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8の扉 デヴァイ

ラピス 塔から

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「ヨル、今日はどうするんだい?」

優しいハーシェルの、声。

多分、そろそろ私が帰らなければならない、ことは。
知っているのだろう。

始めから「五日程度」という滞在だった。
きっとウイントフークから聞いている筈だ。

しかし、私達はその話は敢えてしていなかったし。
気遣いが含まれるその優しい声に、私も「帰りのこと」はあまり考えない様、予定を考え始めた。


でも昨日、お待ちかねのティラナと散々遊び倒した、私には、そんなにもう「やりたいこと」は残っていなかったけれど。

強いて、言うならば。

「うーーーん。纏まって、ないんですよね………。」

「うん?何が、だい?」

優しい緑の瞳が、眩しい。
そのまま甘えたい気持ちに蓋をしつつ、とりあえず口を開いた。

「一応。「初心に帰る」目的で、ラピスここへ帰ってきた筈なんですよ。」

「うん。なんとなくは、分かるけど。」

ニコニコしながら話を聞いてくれる、ハーシェル。


あーーーーーー。
いかん。

なんか、もう。

この瞳見てると、もう「ここでいいや………」って、なるわ…………。


ダイニングで朝食後の、お茶を飲んでいたのだけど。

カップをズイ、と寄せると、だらしなくテーブルに「でろん」とした。

その様子を見て笑ったハーシェルは、私のカップも合わせて片付けながらまた甘いセリフを吐いている。

「なんだか懐かしいな。そんなに経っていないのだけどね。僕も、ティラナ以外に、ヨルもいるし。これならこれで、いいかなと。もう、充分じゃないか、と。」

「何度も、思うよ。」

一度、言葉を切ったハーシェル。
その時、私の顔は既に、上げられていて。


「同じ様なことを思っていたこと」

「大切なもの」「ティラナ以外」「私」

「亡くなった 妻」


ハーシェルの言葉に続いて、出てきた私の「なかみ」、大切なものと、あの「時の鉱山」の。

レシフェを呼んでいた、声。


ああ、そうだ。

 私   私は。

  
 時 も

 空間も

 時代さえ も?


どこから どう だ?  跳ん で? ?


 繋がなくては。

 ならな い?


   いいや? 悪戯に弄る こと は。

     許されない     

                 しかし




「大丈夫、かい?」

下を向いた私が、泣いていると思ったのだろう。

前科があり過ぎる私はパッと顔を上げて、今日の予定を話し始めた。

泣いてる場合じゃ、ない。

なにか なんだか

 大事 な ことが ?


「纏めなきゃ………。えっと、今日は一人で。考えごとをしようかと。うん。」

「そうだね。落ち着いてゆっくり、して。またスッキリ祈れると、いい。」

「あ。」

そうだ。

「うっ。ですね、とりあえず、支度します………。」

祭祀の事も、考えなきゃ。

それをすっかり、忘れていた。
いや、覚えてはいたのだけど。

待って、待って?
ちょっと考える事が、多過ぎるだけよ、そう。


でも。

きっと。 いや、多分、絶対。


 「全部 は 繋がっている」


私の頭の中は、そう言っていて。

「うん、だから。考えれば?大丈夫………?でも考え過ぎない方がいいんだっけ??」

とりあえずは、こんがらがりつつも。

階段を登り、今日の予定を遂行すべく着替え始めたので、ある。







「わ ぁ…………」

眼下に広がるのは、壮大な青と白の街並み、遠くに見える、緑の森。

その間には、少し枯れた様な色の大地、手前には畑と少し、花畑も見える。
私が移動してから、花が増えたのだろうか。


「一人の方が、いいわよね。ごゆっくり。」

「ありがとうございます。見たかったんです、久しぶりに。」

そう言って、出発の挨拶ついでに。

中央屋敷へお邪魔した私は、ちゃっかり「登りたいんです」と、自分の願望も述べていた。

そう、ここは懐かしの。
あの塔の、上である。


この頃はいつもあの窓から眺めるだけだった、遠くの灯り。

クリスマスツリーの天辺でキラリと光る、一際大きな星の、様な。

ここの灯りは、どうやって灯っているのだろうか。


くるりと辺りを見渡し、天井を見てみても。

灰色の煉瓦が見えるだけである。

「うーーーん?まじない?」

それにしては、大きな灯りだな?


しかし私はここに「灯の秘密」を解き明かしに来た訳ではない。

森までよく見える、切り取られた窓にぐっと身体を預け、さあ纏めの時間の始まりだ。

そう、「考え過ぎるな」とは、言われているけれど。
流石に整理したい部分も、多い。

「そう、多分余計なことを考えなければいいのよ。………その「余計」な部分が何処なのか、って言う問題はあるけどね………。」

小さく溜息を吐いて、風を感じる。


ここは、流石に高い場所だからなのかこの世界の何処よりも風を感じるのだ。

久しぶりに髪が風に靡く感触、後れ毛がチラチラと頬をくすぐるのすら懐かしい。


私の、髪の色も、変わったし。

初めに、ここに来た時と。

どのくらい、変わっただろうか。

 私は。  世界は。

少しは、いい方向に 変わっているだろうか。


 「変えようと 思うな」

 「考え過ぎるな」

チラチラと浮かぶフリジアと、極彩色の言葉。


うん、分かってる。
けど。

「考えたいこと」って。

あるよ。
うん。

多分、マイナス方向に考え過ぎたりとか。
他人のことに頭を突っ込み過ぎたり、とか。

そんな事をしなければ、いいんだと思う。

それに。

「あんたのぐるぐるも、役には立ってたってことよ」

ずっと一緒にいる朝が、そう言ったんだ。

大丈夫。

「あ、そうか。」

紫色の瞳がパッと浮かぶ。


 「どんな事があっても お前の真ん中から

          ズレるな 」


「そう、それを気を付けてれば。大丈夫。うん。」


チラチラと舞う髪を耳に掛け、大きく息を吸い込む。
なんとなく胸の真ん中に手を当て、自分の「真ん中」を意識した。

「いかん。」

違くて。
じゃない。

うん、いいんだけど。

「ポワッ」と温かくなった、胸の奥、あの光の色。

置いてきた彼は、私の事を心配しているだろうか。

「いかん。」

大きくなりそうな金色の光を一旦、脇に置きもう一度胸の真ん中へ意識を戻す。


 ああ そう そうだ

 シン も。

この場所で。

二人で景色を、見た。

急に胸に迫る想いとギュッとする感覚、思い出されるのは美しい紺色の、空。

何処からどこまでが空なのか、屋根なのか。

境目の分からない夜の色と星達、家々の灯りの美しかったこと。

抱き締められて、連れて来てくれて。

「いつでも 呼べば」と、言ってくれた彼。

声に出す事は、できない。

なんとなくだけど。
多分。



彼には、聞こえるのだろうし、きっと跳んで来てしまうからだ。
特に、こんな胸の奥から呼んだならば。


ぐっと、胸を抑えて深呼吸する。

まだ。
呼ぶ訳にはいかない。

きっとシンは今、「あそこ」で長を護ってくれている筈だ。
私の勘が正しければ。

だから、まだ。

「会った方が、いいのか………なのか。」

デヴァイに帰ったら考えた方がいいかもしれない。
でも…………。

「多分。「その時」が来たら、わかるよね………。」

それは確信でも、ある。

これまでの経験から、きっと「行かなきゃ」と思う時が来る筈なのだ。

「その時」が、来て欲しい様な来て欲しくない様な、そんな微妙な気がするけれど。

「大丈夫。絶対、会えるから。」

自分の胸にそう言い聞かせ、彼の白い髪を思い浮かべた。

恐ろしくも美しい瞳で私を見つめ、ここに立っていた彼。
あの時は…。
今、思えば私の中の「あの人」が彼に反応していたのだろう。

「………反応。それよ、それ。」

ふと、本題を思い出していつの間にか煉瓦を眺めていた視線を街に戻した。


「えっと?私が?今、やりたいこと?うーん、やりたいことって言うと違うのか?」

やらなきゃいけない こと でも。

考えなきゃいけない ことでも、ない。

なんだ、ろうか。


青い街並み、白の道。

少しずつ曲がりながらも真っ直ぐに下りる門への道、中央から放射状に伸びるその石畳の道は、まるでここから拡がる光の、様で。

「…………ああ。成る、程。」

私の行きたい、道は。

進みたい、方向は。

それを、決めればいいんだ。

沢山の道を検討して、「今の私」の「真ん中」で考えた、最高の道を。

進めば いい。


「ふむ。では、始めようか。」

そうして一人、「パン」と手を打ち鳴らすと。

再びの美しい景色を眺めながら、「道」の整備を始めたのである。








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