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8の扉 デヴァイ

星の理

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少し翳ったテーブルの上、今はもう花達は大人しく、揺れる事なくコップに収まっている。

マッタリとしていた、つもりだったけど。
その怪しげなセリフに目を瞬かせ、再び口が開くのを待っていた。


「いやね、「占い」の話をしていたじゃないか。」

「はい。」

私がやろうと思って、諦めたやつだ。
その事だろうか。

「いやそれしかし、君には。あまり、関係が無いだろうけどね。」

「えっ?何がですか?なんでですか?」

いきなりの言葉に頭が混乱して、ぐるぐると黒い色が渦巻く。

しかしイストリアがそう、悪い事を言う筈がない。

とりあえず頭の黒を押し退けて、一旦体勢を整え直す。
そんな私の様子に気付く事なく、何かを考えながらポツリポツリと話は続いていた。


「「占い」とは星の位置、その巡りや組み合わせによって導き出されるものだ。その、星の元に産まれること。……ここでは、今は見えないそれだけれど。かなりの力が働いているのは、解るよ。太陽が見えるだけで、あれだ。生き物達のサイクルに関わる、大きな事だよね?他の星も、やはり同じ様に関係しているのだろうけど。」

「だがしかし、それはきっと「世界のルール」の中での統計だ。君は、「ルール外」の者。ことわりの、外なんだ。この世界の刷り込まれた枠組みを無視して存在する君には、適用されていないんじゃないかと思うね。」

「世界のルール、定められた星の導きでは、なく。自ら決めた、目指す星を見上げ歩いている君には。必要の無いものだとも、思うよ。」


「えっ。………占い、好きなんですけど………。」

「自らの目指す星」、そう言われて嬉しかったけど。

ぐるぐると半分頭に入っていない私の口からは、そんな言葉が漏れ出て、いた。

「ハハッ、好きは好きでいいさ。きっと「そう」だった時もあったと思うよ?しかしね、きっと。この旅を続けてきて、君は自分に「力がある」と気が付いた。いや、「知っていた」のか?当然の様に光を降ろす、その様に。憧れすら抱くよ。きっと、何の疑問も持たずに「できる」と。いるからこそ、可能なのだろう。「疑い」を取り去る事は難しいからね。それが幼少期からの刷り込みならば、尚の事。」

「…………確、かに。」


私にとって、「この世界」は。

まじないがある世界で、魔法の様にチカラが使えること、それは「当然のこと」でもあって。

「できないかも?」と、思っていたならば、疑っていたならば。

きっと、発現していなかった可能性だってあるのだろう。


「星の………理の、外。」

「そうだね。きっとこれまでの長い歴史の中で。連綿と続いてきたこの体制、その、中での統計だ。生まれ、向き不向き、相性、仕事等ね。そもそもの前提が違えば変わってくるのは当然、だろうし。なにしろ君の行動は予測が付かない。所謂「こうなるだろう」という前提、暗黙の了解が、一切無いんだ。そんなの、無理だよ。適用外だ。」

「えっ。なんか、問題児………。」
「いやいや、どうして。」

大きな声で笑いながら、それを否定してくれる声に。
なんだか私も開き直ってきた。

解った様な、解ってない様な。
きっと私の理解は曖昧だけれど、イストリアの言わんとしている「なかみ」は、なんとなく、解る。


いや、そもそも。
「ここのルールに染まらない」事を、目標にして来たのだから。

  きっとの、だけど。


「ずっと前にも、言ったけれど。君は君の輪を自由に回す権利が、あるんだ。何も気にする事はない。それはの、問題なのだから。これまで通りで何ら問題は、無いんだよ。問題児なんてとんでもない。」

「フフッ、ありがとうございます。」

でも。

「理の、外、かぁ………みんなが、出られるといいんだけど。」

大きく溜息を吐いた私に、お代わりのオヤツを差し出す手。
有り難く受け取って、皿の上のあのボールを眺める。
あの、フルーツと色々を固めたグラボールと私が勝手に名付けたやつだ。


「まあ、それは追々、だな。もう、承知かとは思うが具体的にこちらから働き掛けるのは悪手だ。君は君の仕事を、根回しと後始末はこちらの仕事だ。なにしろ外に出たくない者の方が、今は多かろう。何事もまずは。」

「そう、星を撒いて、光を降らせて。お腹いっぱいにならないと、外には出れないですもんね?」

「そういう事だ。」

悪戯っぽく、そう言った私にニヤリと答えるイストリア。
そうして、空になった皿を片付けながらついでの様に話し始める。

その、内容は。
きっと私が心配するだろうと、話す順番を考えてくれていたのだろう。

ゆっくりと、落ち着いた声で私の目を見ながら話し始めた。

「それと、これも心配はしていた事だが。事態は、あまり芳しくない方向にも動いている。やはり、あの畑の状態を見て良くない噂が回っている様なんだ。出所は分からないけれど、まあ誰かが流したと言うよりは。ある意味この、流れは。必然なのだろうな。」

「必然…?」

「そう。これまでずっと、灰色の大地だったここ、グロッシュラーに。少しだが緑が出来て、畑なんて作り始めたんだ。そこにまるで人間ひとの仕業では無い、「天罰」の様な被害があったならば。………まあ、そういう事だね。」

「………天罰…その。」

思わず、一度言葉を切った。

私の中に、チラリと過ったのは。
あの、不可解な歴史の記録だったから。


「「無に帰した」という事と、……関係ありますか?それは。」

薄茶の瞳が緩く細まって。
返事は無いがきっと、関係している事が解る。


そう、ここグロッシュラーの人々は歴史を学んでいるからなのか。

「神が無に帰した大地に、畑を作った、その天罰」
そう、感じているという事なんだ。

全員じゃ、ないにしても。
少なくとも歴史を知る者ならば、チラリと頭に過る事はあるのだろう。
この、私にだって思い付くのだから。


しかし、切り替える様に「パン」と手を叩くと、イストリアははっきりとこう言った。

「勿論、色々な事が、あるけれど。君のやる事はいつだって一つだ。さあ、そろそろ時間ではないかね?」

「あっ、えっ、そうかも。」

オヤツとお茶で、お腹は一杯だけれど。
そこそこいい時間、話していた筈だ。

ついついイストリアとの話は時間を忘れる傾向にある。
それもまた、仕方の無い内容が多いからだけど。


時計の無い、この店の中をぐるりと見渡しながらしかし。
頭はやはり、さっきの言葉がぐるぐると回っていて。

「モヤモヤの……払拭、嫌な空気を、吹き飛ばす………?」

「フフッ、まあ気にするなと言っても君には無理か。とりあえずは。星を見せる事に、集中すれば万事解決するさ。」

「…………ですよね?私も、そう思います。」

そう、きっと。

細かい事を考えるより、ずっと。
「思い切り星を見せる」方が。

ずっとずっと、みんなの、全部の、為にはなる筈なんだ。

 そして、勿論私の為にも。


「ありがとうございました。」

「いや。また何か、あれば。」
「はい!」

タイミングよく入り口のベルが鳴り、投げた視線の先に鮮やかな毛色が見える。

外で聴いていたのだろうか。
でもきっと。

この瞳は、何も言わないんだろうけど。


意味深にくるりと回った紫の瞳に一つ頷くと、手を振り魔女の店を出る。
微かに吹く風を頬に感じて、いつもの様に顔を上げた。


今日も、このまじないの空は。

緩く不思議に変化して、キャラメルとピンクの美味しそうなグラデーションだ。
珍しい組み合わせに目が驚いて、端から端までずっと、追ってみたけれど。
どうやらその二色しか、今は見えない様である。
キャラメルの少し燻んだ様子から、きっと午後だとは思うのだけど。

新鮮な組み合わせに楽しくなって、またそうしてその色を、目に焼き付ける。

「もう、行くぞ。」
「あっ、待ってよ!」

そうしていつもの様に。

消えて行く鮮やかな尻尾を追い、キラキラの木立へと足を踏み入れたのであった。






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