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4の扉 ティレニア

白い森 3

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「知っているよ。こっちだ。おいで。」

白い鹿の様な動物について、真っ白な森の中を歩く。
すると、近くの木の陰から今度はイノシシの様な動物も出てきた。
こちらもやはり、白い。

そのまま道案内をしてくれる動物達の後についていくと、いつの間にかウサギっぽいものや鳥、リスっぽいものなど白い動物達に囲まれている事に気が付いた。
まるで動物行列である。

なんだか楽しくなってきて、軽い足取りで森の奥へ進む。

他にはどんな動物がいるかな、とキョロキョロしながらついて行くと、急にすぐ近くの木の陰に人影が見えた。

反射でビクッと、身構える。


「誰?」

初めての人影に警戒しながらも、恐る恐る話しかけてみた。

本当は、スルーしたいけど。

通り過ぎる時、目が合いそうなくらいの近距離なのだ。
通りすがりに、そちらを見ずにはいられなそうだから。


すると一拍置いて、木の陰から「白い人」が出てきた。

女の子だ。この子も、白い。

私と同じ様な背格好で、同じ様な服装。
ただ、前髪が長くて顔が半分しか見えない。
木の陰から出てきた所で、そのまま立ち止まっている。

こちらを見ているのだろうか、目が確認出来ないので分からないのが余計に不気味だ。

白い女の子なんて、コワイじゃん…。

白い森の中は明るい。
幽霊ではないだろうが、動物だけだった所に急に人間が現れたので異物感が、凄いのだ。

そうこうしていると、女の子が口を開いた。


「あなたは何の為にここにいるの。」


「え?」

鈴の様な声で尋ねられる。

「何をしにきたの」や「どこへ行くの」ではなく。

抽象的で、でも、本質的な質問に急に不安になった。

何故かは、分からないけど。


「えー、石を探しに?うちが大変な事にならない様に?」

何か大事な事を忘れている様な気がする私は、口に手を当てモゴモゴ言う。


「何の為に生まれたの。なにをするの。なにも、しないの。ただ、生まれて、生んで死ぬの?」


急に現れた異質な存在に、畳み掛けるように質問をされて何だかムッとした。

少し怖かったのも、ある。

でも初めの質問からワンクッション置いた事で、なんだかイライラしてきた。
びっくりして言い返せない時、後でイライラするのに似ている。

「それはわからない。でも、私は私のために石を取りに行く。」

何だか他の理由もあった気がする。

でも細かいところは今は、いい。

何故だか自分の行動や生き方そのものが否定された気がして、とにかく言い返したかった。
謎の負けん気が発動して、今、この少女に負けたくないという気持ちがぐんと高まる。


 はっきりと、大きな声で言ってやる。


もう1度、私は自分に言い聞かせる様に大きく口を開いた。

「何の為にとか、なにをするとか。よくわからないけど、私は私のために、今自分がやるべきだと思う事を、する。」

そう、強く言い返した私を見て、彼女が微笑んだ。

「それならよかった。………では迷わず進みなさい。あなたがあなたのために、あなたの事を考えて、進む事を望みます。」


「言われなくとも!!」


急に引っ張られる感覚がして反射的に身体に力が入る。

抗うように大きな声で言い返しながら勢いをつけて起き上がったら、「痛っ!」と隣で朝がひっくり返った。





「もう!ホント考え無しなんだから!」

隣で頭を押さえた朝が転がりながら、プンプン怒っている。

急に起きた私の頭とぶつかったらしい。
私は何ともない。
「石頭!」なんて言われている。
失礼な。

起き上がって、辺りを見回した。

さっきと変わらぬ、白い森だ。


「え?何が?ちゃんと考えてるよ。」

さっきの女の子との問答を思い出して、少しムッとして言う。

「さっきナズナに言われた事すぐ忘れてるじゃない!まじないに取り込まれる所だったのよ!!」

「ウソ!?」


朝曰く、あの鹿っぽいものに返事をした時点で私は眠りこけたらしい。

何とかできないものか、朝は肉球でペシペシしたり、ザラザラした舌で舐めたり、気焔が騒いでみたりしたけど全然起きなかったらしい。

「大体森の中には動物はいないって言われてたでしょう!動物が出てきた時点で警戒しないと!明らかに気配も違ったし。」

そんな事言われても、猫並みの感覚とか持ってないし。

「………ごめんなさい。」

とりあえず、心配かけたから誤っとこう。

「とりあえず謝るんじゃなくて、本当に気をつけてよ。油断禁物!全くもう………。」

小言が終わりそうにないので、同時にナズナにも怒られながら謝っておいた。

でもなんでとりあえず謝ってるって、分かったんだろ??


ティレニアは別名惑いの森というらしい。

全てが白いのは大きな「まじない」がかかっている所為で、森の中央には簡単に辿り着けない様になっているそうだ。
惑わされると、最終的に自分も白くなって帰れなくなるらしい。

コワッ……………。


それにしても、あの女の子。
何だったんだろうか。
また森の中を進みながら、ついつい考えてしまう。


私は今、中2だ。

「所謂」中2なので、「自分はなんのために生まれたのか」とか「運命」とか「将来の夢」とかそんなのも色々考える。

学校での課題や授業内容で、将来の夢とかも書いたりする。

でも、イマイチピンとこない。
いつもその時何となくで、適当に書いている。
でも、そんなものだとも、思う。

勿論、将来の夢が決まっている友達もいて、楽しそうに語っているのを見ると「いいなぁ。」とは思う。
でも、自分が仕事としてやりたいもの、と考えるとなかなか思いつかない。

ただ、毎日会社に行って帰ってくるのはすぐ飽きそうだし、自営業だとしてもやりたい事がない。趣味は色々あるけれど、仕事としてやろうとすると楽しんでやれない気がするので嫌なのだ。

何をするとしても、自分で自分の事を養っていかなければいけない。
もしかしたら家族も増えるかもしれない。
結婚して、子供を産んで、育て、歳をとって、そしていつかは死ぬ。

何のために生まれたのか。

それはすごく難しい質問だ。
運命なんて言われると、もっとよくわからない。

ただ、運命の恋とかはしてみたいよね………。
ま、好きな人もいないけど。


そんな事をつらつら考えていると、急に視界が開けた。
森の中の、開けた場所に出た様だ。


「なにも、ない?」

ナズナが「長老」って言ってたから、勝手に大木とかあると思ってたわ…。
なんかほら、大きい木のお爺さんとかさぁ、いそうじゃない?


そこは小さな花が沢山ある、丸い花畑だった。

他には何にも見えないけれど、真ん中辺りがキラキラ光っている様に見える。

「反射?池かしら?」

そう言って朝が先に走って行った。


「依る、また小さな池だわ。今度は手を入れちゃダメよ。」
「大丈夫、さすがにもうしないよ。」

「どうだか。」

そう言いながら、朝は池の周りをチェックし始めた。

追いついた私が池を眺めていると、後ろからナズナが下ろしてくれと言うので、池のそばにそっと置いた。

「長老、お久しぶりです。」

ナズナがそう言って、池に向かい話しかけながら根を下ろす。

すると、それが合図だったかの様に。
池の底から、プクプクと泡が上がってきた。

えっ、何か出てくるの??

花畑の中にある、キラキラと可愛らしい、池。

その中からは何が出て来るのかと、ドキドキしながら待っていた。



「お主が探しているものは、なんじゃ?」

「…………はい?」

どこから聞こえるんだろう。

頭の中に直接、響く様な声が私に訊いてくる。

私が探しているもの?
姫様の服と、石だよね?あと、指輪………?

「………………………。」


静かに白い木々が風に揺れる音のみが、聞こえる不思議な空間。

どう答えたものか戸惑っているうちに、声が聞こえたのは気の所為じゃないかという気すら、してくる。

すると、気焔が唐突に口を開いた。

「お久しぶりですな、長老。」
「お前さん、息災であったか。」

んん??
え?気焔、誰と話してるの?


キョロキョロともう一度辺りを見渡しても
やはり誰もいない。

すると、水面に変化が起きた。
一度は止んでいた泡がまた上がり、その泡と共に「なにか」が浮かんで来る気配がするのだ。

そうして、池から出てきたのは。

なんと、岩の上に乗った虹色の「カエル」だった。



え?………知りあい?久しぶり?

しかも、カエル?カエルで長老なの?
何それ!


私が1人でウケていると、なにやら2人は私の知らない話を始めている。
勿論私はそんな話よりも、カエル長老が気になって仕方がない。

だって、虹色のカエルよ?しかもつるっとして可愛いし、気持ち悪くない…。
なんでだろう?

多分長老はカエルの「形」をしているだけなのだろう。
きっと本当は別の「もの」なんだ。
そう、すんなり思えるくらい綺麗な色をしていた。


そして、私が気になっているものがもう一つ。

長老と共に池から現れたのが、葉っぱに乗った銀の靴だ。
長老が乗っている岩の隣に揺ら揺ら浮いていて、キラキラととても綺麗なのだ。

私の視線に気が付いたのか、長老が葉っぱをツイ、と押してくれる。
手を伸ばせば届く距離まで来た所で、葉っぱを引っ張りそのまま草の上に引き上げた。


「ちょっとこれは、また堪らん刺繍がついてるじゃない。」

手首の気焔が結構大きい声で話していて気が散るけれど、腕輪はピッタリはまっているのでしょうがない。
何やらまだ長老と話し中だ。

これ幸いと、その間に私は靴を堪能する事にした。


銀というよりは白銀のサテンような光沢のある生地に、細かい刺繍がビッシリと施されている。
ビーズも使われているので、かなり豪華だ。 
履き口を縁取る銀糸に、等間隔でキラキラしたビーズが縫い付けられている。
花や、レースのような模様の中には白のベースに虹加工をしてあるようなビーズ。

爪先側に主にモチーフがあって、踵に向かっては装飾程度に抑えられている。

「いやぁ、これは細かいね。」

ウキウキしながら這いつくばるように見ていると、カエルが言った。
あ、長老だ。

「それはお主が履いていくと良い。」

「え?これは……もしかしなくても姫様の靴なんじゃないの?」

「持って行くのは大変じゃろう。ほれ、刺繍が傷んではいかんしの。」

履いた方が痛むんじゃなかろうかと思ったが、長老が言うには履いた方がむしろダメージが無いそうだ。

靴にもいいし、私の足も守ってくれるんだって。

「でも、どう見ても小さいな………。」

「まぁとりあえず、足に合わせてみたら?素敵じゃない。」

朝がそう言いながら鼻に引っ掛け、靴を持ち上げる。

その拍子に、靴の中から何かが落ちた。

「あっ!そんなっ。」

ん?喋った?

足元を見ると、白い草の間にキラリと光る茶色の何かが落ちている。
真っ白の中で目立つそれは、すぐに見つけられた。


「やあ、これは探す手間が省けた。」

気焔にケラケラ笑われて何だか居た堪れなそうな石がクルシファーだろう。
なんだか草の上でモジモジしている。

「クルシファー?でいいのよね?」

私が確認すると「いかにも。」なんて格好つけているその石を拾い、手のひらに乗せて、見る。

少し手を上げ透かしてみると、辺りが白いのもあってとても綺麗に見える。

素晴らしい透明度で、黄色寄りの茶。
ドロップみたいなカットの、ちょっと美味しそうな石だ。

「食べ物ではありません。」

おっと、口に出ていた様だ。

「初めまして主。僕はまとめの石、クルシファー。以後、よろしくお願いします。」

「まとめの石?ってどういう事?」
「自ずと分かります。」

なんか優等生っぽい雰囲気のくせに、教えてくれる気は無いみたいね。

まぁいいかと思いつつ、他の子にも「みんなにもキャッチコピー無いの?」と軽く尋ねた。

「私は勿論、愛の石よ。」
「私は浄化の石です。」
「わたくしは気付きの石。」
「吾輩は気合の石!」

え。最後違うよね。
まぁいいか。

「みんなそれぞれあるんだね。何の意味があるんだろう?」

「それを学びに、旅に出るのだ。」

え?そうなの?

気焔が当たり前の様に言うので、なんか納得した。
白い森で、人生について?考えたからかな。
うーん。

「長老、クルシファーと、この靴は貰って行っても大丈夫ですか?」

「どうぞ。お待ちしておりましたからな。」

満足そうな長老を見て、何だか安心した私はまだ朝の鼻に引っかかっていた靴を履こうと手に取った。

すると、今履いている自分の靴が消えていつの間にか銀の靴が足にはまっている。
なんだかはまっている、という感覚がピッタリなのだ。

元々ずっと履いてました、というような顔をしてそこにある靴は、まるで履いてないように締め付けもなく、軽く、でもピッタリしていた。


何だか嬉しくなって、「どう??」と朝の前でクルッと回って見せる。
懐かしいものでも見るような目で私を見ていた朝は、前足でクルシファーをトントンしている。

「とっても似合ってるから、この子も嵌めてあげなさい。」

「じゃあ、ここね。」

それっぽい凹みのところをクルシファーと確認して、そっと嵌めてみる。

スッと吸い込まれるように嵌った瞬間、気焔の時と同じように一瞬光り、それは4つ目の場所に落ち着いた。


「依る、あなた………。」

朝がくりくりした目を更にくりくりパッチリさせて、私を見ている。

「え?なに?」
「なんか一皮剥けてるわよ。」

「ん?」

その表現はどうかと思うが、朝が言うには私の「色」が薄くなったらしい。

「え?私も白くなっちゃう?!」

焦って自分の手足を見ていると、確かに違っている部分に気が付いた。

髪の色、………薄くなってる。

背中の中程まである自分の髪を掴んで、まじまじと見る。

「鏡、鏡!」

鏡なんて持ってきてないよぉ~。

1人焦っていると朝がリュックの蓋をペラっとめくって、裏側の鏡を出した。
よく知ってるな、朝。


一呼吸おいて、見てみる。

元々髪の色は少しアッシュがかった感じだったけど、今は完全にブルーグレーだ。
目の色も元々薄くて少し青味がかっていたけれど、完全に髪と似たような色。
瞳の方が、多少青が濃い。

元々色素も薄く色白なので、かなり人形みたいな見た目になっている。
もしくは、ビジュアル系…。


髪も目も綺麗だけど、これ、家に帰れなくない?

お母さんが卒倒するわ………なんて想像していたら石たちがヒソヒソしていた。

「な。」
「近づいてるぞ。」
「このまま集めるといいんじゃない?」
「衣装も上手く見つかるといいのだが…。」

「何が??」

「「「「「わっ!!!!!」」」」」

腕輪に顔を近付け訊くと、5人(個?)が驚いて黙り込んだ。

その様子がおかしくてクスクス笑っていると、長老がそろそろ帰った方がいいと言う。

「名残惜しいが、影響が出る前に森を出た方がいいじゃろう。」

「また、その時に。」

「ありがとうございました。」

コソコソと内緒話をしている長老と気焔を見ながら、お礼を言うと出発だ。


「ナズナはどうする?入り口の方まで送ろうか?」
「私はここでいいわ。もう長老に会える事もないでしょうから。」

その言葉に、何だか寂しくなる。

「道案内ありがとう。またね。」

そうお別れを言って、元来た道を帰る事にした。



 
「もう話しかけられても勝手に答えちゃダメよ。」
 
朝にお小言を言われながら、帰り道だ。

何故だか靴が道を知っている様で、勝手に足が動くから迷う気がしない。

途中で藍が美味しい蜜を教えてくれて、つまみ食い(なめ?)をしたり、クルシファーが疲れたら食べるといい木の実を教えてくれて採ったりして、楽しく帰った。

白いけど、食べられるのかな?



「また、来るね。」

そうして白い森を振り返りながら。

いつの間にかポツンと現われていた扉を、くぐったのだ。






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