それぞれの 「いろ」を

  見て  認識して

     認めて    尊重 を。


  する べき

いや

  して欲しい  よね?


パッチリと目を開け、この空間に戻り正面の四つの瞳と背後の紫、私たちを囲む花達を認識、する。

多分、このまじないの花達は私がいくら謳っても元気にはなるが成長はしないのだろう。

でも。
細やかに揺れながら「そう」「いいんだよ」「それで」「ありのままで」と。

言っているのは、解る。

聴こえる訳じゃ、ない。
でも、「感じる」んだ。

だって、きっと「そういうこと」、だよね?


「あなたにその気が、あるのならば。全区画に「参加する様」通達して下さい。それでも参加できないのなら、仕方ないですけど。でも。」

「どんな色、でも。「違う」からこそ、貴重で、希少で尊重される理由があるんだ。私達が道具でなく人間ひとであって、あなたもで、あるならば。どの人も、同じ。人を人とも思わない人は、人間ひとではないんだ。」

「私が光を降ろす理由は、初めから変わってません。ただ、上を向いて欲しいから。気が付いて、欲しいから。空のコップを、少しでも満たしたいから。それは、どの人に対しても、…人以外でも全てのものに、です。自己満足かも知れないけど、「それ」が私のやりたいことだから。どうするのかは、任せます。でも、「降らせる本人」からの要望は、これです。」

「よろしくお願いします。」

そう、言って。

ペコリと、頭を下げたんだ。





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