透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

全体礼拝

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「少し考えがある。ヴェールこれを着けて行け。」

「え?こっち??いいんですか?」
「ああ。」

なにやら背後で狐が、ニヤニヤしているけれど。

大丈夫、なんだろうか。


あれから特に、私のまじないや石、ガラスについては何も言ってこなかった本部長。
しかし、よりにもよって今日、全体礼拝の時に。

この「ガラスの付いたヴェール」を、して行けと。

言うので、ある。


いや、いいのよ?
うん。
可愛いしね??

でもさ、ほら、目立つじゃん…………。

てか、今更か…………。


私のそんな考えを見越してなのか、まだニヤついている狐に背を向けると、渡されたヴェールを帽子に付ける。
まだ、ウイントフークに預けたままだったからだ。

丁度普通のヴェールを持って来ていたので、付け替えるのだ。
あれからずっと、外出にはヴェール無しで出掛けているけれど。

久しぶりの全体礼拝、「なにか」が起こるのならば。

これがあった方が、じっくり見れると思ったからだ。


ラピスからの帰りや、披露目の茶会。
私の落ち着きの無さや、気不味い表情を巧く隠してくれるヴェール。
役に立つそれを場合によって使うのは、いい事だとも思う。

別に「もう着けない」と決めた訳でも、ないのだ。
そう「柔軟性」という、この頃のテーマの一つを実行しているところなのである。


しかし、気になるのはこのキラキラ光る、ガラスのヴェールを着けるということ。

こんな目立つ格好で。

この人は、私に一体何を、させるつもりなのだろうか。

チラリと視線を飛ばすが、既に本部長の姿は無い。

「えっ。早っ。」

「支度をする、と。さっき、出て行きましたよ?」

可愛く答えてくれるシリー、しかしあの本部長の支度はきっと、シリーが思う支度ではないだろう。

いつもなら、適当にローブを羽織って「終わり」の筈だ。
わざわざ、「支度」?

なんか、怖いんだけど………。


「ヨル?大丈夫ですか?………これは美しいですね?なんだか祭祀のローブを思い出します。」

「ああ、もう………懐かしいね………。」

確かに。

今度は、夜やるから。
それに、私は一人だろうから、ローブは羽織らないだろうしな………。


テーブルに置かれたヴェールを、シリーにもよく見える様に拡げ、見せる。

「ああ、面によって印象が違うんですね。素敵。今日は、どうするんですか?」

「うーーーん。迷ってるんだ。でもな………。」

全体礼拝だから。
大人し目が、いいだろうか。

それとも、逆に?
派手に、いっちゃう???


私のぐるぐるの上から、シリーの優しい声がする。

「最近は、………この色が近いですかね………。」

「ん?」

シリーが指しているのは、優しげなピンクからベージュ、山吹位までのグラデーションの部分だ。

「近い、って?」

「そうですね………なんとなく、ですけど。見えないけれど感じる、というか。この頃のヨルは、こんな感じですよ?」

「えっ。なんか、いいね…?」

可愛すぎやしないかとも、思うけれど。

「クスクス」と笑うシリーの周りを飛ぶ、飴色の蝶も賛成の雰囲気を醸し出している。

それなら、有り難く受け取っておこう。


「ありがとう。じゃあ、私も行くね。ご馳走様でした!」

「はい。」

まだクスクスと笑うシリーに微笑むと、「もう少しお淑やかに」というマシロの目線が刺さる。

しかし、礼拝に遅刻する訳には、いかない。
そう、お小言から逃げる訳ではないのだ。
うむ。

そうして謎の言い訳を自分の中に並べると、手を振り食堂を出た。





「さあ、行くか。」

「はぁい。」
「外ではちゃんとしろよ?」

「………。」

「ちゃんとしてますけど?」という目で見てやったが、勿論ウイントフークは気にしちゃいない。

いつもと変わらぬ本部長の格好を見て「支度??」と首を傾げたまま、気の抜けた返事をしたからだろう。

「あれ?ベイルートさんも?」
「ああ、一応な。」

しかし私のヴェールの中にベイルートが飛んで、最初の全体礼拝の時と同じ面子になった事に気が付く。

あの時は。
大きな靄が出て、私の蝶が吸い込まれたのだ。

「………うぅっ。」

あの扉の奥の感覚が思い出されて、身震いがする。

「大丈夫だ。多分。」

「…………はい。」

震えが伝わったのだろう、ベイルートがそう言ってくれるが「多分」が付いている所が、解せない。

しかし、久しぶりの全体礼拝だ。
ウイントフークは何も言ってこないけれど。


そもそも「支度」の時点で、怪しいよね………。

「ん?」

下を向いて考え込んでいた私の脇に、フワフワが頭を差し込んでくる。

顔を上げると、既に通路に消えて行く本部長と極彩色の尻尾が、見えた。

「えっ、ちょ、待っ  」

そうしてとりあえず、フワフワと共に急足で礼拝へ向かったのだ。





しかし、警戒していた私とは裏腹に。
結果的に言えば、何も起こらなかった。

いや、私が見逃していただけなのかも知れないけれど。


蝶達が吸い込まれた事を思い出してから、礼拝堂までは気が気じゃなかった。

「もし、また………」
「いや今度は気合いでなんとか」
「抗えなかったら??どうしよう…」

一人ブツブツと呟きながら歩く黒の廊下、やはりヴェールが役に立ってそう目立ちはしない筈だ。

しかし。

そう、そのヴェール自体が目立つ事をすっかり忘れていた私は、そのままぐるぐると考え事をしたまま礼拝堂へ入り、なんとなく周りに合わせていた。

そうして。
すっかり、礼拝が終わってから「あれ?」と気が付いたのだ。


「………いや、祈り忘れるとかあり得ないんですけど…。」

「大丈夫だ、多分。」

また怪しげな「多分」が付くベイルートの慰めを聞きながら、フェアバンクスの区画へ帰る。

「忘れた」訳じゃない、上の空だった、だけだけど。

でも、私にとって「祈りを疎かにする」とは中々に重大な出来事なのだ。
どうすればあの祝詞に逆らえるか、体に力を入れたり、アキに話し掛けたり。
自分の中でアレコレ試していたら、いつの間にか皆が礼拝堂から出て行く所だったのだ。


道中、大人しかった狐、無言でズンズン先を歩く本部長。

見えなくなったと思っていたが、青のホールへ辿り着くと。
何故だか二人は、ベンチに座り私を待っていた。



「えっ?何ですか??嫌な予感??」

「阿呆。とりあえず、それを寄越せ。」
「えっ?もう??」

何故かウイントフークは、付け直したばかりのヴェールを寄越せと、言う。
確実に怪しげな雰囲気が漂うその茶の瞳を、じっと睨んで。

とりあえず、理由を訊く事にした。


「えっ、なんでですか?て、言うか。何だったんです?「支度」って。怪しいと思ってたんですよ。誤魔化さないで教えて下さい。」

私のヴェールを、使うのだから。
聞く権利は、ある筈なのだ。

偉そうに仁王立ちをした私の前で、ニヤニヤしている極彩色と腕組みで何か考え込んでいる本部長。

しかし本部長が投げて寄越したのは、やはり答えではなく質問だった。

「お前、ガラスこれを降らせたいと言うならば、もっと都合が付くかはヨークに聞いたんだろうな?」

「えっ、ああ、はい。大丈夫って言ってました、よ?それに、大きいものもあるので、砕けば多分………。」

「それならいい。どう、思う?降らせるで………」

「ああ、多分「反応」するだろうよ。しかし、だろうけどな。」


「???」

ちょっと、私にも解る様に話してくれませんかね…。

ジトっとした目を、狐に向けていたら。
「ポン」と人型になった千里は、含みのある紫で私を見ながらゆっくりとホールを回り始めた。

「夜に。星を、降らせるのだろう?、反応はまじないを掛けなくともする筈だ。と、同じ様にな。」

「………あの、時…?」

って???


「あ。」

パッと、思い浮かんだのは。

あの、工房で二人が興奮して話していた時の様子、「なにか」が漏れている時の。

そう、キラキラ光る様な、雰囲気の瞬間だ。

「………成る、程?えっ、じゃあ、本格的にオッケーでジャンジャン降らせても」
、とは。どういう事だ?」

興奮する私の話に割って入るウイントフーク。

しかし、確かに千里がそう言っていた事も思い出し、紫の瞳に視線を戻す。

自分の計画が実現しそうな事に気を取られ、浮かれてすっ飛ばしていたけれど。
確かに、気になる事を言っていたのだ。


「それを見て心が動けば、成るだろうが。凝り固まって、「恐れ」や「疑い」、または「欲」が出てしまえば光らぬだろうよ。」

「そういう事か。確かにそれはありそうだな。一応、触れれば消えるまじないは掛けるつもりだが、全てにきちんと発現するかは分からないからな。成る程、「欲」か。」

「えっ?ウイントフークさんでも??」

私の驚きの声に、静かに答える茶の瞳。

「お前のまじないが入るからな………予測不能な部分があるのは仕方無い。それに、かなり数があるし細かいからな。一つ一つが、どう出るか………。」

そこまでは、聞き取れたのだけど。

ブツブツ言いながら、大きな扉へ消えて行ったウイントフーク、ふと気付くと極彩色はとっくに姿が見えなくなっている。


「えー、…………でも?」

とりあえず、ガラスのキラキラは、降る。

「反応」も、

する、って言ってたよね??


「感動、かぁ………。」

いつの、間にか。

背後に来ていたフワフワに押され、ベンチに腰掛け天井を見上げた。

頭上には色とりどりの小鳥達、尾の長い鳥が鮮やかな尻尾を煌めかせ、リボンを付け舞っているかの様だ。

白い天井、青の紋様、その、中に。
色を差す、美しいスピリット達。

大きな窓からは青空が今日も美しく見え、そこにも楽しそうに鳥達が遊んでいるのが分かる。


「………感動、かぁ…。」


 「凝り固まる」 「恐れ」「疑い」

     「欲」


デヴァイここの、人達は。

初めて見る、「美しいもの」に心を開いてくれるだろうか。

あの時の、子供達の様に。

素直に、受け止めてくれるだろうか。


「………いや、グラーツだと思えば?いいか??」

一度だけでは、無理かも知れない。
大人だから。
子供達よりは時間がかかる気も、するし。

でも、きっとまたチャンスはある筈だ。

そうして少しずつ、星屑を撒いて。

ほんの少しの、日々の、「いいこと」「嬉しいこと」に、なれば。



「ん?欲………って、なんだ、ろうか?」

もっと星を、降らせるとか?
………んー?

でもアラルが降らせた事になるなら、ちょっと考えないといけないかもね………??
そういえば向こうではアラルに言い寄る男の子とか、大丈夫だろうか………。


そうして。

青のホールで一人、私が明後日の方向に物事を考えている、うちに。

きちんと本部長は仕事をしていたのである。






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