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8の扉 デヴァイ
温室にて
しおりを挟むあれから。
祭祀の支度で殆ど顔を見ていない本部長、狐は行く先々でしれっとその鮮やかな色を晒している。
私の見張りでも、しているのだろうか。
いや、きっとそうなんだろうけど。
フリジアとイストリア、二人と話した私は少し落ち着いてきてはいたが、何故だか感じる少しの「物足りなさ」と共に大人しく過ごしていた。
一応、自分の中での整理はついたつもりでいる。
けれども。
「なにか」が、一歩、足りない気がするのも、事実である。
「なんだ、ろうな…………?」
青のホールでボーッと、天井近くを舞う蝶と鳥達を見ていた。
今日も色とりどりのスピリットが舞う空間は、私に癒しと鮮やかな色彩を齎していて。
もう、何も足りないものなど、無い様な。
そんな気は、するのだけれど。
うーーーーーーーん。
なにが 。
足りないんだろう か。
フワフワと幻想的な空間、白と青のコントラストが頭の中をスッキリとさせては、くれる。
「私の神域」へも、あれから毎日行っているし。
あの色も、昨日…………
あばばばばば………
「いや、違うのよ。なんだ、なんか「なまもの」?、みたいな?もっと、こう動き?なの?それとも、お日様?じゃあグロッシュラー??…………でもなんかそれも。………違うんだよなぁ………???」
「おい。」
「う、ヒョッ?!」
「お前、その声はどうなんだ。」
「いや、急に背後から現れないでよ。」
ホールのベンチにいつもの様に「グダリ」としていた頭上に、突然差した大きな影。
そう、人型になった千里だ。
「なに?どうしたの?」
見張りは止めたのか、隣に座った紫の瞳を見てそう尋ねる。
しかし、無言で差し出されたその大きな手には一枚の美しい便箋が握られていた。
「手紙?メモ?」
「開けてみろ」と目で言う極彩色の色を受け取り、とりあえず開いて見る。
「明日、披露目の茶会の場所で」
ブラッドフォード
「ん?どういう事?」
「さあ。」
「披露目の茶会の場所、って銀だよね?ん?て、事は………???」
あの、温室みたいな場所じゃない??
「えっ、いいかも?」
「駄目だぞ。」
「何が?」
キロリと瞳を回した千里はそれだけ言うと、「ポン」と狐に変化してベンチを降りた。
そのまま去って行く、美しい毛並みを眺める。
えっ。
なにが?
駄目、なの??
私が「なにか」やらかす、という前提なのだろうか。
いや、しかし。
「なまもの」を、欲していた私は、確かに。
「丁度いい」と、思ってしまったのだけど。
えーーーー、でもあの花、って。
まじない、なんだよね………??
青の空間に揺ら揺らと、楽しそうに揺れるプランターの花達、クスクスと笑い合う様に向かい合っているハーブ。
えっ、でもこの子達は。
まじない?いや、種を植えたけど………どうなんだろうな?
でも…「生きてる」し?
「うーーーん、じゃあ多分…………。」
イケるんじゃ、ない???
「とりあえず、行ってみましょ。」
考えてたって、分からない。
あの銀の区画の、花だけが咲き乱れていた庭を思い出し、一つ頷く。
きっと私も変化したし?
「見れば」、判ると思うんだ。
「そうそう、え、何着て行こう?普通でいいんだよね??てか、用事の内容書いてよ………。」
そうしてブツクサ言いながら、立ち上がり青い扉を見て。
とりあえずは鳴りそうなお腹を満たすべく、食堂へ向かう事にしたのであった。
そうして次の日。
「庭、庭~♫」
「喜ばしいこと 」
フォーレストに褒められながらもグリーンのドレスを着て、ウキウキと部屋を出る。
ドレスとは言っても、私のクローゼットの中では。
「ドレスっぽい」、ワンピース なだけである。
「あんまりおめかしして行くのも、なんか気まずいよね?」
「そう?たまにはいいんじゃない?」
青の鏡とそんな会話を繰り広げながらも、「庭」というキーワードから緑の服を選んだ。
私の頭の中は、昨日から「なまもの」「生きてる」「瑞々しい」、そんな言葉が踊っていて。
「お前…………まあ、いいか。」
私を見て開口一番、そう呟いた極彩色の言葉も聞き流しウキウキと銀の区画へ向かったのである。
銀の区画は、すぐだ。
大きな銀の扉を潜り、変わらず厳格なまじない人形をじっと眺め、中へと進む。
私はいつもの様にキョロキョロと挙動不審な動きをしたまま、暗い店先を通り抜け庭の明かりの方へと進んでいた。
今日の同行者は、人型の千里とフォーレストである。
一応、銀への訪問という事で「人間」と、噂の「スピリット」、どちらも疑問が残る組み合わせだけど。
ある意味いつもの組み合わせでもある事に安心していた私は、ふと玉虫色の事を思い出し自然と髪に触れた。
ベイルートさん、一緒に来て貰えば良かったな………。
思えば最初の訪問で、千里は私から離された筈だ。
まあ、狐になって戻って来たけれど。
また「あの手」を使うつもりなのだろうか。
先導しながら先へ進む極彩色は、披露目の茶会は出ていないけれど。
どうやら、あの温室の場所は知っているらしい。
なにしろ庭の観察に忙しかった私はある意味いつもの事だと、あまり気にせず大きな背中の背後を歩いていた。
鮮やかな髪について行けばいいだけなので、余所見をしていても楽勝だ。
今日は、あのガラスのヴェールも付けている。
「ウイントフークが」と、朝渡されたそのヴェールに思う事はあるけれど、きっとブラッドフォードなら大丈夫だろう。
もしかしたら。
ガラスを撒く話を、本部長が通したから呼ばれたのかな………??
コツコツと白い煉瓦に響く靴音、つらつらと考え事をしつつ、庭の花を眺めていたら。
もう、あの場所に着いた様だ。
ノックをしている極彩色の髪を見ながら「こんな建物だったっけ?」と、その全貌を映そうとぐるりと見渡す。
「なんかもっと。ガラス張りっぽく、なかった?」
「それは奥の方だろう。ほら、行くぞ。」
「えっ、あっ、うん。はい。」
一応、お嬢様のフリをした方がいいのか、混乱しつつも背中を追う。
流石にここで、勝手に辺りを見に行くわけにはいかないだろう。
それにしても、この人、どこまで知ってるんだろうか………。
まじない人形へついて行く千里の背中を眺めつつ、そんな事を考えていた。
中へ入ると、少し暗い廊下を通り抜け明るい部屋に出た。
やはり殆ど温室の様な造りの、その部屋は。
私達があの「披露目の茶会」をした、あの部屋である。
「ふむふむ。」
「ヨル。」
「あっ、ブラッド…。」
お久しぶりです?
こんにちは??
呼ばれた事も忘れ、部屋を見渡していた私に声を掛けたのはブラッドフォードだ。
しかし、頭に浮かんだ挨拶を口に、出す前に。
その隣にいる人物に、視線が止まる。
「あの………お久しぶり、です。」
「ああ、そうかしこまらなくていい。まあ、掛けなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
そう、ブラッドフォードの隣にいたのは。
あのアリススプリングスだ。
えっ、お兄さん??
聞いてないですけど??
気軽にルンルンとやって来た私のテンションは一気に下がり、しかし目の前で落ち込むわけにもいかず。
とりあえずはまじないのメイド達が。
お茶の支度をしているのを、じっと見ていた。
いや、視線のやり場に。
困っていた、だけなのだけど。
空気だけは、優雅に流れる空間。
お茶の支度が整うと、去って行くメイド達の後ろ姿を眺めている私に声が掛かった。
勿論、ブラッドフォードからではなく、アリススプリングスからだ。
「最近、どうだ?」
「えっ。さ、最近、ですか………?」
えっ。
こういう場合って?
どう、返すのが、正解???
助けを求めてその隣の青い瞳を見るも、「すまん」という色が見えるだけでどうしていいかは分からない。
しかし、その色を見た事で。
きっとブラッドがこの人を呼んだのではない事が分かり、なんとなく安心した。
この二人が今、どういう関係かは、分からないけど。
とりあえずあの禁書室で話した彼との違いは、そう感じられなかったからだ。
その事に納得した私は、とりあえず「そのままの私」を実行する事にした。
迷ったら、「本当の私」がきっと。
一番、いい筈だから。
「はい。今度の祭祀を楽しみに、準備しています。」
そう自分で答えて、「この人はその話がしたいのか」と、ふと思う。
きっと本部長は「ガラスを撒く」という話を通している筈だ。
それならば、きっと私の呼ばれた理由は、一つだ。
しかしその予想に、反して。
彼が答えた内容は全く別の、しかし重要な話であった。
「今度の祭祀で。女性の参加を、許可して欲しいと聞いている。私自身、反対するつもりはないが。また、どうしてその提案を?」
「………」
チラリと再び青い瞳を見るが、それは責任転嫁だろう。
自分でそう思って、正面の明るい灰色の瞳へ視線を戻す。
何故だか一応「婚約者」のブラッドフォードを寄せて、私の正面に座るのは金茶の癖毛の彼だからだ。
仲直り、しても。
順位が、ものを言うのだろうか。
何を、どう、言おうか考えながら、ついつい視線は部屋の中を滑って行く。
散らかり始めた頭の中に、スルリと入り込む美しい花達の、色。
実際、前回訪れた時の事は緊張していてあまりよく覚えていない。
今日は、この人がいて緊張してない訳でも、ないんだけど。
この頃私の頭の中を占める、「祭祀のこと」「女性達のこと」「色」「花」「いきもの」「まじない」、それが一気にポポポンと頭に浮かんで来て。
返事の事を考えるつもりが、自分がその返事の中に迷い込んでいた。
どうして。
私が。女性達に、参加して欲しかったのか。
それを、自分の中を探りつつできるだけ正確に、答えようとしていた。
だってさっき、この人は。
「私は反対するつもりはない」と、言ったんだ。
もしかしたら、きっと。
他の長老達が反対しているのか、する事が予想されるのだろう。
だからきっと「この人が納得する理由」、若しくは「長老達を納得させられる理由」を、私は提示しなければならない筈だ。
本部長との話で、この人達が「長老側」ではない事は知っているけれど。
実際、どうなのかは分からない。
しかしとりあえず、「ポン」と私の頭の中に浮かんで来たのは、あの時の青い瞳。
「この世界の、未来に。」
そう、グロッシュラーの禁書室で言っていたブラッドフォードの言葉だ。
それに、私自身この人達に。
「暗い色」は、今は感じていない。
あの時、苦手な色に分類されたあの色も「今のこの人」からは感じられないし。
くるくると自分の中で、整理される「今」の情報、私の「なかみ」は「出しちゃえ」と言ってる気がして。
とりあえず、計算するのも、偽るのも。
自分に向いていない事が分かっている私は、正直な頭の中を漏らす事にした。
一応、「一般向けに分かり易く」出す事にだけ、気を付けて。
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