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8の扉 デヴァイ
ラピス それぞれの色
しおりを挟む白い石畳に映える、濃紺の建物。
入り口とウインドウに施されている細工が美しく光を反射して、私達を出迎えている。
目印の紋章は、草花が複雑に配置され中央に美しいカットのガラスが描かれたものだ。
以前も思ったけれど。
見るからに高級そうなこの店に、ピッタリである。
「いらっしゃい。やっぱり午後になったわね。」
そう言って出迎えてくれるルシアには、店に行く事を伝えてあったのだ。
きっと私達が喋り倒してから、ここへ来る事は予想の範囲内だろう。
ゆっくり見ていいと、挨拶だけして仕事に戻って行った。
「うーん、相変わらず素敵。」
「私、今日の為にお金貯めたわよ。」
「え?ホント??」
「そう、ヨルが帰って来たら一緒に来ようと思ってて。ほら、やっぱり気軽に買える値段じゃないから。贅沢用よ、ここのは。」
「成る程………普段使いはどんなものを??」
そんな事をヤイヤイ言いつつ、しかしいつもより小声できちんと話して、いた。
私達の他にもお客さんは、いる。
あまり目立たない様、端から攻め始めたのだがどうも二人揃うと姦しくなってしまうのは仕方が無い。
そうして商品が並ぶテーブルを縫っている間に、エローラがこんな事を言い始めた。
「ねえ。お互いに、香りを選ばない?」
「ん?香水?」
「そうね、香水までいかなくとも。あの、ボトルならいいかも。」
エローラが指差しているのは、水で希釈してあるタイプのものだ。
香水より手軽に着けられるので、若い子なんかにはこっちが人気らしい。
「ふぅん?いいね!楽しそう。」
「じゃあ、私は「ヨルっぽい」のを選ぶから。ヨルは私に、お願いね?」
「オッケー、任せて。いや、テンション上がるっ!」
「?じゃあ、決まったら教えて。」
「はぁい。」
私の様子を見て苦笑しながらも、エローラは早速手近なものを試し始めている。
では、いざ!
私も。
行きますか!
そうして私達は、お互いの香りを探索すべく落ち着いた店内を彷徨き始めたので、ある。
そうね………エローラの、香り…。
色………。
うーーーん。
どう、しようかなぁ………。
店内には幾つかコーナーがあり、テーマ毎に香りが分かれている。
しかし、色で分かれているので私にはとても探し易い陳列。
パステル系、ダークトーン、柑橘系らしき色合いや真っ白のコーナーも、ある。
さて、とりあえずは。
色やデザインも、重要だな?
懐かしの「人形」の事を思い出して、一人でクスクス笑っていると他のお客さんにチラチラと見られたので咳払いをして誤魔化した。
うん。
真面目に選ぼう、いや、真面目だったけど。
とりあえずはモノトーン系か、落ち着いた方が良いよね………。
しかし。
試しに色々嗅いでみたのだが、モノトーン系の容器の香りはスッキリし過ぎてなんだかピンと来ない。
他に落ち着いた色味だと、茶か草色なのだがエローラのイメージじゃ、ないのだ。
これは、考え直しじゃない?
そもそも、「香り」でしょう?
服とは、少し違うのかな………。
エローラの姿を思い浮かべ、見た目と、「なかみ」を。
自分の脳内で、並べてみる。
見た目はスッキリとした、お洒落なお姉さんだ。
なかみ?
意外と、ミーハーかも。
恋バナ好き。
でもニブい所あるよね………。
あとは………。
なんだ、ろうか。
エローラと、言えば。
「でも。やっぱり。これかなぁ。」
フラフラと吸い寄せられた、暖かい色味。
意外にも、私の足が向いたのは春の日差しと夕暮れの間の子の様な。
美しいグラデーションが並ぶ、一角であった。
そう、エローラは。
いつでも私を何の躊躇いもなく、迎えてくれて。
大抵の不思議も、難なくスルーし恋バナにツッコミを入れる彼女は、とても暖かく懐が大きい。
私にとっては、暖炉の様な、居場所なのだ。
「イメージ…は、無いんだけど。」
小瓶を一つ手に取り、蓋を開け匂いを嗅ぐ。
「うん。やっぱり、いい。」
それは、やはり暖かなお日様の様な、匂いで。
柔らかな花の香りとバランス良くブレンドされている草の香り、少し切なくなる様な懐かしい香りは何のハーブだろうか。
全体的に円やかで、包み込む様な。
まるで大きな花の中で寝ている様なそんな、香りなのだ。
「後でルシアさんに聞こう。」
容器の種類が幾つかあって、エローラに合うシュッとしたものを選ぶ。
「よし、これでいんじゃない??」
「ヨルは決まった?」
「う、うん今決まったよ。」
慌ててパッと背後に瓶を隠し、笑顔を見繕う。
まだバレたくないのだ。
多分、驚くと思うんだよね………フフフ。
「じゃあ、あっちで発表しよう。」
そうしてエローラが指差したテーブルのコーナーへと。
いそいそと向かったのだ。
「え?じゃあ、どっちから行く?」
「私からにしようかな………えー、どうしよう。」
顔を見合わせると、エローラの顔にも「絶対、ピッタリ」と書いてある気が、する。
多分、私の顔にもしっかりと張り付いている筈だ。
「えー、じゃあ、せーの、で出す?」
「いいね、そうしよう。」
「「じゃあ、いくよ~、せーの!」」
「えっ」 「わ!可愛い!」
エローラがお日様色の瓶を手に取ったのは、分かった。
しかし、私の視線は。
真っ白な瓶に、色とりどりの小さな石が、入った。
美しいカットの小瓶に、注がれていたのである。
隣でエローラが、何やら一人で喋っている。
「何でこの色なのかと思ったけど、確かに。」「流石ヨル」「これは自分では選ばないわね………」「やっぱり面白いわ」「でもこれ付けてると大人っぽくない?いいかも知れない。」
「ちょっと、ヨル??」
「ん、ん??」
「大丈夫?どうしたの?」
「え。いや、なんで…………いや、なんで、え?こんなの、あったっけ?」
私も一応、ぐるりと店内は確認した。
しかし、真っ白なコーナーはあったけれど。
こんな、色石が沢山入っているものは、無かった筈なのだ。
「そんなの、決まってるじゃない。フフ」
「えっ。」
得意気に胸を張るエローラが、なんだか可愛い。
チラリと視線を送った先で、共犯者が、分かった。
「成る程。ルシアさんか。いつの間に………。」
「いや、そもそも始めから考えてたのよ。まあ、じゃないとこれだけの石は集められないからね。」
「そうだよ!どうやったの??」
「それは…まあ。」
言葉を濁すエローラを問い詰めて、なんとか吐かせた、所。
どうやら出所は本部長らしい。
なんだ、良かった………エローラとルシアさんが無理してたら、嫌だもんね。
て言うかあの人じゃないと、これは融通出来ないだろうな………。
その、真っ白な瓶を手に取り光に翳して、見る。
いや、真っ白と、言うよりそれは、透明だ。
白のコーナーには、乳白色から磨りガラスの様なもの、沢山の「白系に分類される」ものが並んでいた。
その中にチラリと目に映った、透明の、瓶。
確かにあった。
少しは。
しかし私の手にあるそれは、きっと並べられてはいなかったのだろう。
この店にあるガラスは、切子の様なカットのスッキリとした曲線を組み合わせたデザインが、多い。
その中に、この………誰が作ったのだろうか。
やっぱりヨークさんかな………。
だってこれ、「まじない」だもん…。
美しくカーブを描く曲線は、生き物の様に多彩な動きで植物の美しさを表現してある。
絡み合う葉と、散らされている花。
小さな瓶に繊細に施されたカットは、そう多くはないがスッキリと纏まっておりきっと「なかみ」にもいい影響があるだろう事が、分かる。
これだけのものだ。
きっと、「込もっている なにか」で。
中身にもいい影響があるに、違いないのだ。
「ええ………これしかも石も入ってるしな………てか、凄過ぎない?大丈夫か、私、これ。」
香りに、私が。
負けてしまわないだろうか。
「とりあえず、嗅いでみたら?」
「確かに。」
一頻り堪能し終わったらしいエローラは、既に瓶をテーブルに置き、私の様子を眺めていた。
頷いて、つるりと丸い、蓋の部分を開ける。
そうして、小瓶に鼻を近付けると。
なんだか、懐かしい香りが、したのだ。
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