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8の扉 デヴァイ

禁書室

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もしかして、この世界の人は。
智慧の書、その「存在自体」は、知っているのかもしれないけど。

進む度、時折変化する天井の紋様、幾分明るくなった気のする黒の廊下への繋がり。

前を歩く極彩色を差し色に、青の通路を通り抜けつつ。
そんな事を、考えていた。


禁書室へ行きたい、と思ったあの次の日。

しかし本部長にを直接言おうものなら、絶対に捕まるに決まっている。


私は。
とりあえず、その本が実在するのならば、一人で見たいと思っていた。

何故だかは、分からないけど「そうした方がいい」。
なんだかそんな気が、したのだ。

多分、そう。

「もし実在したならば。この世界を揺るがす事が 書かれている」

そう考えるのはある意味当然だろう。

この世界の人達が「智慧の書」の事をどこまで知っているのか、それは分からないけど。

でも、フリジアは魂の話もしていたし、かなり特殊だ。
他ではイストリアとソフィアの二人としか、その話はした事がないし。
一般的には、知られていない可能性も高い。

それに、なんかまずい事書かれてたらそれを確認してから話したいしね………。



斯くしてその秘密の作戦を実行すべく、普通を心掛けて「図書館へ行ってきます」と、いつもの二匹を連れて出た。

チロリと投げられた茶の視線は、何かを勘付いていたかも知れない。
しかし、止められずに青のホールまでやってきた所で、ホッと息を吐いたのだ。



「………」

前を歩く無言の狐、癒しの緑の瞳は今日も「喜ばしそう」である。

ウイントフークは、最悪誤魔化せても。
きっと、この狐にはバレるのだろう。

しかし一人での外出に許可が出るとは思えないし、一人の方が疑われる確率が高い。

私達、三人ならば。
いつもの面子ではあるので、この頃の「溢す仕事」の延長だと。

思ってくれてると、いいんだけどね………。

しかし、実際「あるのかどうか」も分かっていないのだ。
とりあえずは、突撃あるのみ。


黒の廊下をスルスルと通り、濃茶の空間を通り抜け白い扉が見えてきた。

そうして、いつもの様に無計画で。
まずは白い扉にこっそりと、声を掛けたのだ。



「こんにちは。」

「やあ、今日は一人かい?」
「うん。」

そう言って静かに開いた扉に滑り込む。

あれから。
そう、実は謳ってからは図書館への出入りはフリーパスになっていた。

「溢す仕事」の一環として、散歩がてら謳いに来る時もあるし。
本部長と一緒の日も、ある。

あれからブラッドとは、来ていないけれど。

そういや、どうしてるかな………。


しかし、パッと思い浮かんだあの時の場面、すぐに弾けなかった気まずさと何とも言えない感覚が蘇って、すぐに思考を閉じた。

いやいや。
とりあえずは、禁書室よ、うん。

まだ、午前中の早い時間。

あまり人はいないだろうが、一人でいる所はあまり見られるなと言われている。
特に、男性には。

キョロキョロと辺りを見回し、誰も居ない事を確認して歩を進める。

遠くの方で銀のローブが、幾つか。
行き交うのが見えるだけの、静かな午前中だ。


「………。」

何か言いた気な狐と目が合って、ドキリとしたが紫の瞳はそのままくるりと向き直る。
そして、何も言っていないのにそのままあの白の柱の方へと歩き出した。


やっぱり、知ってるのかな………。

フワフワの毛並みを撫ぜながら、極彩色を追って扉の前に着く。
無言で扉の横に座り、こちらを見上げている所が、怖い。

しかし自分から墓穴を掘る気のない私は、何も言わずに扉の前に立った。
とりあえずは、この子に訊いてみるつもりだからだ。

「あら、今日も?中に?」
「ええ、お願いできる?」

「お安い御用。」

未だ私の事をセフィラだと思っている扉に、お淑やかに返事をする。
静かに開いた扉の隙間から、スルリと入った極彩色。
そう言えば、千里はここへ来た事があるのだろうか。

………まあ、あるか。

とりあえず中で訊いた方が、いい。

続いて中へ入り、フォーレストの背後で扉が閉まる。
中にあの派手な色は見えない。
何処へ行ったのだろうか。

チラリと奥まで視線を飛ばしたけれど、白い本棚、落ち着いた色合いの背表紙が並ぶいつもの禁書室だ。

なにしろ聞いては、いるのだろう。

とりあえず、どう、訊いたものか。
くるりと振り返り、白い扉に視線を戻した。


入ってすぐの白い壁の前、私が考え込んでいる間。

フワフワはすぐ横の壁を確認すると、足元を確かめフワリと丸くなった。
緑の瞳が閉じられ、なんとなく一人になった様な気がする。

さて?
じゃあ、訊いてみますか………。


シンプルな白の直線が走る、内側の装飾。
以前はもっと豪華だった気がしなくも、ないが。

まじないだからだろう、それをじっと眺めながら顔を近付け、小さな声で話し掛けた。

「ねえ、「智慧の書」って。知っている?」

「ほう。懐かしい事を言うね?」

えっ。
あるの???

思わず後ろを振り返るが、景色は変わっていない。
ゆっくりと扉に向き直って、続きを、待つ。

私から何を訊いていいのか、分からなかったからだ。
多分、見るのが少し怖い、というのもあるのかも知れない。
しかし、扉が続けたのは私が思っていたのとは全く違う話だった。


を訊いたのは、君で三人目だ。いやしかし、他の二人は探していた、だけか。」

「えっ。そうなの?」

お淑やかを忘れて、そう訊き返す。

は、聴こえなかったからね。ここで探していたのを、見た事がある。」

「成る程………?」

きっとこの扉と話せなかった、という事だろう。
やはりセフィラ以外は分からなかったということか。

ん?
ていう、事は?
「二人」って、誰???


なんとなく勝手に、その二人が長とセフィラだと思ったけれど。
どうやら、違うらしい。

「ねえ、因みにその二人って、誰だったか覚えてる?」

「そうだね。金と、白だったかな。」

「名前、とか………。」

「金は君のだろう。白は、分からないな。時折ここへ訪ねていたから、気に入ってはいたが最近とんと見ないね。」

「………ふぅん?」

「君のあれ」って、あれって、事ですよね………?

白についてはこれ以上ここでは分からないだろう。
なにしろ、「智慧の書」について知っていて探している人がやはり、いたのだ。

しかし。

「最近見ない」「長」

うーーーん?
かなり、前だよね??

やっぱりフリジアさんしか、今は知らないのかな?


「して、久しぶりのその質問だが。君もそれを。探しているのかい?」

ぐるぐるの合間に問い掛けられる、優しい質問。

教えてくれるのか、本当にあるのか。
見たい様な、見たくない様な、絶妙な期待と不安、しかしやはり。

好奇心が、勝った。

「うん。何処にあるのか、知ってる?」

ドキドキしながら、待っていた。

何故だか、すぐに返事が返って来なかったからだ。


「して、君は。何故それが、見たいんだい?」

えっ。
その、質問?

しかし、私の中では既に「智慧の書」は閲覧許可が要る、というレベルのものになっている。
なんとなく「テスト」をされている気分になって、慎重に考え始めた。

もしかしたら、この質問に合格できなければ。

教えてくれない系の、話とか??


でも。

そう、言われてみると。

扉の前で、考え込む。

改めて見たい理由を考えると、少々よこしまな色が混ざる私の中では攻防戦が繰り広げられていた。


えっ。
でも?
ぶっちゃけ、純粋な興味が一番、じゃない?

だって。
「何がどう、どのくらい」書かれているのか。

知りたい、よね??

でもな………。

ちゃんとした理由じゃなきゃ、教えてくれないのかな?
悪用、されちゃうとか??

でもそもそも殆ど知ってる人がいないんだよね?

うん?なんでだろ??
「これ系」の噂って、回るの早そうだけどな………。

えっ。
待って?

そもそも。

この子は、「ある」とは。

一言も、言ってなくない?


いつの間にか白い床を見つめていた視線を、白い扉に戻す。

えっ。
なに、引っ掛け問題??

しかし、白い扉は勿論沈黙したままである。

いやいや、待って。
でも。

引っ掛けられる、理由が無いよね?
うーーん、それならあるのかなぁ。

まあ、ある前提で行こう。
うん、そうだそうだ。
この子が私を引っ掛ける理由も、無いんだし。

えーーー。

じゃあ、どう、する??


でも。
きっと、「最もらしい 理由」なんて。

要らないんだ、多分。


スッキリとそこにある、真っ白な扉を見てそう思う。

多分。
この子は「お飾りの理由」なんて、訊いてはいないのだろう。

「私の理由」で。
いい、筈なんだ。

それなら?
なんだ、ろうか。

最適な、言葉は。


から、かな…。」


ポツリと、呟いた言葉に。
静かな返事が、来た。

「まあ、いつの世も。人間ひとは、そうだな。」

「いつの、世も………?」

「そうさね。人間ひとは「知」を求める動物。しかしあくまで「動物」であるが故に、「智慧の書それ」を求めるのか。全てを知っているのだ。しかし、「知らないと思っている」、その理由は。その、書が。見つからない、理由は。何故だと思う?」

「………えっ。」

ちょっと、待って??

いきなり、難しくなりましたけど???


いつもは優しく戯けた様子の、扉達。

しかしいきなり古い「もの」特有の厳めしさと言葉、その雰囲気に圧倒されて。

思考が、一時停止した。

いや、内容が難しかったからかも、知れないけれど。

















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