透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

ラピス 泉にて

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「私は 私の道を 生きる」

青く透明な湖面を見ながら。

ずっと、考えていた。


あの後散々喋り倒して、エローラの店を出たのは案の定、少し暗くなり始めてからだった。

ゆっくりと歩く白い石畳は、茜色に染まっていて。
頭上には美しいラピスの夕暮れの、空。

橙から赤の時間に変化しようというその空は、何物にも代え難い美しさを持って、私の心を満たしてくれる。


青い屋根屋根、白い壁と青のタイルのコントラスト。

そこからの夕焼け空と、端から浸食して来る濃い、青。
紺色が始まるこの時間は、空に一番色が多い時間帯だ。

その、かけがえのない景色を再び、目に焼き付けながら。
ここにも楔をまた置きつつ、教会へ帰ったのだった。



そうして。

エローラとの屋台巡りを約束しつつ、今日は泉へ行こうと狐を伴い森へやって来た。

何故ならやはり、私は自分の中を一度、整理する必要があると思っていたし。

エローラにも「やりたい事を優先なさい」と、言われていたからだ。


「私の。………やりたい、こと。」

そう、しっかりと釘を刺された私は「みんなの為」では、なく。

「私の為に」やりたいことを。

考えなければ、いけないのだ。

いや、いけないという訳じゃなくない?
いや、いけないのか………。


そう、油断すると。
すぐに「自分の事ばかり考えてはいけない」という、思いが私の中をぐるぐると巡って。

エローラにも、散々注意されてきたのだ。

「ヨルはすぐ、他人ひとがどうこう言い出すから。考えるのよ。そう、我が儘とか、関係ないから。だって、それなら誰がいつ、ヨルの事を考えるの?いくら気焔恋人だって。他の人の事なんて、分からないのよ。」

そう言われて、ぐうの音も出なかった。

確かに。

「私のことは私が一番知っている」のは、事実だ。

まだ、「知らないこと」も含めて。

自分に訊かなければ、分からないのだろう。
それは、散々夢を見てきたから。
もう、流石に解る。


「………私、の。やりたい、こと?」

祈りとか、祭祀とか。
姫様を探すとか。

やらなきゃいけないことと、やりたいことで被っている部分も、多い。

でもエローラが言っていたのは。


「義務とか、やらなければならない事とか。そんなの、全部取っ払って。とりあえずヨルが一番やりたい事を、考えるのよ?多分、が解れば。万事、解決する筈よ。」


確かに、それはなんとなく、分かる。

多分、自分でも思うけれど。
私のやりたい事はきっと、「みんなの為」にも、なることなんだ。

でも。

その「発露」が、「私から」じゃないと意味が無いんだ。


うーーーーーーーん。

それ は  わかる んだけ ど ???


だって。
姫様とか

家のこと とか  みんなのこと

 石のこと とかも??

 諸々全部 関係 なく て?

 
   私 のこと だけ  自分だけ

    私の  本当のこと  真ん中  だけ


              なら ば ?



「 どうなんだ、ろうか。」


ポツリ、と何かが落ちて水面に波紋が拡がる。

さっき迄酷く透明であった湖面は瞬く間に重なる輪に覆われ、水の中は見えないがその重なる輪の形は何処まで行っても完璧な美しさだ。

足元まで届いた波紋は、石にぶつかり消えて。
再び透明になった水は、深く、美しい苔を揺ら揺らと靡かせている。

波紋が始まった辺りに視線を移すと、既にそこにはもう、何も無くて。

まるで何事も無かったかの様に、静かに青を湛える泉と差し込む光、映る木々の枝、葉が揺れる音。


ただただ、静かなこの泉に浸っていると。

何もかもが、どうでも良くなってくるのは仕方が無いだろう。

だって、世界はこんなにも、美しいのだし。

「私」が、「どう」とか。

「何をするのか」とか。


「もう、関係、無いんじゃ、ないの…………    」


座っていた岩から降り、草叢に寝転ぶ。

頭上には、光、木々の葉の隙間からは、とんでもなく青い、空。


 ああ 見た な

 こんな 青い空

あの  時 も。


その時。

「ピーッ」という声と共に、鮮やかな鳥が一羽、空を横切るのが見えた。


「ああ、か。「私」は「私」を、大切にして。で、いいんだ。後は、なんとか、なる。」

その、想いが。

ストンと、自分の中に堕ちて来たのだ。


どんなに迷っても、ぐるぐるしても、悩んでも、失敗しても。

そう、失敗なんて散々してきたんだ。
この、世界でも、どの、生でも。

その為に、私は「あれ」を見たんだ。

もう、「自分を蔑ろにしない」、為に。


 私が 私自身の 生を 生きる 為に。


「フフッ、だよね、そうだよ。………馬鹿みたい。」

何故だか涙が出て、止まらない。

サワサワと鳴る葉音、心地よい風が頬を撫で、涙を冷やして私を落ち着かせてくれる。

そう、止める必要が無いのは、分かっていたし。

ハンカチは持ってない。
袖で、拭うけれど。

色気もないし、女らしくもないし、未だにグズグス泣いてばかりの、私だけれど。


       


みんなが。

私の中の「みんな」も、これまで出会った、どの、人も。


………うん?
いや、あの人達は私に生贄になって欲しいみたいだけど。
それは、置いておこ。

しかしそれ以外の殆どの人が、私に「好きに進め」と言ってくれたのは、紛れもない事実なのだ。

「…………こんな奇跡って、無いよね………何これ、人徳かな。」

「フッ」

遠くで、鼻で笑っているのが聞こえる。

きっとわざと、聞こえる様に笑ったに違いない。
今迄は、気配を消していたのだから。


「ちょっと、こっち来てよ。嫌味だなぁ。」

「いや、一人で考えたいのだろう?邪魔しちゃ悪いかと思ってな。」
「いや絶対、思ってないでしょ。」

近づいてきた狐をヒョイと、抱き上げる。

そうしてエローラの店での仕返しも兼ねて、極彩色の毛並みを掴むと。
頭上に掲げ、陽の光でキラキラと光らせながら。

私の美しい景色の中に、色を加えて楽しむことにしたのである。

うむ。


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